忘れのメメタント4

「あ───────、こんにちは、翔くん。もうお体は大丈夫なんですか?」

新聞部に向かおうとしていた私は月魅とばったりあった。

「こんにちは、月魅。オレはもう大丈夫だよ」

「よかった。ちょうどあなたにお話したいことがあったんです」

「そうなんだ?なんだろ、メールでもよかったのに」

「いえ......そこまで緊急を要することではなかったですし、八千穂さんから保健室に運ばれたと聞いていたので」

「ああ、そっか。ごめんね、なんだろう?」

「この學園に語り継がれる怪談の6番目にあたる時計台の幽霊に、六番目の少女というものがあるんです。書庫に残っていた文献を見る限りでは、この學園の創立当時から、少しずつその姿を変えながらも繰り返し目撃されてきたようです。それで、その幽霊なのですか、今朝早く、朝露の時計台にぼんやりと浮かぶ、長い髪の人影をみた人がいるそうです。過去の目撃証言同様、その幽霊は、何か悪さをする訳ではなく、ただ無言で悲しそうにこちらを見ているだけなのだそうですが......。その姿が誰かにとても似ているらしいのです。長い髪とどこか寂しげに外をみつめているという姿に、私も心当たりがある気がするのですが......」

廊下には香りが漂ってくる。月魅は霞がかったようにはっきりしないようだ。

「翔さんは誰か思いあたる人物がいませんか?」

白岐のことなんだけど、私は言わなかった。今の月魅は《長髄彦》の支配下にある。だからいつ意識を乗っ取られてしまうかわかったものじゃない。《生徒会》が白岐を隠しているのも《長髄彦》の意識が強くなり、贄を求めるやつらも活性化していり今、あぶないと踏んだからだ。私が定期的に警告したこともあるらしいが。

「その女の子って、まさか《夜会》が宿泊にかわった時に現れてなかった?具体的には1980年と1986年と1998年とに」

「あっ......そうか、そうですね!私も知っているはずなのに、なぜだかもやもやとして思い出せなかったんです。この、朝から漂っているこの香りに包まれていると大切なことを忘れてしまう気がしていたんです。やっぱり気のせいじゃなかったんだわ」

「その女の子、《遺跡》の封印がとけそうになるたびに現れてるらしいから、警告なのかもしれないよ」

「なるほど......たしかに。古人曰く、《智恵のある者が情熱を示さない事もまた、恥ずべきことだ》《慎重でなければならないが、消極的であってはならない》。この不可思議な現象もあの《遺跡》と関わりがあるのだとしたら───────」

「だからオレ、今から新聞部に行くつもりだったんだよ」

「え、新聞部ですか?」

「うん。歴代の卒業生の一覧と新聞部の記事を比べたらなにかわかるかもしれないと思ってね。オカルト満載な學園だから記事には事欠かないでしょ?」

「ふふふ、さすがは翔くん。頼もしいですね。ですがあなたは一人じゃない。翔くんは幾度も狙われているのは
事実です。私もできるだけ力になるつもりです。だから、あなたの真実に向かうそのお手伝いをさせてもらえませんか?」

「え、いいのか?」

「はい」

「ありがとう」






「あれっ、七瀬に江見じゃん。どうしたんだよ、お揃いで。あ、まさかうちの部員の誰かがまーた図書室に本の返却忘れてたとかいうパターンか?」

新聞部の部長が声をかけてきた。

「いえ、今回はそうではなくてですね」

「そうそう、違うんだ。《六番目の少女》について調べようと思って」

「あっはっは、なるほど。江見も大変だな」

「皇七(すめらぎ)さん、それはどういう......」

「まあまあ。皇七、ここ10年ほどの天香學園新聞部読ませてもらってもいいかな」

「奇遇だな、江見。次の記事になりそうだから用意しといたぜ。広げてあるのは全部そうだから読んでいけよ」

「ありがとうございます」

「《夜会》が終わったらぱたりと目撃証言がなくなるってのに、今回はその逆だ。なんかあるかもな」

「2手にわかれれば早そうですね」

「そうだな、よしやろっか」

「なんか手伝おうか?」

「なら今年の天香學園新聞も見せてもらっていいか?9月からの」

「いーぜそれくらい」

私達は手分けして読み始めた。

結論からいえば、《夜会》が宿泊イベントに変更された年は、かならず《六番目の少女》は現れているようだ。ついでに卒業生に配布される冊子にはかならず《白岐》という苗字の少女が確認できた。《六番目の少女》が出現してから失踪していることもわかった。

そして、私の本命たる今年の9月以降の天香學園新聞の内容はこうだ。9月中に主に3年生のあいだで学生証の紛失が多発。すぐに出てくるものの、明らかに盗まれていることから《生徒会》から注意喚起があった。

10月頃に新聞部を名乗る不審者が学生証を無くした生徒を中心に取材と称して個人情報を聞き出そうとしていることが発覚。同時期に起こった不審者騒動により、犯人は同一人物と考えられたがつかまらず。新聞部は学生証を提示してから取材しているから、提示しないやつには個人情報を渡さないようにと注意喚起している。

11月に入ってからぱたりと目撃証言が途絶えている。新聞部は盗撮さわぎがチラホラあることから関連を疑っているが手がかりなし。

なるほど、鴉室洋介さんがみごとにスケープゴートになったせいで、うやむやになっているようだ。

「ありがとう、皇七。参考になったよ」

「そーか?そりゃよかったよ。あ、そうだそうだ、江見って皆守と仲良いよな?カレーコラムの原稿はやくあげてくれって伝えといてくれるか?」

「カレーコラム......ああこれ?」

「そうそう、意外と好評なんだよそれ」

私は思わず笑ってしまった。なにやってんだよ、皆守のやつ。




月魅と別れた私は扉を直してもらう立ち会いのために男子寮にいた。業者は黙々と作業をこなし、新たな扉が設置された。作業員に不審な点はない。ありがとうございました、とお礼をいい、私は扉を閉めた。

扉が壊れてからは私物を夕薙が預かっていてくれているためにますますすっからかんな室内である。放課後がまだのため、なにもできない。

私はベッドに沈んだ。メールを読むためだ。

「文章制限がきついなこれ......」

《ロゼッタ協会》からの調査報告書が何通にもわたって送られてくる。

私を初めとするような諜報員もしくはスパイと呼ばれるのはジェームズ・ボンドのような派手な活躍をする者たちではない。007のような古典的工作員との共通点はハイテク技術と装備を持っている一点のみである。敵の中に潜入し、溶け込んで共同生活を送り、彼らを欺くのだ。

武器・兵器の使用法、護身術、その他自分が捉えられた時の尋問耐久訓練などの教育をうけ、監視術も学ぶ。最も危険なのは工作担当者、つまるところ私である。

如何なる場所、時間、出来事、人物について観察し、記憶し、思い出すことが出来ることが重要である。また、論理的思考をすることを求められる。常識や既成概念を排除し、水平思考を求められ、柔軟的思考力も求められ、激変する環境や過酷な現場に、その状況に応じた対応力も求められる。

常に相応しい行動をとる。そして人々に関心を持つことで自分への注意を逸らせる。愚か者は隙さえあられば自分の管理下に置き利用する。人々の自慢する物を褒め称えることなどで有益な情報を引出し、また、感情につけ込む。リスクを予測することで問題点を洗い出し、計画を練り、自らと相手の行動を分析し、確実な情報に基いて行動する。

危険な状況、場所では常に攻撃的に行動する。敵も攻撃的だから屈しないことを示す。自らの強み・弱みを知り、失敗しそうなら行動しない。自分の担当区域とそこの住民たちと仲良くなり知り抜く。ニセ経歴を持ち、住民や敵を信用させる。脱出、脱走の機会、潮時を知り、常に逃走経路を確保する。
捕獲されても逃走をあきらめない。

工作員に向いているのは、印象に残りにくい地味な人間だ。背が高くもなく低くもなく年齢がよくわからない人相だとなおいい。

メールに届いた疋田(ひきた)という男はまさにそのイメージに一致する人間だった。その写真をみた私は驚くのだ。

「......こいつ......」

たしか攻略本に出ていた、3週間くらいで《生徒会》に粛清されて行方不明になるはずの《レリックドーン》の工作員じゃなかっただろうか。新聞部を装って主要キャラたちの個人情報を抜き取り、本部に送っていたはずである。

「......警備員......か」

この世界だと疋田はなかなか優秀な諜報員のようだ。両生類のような顔と年齢がわかりにくい外見により学生服を着ても違和感がない。なにせ年齢詐称の人間がこの學園には多すぎるのである。

しかも警備員なら見回りをしていても問題はなく、部外者をいれる意味でも仲介役となれる。新聞部の振りをして學園をウロウロして、怪しくなったら學園とは接点がない警備員になる。よくできている。

「やっぱり《レリックドーン》か......」

私は息を吐いた。

古の《秘宝》を狙う組織は、世界中に数多く存在している。その中でも二大勢力といえるのが《ロゼッタ協会》と《レリックドーン》である。《エムツー機関》は両者と対立関係にある組織である。

《レリックドーン》は、古に失われた《叡智》がもたらす《秘宝》をこの世に解き放つという高尚な使命を負って地上に遣わされた者が集う組織である。真に優れたものが支配する《秘宝》の力をもって、この世界を変革するのが究極的な目的である。

《ロゼッタ協会》の報告書によると、世界各地の遺跡に眠る《秘宝》の力を使ってこの世を変革せんとする《秘宝の夜明け》こと《レリックドーン》は、エジプトのアラブ共和国で《ロゼッタ協会》の新米《宝探し屋》に《王座の碑文》を奪われた。そこで、日本の天香學園にある《遺跡》にもその《宝探し屋》が絡んでいることを知った《レリックドーン》は、日本に重宝部員を送り込み、《宝探し屋》の周辺を徹底的に調査させているらしい。

ターゲットは《ロゼッタ協会》所属の宝探し屋《レリックドーンの管理番号R0906》、《ロゼッタ協会》IDNo.0999、葉佩九龍その人である。目的は葉佩が潜入した天香學園に紛れ込み、《宝探し屋》の動向調査および《秘宝》を確保すること。構成員はIDNo.07842、コードネーム《フロッシュ》。

氏名 疋田 久倶実(ひきた くぐみ)
コードネーム フロッシュ
国籍 日本
性別 男
生年月日 1981年10月9日
血液型 A型
身長 173センチ
体重 60キロ
健康状態 良好
特記事項 潔癖症です

「24歳じゃん......お前はどこのひーちゃんだよ......」

2週目特典でH.A.N.T.を拾ったばかりに葉佩と間違われて《宝探し屋》をするはめになった別シリーズ主人公と同い年という事実に愕然とする。

「つうか九ちゃんがターゲットならなんで私に嫌がらせしてやがるんだこいつ......」

そして怒りが湧いてくる。このやろう、どうしてくれようか。
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