「えーみー、お前、わざとやってるんじゃないだろうな?」
呆れ顔の萌生に江見は首を振る。
「違います、断じて違います」
「まあ、たしかに提出物も宿題もちゃんとしてるし、授業態度も良好だもんな。なのになんだってテストだけ点数悪いんだ?暗記苦手か?現国嫌いか?」
「そんなことないです。国語好きなんですけど」
「あァ、わかってるさ。でもな、丸暗記で凌げるはずの小テストまで点数悪いとなると、こちらとしては補習授業をしなくちゃいけなくなるわけだ。わかるな?」
「わかってます」
「単位はあげたいんだよ、こちらとしては。というわけで頑張ってくれ。《生徒会》に許可とって7時まで特別に校舎開けてんだからな?」
「ありがとうございます」
「ほんと、どっかのサボり魔とは違ってちゃんと授業出てんのになんでかね〜......」
心底不思議がっている萌生から渡されたプリントを手にした江見は、真面目に課題をこなし始めた。
5月という季節外れの転校生はどうやら担任たる自分の教え方と相性が致命的に悪いらしいことに萌生は困っていた。担当するクラスの現国の力を一定以上にすることが生徒のためだと本気で信じている萌生からしたら、江見はなかなかの問題児だった。
なにせ現代国語は他の科目全ての理解力に通じており、問題文を正確に読めなければ成績の向上は挑めないのである。だから徹底した反復練習を課してきたし、そのプリントからしかテストは出さなかった。
なのに江見はテストの成績だけが悪いのだ。江見自身はとても真面目な生徒だし、ほかの科目では優秀な成績を収めているというのにピンポイントで担任である萌生の担当する国語が苦手だった。
「なんか悩んでるなら言ってみろよ、そのせいで手につかないとかないか?」
もしかして前の学校で国語の教師と仲が悪かったとか、なにかされてトラウマがあるからとかだろうか?そう考えた萌生は気まずそうに目を逸らした江見を見て確信を得ることになる。
「なにか悩みがあるんだな?言ってみろ、江見。やっぱり季節外れの転校はトラブルでもあったか?」
プリントが埋まってしまい、採点してもらう段階になってしまった江見は、黙りを決め込んでしまう。
「言いにくいか?」
「いえ......その......」
「なんだ?」
「ひとつ聞いていいですか」
「ん?なんだよ、いきなり」
「先生ってご結婚されてますか?」
「結婚?してねえよ、なんでまた」
「そうですか......」
「なんだよ」
江見は意を決したように顔を上げた。
「萌生先生、オレ、先生のことが好きです」
「......は?」
「だから、わざと補習受けてました。ごめんなさい」
「............まてまてまて、好きってあれだろ、教師としてだろ?」
「違います、恋愛としての好きです」
「......お前な......言ってる意味わかってるのか?」
「はい......」
萌生は江見の頭をなでた。
「悪いが気持ちには答えられない。ごめんな」
「......そう、ですか」
「あァ、だから諦めてくれ。江見はこの學園に来たばかりだからな、きっといいやつが見つかるさ」
「みつかるわけないじゃないですかぁ......おれ、萌生せんせのこと、父さんみたいに思っ......」
「あーあー泣くなよ、俺が泣かしたみたいじゃねえか」
「先生のせいですよ......」
萌生は困ったようにほほをかいた。
「仕方ねーな......最初で最後だから泣きやめよ」
そういって萌生は江見の顎をつかんだ。薄く柔らかい唇が江見の唇と重なる。江見は驚いて目を開いたまま固まってしまう。薄っすらと開けられた萌生の鋭い瞳と視線が交わる。一気に江見の顔が沸騰したかのように真っ赤になってしまい、耳まで赤くなってしまう。だんだんと頭が状況を理解し始めたのか、目の前の萌生の体を押した。
「ふ、んんっ…ッ」
力を込めて萌生の体を押してみるが、クレーン射撃で国体に出たこともあるGUN部顧問に力で適うわけがない。逆に手首を取られて身動きが取りづらくなってしまった。それに抗議しようとして口を開けば、ぬるりとした感触が口の中に入り込んでくる。
「っふぁっ、は、んっ」
逃げるように舌を引っ込めようとすれば、萌生の舌が奥まで入り込んできて江見の舌に絡まる。それがどうしようもなく気持ちよくて、ダメだと分かっているのに体が反応してしまう。感情が理性を決壊させてしまう。
「ぁんっ…......はっ」
「っ、ん…......江見…」
「せ、んせ…......っ」
唇同士が離れて超至近距離で見つめ合う。ぷちり、と繋いでいたどちらともしれぬ唾液がおちる。江見の口元からは唾液がつたう。じわじわと体を支配し始めた快楽で自然と江見の瞳は潤んでいたらしく、見つめた先のは少しぼやけていた。獲物を射程圏内に捕らえた肉食動物のように目をギラギラと光らせる萌生に、江見の体が震える。
にたりと萌生が笑った。
「江見、期待してるとこ悪いがこれでおしまいだ」
「っ!」
再び近寄ってきた萌生の唇は江見の耳元で止まると、吐息混じりの掠れた声がダイレクトに入り込んできて息を呑む。
「ごちそーさん」
「最後じゃ......なかったんですか......」
ずるずるその場にへたりこんでしまった江見に萌生は笑うのだ。
「大人だって気は変わるさ」
「......ずるいですよ......」
「わざと悪い点数とってたお前が悪い」
「......」
「ほら、採点してやるからプリントかせ」
「......待ってください、直します」
消しゴムをかけ始めた江見をみて、萌生は呆れたように笑ったのだった。