「誰だッ!」
私は電気銃を構えたまま、勢いよくドアをあける。鍵はかかっておらず、チェーンもなく、全開になってしまう自室。探索から帰ってきたらまさかの空き巣である。扉をそのまま近くのゴミ箱で閉まらないようにして入ってみる。部屋の明かりはついている。
「............」
簡易キッチンは見たところ変化はない。トイレを開けてみるが誰もいない。狭い廊下を進み、部屋に続く扉を開いた。
「───────ッ!?」
窓が全開でカーテンがなびいている。私は鳥肌がたった。特に荒らされた形跡はないかわりに、夜食ようにとっておいたパンが食われている。押し入れやクローゼットを探してみたが、誰もいなかった。
「おい、どうした翔ちゃん」
「うっわ、どうしたの?なんかあった?」
探索帰りでまだ起きていたらしい葉佩と皆守が飛んでくる。私はとりあえず窓を見る。人影はない。すでに立ち去った後のようだ。
「空き巣に入られたみたいだ」
「えええっ!?」
「それは本当か?大丈夫ないのか、翔ちゃん」
「泥棒はもういないみたいだ。ありがとう。一応調べてみるよ」
「誰か呼ぶ?」
「いや、被害が把握したいから待ってくれ」
「なら玄関見張っといてやる。犯人は現場にかえってくるっていうからな」
「俺、男子寮の周り見てくるよ」
「ありがとう」
私はもういちど、慎重にあたりを調べて回った。
「心当たりはないのか?」
「ないね」
満足な家具も揃っていないがらんとした余計なものの何も無いさっぱりとした部屋がそこにはあった。まるで病室のように清潔で、殺風景な、窓のあるコンクリートの棺桶のような部屋だ。
余計なものが何もない殺風景な室内は、恐ろしいほどに人の気配がない。生活臭がしない。塵ひとつない完璧なシャープに四角い部屋だ。広い部屋はがらんとしていて空気が静止している。おそろしく飾り気のない部屋を前に皆守は立ち尽くしていた。今すぐにでもいなくなると言われたら納得してしまいそうになるに違いない。
「ずいぶんと物が少ないが、なにか盗まれてないか?」
「もともと実務的でござっぱりした部屋を心がけていたからね、これが普通だよ」
「まるでモデルルームだな」
「そう?」
「あァ」
清潔で統一感があって、必要なものはすべて揃っている。しかし無個性でよそよそしい、ただのはりぼてだ。全ての荷物を出し終えた、がらんどうの部屋のようだ。簡素だった。まるで誰も住んでなかったように、人間の気配がない。家具達が、人間との関わりを拒絶し、冷えて沈黙してるみたいに。
キッチンはさっぱりと片付いていた。調理道具は決まった場所に全部収まっていたし、ステンレスの調理台は乾ききっていたし、食器洗浄器の中は空だった。システムキッチンのショールームのように、よそよそしく味気なかった。
私の匂いのするものは何ひとつ残されてはいない。指紋さえ拭き取っていったんじゃないかという気がする。予想をはるかに上回って何もない部屋じゃなかろうか、私を反映した物品が何もないのだから。
「実はさ、撤退命令が出てるんだよね」
「......なんだと?」
「想定以上に危ないから即刻退避しろってさ。父さんを助けるまでは待ってくれっていってるんだけど、準備はどんどん進んじゃってこの有様だよ」
「......宇宙人すら逃げ出すほどってか」
皆守は笑うしかないようだ。私だってそうである。萌生先生みたいに後方支援に充実しているイメージだったけど、《ロゼッタ協会》は私が考えている以上に《宝探し屋》を大事にしているようだ。エムツー機関が撤退命令を出していて瑞麗先生を鴉室さんが説得しようとするシーンなら見たことあるが、まさか《ロゼッタ協会》もだとは思わなかった。
とりあえず窓の施錠は行う。
「うーん、特にはない、かな」
「物取りじゃなさそうか?」
「いや、まだわかんないよ。押し入れに父さんの荷物保管してるから」
「......そうか」
「うん」
私は誰もいないか確認したばかりの押し入れを開いた。なにがなくなっているのかわからない。とりあえず全部出してみることにした。
「......閉めるぞ」
押し入れを空っぽにしようとする私を直視できないのか、皆守は静かにドアを閉めた。私はたんたんと確認していく。
「......H.A.N.T.が不正にアクセスされた形跡あり、か」
《ロゼッタ協会》情報局には私のパスコードで江見睡院のH.A.N.T.を起動できるようにしてもらっているのだが、無理やり中のデータを漁ろうとした形跡がある。嫌な予感がした私は銃火器なんかをチェックしていく。H.A.N.T.の解析にかけてみたが異常はなかった。パーツのひとつひとつを確認してみるが違和感はない。
「こっちが本命か」
私のH.A.N.T.も無理やりセキュリティを突破しようとした形跡が見つかった。パソコンもだ。どうやら私から何かの情報を得たかったらしい。残念ながら相手はそれほどパソコン技術に精通しているわけではなさそうだった。
「こっちは壊されてない」
一見アンティークにしか見えない通信装置で助かった。目もくれていない。私は片付けをしてドアを開けた。
「お待たせ。誰かが父さんのH.A.N.T.をハッキングしようとした形跡があるよ、甲ちゃん」
「なっ!?」
「もしかしたら、學園で騒ぎになってる窃盗や荒らしは《レリックドーン》の仕業かもしれないね。工作員が紛れ込んでいるのかも」
「ただいま〜。特に怪しいヤツは見つからなかったぜ。どうだった?」
「盗まれたものは特にないけど、父さんのH.A.N.T.に不正アクセスした形跡があったよ」
「えっ、ほんとに!?」
「なにか調べたかったんだと思う」
「ぬぬぬ......俺だってまだ翔チャンの部屋見てないのに......」
「おいこら、こそ泥。そんなんだから神鳳に疑われるんだろうが」
「だって〜」
「九ちゃんも調べて見たほうがよくない?」
私の一言に皆守と葉佩は顔を見合わせたのだった。
きちんと片付いているというわけでもなく、乱雑に汚れているというほどでもなかった。人がここで暮らしているという跡が、さり気なく残っている。ベッドのシーツには皺があり、椅子の背にはセーターが脱ぎ捨ててあり、机の上には数字や記号が並んだノートが開いて置いてあった。
「さあて、確認してみるか」
葉佩は押し入れをあけた。
足の踏み場もないとはこのことだろうか、おもちゃ箱をひっくり返したように雑然としている。高く低く積まれた亀急便マークのダンボールの島の間を泳ぐ。足の踏み場もないほど床に細々したものが散らばり、食い散らかしたフライドチキンのカスのようになっている。脱ぎ捨てた服を、紙くずのように足で皺くちゃに蹴飛ばしながら、葉佩は入っていく。
小物が散乱している。
キッチン下の扉が小さく開いている。積み重ねられた新聞紙の山が崩れている。壁に掛かっていたと思われるカレンダーが絨毯に落ちて、折れ曲がっていた。
何だかごちゃごちゃしていて何がなんだかわからない。
「ここまでくると天才だね、九ちゃん」
「......帰っていいか?」
「まってまってまって!翔チャン、甲ちゃん、帰らないでくれッ!翔ちゃんはH.A.N.T.のハッキング調べてくれよ。甲ちゃんは見張っててくれ、玄関」
「片付けは手伝わないからな」
「わかってるって!」
「ほんとにわかってんのかよ......」
私はH.A.N.T.を受け取る。江見睡院と私のH.A.N.T.を調べたように同じことをしながら調べていく。
「九ちゃん、パスワードくらいはかけようね」
「もう今更じゃねえか?」
「あはは」
どうやら葉佩のH.A.N.T.も不正アクセスされた形跡があり、がっつり調べられていた。主に《遺跡》に関するデータが外部に流出したようだ。
「ほら、言わんこっちゃない」
「うっわ、マジですか......俺のプライバシー筒抜けじゃんッ!はっずかしー!」
私は頭が痛くなった。葉佩はこれでいいかもしれないが、《ロゼッタ協会》情報局の情報統括支部は今頃修羅場と化しているに違いない。この世界に来る前まで働いていた職場のことを考えると殺意のあまり葉佩を殴り殺してしまいそうだ。
個人情報の漏洩は、どのような個人・組織でも起こる可能性があるが、組織が引き起こす情報の漏洩は、その組織自体に非常に大きなダメージを与える。今すぐに対策すべき問題であり、担当者はその意識を持っていないといけないというのにこの有様である。
「九ちゃん、悪いこと言わないから《ロゼッタ協会》に今すぐ連絡しなよ」
「あれ、翔チャン怒ってる?」
「言ってなかったっけ?私、前の職場はIT関連企業だったんだよ。《ロゼッタ協会》ものすごく迷惑被ると思うから早くしなよ」
「りょうか〜い。あ、翔ちゃん代わりに送っといて?」
「はあ?」
「同行者(バディ)は《ロゼッタ協会》に申請してるからさ、翔ちゃんが送っても大丈夫大丈夫」
「あのさあ、九ちゃん。さすがにそれはどうかと思うよ?」
「意外と荷物が溜まっててさ、数把握するの時間かかりそうなんだ〜」
私は脱力した。
「わかったわかった、やってあげるから被害状況わかったら教えてね」
「は〜い」
私はH.A.N.T.のメール機能を起動した。
「......なあ、九ちゃん」
「なに〜?」
「..................九ちゃんにも撤退命令が出てるんだな」
「ああ、それ?そうなんだよ〜。なに考えてるんだって話だよな〜。《宝探し屋》がお宝前にしてスタコラサッサと逃げるわけないじゃん。だいたいあと少しで最深部なんだからさ〜」
「......學園にはいるのか?」
「そりゃいるさ、俺はそのためにいるんだから」
「......そう、か」
「にしてはオレと九ちゃんの部屋はえらい違いだね」
「えっ、翔ちゃんにも撤退命令出てんの?宇宙人から?」
「まあね。どんだけやばいんだよって話だけど、オレも逃げる気は無いよ。父さんを救うのがオレの目的なんだから」
「まじか〜、よかった。翔ちゃんいなくなったら寂しいもんな」
「オレもよかったよ。最後まで頑張ろうな」
「お〜」
「......くだらないこと言ってないで早く調べろよ、九ちゃん。俺は早く寝たいんだが?」
皆守は久しぶりにアロマに手を伸ばしていた。