白岐幽花

温室にて待つ。下駄箱に入っていた白い封筒の便箋にはそうかかれていた。いつもは鍵がかかっている場所に行ってみると、中に入ることが出来た。クラスメイトの白岐幽花(しらきかすか)が待っていた。

彼女の名前は白岐幽花。どこか近寄りがたい神秘的・幻想的な雰囲気をまとう美少女で、「遺跡」に挑む宝探し屋に対し謎めいた言葉をかける。本作の重要な鍵を握る存在の一人だ。床まで届きそうな長い黒髪と、その身にまとう鎖が特徴。

関連本によるキャラクターデザイナーのコメントで、下着を着用していない疑惑がある。 他者を寄せつけない雰囲気を持ち、ひとり静かに絵を描いていることが多い女生徒でもある。休み時間なんかは頻繁に學園の墓地のほうをうかがう仕草を見せる儚げな美少女だ。

「あなたはたしか、転校生の......」

「そう、同じクラスに転校してきた江見翔だよ。オレにこの手紙をくれたのは白岐さん?」

「......きて、しまったのね」

それだけいうと目を伏せてしまう。幽花はいわゆる巫女の家系の人間なのだ。ゆえに遺跡に潜入するたびに行方不明になる宝探し屋たちに胸をいためており、遺跡自体に恐怖を抱いているために自分は近づくことができない。だから意味深な忠告をするのだが宝探し屋がその程度でとまるわけもなく、悲しみが募っている。

「もしかして誰かにいじめられてるのか?それでこれを出すように言われた?」

幽花は首を振る。

「いつのまにか......あったの......」

「え?」

「あなた宛てに......テーブルのうえにあって......」

「誰かに渡されたとか?」

「いえ......私の部屋の......テーブルに......。あなたに......渡さなければと思って......」

「ええとそれはどういう?」

「聞きたいことがあるの......」

「なにを?」

「あなたもまた《墓》の眠りを妨げようとしているの?」

「それ、転校初日もいってたけどどういう意味かな、白岐さん。君はオレが父さんを探しに来たことは知ってるみたいだけど。そのことと《墓》になんの関係があるんだい?」

「......」

浮かんでいるのは諦めの色だ。

「あなたは……、《墓》の意味を考えたことがある?《墓》とは古の記憶そのもの。生半可な気持ちで近づいていい場所じゃないのよ」

「父さんと関係があるっていいたいのかな?」

「......そうだとしたら?」

「なら教えてくれないかな、白岐幽花さん。《墓》に父さんの残した私物以外のものが埋まってるっていうなら聞き捨てならない」

「............私が教えたら行くつもりでしょう?どんな危険が待ち受けているか知れないのに」

もう行ってるけど、と思いながら私は問いかけた。

「見てごらんなさい。《墓》は侵されるのを望んではいないわ。あなたが危険を引き寄せるのか。危険があなたを呼ぶのか……。私はここで祈るだけよ......」

私は肩を竦めた。

「忠告ありがとう、白岐さん」

そう告げて帰ろうとした矢先、引き止められる。思わず私は足を止めた。ゾッとするほど手が冷たいからだ。しかも手首を掴まれた。

「待っていたわ……」

幽花は微笑んだ。

「あなた、白岐幽花さんじゃないでしょう。誰?白岐さんはオレを怖がって避けているはずだ。そんなふうに笑いはしない」

「あなたの瞳に映る自分の姿を見て、この子は感じたのでしょう。あなたの向こう側にいるものたちが恐ろしいと」

「あー」

「こころあたりはあるのね」

「まあね。で、君は?」

「今こうしてあなたと話している私は、白岐幽花であって白岐幽花ではないの。それは江見翔であって江見翔では無いあなたと話をするため。だから答えてほしい」

「なるほど。手紙を書いたのは君か。やっぱり見えるのね、アタシのこと」

きゅ、と唇を結んで白岐幽花の姿を借りた誰かはうなずいた。驚いたなあ、まさかラストダンジョン付近で初登場するはずのキャラクターがご登場するとは思わなかった。

「私は遥か昔、この子の血と肉に溶け込んで生きてきた存在。長い長い年月をこの子の遺伝子の奥底で眠り続けてきた」

彼女は首元の鎖を握りしめて顔を顰める。

「でも……その眠りは妨げられてようとしている。この≪墓≫より目覚めんと欲する者の意思によって」

頭に葉の冠を乗せ、右肩から左わきへと、頭にあるものとは別の葉が襷のようにかけられていた。長めの首飾りには琥珀色の飾りが通されている。腰の辺りで白い着物を白と紫の帯で引き締め、薄黄色をした細長い布が身体を柔く覆うように在る。豊かな長い黒髪は足許に近づくにつれ横へと広がっていた。

身体の周りが薄黄色く光っているのがとても気になるが、まさに巫女といった出で立ちだ。彼女が白岐幽花の遺伝子と書いた心の中に潜んでいた存在である。

「私は、大和の巫女」

「大和朝廷の巫女ってことは、卑弥呼の家系でいいのか?」

彼女はうなずいた。

「本来であれば、この≪墓≫に封印されている存在と共に眠りについたままでいようと思っていたのですが……。その恐るべき≪力≫を持った存在が目覚めつつある。だから」

「そこにアタシが夜な夜な潜っているから不安になったわけだ」

彼女はうなずいた。そして話し始めた。オレではなく私の話を聞くにはフェアではないと思ったらしい。

かつて、大和朝廷と呼ばれる勢力がその版図を広げていたころ、東方の蝦夷と呼ばれる民と幾度となく激しい戦いを繰り広げていた。蝦夷は、長髄彦という男の下、荒吐神という自然神を信仰し、自らも荒吐族を名乗っていた。この国の正史では、激しい戦いの末、長髄彦は敗れ、八握剣で首を刎ねられたと伝えられている。彼女は大和朝廷を率いていた巫女の家系らしい。

そこに大和朝廷をも凌駕してこの国を支配していた者たち、私の宿敵たる≪天御子≫と呼ばれた者たちが突如現れた。

≪天御子≫とは、天より目的を授かって、地上に遣われてきた者の事。今でも、彼らの正体が何者であったのかはわからない。類稀なる≪叡智≫を有し高度な文明を築いていたことだけはたしかだ。

≪天御子≫の持つ巨大なる力に敗れた長髄彦や大和朝廷の人々は捕らえられ、地中に埋め込まれた巨大な石の施設に収容された。古代日本文明と古代エジプト文明の≪叡智≫の粋を集めて作られた場所、つまりこの墓地の先にある遺跡だ。

暗く、血と狂気が充満したその場所の異様な石の空間。そこでは密やかに古代日本文明における遺伝子工学と古代エジプト文明における死者蘇生技術。そして、その二つの技術の融合による≪永遠の命≫の研究がされていた。

そこに捕らえられている人たちは、その研究の被験体だった。長髄彦もその研究の被験体となったのはいうまでもない。

「私は大和朝廷の巫女でしたが、國を滅ぼされたあと研究施設につれてこられ、この遺跡を作った≪天御子≫の研究者たちに選ばれた被験体の世話役となりました。昼も夜もその忌まわしい場所で実験は続けられ、その過程で、多くの生命が産み出されました。あなたが、≪墓≫の中で見た化人と呼ばれる生き物たちがそうです」

白岐幽花に似た憂い顔で彼女はいう。

「植物の細胞と人の細胞を掛け合わせた者。細かな機械に人の臓器を移植した者。彼らは、自分たちがどうやって創られ、何故生まれたのか、知りません。化人とは、文字通り、人と化すために創られた狂気の産物。彼らの魂を解放する方法は、その命を絶ってあげる事だけ。私はずっと彼らを解放してくれる人を待っていました。でもあなたはその意思はなさそう」

そりゃそうだ。遺跡のギミックガン無視でどんどん奥に進んでいるんだから大和朝廷の巫女様には面白くないだろう。

「この遺跡には、神をも怖れぬ研究の中、様々な実験に晒されながら次第に人とは違う者に変わっていった哀れな人間の成れの果てが封印されているのです。度重なる苦痛と激痛。その中で、己こそが≪神≫なのだと思い込むようになった哀れな民が」

彼女は私を見る。そこには困惑があった。

「迷走する技術が産み出し、創り上げてしまった異形の≪神≫は、最早、創った者たちにすら制御の叶わぬ脅威と成り果てました。研究者たちは、ただちにその研究施設を放棄し、研究データと一緒にその狂える≪神≫を奥底に封じ込めると厳重に≪鍵≫を掛けました。そして、その《鍵》を人目につかぬ場所に隠したのです……。つまり、ひとりの少女の中に」

「その《鍵》があなた?」

彼女はうなずいた。

「彼が地上に放たれればこの學園だけでなく世界が狂気に包まれるでしょう。二度と私たちに明日は来ない。眩い暁の光が地上を照らす事もない。だからあなたに問いかけたいのです。あなたの目的はなんですか?なんのために遺跡を調べているの?」

「アタシたちはね、皆神山の遺跡......こことおなじく《天御子》の遺跡で化人にされかけたのよ」

彼女はいきをのんだ。

「さいわい別勢力の宇宙人に助けられたんだけど、匿ってもらうかわりに協力することになってね。興味があるのよ。あのままアイツらに捕まってたら、アタシはどうなってたのかなって」

「それは」

「宝探し屋が謎を解いたらこの遺跡は崩壊する。それじゃアタシの疑問は解けないじゃない。だから記録してあげるわ、余すことなく。全てを。アタシは知りたいの。ここでなにがあったか。残念ながら江見翔は諜報部門の人間でね、他を当たって」

「......誰かくるわ」

彼女の姿が消えて、白岐幽花だけが残された。

「いつまでぶらついてんだ」

覚えのある声に振り返ると皆守が居た。あいさつをされたので会釈を返す。

「ん?そこにいるのは白岐か?中々に珍しいツーショットだな」

「こんばんわ……。あなたこそ珍しいわね。温室に来るなんて」

「たまには、花を眺めて過ごしたい時もある。しかし、まさか、二人がそういう関係だったとは……。江見やるじゃないか」

「ちがうけどね」

「別にお前と白岐がどういう関係であろうといいさ」

少しからかい気味にそう言った。それにしても皆守は色恋沙汰に過敏な反応を示す割にはよくこの手の話を振ったりする。まぁその辺は夕薙と同じような事情なのだろう。その時幽花が微かに呻いた。私たちが同時に視線を向けると、苦しげに俯いている。

「あなたは恐ろしい。いえ、あなたの向こう側にいるものたちが恐ろしいのかもしれない。協力しているあなたも。いいがかりなのはわかっているわ。でも......その、ごめんなさい」

我に返った彼女は去ってしまった。

「これでも?」

「............あーその、なんだ。なんかすまん」
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