6月にはいったある日のこと、私は今ある部室にいる。ようこそ、とソファに座るよう促された。
「僕は、3-Dの黒塚 至人(くろづか しびと)。遺跡研究会って部の部長をやってるんだ。よろしく」
「オレは転校生の江見翔っていうんだ。こちらこそよろしく」
「部員は1人だけどな」
「1人じゃないさ、こんなにいるんだから」
蝶の標本の石バージョンに埋め尽くされた壁を見て、皆守はどこか疲れた様子でそうだなと小さくぼやいた。つっこみ放棄してるみたいだが大丈夫だろうか、皆守。チャウグナーフォーンの銅像壊してからどことなく元気がないようだが。
私がいくら聞いてもなんでもないと返すものだから取り付く島がないのだ。まさかチャウグナーフォーンの銅像、ほんとにチョーチョー人に崇拝されていたあの銅像だったりしないだろうな?夜な夜な密室に閉じ込められてお迎えが来る前に毒入りのスープを飲まないと殺される理不尽な夢を見てるんじゃないだろうな?それとなく探りをいれるたびに、待ってろ直せるやつ探すからの一点張りなのだ。
それはともかく。
興味深そうに私を見ているのは遺跡研究会、通称石研の部長で「石」をこよなく愛する石フェチの黒塚至人だ。ちなみに声帯は石田さん。ゆえに私は石田とか石塚とか呼んでいた。常にガラスケースに入った水晶を大切そうに抱えてその素晴らしさを周囲に説くが、倒錯的傾向が顕著でかなり引かれている。
「石」を本当に愛してる黒塚は本編中でもその「石」に対する愛を遺憾なく発揮してくれる。なにせ仲間にするフラグが石を拾ったり舐めたりすべすべしたりすることなのだ。普通に考えて意味がわからない。
「それで、僕に相談ってなんだい皆守くん」
「見りゃ早い」
「えっと、とりあえずこれみてくれないか?」
私は陶片の入ったビニール袋を渡した。
「もともとはこれだったんだけど」
携帯の写真を見せると黒塚は受け取ってくれた。
「なるほど、これが......」
「お前、こういう銅像関係も趣味だったのか?」
てっきり、ただの石好きかと…と聞きたげな皆守である。お願いしたのはお前な件について。
「趣味…......って程ではないけど、ちょっと嗜んでる程度ではあるかな?僕としては、石達が側にいるだけで充分だから、こういうものに力強さを感じるんだ。何の力も持っていない存在であっても僕は彼らの事が好きだからね。銅像はそんな彼らの別側面が見えるみたいで楽しいって言うのが本音なんだ」
「……お前のそう言う在り方だけは感心するぜ」
「そうかい?」
「ああ」
「直せる?」
「別の角度からとった写真はあるかい?」
「うん、あるけど」
「乱れなく彫刻された石細工…......。素晴らしい…......。うふふふ…......。でも、なんてことだ。これが、こうなってしまうなんて!」
「......悪かったよ」
「君か......君がこれをこうしたのか、皆守甲太郎くん。あんまり壊さないようにしてくれたまえよ」
「ぐっ」
「石はね、僕達よりもずっと長い時間を、この世界で過ごしてきてるんだよ。石の中にはそのたくさんの記憶が眠っている。その石に人間が文明を刻むんだ。文化を残すんだ。それをよくもここまで躊躇なく壊せるね」
黒塚はため息をついた。
「もとはといえばドアのすぐ近くに置いとくのが悪いんだろ」
「挟んだだけでこうなるのかい!?」
「......いや、蹴飛ばしたらドアが壊れた」
「蹴飛ばし?」
「............」
「皆守くん」
「悪かったよ」
「直せる?」
「ああ、もちろん。これくらいならなんとかりそうだ。それなりの時間がかかるけど」
「ありがとう」
さすがは黒塚至人、宝探し屋顔負けの修復技術である。遺跡のギミックを動かすだけはある。さすがにゲームみたいに3分クッキングとはいかないようだが、それはこちらの調合も同じなのでおあいこである。
「しかし素晴らしいコレクションだね、江見くん。博物館に寄贈されてもおかしくないんじゃないかな」
「曰く付きだからなあ......」
主に大都市で数百人規模の死者を出しすとか。言葉を濁す私を皆守がジト目でみている。
「はっ、まさか君は僕の知らない素敵な石が手に入れられる秘密スポットを知っているのかい!?」
「いや、これがどこにあるかは知らないよ?オレはアルバイトしてお礼にもらっただけだし」
「アルバイト?」
「バイト?いつしてるんだよ」
「ネットで依頼されたやつを郵送するアルバイトだよ。こういう陶片とか」
「はあ?ただの石じゃ?」
「父さんがよくアクセスしてたサイトにあるんだよ。なんでもいいんだ。もみじみたいな葉っぱとかそういうのを綺麗に乾かして包装して送るといいお小遣いになるんだよ」
「はあ?なにに使うんだよ、それ」
「学校の図画工作とかに使うみたいだよ。あとは小料理屋がさらに添えたりするとか」
「へえ」
「お前んとこによく宅配便が来るのはそのせいか」
「そのせいだね。一応寮の人はいいっていってたからやらせてもらってるんだ。あとは先生に頼まれて集める場合もあるけど」
「はあ?先生に?」
「うん」
「ちまちまよくやるなあ」
「そのお礼がこれか。すごいね」
「まあね」
それは人の出入りをカモフラージュするためにやってるアルバイトであって殆どは遺跡で収集したアイテムがメインだけどなと思いながらうなずいた。
やっと重荷がとれたのか皆守はさっさと退散してしまう。
「ふふふふふっ」
なぜか眼鏡の向こう側が白で塗りつぶされてしまった。謎の逆光である。
「ふっふっふっ…。石はいいよねぇ〜。うふふふふ…」
なんかスイッチが入った。
「ラララ〜石は何でも知っている」
なんか歌い始めた。
「ふっふっふっ…。ここには鉄鉱石達のかぐわしい香りが満ちているだろう?うふふふふ......。君も気づいてるんだろ、江見くん......。僕の目は誤魔化せないよ、君は、江見くん、君……、僕の知らない石の匂いがするね。同士の到来をみんな喜んでるよ。君は夕薙大和くんと同じ匂いがする。ずるいなあ、どこにそんな魅惑的なスポットがあるんだい?しかもこの学園の敷地内に」
「わかる?一応着替えてるんだけどな」
「わかるさ!誤魔化せないよ、この僕からはね」
「さすがは遺跡研究会」
「ああ、鉄鉱石のようで鉄鉱石ではない、君は一体なにものなんだ!」
めっちゃ触られているチャウグナーフォーンの銅像の破片に私は苦笑いした。
「是非とも知りたいんだけど、ダメかい?」
「うーん、考えとくよ」
「そうか......ちょっと残念だけど待っているよ。君なら大歓迎だからね。せっかくだし石たちをみていったらどうかな?みんなさっきからザワザワしてるんだ」
ラピュタの地下にいた爺さんみたいなことをいいはじめた黒塚である。差し出されたコレクションを見つつ、お宝鑑定団の紹介PVみたいな解説を聞きながら私は昼休みを費やすことになったのだった。
「皆守、ありがとう」
石研前をうろついていたにもかかわらず、今通りましたよという顔をしている皆守に私は声をかけた。
「直せるってか?」
「うん、大丈夫そうだ。よかった」
皆守はあからさまにホッとしている。
「皆守」
「なんだよ」
「どうしようもなくなったら電球割ってみるといい。なんか道が開けることがあるかもしれない」
「はあ?なんだよいきなり」
「なんでもない。よく寝れるといいね」
5時間目をサボるという皆守に別れを告げて、私は教室に向かうことにしたのだった。