ウィークエンドシャッフル6

早いもので、もう3時を回っている。全てのメニューが売り切れたために3のcの探偵喫茶は早めの閉店となったのだった。

「翔さんて、卒業式のあとはどこに行くのかわからないのですよね?」

「うん、そうだね」

「つまり、この連絡先が唯一の繋がりというわけですね」

「それは月魅たちも同じじゃない?」

「そうですね......でも、九龍さんもそうですが日本ですらないところにいるとなると距離を感じてしまいますね。心理的な問題でしょうか」

月魅はいう。

「この學園に来てよかったと思っています。あなたや八千穂さん、九龍さんに会えましたから。ただ、もっと早く会えていたらとも思います。もうイベントらしいイベントはなにもないですしね」

「思い出か......」

「はい」

月魅はうなずいた。

小学校、中学校と誰かと親しい関係になるたび、自分が少しずつ取り替えられていくような気分を味わってきたと月魅はいう。相手の思考や、相手の趣味、相手の言動がいつのまにか自分のそれに取って代わり、もともとそういう自分であったかのように振る舞っていることに気付くたび、いつも、ぞっとした。

やめようとしても、やめられなかった。おそらく、振る舞っている、というような生易しいものではなかったのだろう。 皆、土に染み込んだ養分のように、月魅の根を通して、深いところに入り込んできた。

新しい誰かと付き合うたび、月魅は植え替えられ、以前の土の養分はすっかり消えた。

それを証明するかのように、月魅は過去に付き合ってきた友達と過ごした日々を、ほとんど思い出せないのである。

また不思議なことに、月魅と付き合う友達は皆、進んで月魅の土になりたがった。

そして最後は必ず、その土のせいで根腐れを起こしかけていると感じた月魅が慌てて鉢を割り、根っこを無理やり引き抜いてきたのだった。 土が悪いのか、そもそも根に問題があるのか。 わからなかったから、この學園にやってきた。

八千穂たちと知り合ったとき、いよいよ自分がすべて取り替えられ、あとかたもなくなるのだ、ということを考えなかったわけではない。でも、そうはならなかった。

「なんとなくなのですが、中学生くらいまでは毎日仲良くしてるのが友達だと思いがちでした。だから、私には重荷だったのかもしれません。こちらに来てから1年以上連絡を取ってなくても気軽に声をかけられるのが友達だという事に気付きました。だからほっとしたのかもしれません」

「あー、みんな話が合う人を重視するけど、実は大事なのは沈黙が合う人ってやつだね」

「沈黙ですか」

「特に長く付き合うとこの沈黙っていう間(ま)が心地よい相手っていうのが大事ってことだよ」

「黙っていても、通じ合える人?」

「うん、だいたいそんな感じ」

「私はなんとなくですが、八千穂さんやあなたとは1年以上会えなくても、会ったらすぐに今みたいに話すことができる予感があります」

「奇遇だね、月魅。オレもだよ」

「でも、寂しいものは寂しいです」

「あはは」

「だから思い出づくりに回りましょう、翔さん」

真里野と一緒に行きなよ、と発破をかけようとした私だったが逆効果だったようだ。ごめん真里野と心の中で謝りつつ、私は月魅と一緒に最初で最後の學園祭に繰り出したのだった。

中庭で行われている露店を回ったり、天香學園の歴史が書かれたパネル展示をみて、人気がないことをいいことにあーだこーだ言い合ってるうちに白熱したり。1年生2年生のクラスは輪投げや射的、そういったものが多く、2時をまわっていたこともあり人もまばらで満遍なく回ることが出来た。

「ネイルやりませんか、翔さん」

「え、ネイル?」

「はい。椎名さんにヒエログリフの写しを渡してあるので、お願いすれば書いてもらえると思います。無理やり50音に当てはめたのですが」

看板を見るとつや出しで100円、カラーで200円、シールやイラストで500円とある。ずいぶんとリーズナブルで良心的な価格設定だ。

「あら〜、七瀬さんに江見さんではありませんかァ。ネイルサロンに御用ですの?」

「まだやってますか?」

「はい〜、大丈夫です〜」

「あれ、双樹さんいないんだ?」

「咲重お姉様なら《生徒会》の呼び出しで行ってしまわれましたわ〜。お客様もないですし〜、取手クンとお話しておりましたの〜」

「やあ......」

「なんだかお疲れだね、取手」

「ううん、いいんだ。僕が接客をやりたいって手を挙げたからね......。まさか双樹さんがいなくなった途端に、男子がいなくなるとは思わなかったけど」

「そうなんですの〜。お客様はまだいらっしゃるのに、みなさん咲重お姉様のところに行ってしまわれて〜。取手クンがいなかったら、男手がなくて大変になるところでしたの〜」

「そっか、よかったじゃん取手。男見せられたね」

「......そうかな?」

「はいですの〜。取手クン、とても頼りになりましたわァ」

くすくす笑うリカに取手は照れたように笑った。

「七瀬さんから先になさいますゥ?」

「あ、はい。お願いします」

「なにになさいますの?」

「えーっと」

月魅が悩み始めたのを後ろで見ながら私はクリアファイルに挟まれた見本に目を通す。

「取手、ネイルって校則違反だっけ?」

「え?うーん、椎名さんたちがしてるし、今日やってもらった子達みんな取る気ないみたいだから、大丈夫じゃないかな」

「だよね......ならいっかな。私もやってもらおう」

「えっ、君がかい?」

「さすがに全部は勇気ないから1本だけね」

「でしたらそこの看板を見てください〜。ネイルをする指によって〜、意味がかわるんですゥ」

私は言われるがままに教卓にのっている看板をみた。

心を安定させたい時は右手の薬指。インスピレーションが欲しい。金運アップや邪気から守って欲しいときは、右手の中指。自分に自信を持ちたい時は、右手の小指。リーダーシップをとりたいときは右手の親指。

目標を実現させたいときは左手の親指。積極的になりたいときは、左手の人差し指。人間関係を改善させたい。家内安全、商売繁盛は左手の中指。願いをかなえたい。新しい恋愛、子宝祈願は、左手の小指。

「右手の薬指か、中指か、左手の小指......どれにしよう。うーんやっぱ心の安定かな。右手の薬指で」

「ヒエログリフも選んでくださいね〜」

リカに言われて私はなんのマークにするか考え始めたのだった。

「......あれ?」

貴重な平和の終わりを噛み締めながら男子寮に帰った。私の部屋の前に化人避けの香りにつられて群がる虫たちがいる。いつものようにポストをあけた。いつもの白い封筒がない。代わりにあったのは、見たことがないデザインのブローチだった。

「......なにこれ」

そこには見た事もない紋章が刻まれている。私でも知っているような旧神のマークとしてお馴染みのエルダーサインではない。ハスターの紋章としてお馴染みの黄色の刻印でもない。なんだこれ。おそるおそる触って見るが特に違和感はない。

「......」

私は扉を閉めて鍵とチェーンをかける。そしておしいれに隠しているH.A.N.T.を起動した。

「......解析不能って、なにそれ。怖いんですけど」

ノーデータと出てしまった画面に沈黙するしかない。これってどういう意味なんだろうか、江見睡院の意識があるときに私に送られたなら何らかの意味があると思うのだが。

「......とりあえず専門家に送ってみよう」

写メをとって五十鈴さんに送る。

こうして私の夜は更けていったのだった。


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