ウィークエンド・シャッフル

もう2時半だった。

私が気絶して保健室に運ばれたことで一時は騒然としたものの、探偵喫茶はちゃんと行なわれたらしい。葉佩が死体役、皆守が2回目の探偵役で行われ、たまたま指名した共犯者の男子生徒がファントムの狂信者で爆弾持ち込まれててんやわんやだったそうだ。

やっちーと月魅に付き添われる形で3のcに帰ってくると、すでにメニューのほとんどが売り切れ状態となり、残りのメニューもあとわずかという感じだった。参加できなかったのは残念だが、みんな楽しんでたみたいでよかったよかった。

「翔ちゃ〜んッ!」

ふいに引っ張られる。引き寄せられて、6センチ差の身長差により葉佩の首のあたりに頬があたった。腕が背中に回り、強く抱きしめてくる。葉佩が正面から抱きついてきて、あんまり一生懸命なものだから、脇腹に指頭が食い込んでいる。

「無事でよかった〜!」

私はされるがままだ。

「九龍、いや九ちゃん。心配かけてごめん。今んとこ大丈夫みたいだから帰ってきたよ」

「......!!!」

ぱあっと葉佩の顔が明るくなる。

「マジでよかった〜ッ!迫真の演技だな〜なんて悠長なこと考えてたせいで気づくの遅れてマジでごめんッ!」

「あはは、でも最初に気づいてくれたんだろ?ならチャラだよ。やっちーがいってたよ。おかげでたんこぶだけで済んだしさ」

「いや〜よかったよ〜ッ!気づいたときマジで生きた心地しなくてさ〜!」

葉佩は名残惜しそうに離れはしたが距離が近い。愛の伝道師の距離なしの奇行も3ヶ月もたてば誰もつっこまなくなる。気にしなくなる。ああまた葉佩がやってるなーというただの日常だからですませてしまう。

葉佩は誰かを守れないことに恐怖を感じていることは、バディへの対応でよくわかっているから私の方が申し訳なくなってしまった。

「こら、九龍。翔ちゃんの具合悪くなったらどうすんだ、ほどほどにしとけ。で、犯人は誰か覚えてないのか、翔ちゃん」

「あーうん、それがさ。死体のテープ貼ってるときに窓の方から物音がして、振り返ろうとしたらこう後ろからやられたんだよね。だからわかんないな」

「窓から?ここ3階だぞ?」

「今日は《生徒会》も《執行委員》も休業だからな、あるとすればファントムか?」

「まさかあの爆弾魔みたいに入り込んだのでしょうか?」

「うーん、今の時間帯考えたら、もう一人の可能性は捨てていいよなきっと」

「......あれきり会えてないから、侵食されてたらわからないけどね」

私の言葉に葉佩は肩をすくめる。

「《遺跡》に来るなってあいかわらずメッセージ来てるしさ、きっと大丈夫だよ」

「......そう思うしかない、か」

「だね。だから、今んとこ怪しいのはファントムだ。そうなんだよな〜、わかんないのはそこなんだよ。ファントムなら入れるだろうけど、ベランダあるとはいえ、鍵はかかってたわけじゃん?誰か内側から開けないと入れないと思うんだけど、俺そこまで覚えてないんだよな〜。開いてた?」

ファントムから校舎に侵入する鍵をもらった葉佩だが、窓は内側から開けてもらわないと入れないことをよくわかっている発言である。試したんだろうなあ。

葉佩の発言に教室が一瞬にして静まり返る。誰もが顔を見合わせた。わからないという雰囲気である。ファントムで確定だという流れにちょっと戸惑う私である。どうやら葉佩の中では墨木の事件の時にライフルで狙撃する劇場型自作自演をやってのけたイメージから、陽動に特化してるイメージが固定かしているらしい。

うーんどうだろう?たしかにラスボスに意識を乗っ取られて9月から頻繁に記憶喪失になる二重人格状態みたいだが、今日は彼も忙しいはずだから意識を乗っとられるような描写はなかったはずだが。

............ただなー、ただなー。保健室でみた夢を考えるに《遺跡》の最深部に封印されている神にとって、どうやら正体不明の生命体は楔らしい。そして、墓守も巫女も私の先祖も神にとって長きに渡る封印を実現するためのシステムみたいだから、ものすごく嫌われているようだ。あながち襲撃犯も間違ってないんだろうか?

少なくても私は巫女や墓守より嫌われているだろうことは想像に固くない。《如来眼》の源流が妙見菩薩の力にあるならば、1700年前から呪いというべき宿命から逃れるために生み出されたクローンか、実験体か、そのあたりの遺伝子が江見翔の体にあるようだから。おそらくは私という精神性の遺伝子も。くわえてこの《遺跡》自体がクトゥルフ勢力の支配下だった過去があるのだ、ハスター側の私はまちがいなく排除対象である。

冷や汗が流れてしまう。気をつけよう。ファントムの支配下におかれている彼を犯罪者にしないためにも。

「そりゃそうだよな〜。みんな接客と料理で忙しかったもんな〜。翔チャンがわかんなかったら誰もわかんないよな〜。ああくそ、誰だよ鍵あけたやつ!絶対に許さねえ!」

「翔チャンも覚えてないとなると......たしかその前に更衣室に入ったやついるよな?誰か覚えてないのか?ちなみに俺は役に入り込んでたから更衣室まで気が回らなかった」

「俺も同じく〜」

皆守の言葉にやっちーがいう。

「ごめん、あたし劇のスタートに頭がいっぱいで翔チャンが倒れてるのみただけなんだよね」

「私はH.A.N.T.をお借りするために入りましたが......翔さんとお話してたので窓には気づきませんでした」

「拙者もだ。写メをとってもらうのを見ていたゆえな」

「私も更衣室に10分いないといけないから時計ばかりみていたわ。あとは江見さんと話していたから」

「下手したら最初から開いてた可能性あるよね......夕薙どう?覚えてる?」

「うーむ、どうだったかな。窓はしまっていたけど、鍵までかかっていたかと言われるとな......」

「だよね、オレも台詞の暗記に必死でそこまで覚えてなかったというか......」

「しかし勿体ないことをしたな、翔。せっかく犯行動機の物証まで用意していたのに無駄になるとは」

「!」

夕薙はにやにやしている。

「......そうなんだよ......大和のいう通りだよ。オレの番無くなったのは正直ラッキーだけど、これだけはもったいなかったな......。九ちゃんに渡しとけばよかった」

「えっ、物証まで準備してたのかよ、翔チャン!一番嫌がってたのに!あーまじで残念すぎる......!なになに、なんの証拠?もったいないから見せてくれよ」

「そんなにいうならお披露目しようかな、ちょっと待ってて」

私は更衣室に入った。葉佩も後ろからついてくる。ちら、と窓を見ると鍵はかかっていないようだ。やはり初めから空いていた可能性が高いな。つまり、ずっと窓の向こうに私を襲撃した誰かが潜んでいたということになる。ちょっと怖くなった。私はいったい何で殴られたんだろうか?

カバンだらけの中からいつものカバンを引っ張りだそうとした私は手を止めた。

「どったの、翔チャン」

「チャックが違うとこに止まってる」

「なっ?!」

「待って待って待って、ちょっとまじで怖いんだけど!マジでヤバいって九ちゃん」

「カバンかして、翔チャン。一応、教室で開けよう」

「そーだな、うん。やっば、鳥肌たった」

私と葉佩はあわてて更衣室をでた。事情を説明する葉佩にみんなの表情が強ばるのがわかる。葉佩は一応H.A.N.T.を起動してスキャンしてくれたが不審なものは入っていないようだ。

「じゃ、あけてみる」

「気をつけろよ」

「俺やろうか?」

「いや、大丈夫」

私はカバンをあけた。やっぱり中身はぐちゃぐちゃになっている。なにか探していたのだろうと伺わせる。私はひとつひとつ出していった。そのうち。あるものがなくなっていることに気付いて、だんだん恐怖心が薄れてくる。

「ない......証拠がない......瑞麗先生から借りてた犯行動機」

その言葉に察したらしい夕薙があー......と言葉を濁す。

「えっ、なにがないの?」

「マジでやばいやつ証拠にしてたんじゃないだろうな?」

「まあ本人からしたら、死活問題じゃないかなあ」

「え、なんで翔チャン笑ってるの?」

「いや、うん、このカバンの犯人だけはわかったからね。ついでに窓は最初からあいてたんだろうなって」

「えっ、なんでわかっちゃうの!?」

「いやー、だってさ」

私は携帯の画像をみせた。

「一応私も瑞麗先生に証拠として出したやつ残ってるんだけど。これだよ」

携帯を覗き込んだ男性陣が固まる。そこには私しか居ないはずの男湯の窓の向こう側に映り込むすどりん。あるいは宇宙刑事の姿があった。どちらもやたら高そうなカメラを構えている。

「オレが持ってたのは、それだけじゃないよ。被害者の写真もだ。名誉のためにいうけど、封筒からは1回も出してないからね」

「俺が取りに行ったのはそういうことだ」

それは男子の隠し撮りだった。撮影は鴉室洋介、提供はすどりん。可哀想だから買ってる子達に言及する気はないけど、きっと文学部あたりに需要があるやつ。

「俺が確認した限り、毎日ポエムが届いてるやつらは大体被害者だと思っていいぞ」

「すどりんメモっていうイケメンメモ書いてるっていってたけど、もしかして......」

「あーうん、あの時から女子の盗撮はやめたけど男子は言われてないしってやつだね」

「許せない......初めから翔チャンが告発するの知ってて止めるために窓開けてたんだ!!」

「えっ、すどりん来てたの?」

「うん。ほら、B組がお化け屋敷で鏡使うからって借りていったでしょ?」

「あー、そういえば」

「翔チャン、台詞覚えるのに必死だったもんね」

「やられた......まさかそこまでやるとは思わなかったよ。やっちーにお仕置きされてたから無駄な抵抗はしないかとばかり」

はあ、とため息をついた私の肩を叩く手がある。

「安心しろ、翔ちゃんの仇はとってやる」

「さあて、すどりんはどこかな〜?」

「まてまてお前ら、窓を開けたか聞きに行くだけだろ?ちゃんと証拠手にしてからにしろよ?録音とか」

「わかってるって、安心してよ!」

「ならいいが」

すどりん、逃げてー!超逃げてー!といいたいところだが、瑞麗先生通して再三やめろと宇宙刑事たちに警告はしたのにガン無視されたから今回告発しようと思ってたわけでして。私は止める気など微塵もなかったのだった。

なお、1時間後に窓をあけたことを自供する録音を聞いた私は、《墓地》の方で聞こえた断末魔の正体を知ることになるのだった。
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