如来の眼

「江見、残念なお知らせだ。今日この瞬間から君は晴れて江見翔という人間になった。肉体的にも精神的にも完全に融合を果たし、分離するにはそれなりの労力がかかるだろう。まあ、イスの偉大なる種族の前には釈迦に説法だと言わざるをえんがね」

「あ〜......いつかくるとは思ってましたが、男になっちゃったんですね、とうとう」

「あとは肉体に精神が最適化していくだけだ。性的自認も思考も緩やかに男性化していくだろう。鈍化させるには早期に性転換に必要な過程を踏むべきだったが、君はすべて拒否したからな」

「だって、この体を正常な状態で管理することがあたしが今ここにいる存在理由なんですよ、瑞麗先生。江見翔くんの体を勝手に改造することはできません」

「そうか......江見がそう決めたなら私がどうこうできる問題ではないからね。これからについて話そうじゃないか」

「いいですね、これからについて」

「ひとつ聞きたいんだが、君はその体の本来の持ち主についてどれだけ知っているんだ?」

「《宝探し屋》としての経歴と簡単なプロフィールはしってますが、《ロゼッタ協会》に所属する前なにをしていたのかは全くわからないです。イスの偉大なる種族が江見翔くんに接触したのは、《宝探し屋》になったあとだそうなので」

「なるほどな......なにか情報があればよかったんだが、わからないなら仕方ない。ならば注意点として、今の君は江見翔の体と君本来の精神が融合して最適化され固着した状態だ。次第に双方の氣も融合していくにちがいない。いわば化学反応だ。つまり、君が知らないことも江見翔の体が知らないこともたくさん起こるだろう。なんでもいい。ささいなことでもいいから、なにかあったら報告しなさい。江見翔という人間の操縦方法について、説明書を作っていこうじゃないか」

なんとも頼もしい言葉である。私はお願いします、と頭を下げたのだった。

「まずは試しだ。健康診断といこうか」

校舎の前に季節外れの献血車が止まっているのはそのせいか。もちろんエムツー機関の息がかかった病院から派遣されたスタッフも車の施設もまともなもののわけがない。頭の先からつま先まで調べ尽くされるだろう、肉体も精神も。わかりました、と頷いた瞬間に私は車に放り込まれて次出てきたのは放課後だった。表向きは墨木砲介がばらまいた灰色のスライムを体内に取り込んでいないかの再検査のため誰もとがめはしない。學園祭の準備でどこもかしこもおおわらわである。

「とりあえず、詳細は一週間後にわかるんだが......気になるところだけリストアップしてもらったカルテがここにある。江見、君には目の検査を受けてもらう」

「え、目ですか」

「ああ。ライフルを撃ったとき、目の奥が痛そうだったと報告が上がっているんだ」

「ライフル......ああ、言われてみれば眼底あたりが静電気でも走ったみたいに痛かったです」

「なるほど。その時なにを考えていた?」

「なにって、墨木を止めないとって」

「そんなちゃちな思考回路か?銃が明らかに頭部を狙っていたとあるが?」

「あ〜......あれは、スコープを絞りすぎて九龍と墨木しか映らなかったんです。九龍が5発ほど撃たれて倒れるところで頭が真っ白になりました。それで思わず」

「なるほどな。かねがね状況は一致している」

「鴉室さんにはお世話になりました」

「ふふ、それはよかった」

瑞麗先生は笑った。そして、いっておいでと送り出される。私はそこで眼底検査やなにかを測定され、サンプルをとったスタッフたちが機関に送っているのをみた。

そして一週間後たる今日、瑞麗先生の話を聞きに来たというわけである。

「やあいらっしゃい、カウンセリングがお望みかい?」

「こないだの結果を聞きにきました」

「なるほど。じゃあ早速本題に入ろうか。結果が届いているよ、見たまえ」

茶封筒を渡され、私は封をあけてみる。やはりただの身体検査ではなく、みたことのない項目が目白押しであり、バツやらマルやらが書いてある。

「......えっと、やっぱり目が一番変化してます?」

「ああ、そうだね。すでに体に馴染んでいる君には自覚がないかもしれんが、ここまで顕著に出るということはそういうことだ。イスの偉大なる種族による技術で問題なく運用できているようだね。ただ、これからつかえば使うだけ強力になっていく。頭がキャパシティオーバーしたらまた眼底に焼け付くような痛みが走るだろう。気をつけたまえ」

「............これ、ほんとですか?あたし、男になりつつあるんだから、この体に本来あった能力がまた機能し始めたってことでしょう?これ、女性にだけ継承されるものでは?」

私の言葉に瑞麗先生はそうだねとうなずいた。

「さすがはイスの偉大なる種族の支援を受けるだけあるな、もう知っていたか。ならわかるだろ?だからこそ君はその体を守りながら管理しなくてはならないんだ。《天御子》の手に落ちたら取り返しがつかなくなるからね」

「だいたいこの体の素性がわかりました。あとで話を聞いてみます。大気を感じ取ることが出来る、龍脈を見ることができる、見ることに特化した力なんていくつもないはずだし。言われてみれば最近《遺跡》のことにH.A.N.T.より先に気づくことが増えてきてたんで、きっとそのせいですね」

「まあ、おかしくはないんだ。《如来眼》と呼ばれるその力は隔世遺伝だからな。ただ......私が聞いていた話だと孫娘が引き継いで宿星を集めていたと聞いたんだが......。たしかに一年後に弟が失踪して行方不明だとは聞いていたんだがね?」

「ほぼ確定じゃないですか」

「今、また宿星が目覚める事件があちらで頻発しているようだから、また龍脈が活性化している。その影響で新たに覚醒したのかもしれないが......」

「それはこの《遺跡》の封印がとけかかっている間接的な理由でもありますからね。ただ先生もご存知でしょう?弟さんが宿星に目覚めたんだから。一度目覚めた宿星の持ち主が力を喪失するのは継承されたときだけです。たった6年で失うはずがない。初めからその弟さんが継承していたんですよ、きっと。姉の立場がなくなるから黙っていたか、周囲を誤魔化して姉に伝えていただけで。だから失踪したのでは?」

私はためいきをつくしかない。この体の持ち主が襲われる理由に察しがついてしまったからだ。

九龍妖魔学園紀の前作は東京魔人学園、文字通り龍脈の活性化により宿星という超能力に目覚めた魔を宿す人が宿敵を倒すために次々と覚醒していく事件が1999年にあった。2004年、つまり今年は別の宿星に目覚めた双子が主な舞台だった真神学園て場所で事件を解決する話がただいま進行中なのである。ちなみに小説版だ。

瑞麗先生がいっている《如来眼》は魔人学園では出てこない。三部作である二作目にでてくる。学園の創立にかかわった時諏佐百合(ときずさ ゆり)という美女が龍脈の吹き出る気穴を見る「如来眼(にょらいがん)」の力を持っていた。その子孫が直接魔人学園に登場することはないが、真神学園の校長は「時諏佐槙絵」という人物となっている。宿星はわからない。戦闘には参加しないからだ。

二作目の主人公が仲間と出会うのは時諏訪がその力を使って宿星に目覚めるであろう人材を集めていたから。一作目の一部の仲間たちが鍛えられていたのも予め宿星に目覚める若者を見つけ出して師範をあてていたのでは、という考察をみたことがある。

この《如来眼》という力はヒロインの力とついになっているらしく、隔世遺伝だとするなら校長先生から誰も引き継いでいないのはおかしいと思っていたら孫が継承していたようだ。《如来眼》は女性しか継承しないから1999年時点では姉が継承して宿星を集めるために協力していたのに弟が失踪して、今私が検査をしたら覚醒していると判定がでるなんておかしすぎる。

なにかあったんだろうなあ。わざわざ出奔してまで《ロゼッタ協会》に入るなんて。

そこまで考えたときに、魔人学園からの継続キャラでなおかつ依頼人などのチョイ役ではなくがっつりかかわっている人を私は知っている。しかも《宝探し屋》5年目になる江見翔と前から知り合いであるにもかかわらず、唯一私が憑依したあともなにも聞いてこなかった人物だ。他の人たちは五十鈴さんが捏造した診断書により《天御子》と接触したせいで精神に異常をきたしたという診断結果を信じて気をつかってくれていた。前と後で態度が全く変わらないのもおかしな話じゃないか。これは詳しく話を聞かないと。

「江見、まだ龍脈は見えないようだが、大気の流れは感じとっているんだ。そのうち見えるようになるだろうがね、《遺跡》に連日潜っているようだから。もし、なにか違和感を感じたらこれを飲みなさい。鈍化させる漢方。あと眼鏡だ。余計な情報を遮断してくれる。ないよりはマシだろう」

「九龍が仕入れに張り切っちゃって......」

「あはは、それは大変だな」

がんばりなさい、と肩をたたかれてしまった。私はチャイムがなるのを確認して男子寮に戻った。話を聞くには誰もいない時間帯を狙った方がいいだろうと思ったからだ。

「やあ」

亀急便のJADEさんである。私は茶封筒を渡した。

「もしかしてJADEさん、オレの事情ぜんぶ知ってました?」

「ああ、いつか来るとは思っていたよ。答えはYESだ。《ロゼッタ協会》に手引きしたのは他ならぬ私だからな。時諏訪家と如月家は学園創立以前から付き合いがあってね、慎也とは親戚みたいなものだった。よく相談に乗っていたよ。跡取りの姉と扱いが違うとか、《如来眼》に目覚めてしまったどうしようとか。よくしてくれたおじさんが人外だった、とかね」

「やっぱり」

JADEさんはわらう。

「慎也は《如来眼》のせいでだいぶ苦労したんだ。継承できなかった姉の立場を考えて頑張っていたよ、まだ中学生だったんだがな。そうして、宿敵を倒した今となっては継承する必要はない。継承するかどうか選べるようにするにはどうしたらいいか、調べたいと私に相談してきたんだ」

「そして、《ロゼッタ協会》に?」

「途方もないことを可能にすることができる秘宝をあそこは扱っているからな。だから諜報員として送り込んだんだ、潜伏からの支援が基本だから《遺跡》に入る機会は少ないし死ぬことは無い。情報は確実に手に入る。私も人探しをしていてね、慎也が手伝ってくれていた」

「あれ、じゃあどうして皆神山に?」

「メインで動くはずの《宝探し屋》が行方不明になって慎也が調査に向かった矢先だったよ。まさか放棄した拠点にやつらがまた現れるとは思わなかった」

「ああ......1700年振りですもんね、予測するのは無理だわ」

「まさか《ロゼッタ協会》にイスの大いなる種族が紛れ込んでいるとはね。しかも慎也が《如来眼》を持っていたから興味を持たれて助けられるなんて誰が思う」

「あれ、そこまで把握してるんですか」

「当然だろう、慎也は4歳しか離れていないからな。弟みたいなものだ。擬体に関する知識が欲しいから宇宙旅行するといって聞かないからな......諦めたよ」

「もうちょっと頑張って欲しかったです、JADEさん」

「すまない......まさか女性が新たな持ち主になるとは思わなかったんだ」

「いや、そういう問題じゃなくてですね」

「昔から宿星に振り回されてきた慎也を見ていたからつい」

「ついじゃなくてですね。そこまでしってたなら、なんかしらのサポートしてくださいよ。こっちはどんだけ苦労したと思ってるんですか」

「おや、今の境遇についての怒りじゃないのか?」

「それはないですよ。天御子に私が狙われた理由なんて知りませんが、化人になる未来よりは精神交換で保護された方がマシです。嫌だからって逃げ出したら、今度はさらに猟犬に追われることになるんですよ?私は充分恵まれてます。だからこそ思うんですよ、なんで安くならないんですか?」

「それはそれ、これはこれだ。慎也にもそこだけは話を通しておいたからね。諦めてくれ」

「えーッ!?血も涙もないですね?!」

JADEさんは笑った。

「慎也より君は優秀な《宝探し屋》だ。だからつい見守ってしまう」

「いや、助けてくださいよ。《如来眼》なんて扱い方わかんないです」

「ああ、そうだな。それについては教えよう。ただ男性の体だとだいぶ違う効果を発揮するらしくてな、しかも君が入っているとなると......。長丁場になりそうだな」

「うっそでしょ」

私は頭を抱える羽目になったのだった。
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