カゴの中の瞳2

「翔さん、そちらのダンボールをテーブルまで運んでいただいてもいいですか?」

「これ?」

「いえ、横の......緑色のガムテープがはってあるものです」

「了解......って重いなこれ?なに入ってるの?」

「學園祭に向けて配布する冊子です。今年はみなさんちゃんと期限内に文芸作品の創作と、その合評を提出してくださったので、頑張ってみました」

「これから製本するんだね」

「はい。みなさん、毎年クラス発表の準備に追われているので、私だけでやってしまおうかと。今年は翔さんがいてくれて助かります」

「えっ、毎年月魅だけでやってたの?!」

「私の代で伝統を途絶えさせる訳にはいかないので。20分くらいしたら2年部員が3人ほど来てくれるはずなので、テーブルに並べてしまいましょうか。1枚ずつ並べて最終的にホッチキスで止められるように」

「そっか、よかった」

「私もほっとしています。今まで頑張って来てよかった。次はあの子たちに任せようと思います」

文学部は男手が足りないとのことで、學園祭に向けた準備を手伝っている私である。図書室の奥にあるテーブルを固めて四角をつくり、A4用紙をまとめておいていく。

七瀬の頑張りもあり、じわじわとではあるが月に1度の頻度で開催している部内合評会、読書会や勉強会も出席率があがっているらしい。引き継ぎのことを考えて、扱っていいジャンルは、小説、漫画、詩歌、映画。文字媒体に関わっている文化的作品なら何でもいいと開き直ったら、神妙な顔をした後輩達が1冊くらいは小説に取り組まないといけないと思ったようで、手にしてくれることが増えたという。翔さん本当にごめんなさいと何故か謝られてしまったので、手元のこの作品集の中にはどれだけ私から提供されたネタが使われているのかちょっと怖くなったのはここだけの話だ。同級生たちの出席率がよくなったのは明らかにそのせいだよなとも思ったりする。

ガワだけ見れば立派な部誌に収録される作品は、すべて部員が鋭意執筆したもの(小説、エッセイ、詩など)だ。集まった原稿を自分たちで構成、編集して部誌として製本し、配布する。建前は完璧である。

「ちょっと読んでみていい?」

「あ、はいどうぞ」

パラ読みした限り、寄稿した作品は合評会で相互批評の俎上に載せられ、個性と知性相溢れる部員たちによるさまざまな角度からのフィードバックされている。

定例会では、昼食を交えながら各々執筆の現況や次回作のアイデアを語りあったり、文学談義に華を咲かせたりしているらしいことがうかがえる。

「担任の先生の授業だけ成績悪くて毎日居残りするとこんな感じになるんだね」

「............本当にごめんなさい、うちの部員の食いつきがとてもよくてつい」

「まあ、気持ちはわかるよ。これが私じゃなくて美人な女子生徒だったらもっとよかった。まさか引き継ぎだなんて思わないよね、みんな」

「まさに現実は小説より奇なり、ですね。宇宙人の潜入員の引き継ぎだなんて作家が提案したら編集者に却下されるようなチープさですよ」

目をキラキラさせている七瀬に浮かぶのは苦笑いである。《ロゼッタ協会》とイスの偉大なる種族からくる引き継ぎだ、あながち間違っていないから困る。チープで済んでしまうオカルト少女が一番怖いんだけども。

「ええと、ホッチキスは......」

「あ、カウンターからとってくるよ」

「ありがとうございます。私、冊子をまとめ始めますね」

「うん、わかった」

私がカウンターに顔を出すと、キョロキョロあたりを見回している白岐と目が合った。

「あ、月魅に用かな?白岐さん」

「え、ええ」

まさか生理的に嫌っている人間が現れるとは思わなかったらしく、白岐の顔がこわばる。戸惑っているように見えて、手に取るようにわかる怯え。幼稚園児じゃないから仲良くしましょう、なんて虫がいいことはいわない。

怖がっている相手の視界に入るのは可哀想だからと私はなるべく白岐の傍には近寄らないようにしてきた。初対面の頃からイスの偉大なる種族の気配を感じている上に、大和朝廷の巫女から救いの手を求められたのに拒否したものだから、その時感じた絶望や悲しみが白岐に残滓として残るのだから、嫌われても仕方ない。私には私なりに譲れないことがあるのだから尚更、私にできることは七瀬と交代することだ。

「ごめんね、すぐ変わるから」

「......あ、あの......ごめんなさい」

泣きそうな顔で謝られてしまう。俯いてしまう。私は肩を竦めた。

「謝ることないよ、白岐さんは悪くないさ。月魅、白岐さん」

「はい?」

「月魅探してるみたいだからいってあげて」

「あ、はい、わかりました」

七瀬はあわててこちらに走ってくる。私はホッチキスが大量に入った箱を持って奥にひっこんだ。そしてやりかけの冊子の枚数を確認して重ねてやる。どうやら天香學園の印刷機はまとめて一気に冊子を作ってくれない不親切設計らしい。2004年てこんな性能だったかな。15年も経てば電子機器も進歩するものである。
かつての事務環境を懐かしく思いながら私は冊子をまとめていた。

「......呪いってどういう意味ですか?」

やけに響く七瀬の声に私は思わず手を止めた。

「......白岐幽花さん、あなたは時々窓の向こうから《墓地》を見る度に學園は呪われていると呟いていますよね。前から思っていましたが、それは一人言なのでしょうか。それとも今のように翔さんと私が友達だと知っていながら、呪われていると口にしたのと同じ意味なのでしょうか。教えていただけませんか?」

「......ごめんなさい、そういう意味ではないの......」

白岐の戸惑いがちながら否定する言葉と、どういう意味か詰問する七瀬の声が響く。たまらず私はカウンター席にむかう。汗が吹き出すのがわかった。これは修羅場というやつではないだろうか。

「......わかってはいるの......。江見さんは、思っていたよりもずっと優しい人だということは......八千穂さんや葉佩さんたちとのやり取りをみているから......」

「ならどうして?」

意外だな、と私は思った。目が合うと悲しげな顔をして顔を背けられてしまうから、嫌われているんだと思っていたのに。白岐からするとやっちーや九龍など好感度が高い人間と一緒にいる私は悪い人間ではないと思うらしい。まあ、背後を怖がっているから同じだろうか?ヤクザの子供がいくらいい子でもヤクザは怖い。ヤクザの子供はいいこだとわかった、みたいな?

「......わからない......わからないの......。私の前に立ち塞がる人は多いわ......でも江見さんは......その一人ではないとわかっているのに......。どうしても......どうしても......學園の呪いと......江見さんが......重なってみえてしまう......。災いをもたらすんじゃないかと、なぜか心配になってしまうの」

「そこまでいっちゃうか」

「翔さん!」

「......ごめんなさい」

「いや、私が悪いんだけどね。怒らないであげて、月魅。譲れないものがあるとはいえ、先に宣戦布告した上に手を振り払ったのは私の方だから」

「......でも......。私は、嫌です。友達を呪われているといわれるのは、嫌ですよ」

「まあまあ、落ち着いて。白岐さんはそうとしか言えないんだよ。生理的に嫌って人くらいいるだろ、月魅にもさ」

「......翔さん」

「......あなたと話をしていると寂しくなる時があるの......。お互いの感じ方が違いすぎるせいかもしれないけれど......わたしは、あなたが分からない......。どうして、あなたは、許してしまうの......?」

「......えーっと?」

「......あなたは、いつもそう。だから、わたしは......言葉をなくしてしまうの」

私は七瀬に助けを求めることにした。

「えーっと、《生徒会長》もそうだけどさ、嫌われてると思ってた相手に限って、ものすごく心配されるのってなんでだろうね、月魅」

「古人曰く『愛の反対は憎しみではない無関心だ』。白岐さんと翔さんがどんなやり取りをしたのかはわかりませんが、無関心であること、関わりを持たずに傍観者であることが愛の対極にあるといいます。白岐さんはどんな感情であれ翔さんに関心があるわけですから、翔さんが白岐さんにしている対応はむしろ辛辣なのではないでしょうか?」

「そうなの?」

「......わからない......。ただ、一番不思議なのは、今、なんとなく、心地いいと感じている私がいるわ......」

「あー、なんかごめん。こんなことならもっと早く話したらよかったね」

「......わたしの方こそ、ごめんなさい。わたしばかりがあなたを傷つけているのに止められなくて、辛くなってしまうの」

「白岐さんは何とかしたいと思ってるのはよくわかったよ」

私の言葉に白岐はどこかほっとしたように笑った。はじめてみた気がする。七瀬も機嫌が治ったみたいで良かった。

「参考ついでに聞きたいんだけどさ、私のどこが怖いの?具体的にいうと。体?魂?精神?オーラ的ななにか?」

なんとなく聞いた事だったのだが、今は魂魄に刻まれたオーラが怖いと言われてしまって凹むことになるなど私は思いもしないのだ。イスの偉大なる種族より怖い私のオーラってなんだよ。

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