おしゃべり迷宮4

この世界にはかつて葉佩が屠った敵、化人や《生徒会執行委員》の偽物が襲いかかってくる。蝶の迷宮というエリアであり、いわゆるレベル上げの場所だ。《遺跡》の到達具合いで行ける階層は連動しているらしく、その先に行こうとしても硬い扉に閉ざされている。9階層ごとに《魂の井戸》が出現するのだが、お目当ての食材が手に入らないからと駄々をこねる葉佩によりどんどん下におりていく。

はじめこそ愚痴っていた皆守だったが、だんだんしゃべることすら億劫になってきたのか口数が壊滅状態になってしまった。どこまであるのか調べたいという気配を感じてたまらなくなった私は999階あるという事実をものすごく伝えたくなったが堪えた。

この空間は異空間だ。時間の流れが死んでいる。この世界でいくら過ごそうが現実世界では一分も流れていないという世にも奇妙な物語のため、葉佩が下手したら行ける所までいくと言い出しかねなかった。

一応死んだら現実世界に戻れるが、口が裂けてもいえない。覚悟を決めて私は足を踏み入れた。

「九龍、この先に隠し部屋があるみたい。気をつけてね」

扉の向こうにいこうとする葉佩に声をかける。

「九龍、大気が流動してるよ。どこかから風が来てない?」

別の階層にいく階段の途中で注意を促す。

「九龍、敵忘れてない?右の区画にいるよ」

最後の一体はこちらで始末した。

基本H.A.N.T.に探索技能を丸投げして戦闘技能にばかり特化している葉佩を見ていると気が気ではない。おかげで私はH.A.N.T.を初期からたびたび大幅なバージョンアップの必要性にかられてきた。

敵の位置や配置、個体の情報を区画に入った瞬間にH.A.N.T.に表示させたり、隠し部屋やトラップについて感知性能を上げたりした。

にもかかわらず、葉佩はスルーするときがあるのでたまらず私は口に出してしまう。あとからH.A.N.T.が反応するので黙っていればよかったかと思う時もあったが、敵影の移動が開始されたところだったので結果オーライだ。

ありがと〜ッ!という声が聞こえてくるあたり、まだまだ葉佩は絶好調らしい。

「なんでわかるんだよ、お前?」

不思議そうに皆守がいう。頑丈な扉の前で声をかける私が葉佩が気づいてすらいないところを指摘するのだから、はたから見たらすごいのかもしれない。

「宇宙人の技術だよ」

実際は職業病だ。H.A.N.T.の音声をひたすら聞き続けて5月から7月までの2ヶ月間ひたすら一人《遺跡》にこもってきたせいか、経験と知識があいまって脳内音声を垂れ流すようになってしまったのである。いくら蝶の迷宮が完全なるアトランダムとはいえ、999階層もあると似たようなパターンはだいたいわかってくる。

その区間がどんな形をしているのか外側から確認できるのだから、あとは鳴き声やら葉佩の使う武器の内容からだいたい把握はできる。あと葉佩、戦闘中はしゃべりまくるタイプだから実況中継聞いてる気分だ。

ここは似ているのだ。私がイスの偉大なる種族に放り込まれたある《宝探し屋》の記憶の宮殿と。諜報員ながら5年間も生還してきた《ロゼッタ協会》の《宝探し屋》の技術すべてを会得しないと出られなかったおぞましい鍛錬場によく似ているのだ。
世にも奇妙な物語で死刑囚の男が薬物投与により5分間であらゆる責め苦を味わい30日間絶え間なく拷問された結果廃人になったが、体感的には似たようなところだった。

ここは葉佩と皆守がいて、休憩時間も適度にとれるし、なにより頑張れば帰れるからずっとましである。

「第3の目ってやつか?それともこう透視?」

「それは神鳳や白岐でしょ?あたしのは単なる経験だよ。膨大なパターンを覚えているだけ。彼らの技術は高度すぎてあたしには扱えないからね」

「それをH.A.N.T.に転送してるわけか。前から思ってたが、おまえ、ほんとに九龍に甘いよな」

皆守は呆れたようにいう。ぽつぽつとではあるが自然と会話は生まれるのだ。新たな区画の化人の掃討に一生懸命になると私たちは置いてきぼりだ。守れないから絶対に入るなと言われているので扉の前で立ち往生することになる。互いに沈黙するのは気まずいのだ。

「なにいってるのさ、あたりまえでしょ。この空間突破できるの九龍だけなんだから。九龍が死んだ瞬間にあたし達死なばもろともなんだけど。そこんとこ分かってる?」

「わかってるさ、もちろん」

「縛りプレイする余裕なんかないわよ、あたしには」

「......そうか、そうだったな。翔なりに必死だったな」

「そうだよ」

「............俺も俺なりに必死なんだけどな」

「否定してるわけじゃないんだから、そんな顔しないでよ。あたしがいじめてるみたいじゃない」

「どんな顔だよ」

「手鏡あるけどみる?」

「いや、いい」

「そう」

「あァ」

しばらくの間、沈黙がおりた。

「最近、無表情じゃなくなってきたよな、お前。転校したてのころ、時々無表情だったのは、もしかして体が馴染んでなかったからか?」

「え?たしかに気を抜いたらすぐマネキンみたいになるから苦労してたよ。それがどうかしたの?」

「......気を抜いたら?わざとじゃなくてか?」

「うっわ、なにその反応。もしかして意外とマネキンになってた?」

「ああ。てっきり無視されてるのかと思ってたぜ」

「言ってくれたら治したのに。瑞麗先生にそんな笑顔しても隠せないから無駄だぞって言われたから甲太郎もそうかと思ってたよ。なにかに気づいたような反応してたからさ」

「............あー......そういうことかよ。無表情なのはお前なりにリラックスしてたってことか。まぎらわしいな」

「だからごめんって。体と魂が融合始めたからか、違和感なく反応できるようになったんだから許してよ」

「いや、それはそれでやばいだろ、お前。なんでそんなに冷静なんだよ」

「冷静じゃないよ。考えないようにしているだけ。どうにもならないことに悩むなんて時間の無駄だし、体にも良くないでしょ」

「おまえな......」

皆守はちょっと笑った。

「なんでそういうとこだけ......」

「え、なにそれ笑うとこ?」

「............いや、なんでもない。ただ、俺の勘は正しかったんだと思っただけだ」

「ふうん?」

よくわからないが皆守が機嫌が良くなってなによりである。そうこうしているうちに、葉佩が私達を呼ぶ声がした。

ボスを倒し、最後の扉をあけると《魂の井戸》が出現した。

「みんなおつかれ〜。休憩しよっか」

皆守がこの空間で入手したものは意地でも食わないというものだから、先を見越していたのか葉佩は自室と繋がる井戸から炭酸飲料を出してくる。冷蔵庫から取り出すところを見せられては無言で受け取るしかない皆守だった。

「ほい、翔チャン」

「ありがとう、九龍」

私はなんの抵抗もないので滋養強壮のスープをもらった。

「お前よく食えるな......」

「おいしいよ?」

「いらねえよ」

「プリンいる?」

「あ、ちょうだい」

「......入手先はどこだ」

「卵もゼラチンもマミーズだけど」

「..................いる」

「おお、とうとう盗品から作ったやつだとわかってるのに受け取った。甲太郎疲れてる?」

「なんでお前は疲れないんだよ......」

「マラソンしてるからかな?」

「それだけなわけあるか」

まあ、私は客観的に今の状況把握できるからなあ。皆守みたいに訳の分からないところに連れてこられて、散々連れ回されている訳では無いから。わかっているのとわからないのでは疲弊の仕方にも違いが出るのかもしれない。

「今何階かなあ」

「しらねえよ」

「ずいぶんたったしねえ......どうだろう?9階ごとに休んでるわけだから......ダメだな途中で数えるの脳が拒否し始めたから」

「九龍がわからないなら誰もわからないだろ」

「あはは、たしかに」

「あと一個、あと一個でないんだよッ!」

地団駄をふむ葉佩にいい加減諦めるよう皆守がいいかけたところで、《魂の井戸》全体に女性の声が響いた。

「ちょうちょ、ちょうちょ、なのはにとまれ」

童謡を口ずさみながら現れたのは、ついさっきまで紫の蝶の姿をしていた謎の美女だ。外見は派手なドレスに身を包み、蝶のアイマスクで目元を隠している妙齢の女性。 九龍内でおそらく二番目におっぱいがデカい。 謎めいたセクシーなおねいさんが『ちょうちょ〜ちょうちょ〜』とを歌いクルクル回る。

固まっている皆守と私を横目に葉佩の表情がばっと明るくなった。

「マダムバタフライ!」

「ふふふ......ようこそ、私の迷宮へ」

「だれだよ、九龍」

「この迷宮の主だよ。物々交換してくれるんだ。回数に応じて交換できるアイテムが増えるんだよ。要らない食材系アイテムはここで交換するんだ」


シストの弾み車
王様プリンとの交換で手に入る。 孔雀の羽と調合して浮遊輪にするとAPが上がり消費APも減る素敵オーパーツ。

翡翠の仮面
紅葉鍋と交換で以下略。女神の真珠と調合して叡智の仮面にすると入手経験値が上がる効果がある素敵オーパーツ。

パルティアの壷
タンシチューとの交換以下略。陶片と調合して賢者の壷にすると同一の敵から複数のアイテムが獲得できる。

「まさかとは思うがなかなか出ようとしなかったのは制はするためか?」

「うん、そうだけど?」

「遺言だけは聞いてやる。さあいえ」

「やだなあ、潜りたいっていったのお前じゃん」

「それならそうと先にいってよ、九龍」

「電気銃構えないで翔チャン、さすがに麻痺したら甲太郎の蹴りよけられない!」

「避けなくていいよ」

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