「図書室へようこそ、翔さん。《生徒会長》から話しかけられていたようですが、大丈夫でしたか?」
「ああ、うん、まあね。《遺跡》にこれ以上近づくようなら容赦はしないって今更忠告されたよ。死んだらそれまでだから敵の心配するなとはいったけどね」
「そうですか......。ほんとうにそれだけですか?それとも何か悩みがあるのですか?」
「え?」
「古人曰く『夜になって星が輝き始めるのは、悲しみが我々に真実を示してくれるのに似ている。』悩むことによって、色々と見えてくるものもあるはずです。まずは悲しい出来事を受け止めることが大事だと思いますよ。もし一人では難しいようなら、私も力になりたいです」
「月魅......。ありがとう。実はさ、オレと九龍があった江見睡院は偽者だからこれ以上接触するなっていわれたんだ」
「えっ......それは......本当なんですか?」
「うん......。18年前は《阿門》の名前がつく生徒も教師も見つけられなかったけど、親戚、縁戚って形でなにかしらいたんだろうね。少なくても《生徒会》は影響下にあったはずだ。なんで断言できるのかははぐらかされちゃったよ」
「......そうですか」
「阿門の父さんがオレの父さんのことを最期まで後悔してたっていってたんだ」
「───────それはッ」
「まるで父さんが死んだみたいに聞こえる。でも、行方不明になった人間しか埋葬しない《墓地》には江見睡院の墓石はあるんだよ。死んだら九龍の前の人みたいに埋葬すらしないはずだろ?しかも棺桶は内側から無数の引っかき傷があるんだ。ほかの墓とは明らかになにかが違ってる。だから父さんの体が乗っ取られてる今、18年前になにかあったのは間違いないんだ。また会おうっていってたから、問い詰めなきゃ」
「......そうですか、そんなことが......」
しばし月魅は考え込んだ後、不思議そうにつぶやいた。
「阿門さんが《生徒会》以外の人と話しているのを見たのは初めてです」
「ああ、うん、個人的に話したかったみたいだよ。驚いたけど」
「そうなのですか。......あの人なりに翔さんのことを気にかけているのでは?」
「そりゃ、転校初日から敵だと隠しもしなかったからね」
「いえ......それだけではない気がします」
「あ、やっぱり?月魅もそう思う?だから私もどう対応していいもんか迷ったんだよね。なにもわからないから突き放す態度とったら、こっちの興味引くようなこと話してくれるし......悪いことしちゃったかな」
頬を掻く私に無理もないですよと月魅はうなずいてくれた。
私は5月からずっと江見睡院を探すために一貫して行動し続けている。それは江見翔というキャラクター設定で天香学園に潜入するうえでなによりも大切な行動指針であり、《ロゼッタ協会》の大切な同僚にして先輩たる江見睡院を助けるためだ。この天香学園の真相に世界で最初に気づいたであろう実力者を失いたくない。尊敬に値する誰もが実力ある人間だったというくらいなのだ。しかも葉佩があれだけ取り乱すんだ、《ロゼッタ協会》の中でもそうとう精神的な支柱だったことがうかがえる。今や私自身の行動原理にまで昇格していた。
阿門が私の行動をあらゆる人間から聞いているのは事実だろう。皆守だったり千貫さんだったり《生徒会》にあがってくる報告書なり。
阿門自身は阿門一族最後の生き残りとして実直なまでに《墓守》の運命を真っ当しようとしているだけのまともな感性をしている18歳の青年だ。
母親も父親も亡くし、千貫さんと豪邸に一人暮らしの阿門は、寂しかったから《生徒会》に傀儡をたてずに自分がなったといっていたはず。だから、取手たちのように私をかつての自分と重ねているのかもしれない。宿敵といえる立場の私が敵視することはわかっていたはずなのにわざわざ話しかけてきたんだから。案外、敵だからわかる、妙なシンパシーというやつだろうか?
まさか父親が出てくるとは思わなかったが、たしか父親は皆守みたいな才能ある人間を選んでは《黒い砂》の影響下において《生徒会》を組織していたはずだ。大人だから背後から操る体制だった。《執行委員》は存在しなかった。すべて《生徒会》だけがこなしていた。江見睡院の時代はもっと小規模なぶつかり合いのかわりに交流の余地もないから初対面から《遺跡》の可能性もある。初めから敵対が濃厚なのに、悔いていた?数多の《宝探し屋》を屠っておきながらなぜ江見睡院だけ?
考えれば考えるほどわからなくなる。阿門の言葉からさっするに死の間際まで父親が江見睡院のことを後悔していたことになる。阿門がそう思ったわけではなさそうだ。
一体なにがあったんだろう、18年前に。どう考えても江見睡院が今あんなことになっている何よりの原因があったのだとしかいえないが。
うーん、わからない。わからなすぎて混乱してきたぞ。なによりなぜ今私にそんなことを話すんだろう。
「でも、よかったです」
「え、なにが?」
「だって翔さん、ここのところ考えごとばかりしていたでしょう?時計ばかり気にして、はやく学校が終わればと願ってやまない顔をしていましたから。気づいていますか?ようやく表情が顔に出るようになったんですよ」
「えっ、そんなに?やっちーにも言われたんだけど」
「やはり気づいていませんでしたか......。あの人が声をかけたのはそれもあるのではないですか?どうやら翔さんとあの人は因縁があるようですから」
「あはは......心配させちゃったのかな......そうか、そんなにか......」
《遺跡》に潜む闇に魅了されている、か。心当たりがありすぎて私は苦笑いしか浮かばないのだった。
「翔さんが元気になったことですし、相談したいことがあるのですがいいですか?」
「うん?」
「私、文学部の部長もしているのですが、部員のみなさんライトノベルばかりでほかのジャンルの本をなかなか読んでくださらないのですよね。最近の若者は読書離れが進んでいます。この事態を翔さんはどのように思いますか?」
「うーん、そうだな。とっかかりがあれば案外本は読むと思うんだよ。ドラマや映画の原作とかね?とっかかりがないんじゃないかな、みんな」
「なるほど、みなさんの好奇心を刺激するということですね。それをうまく読書に結びつけたら事態は変わるのかもしれませんね。参考になります」
「こういうのって、本を読める家庭環境だったかも大きいからね。私らだけの問題ではないよ」
「たしかに。読書の楽しさを教えられない現代の体制にも問題があるのかもしれませんね。現在は様々な娯楽が溢れています。けれどもそんな移り変わりの激しい時代だからこそ、いつまでも変わらない輝きを放つ名作に目を向けてもらえるよう、そう思う私たちが読書の素晴らしさを伝えなければいけない。これは図書委員である私の使命だと思っています」
「ほんとに月魅って、意外に熱血キャラだよね……」
「もちろん、翔さんも手伝ってくださいますよね?」
「ああうん、手伝えることならやるよ?話題作を並べたりとか色々あるよね」
「ありがとうございます!翔さんがいてくれると助かります。さっそくなんですが、教えてください、翔さん」
「え、なにを?」
「萌生先生からの引き継ぎって具体的にはどんなことを?機密事項にひっかからない程度でいいので教えていただけませんか?実は文学部で出す作品の進捗がなかなか捗らなくてですね」
「月魅」
「ついでに今までで1番こまったことを教えてください。私、1日だけだったので」
「ネタにするつもりだね、月魅」
「......部員の中にはネタが浮かばなくて発狂してる人がいるんですよ、冬の祭典に間に合わないと。學園祭にまで支障をきたしかねないので」
「目を見て言ってよ、月魅。それ、きみのことじゃないだろうな?」
「違いますッ!断じて違いますッ!私はまだそっちの沼には落ちていません!」
「ほんとに?」
「ほんとですよ。だいたいみなさん漫画やアニメ、ゲームの二次創作ばかりで私のような小説ジャンルの人はなかなかいないんですから」
「そっか」
「はい」
「すどりんの盗撮からネタをもらってるとかないよね?信じていいんだよね、月魅」
「えっ、誰ですかそんな不届き者がいるんですかっ!?」
「瑞麗先生から注意喚起が来たんだよ......」
「えええ......」
元カメラマンのアムロなんとかさんが、すどりんに買収されてるかもしれない事実に私は頭が痛いのだ。通りで被写体にブレがなくて綺麗にうつっているはずだよ。
「ないですけど、文学部の人に誰も買ってる人がいないとはいいきれない......」
「いつの時代も元気だよね。今はあれかな、テニスの王子様あたり?案外九龍あたりの噂もそっちからだったりしてね」
「えっと、つかぬ事を伺いますが翔さんまさか先輩にあたるのでしょうか?」
「さあどうだろう。月魅が原稿みせてくれたら考えるよ」
「よく誘われるのですが私は興味がありませんのでよくわかりません」
口が裂けても九龍妖魔学園紀で沼に落ちたんだとはいえない私だった。はやいもので15年も前の話だ。一度落ちたらもう手遅れなんだよなあ。遠い目をする私になにかを察したのか月魅は文学部に誘ってきた。やめて。まじでやめて。今はそれどころじゃないんだから。