あの日から平日は昼の間に男子寮にいることが出来ないため、土日祝日は自宅で江見睡院さんに会えないか待機している私だが、あれきり会えないでいた。手紙が入っているタイミングを見計らってドアをあけても、一陣の風が吹き抜けるだけだ。
11月に入ってから《生徒会執行委員》の襲撃がやみ、ファントムも目立った動きを見せない。気持ちの緩みもあるのだろうか、私も葉佩も変化を求めていた。
私の部屋のポストを見ては代わり映えのしない手紙に落胆し、《遺跡》で江見睡院を探して見落としていないか回廊を探す日々である。
バディと《遺跡》探索を続ける葉佩はそのうちショックから立ち直り始め、笑顔をみせるようになった。私も一安心である。
そんな代わり映えのしないある日のことだ。
「學園祭?」
「うんッ、そうなの〜ッ!天香學園の學園祭は毎年11月の第2土曜日なんだよッ!」
《生徒会》も《執行委員》も動きを見せない膠着状態なのを葉佩と不思議に思っていたら、やっちーがそんなことをいいだした。
「いつもは10月下旬から準備期間なんだけど墨木クンの騒動で今日からになっちゃったんだよね〜。2週間しかないからいつも以上に忙しいよッ。だから《生徒会》のみんなも忙しいんじゃないかな?」
..................あっ、ああああああああぁぁぁ思い出したッ!たしかに言われてみればあったなそんなイベント!ドラマCDだったから忘れてたわ普通にッ!!
そりゃファントムは活動しないし、《生徒会》も《執行委員》も動きがないわけだわ!忘れてたけどここ学校だったねそういえば!3年の2学期だからあらかたのイベント終わってるし、中間テストも終わってあとは学期末テストだけだと思ってたわ!
ようやく今の状況を把握した私とは違い、疑問符が飛びまくっている葉佩である。
「やっちー、学園祭ってなーに?なんかすっげえ楽しそうな雰囲気だけど」
「あっ、そっか〜。九龍クン海外ぐらしだったからわかんないよね。う〜ん、でも改めて説明するって結構難しいかも?」
「じゃあオレが説明するよ、九龍」
「さっすが翔クン、頼りになる〜」
「じゃあ静かに」
「は〜い、翔チャン先生〜」
葉佩に軽く説明してやる。學園祭とは、日本において生徒の日常活動による成果の発表などの目的で行われる学校行事のことだ。学校によっては文化祭、学校祭、学院祭などと呼ぶ場合がある。
日本のように学校教育の一環として毎年全員参加型の文化祭が開催されている例は世界的に見て珍しい。
正規の教育課程であり、生徒の履修(出席)が義務づけられている。その開催日時および準備日時は、出席しなければならない日数および授業時数に算入される。
主に各学級ごとに創作活動、演劇発表、文化部の発表会、模擬店の開催などが実施される。
多くの学校では文化祭を一年に1回開催し、文化祭の運営は、児童会・生徒会の下に設けられた「文化祭実行委員会」などの組織が中心となって行われる。他行事と交互に実施するなどの理由により、2年または3年ごとの開催である学校もある。
「あ、うちは《生徒会》が管理してるよ〜。企画書とかを出して、承認もらえたイベントができることになってるの」
「へえ〜、そうなんだ。そういうの聞くとちゃんと《生徒会》らしいことやってるんだな〜」
「九龍クンが来るまではちょっと権限が強いだけの《生徒会》だと思ってたからそういわれると困っちゃうんだけどね」
「ふむふむ、なるほどなるほど。學園祭が終わるまでは《生徒会》も動けないわけだ。自分たちにとっても最後のイベントだもんな」
「そういうことっ!だからね、九龍クンにも學園祭楽しんでもらいたいなって思うんだ。ここのところ、《遺跡》に通いつめてるし、学校にいるときくらい楽しまない?残り少ない学生生活を謳歌しなきゃ。ね?」
「いいね、いいね〜。俺、こういうイベント初めてなんだ〜。楽しみだな!よ〜し、そういうことなら俺がんばっちゃうぜ、やっちー!な、翔チャン」
「そうだね。ファントムも父さんもあれから姿を見せないし、少しくらい息抜きしてもいいかもしれない」
「ほんとッ!?ほんとにほんと?ありがとう!よかった〜......。あの日から2人とも落ち込んでるし、ショック受けてるし、《遺跡》ばっかりで上の空だからみんな心配してたんだよ〜?事情が事情だから下手なこといえなくて、見守ることしかできなかったんだからねッ!」
このこの〜!と嬉しそうにやっちーが肩を叩いてくる。
「うあ〜、やっちゃったな〜。俺としたことが《愛》を振りまくんじゃなくて《悲》を振りまいてどうすんだって話だよな〜。ごめんな、やっちー心配かけて!」
「ほんとだよッ!九龍クンも翔クンも理由はわかるけど、なんだか遠くにいっちゃったみたいで怖かったんだからね!このまま居なくなっちゃったらどうしようって思ったんだから!」
ちょっとだけ泣きそうになっているやっちーの頭をぽんぽん葉佩がなでる。
「九龍クンが《遺跡》の秘宝を探すために来てるのはわかってるし、次の任務が来たらいっちゃうのもわかってるつもりだよ。でもね、あたしは、九龍クンと少しでも一緒にいろんなこと楽しみたいの。ダメじゃないよね?」
「ダメじゃない、ダメじゃない。ぜんっぜんダメじゃないよ、やっちー。ありがとうな、うれしいよ」
「えへへ」
「気を遣わせちゃったみたいでごめんな。これから葉佩九龍完全復活だから!」
「オレの方こそごめんね、やっちー。ちょっと考え込みすぎてたよ。相談すればよかったね」
「ほんとだよ〜!ちょっとは反省しなさいッ!」
私と葉佩は揃ってやっちーに謝ったのだった。
文化祭は楽しさが感じられる行事であり、生徒にとっては學園祭の成功という目的のために、仲間とのあいだで共同作業に邁進することができ、達成感の強い行事である。同時に、自分の学校の特色を実感する機会にもなる。そんなことをやっちーは熱く説明しはじめた。
「天香學園が唯一一般開放される日なんだよッ!だからね、露店とかもやるんだ〜。招待状がないと入れないから不審者は入ってこれないけどね」
「へ〜、そうなんだ。楽しそうだな〜」
「楽しそうじゃない、楽しいのッ!」
やっちーはノリノリだ。
学校と地域社会相互の結びつきを深め、人々の豊かな生活に貢献するという意味合いもある學園祭は、天香學園において年間最大の行事となる。生徒たちは、長い時間を費やしてその準備に力を注ぐ。
「だからねッ、學園祭の準備期間中は放課後校舎に残っても怒られないの。今年は準備期間短いからなおさらね。今日のホームルームは、クラスの出し物を決めるから絶対出席すること!い〜い?」
「は〜い」
「わかりました、やっちー先生!」
「よろしい!それじゃあ、あたし、テニス部の後輩たちとミーティングしながらお昼食べなきゃいけないからあとでね〜!」
やっちーは去っていった。
「そっかそっか、學園祭か〜。翔チャンてどんなのやった?参考までに聞きたいんだけど」
「う〜ん、うちは売店したり、休憩室にしたり、やる気によって全然違ったね。天香學園はやる気がある学校みたいだから、喫茶店とか本格的なのやるんじゃない?」
「えっ、なにそれ考えてた以上に結構面白そうじゃん!場所はどこ?教室?」
「クラス対抗だから教室だろ?」
「あ、そっか。やっべーワクワクしてきたッ!こうしちゃいられない。甲太郎にも教えてやらないとなッ!」
「あれ、カレーは嫌だって喧嘩してたんじゃなかったっけ?」
「カレーパンでも献上すれば許してくれるだろ。俺は初めて天香學園セット頼めたから満足なんだ。付き合ってくれてありがとう、翔チャンッ!これお金!あとよろしく!お釣りいらないから!」
そういうやいなや、一気にかきこんだかと思うと葉佩はマミーズを去っていったのだった。
「あーあ、振られちゃった、なんてね」
目の前のお札を手にしつつ、昼休みが急に暇になってしまったことをどうしようか悩みながら、私はオムライスを食べ進めたのだった。
「......あれ、メール?」
月魅からメールだ。どうやら図書委員の仕事をサボる人がいたようで穴埋めに来て欲しいとのことである。よかった、暇じゃなくなった、ラッキー。そうと決まれば急がなくては。私はマミーズをあとにした。
私が廊下を歩いていると、真っ黒な出で立ちの男が歩いてきた。めっちゃこっちみてるんですが怖すぎない?どうしようか迷ったのだが、今更逃げるのも癪だし、奥が図書室だからそのまま私は声を掛けた。
「こんにちは。今日から學園祭の準備期間なのは本当なんだね、《生徒会》の見回りなんて」
「こうして顔を合わせるのは初めてだな、江見翔。俺の名は阿門帝等(あもんていと)。この天香學園の《生徒会長》を務めている」
「君が噂の《生徒会長》?初めまして、オレはご存知のとおり江見翔。18年前に行方不明になった父さん......江見睡院を探しに来た《転校生》だよ」
「なるほど、なかなかに侮りがたい。お前には聞いておかねばならない事がある。教えてもらおうか......あの《墓》の中で何を見たのかを」
白昼堂々聞くのがそれかよ......。周りを見ると昼休みだからか授業のない準備室などが多いこの廊下は案外人がいない。しまったな、そこまで考えてなかったぞ。でも聞かれたなら仕方ない。私は正直に答えることにした。
「九龍じゃなくて、オレに聞くってことはあれかな。《遺跡》に巣食う邪神について聞きたいのかな?あそこにはショゴスという奴隷種族でもアブホースという外なる神でもない、正体不明の不定形の生命体がいるんだ。本人はいま、父さんの体を乗っ取り《生徒会執行委員》に自身の断片が仕込まれたプレゼントを送る裏工作をしている。体内に取り込むと1年以内に体の細胞という細胞に行き渡り、奴隷になるんだよ。父さんはどうやら昼のあいだは意識があるみたいでね、オレに學園から離れるよう言われた。でもそれは出来ない」
「......そうか。お前は魅入られているようだな、あの広大なる《遺跡》の深淵に潜む闇に」
「なんだって?」
「江見翔、これは警告だ。お前を誘おうとしているのは幻影だ。江見睡院ではない。これ以上深入りするのはやめておけ」
「どうして断言できるのさ。君はなにを知ってるの?父さんの遺留品になにかヒントがあるのか?」
「それ以上足を踏み入れるつもりならば、《生徒会》はお前も不穏分子と見なし、相対せねばならない。俺の忠告に従うも従わざるも、お前の自由だ。さァ、どうする?」
「肝心なことをはぐらかされて、はいそうですかっていうタマに見える?なら心外だね」
「......そうか。それがお前の選択か。だが、気をつけるがいい。もし今度、《遺跡》に入るようなことがあれば、その時はお前の身の安全を保証できない」
「そこで死んだらそれまでだよ、心配しなくても」
「......そうか、だがお前は自分が探しているものが本当に見つかるとでも思っているのか?真実はいつも全てを明るく照らすわけではない、時には残酷なこともある。本当に理解しているのか?」
「やっぱり18年前になにかあったんだね、《生徒会》と父さんの間に。それは教えてもらえないのか?」
「それだけはできん。この學園は巨大な墓場だ。それ以上でもそれ以下でもない。そして《墓》にはそれを守る《墓守》たるべきものがいる。それだけのことだ。......お前と話せて有意義だった。では、残り少ない學園生活を有意義に楽しむ事だ。また会おう」
「そんなに話すことない気がするんだけどなァ」
ぽつりと呟いた私に阿門は眉ひとつ動かさない。
「お前にどう思われていようが俺は関係ない」
「ならなんで話かけたの?」
「......」
「誰かの忠告?」
「いや......これは俺個人の行動だ」
「そっか」
「ああ」
「ありがとう」
阿門は身長が187センチもあるから175センチの私はかなり威圧感を感じるのだが、心配するような目つきをされるとどう反応していいか困ってしまう。
葉佩はともかく私に接触したいならば転校してきた頃にすればいいものをもう11月である。なにを今更警告するというのか。
喉に刺さった小骨のように心に引っかかる。空腹の胃に吐き気がくるような不安だ。心の中の拭き切れぬ影が雨雲のようにひろがる。
皆守ならまだ話はわかるのだ。彼は心配の権化である。かの偉大なる頭脳はナポレオンのそれが功名心をもって充満せるがごとく、まさに心配をもってはちきれんとしている。最近、《生徒会》役員の収集があったからか、ふだんの落ち付きを失ってしまったようにそわそわ立ってもすわってもいられないようになった。ばかなと思いながらこわいものにでも追いすがられるようだった。
アロマも手につかない程心配になっていることはよくわかる。この心配に濃い色が加わり、いつも何となく肩が重い様子がこちらにまで伝わってきそうだ。
「明日はどうやったって今日の続きだよ。先のことを考えても楽しくない。まだ起こってもいないことを案じるのはほんとうに体に悪い。やめた方がいいよ。敵の心配ならなおさらね」
「......」
なにかいいかけて口を閉じてしまった。
阿門にしてはずいぶんと後先考えない行動だこと。何層ものセキュリティを仕込んでおく、イタチのように何度も振り返って、確かめてから入る、そんな性分なイメージだったんだけどな。
自分の周囲に見えない垣根を張り巡らす。念には念を入れる。急がば回れ、回った先に石橋があったら叩いて渡る。そうやって18年間生きてきた顔をしている。相手の胸の中を探りながら会話を進めていくタイプだろうに、ずいぶんと発言に感情が出ているように思った。
「いくら気をつけても気をつけすぎることはない。俺の言うことを用心深すぎると笑うかもしれん。だが、つまらん事故は実際に起きるし、それで死んだり大怪我をするのはいつも、注意深い人間を笑うようなやつらだ」
「ええと、そんなに心配される理由がいまいちよくわからないんだけど......なにがいいたいのかな。はぐらかすだけなら急いでるんだ。そこ通してくれないかな、図書委員なんだよ、オレ」
ポケットから鍵をみせると、阿門はそうかとだけ呟いてしばし考え込む。そして、横にどいてくれた。
「ありがとう、それじゃこれで......」
「......俺の父は、」
横切ろうとしたら気になる言葉を言われたもんだからたまらず私は歩みをとめた。
「阿門のお父さんが、なんだって?」
「江見睡院、お前の父親のことを最後まで悔いていた」
「───────え」
振り返った時には阿門は歩き出していた。
「ちょっ......どういう意味だよ!」
たまらず叫んだ私に阿門は、また会おう、とだけ返して去ってしまった。えええええ、なんだよいきなりあらわれて意味深な言葉なげかけて去っていかれても困るんですけど阿門帝等さあん!どうしようか迷っていると、図書室から月魅が呼んでいる。《生徒会長》に話しかけられている私を見て心配になったようだ。私はそちらに向かうことにしたのだった。