2人の追跡6

鏡の破片でも振りまくような強い秋の陽光を肩に感じる。並木の上に踊るように輝く。しかしそれも男子寮から森をぬけて《墓地》に向かうまでの話だ。

《墓地》に到達すると辺り一面に彼岸花が咲いていたのだ。いつもは夜中に潜り、帰る頃は足元を気にかける余裕なんてないから気づかなかった。どんよりと物悲しい秋の日が、朝だというのにまるで夕方のような侘しさをたたえている。

晴れきった朝が透き通るまぶしいほど晴れ上がった午前、秋の陽はつるべ落としで、黄ばんだ陽が白く乾いている。

静かで慰めるような日光が樹木の間に差し込んで秋の陽がからんと、明るく映さしている。ゆるやかに冬至に近づいてゆく十月の脆もろい陽ざしの中で。私たちは《遺跡》にいこうと縄ばしごを準備していた。

「貴様ら───────何者ダッ!」

「おっと───────ッ......まさか朝早くからずっと監視されてるとは思わなかったなァ」

葉佩はひとりそうごちる。

「ここは規則により立ち入りが禁じられている《墓地》でアルッ!貴様の行いは神聖なる學園の生徒として言語道断!《生徒会執行委員》の名において、貴様らを処罰スルッ!」

ガスマスクの男が叫ぶ。私達は歩みをとめた。葉佩がゴーグルをはずす。

「やっほ〜、墨木砲介クン。昨日ぶりだな」

「......───────ッ!?!貴公はまさか......中庭の......昼間の......そうか、やはり《宝探し屋》なのか......」

明らかに墨木がトーンダウンした。

「なんたることだ......貴公には2度も助けられた............ぅゥ......ウウウっ......だがッ!正義は遂行されねばならないノダッ!」

墨木が銃を構える。

「自分は《生徒会執行委員》にして3年D組の墨木砲介でアルッ!校則に反した貴様らに処罰を与える前に名前を聞いておこう」

「俺の名前は葉佩九龍、《宝探し屋》だよ」

「ただの違反者ではなく相手が《宝探し屋》ならば話は別ダッ!貴様は神聖なる《遺跡》を侵した大犯罪人でアルッ!ここはなんびとたりとも土足で踏み入ることは叶わぬ聖地でアルッ!それもわからぬ不届き者の命、貰イウケルッ!」

「そうはさせん」

葉佩の前に立ち塞がったのは真里谷だった。鋭い音が私たちのすぐ側で響いた。

「斬───────ッ!」

「───────ッ、なッ!?自分の弾丸を真っ二つに......貴様、何者ッ!?」

「またつまらぬものを切ってしまったか。だがこれも友の身を守らんがため、当然のことよ。九龍、無事か?」

「ひゅ〜ッ!さすがだぜ、剣介〜ッ!俺はこのとおり元気さ」

「そうか、ならばいい」

不敵に笑う真里谷はどこをどうみても五右衛門である。接近戦に特化している葉佩にとってはなくてはならない仲間であり、最近はほとんどレギュラーポジションを獲得している新鋭だ。

「おのレ───────ッ!貴様ッ......裏切り者メッ!」

「ふっ。お主の心に混沌が見えるぞ。何を信じ、何を疑うべきなのか───────それすら解らぬお主にこの男がたおせるはずもない」

「信じるべきモノ......?クッ......」

墨木が撤退してしまう。私達は後を追う。《遺跡》に向かうことになった。

「しかしあれだな。今宵の探索は皆守ではないのだな」

「最近の化人掃討は甲太郎と剣介だったもんな。今回は墨木に聞きたいことがあるんだ。翔チャンも聞いてもらいたいからね、甲太郎には留守番をお願いしたよ」

「すっごい渋ってたけどね......オレも譲れないから悪いことしちゃったな」

「なにいってもどうせ適当なこといって《遺跡》には行くんだろって拗ねられちゃったんだよな〜」

「甲太郎なりに心配してるんだよ、九龍。君、自分の危険度外視してるとこあるじゃん」

「やだ〜、俺ってば愛されてる〜」

「この學園の全ての答えはこの《遺跡》の中にあるんだよ。それを暴く君が倒れちゃ世話ないよ」

「わかってるよ」

「そうか......」

「なに?」

「いや、なんでもない」

「?」

私たちは《遺跡》の大広間に降りた。新たに開いた北北東の扉から先に進む。植物の群生するエリアをくぐり抜け、最深部で待ち受ける墨木のところへたどり着いた。

「やはり来たカ、葉佩九龍。これは最後の警告ダ。命がおしくば即刻この場から撤退せヨ」

「それは出来ないね。君に聞きたいことがあるんだよ」

「......」

私は、墨木に電撃銃を浴びせた。

「グアッ!」

「悪いけどその弾丸、全部撃たせる訳にはいかないんだ。人外になるのはごめんだからね」

「なんだとッ!兄貴が送ってくれた弾丸が化け物にッ!?ふざけるのもいい加減にシロッ!」

叫ぶ墨木に笑いすら浮かべないで返したのは葉佩だった。あ、怒ってる。

「ふざけてるのはお前だよ、墨木。瑞麗先生から聞いたけど、お前の兄貴は陸上自衛隊の化学部隊にいるそうじゃないか。自衛隊の弾丸ひとつ無くしたらどれだけの騒ぎになるかお前なら知ってるはずだろ?お前の兄貴はミリオタの弟に弾丸を渡すようなクズなのか?」

「違う───────断じて違ウウウウウッ!」

「じゃあ、今お前の銃に装填されてる弾丸は誰のものだ、いってみろ墨木砲介」

「ぐうう───────、これは兄貴が......自分ニッ......だがこれは......クズではなイッ───────」

「お前の兄貴は守るべき国民をスライムに変える弾丸をお前に渡すような人間なのか?」

「なんダトッ......」

「みるがいい、この木刀に残りし残骸を。変容してスライムに変わっておるわ」

真里谷が原子刀をふると墨木の足元とちょうど中間におちる。それはまるで生きているかのように蠢く不気味な生命体だった。不定形であり、絶え間なく体の姿をかえて移動している。まるで寄生先を探しているようだった。

「ウソダ───────ッ!」

墨木は引き金をひこうとするが手が震えてうまくいかない。がたがたと手の中で銃が揺れているのがわかる。墨木砲介は動揺していた。この上ないくらいに動揺していた。弾丸がまたこの化け物になった瞬間に兄から送られた手紙も弾丸も偽物ということになるからだ。

「うってみなよ、墨木。お前のいう兄貴がくれたっていう弾丸ならうちぬけるだろ?ここ」

葉佩が笑う。そして心臓があるあたりを手にぽんぽんあててみせた。

「スライムにはならないよな?」

「ぐううウウウ───────」

苦悶の雄叫びがこだまする。私と真里谷は固唾を飲んで見守った。

「な、何故ッ......クソっジャムったカ───────!」

何度トリガーをひいても弾丸が発射されない。自動装填の拳銃や自動小銃などで起こる弾詰まりが起こったようだ。空薬莢の排出がうまくいかず、次の弾が装填されない。この場合、手動で詰まった空薬莢を排除しなければ次の弾を撃つことができない。

葉佩は動いた。ジャムれば一時的にではあっても拳銃などの火器は使用不能になる。攻撃が途切れたその瞬間はどうしても無防備になり、反撃の機会を与えてしまうのだ。その一瞬を逃がすほど甘くはない。

墨木は鈍器として扱うことを決めたようで葉佩に殴りかかるが、葉佩が懐に飛び込むのがはやかった。銃をはじき飛ばす。空中に舞う銃。内側からなにかがしみ出てくるのがわかる。私は宝石をセットしなおして、冷凍銃をぶちこんだ。葉佩はそれを弾いて遥か後方に飛ばした。揉み合いになったが葉佩は墨木を制圧して動けなくしてしまう、

「見てみろよ、墨木。これはお前の兄貴がくれたものか?」

氷が内側から灰色に変わる。そしてそれは割れ目から下に吸い込まれてしまった。残されたのは灰色の粘着質な液体に満たされた銃だけだ。どうみても使いものにはもはやならなさそうである。

「自分は......自分はッ───────」

墨木がもがき苦しみ始める。やがて世界は《黒い砂》によって塗りつぶされていった。

「きやがったな、墨木の思い出掬って出来やがった化人ッ!こっからは俺が相手だ!」

高らかに葉佩が宣言した。







《黒い砂》から解放された墨木は、ペンダントに加工された引き金を葉佩に渡されて過去をようやく思い出した。

数年前、視線恐怖症が悪化して相手にエアガンで怪我をさせたとき、兄が引き金とエアガンを分解し、引き金だけをペンダントにして渡したらしい。守るものが見つかったらエアガンにとりつけるという兄との約束。それも傷害事件により地元にいられなくなり、天香學園という全寮制の學園にはいることになり、自衛隊のため連絡がなかなかとれない兄への寂しさが重なり、耐えきれなくなったという。それが執行委員になるきっかけだった。

「そこをファントムにつけこまれ......兄からの贈り物だという小包を信じ込み......情けないでありマス......」

「じゃあ、守るものがないなら俺守ってくれよ、墨木。俺の探索に同行してさ」

「なななんとっ!いいのでありますカッ!?分かりました、自分は今日から葉佩殿のために身を粉にして働く所存でありマスッ!」

こうして新たな仲間が加わったのだった。
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