「見るなッ、見るな見るな見るなァ───────!!」
ガスマスクを被った男子生徒が銃を乱射している。この事実を110番しただけで天香学園は一瞬でパトカーや救急車が殺到することになるだろうなと私は思った。実際は職員や《生徒会》に握りつぶされてしまうが。10年もしないうちにスマホが普及すればインターネットを介して動画があげられてしまう。そうしたら一環の終わりである。
今この瞬間出来なければなんの意味もない想像だ。
「あれって、《生徒会執行委員》の子だよね?」
「ガスマスクだから間違いないな」
「いったいどうしたんだろ?」
「見るなっていってるから、なにか怖いんじゃないか」
「あっ、取手くんの時みたいに《黒い砂》のせいで幻覚を見てるのかも?」
話している間にも弾丸はとんでくる。
「いやあ───────!」
「たすけてくれ───────!」
「ファントムたすけてくれ!!」
どうやら中庭で集会をやっていたら《生徒会執行委員》が乱入してきたため生徒たちが混乱し、墨木も視線恐怖症のため感化されてしまったらしい。
なんてこった、よりによってなんでこれを粛清しようとしたんだよ墨木。いくらなんでも数が多すぎるだろ......。そりゃ無数の視線がむけられたら粛清どころの話じゃなくなるのはわかるが。
銃声が響く中、どうにか出来ないかと考えてみるが集会の規模がかなりでかい。
まずいな、このままだとパニックになって人が死ぬぞ。正しい情報を得られない状況に陥った人々が冷静な判断力を失った時に発生するパニックは、発生する状況には幾つかの必要条件があるのだ。まず差し迫った脅威を現実のものとして実感していること。何からの方法によってその危険から逃れて助かる見込みがあると信じられていること。しかし確実な脱出が困難であり、他の脱出者との競争に勝たなければ生き残れないかもしれないという危機感が集団の間に広がること。そしてコミュニケーションが機能せず全体の状況を把握することができなくなることといった条件である。
これらの条件はいずれも実際の状況がそのようなものであるかどうかに関係なく、人々の主観的な思い込みだけで引き起こされるが、条件のうちの幾つかが成り立たなくなれば、パニックを防ぐことができる。
私は携帯をひらいてメールをうつ。
「なにしてるの?」
「助けを呼んでる。九龍、今日はいつもの服だろ?」
「あっ、そっか」
気づいてくれよと思いつつ、送信を押した。事態はだんだん悪化の一途をたどっている。逃げ惑うファントム同盟の生徒たちの中に、痙攣や失神、歩行障害、呼吸困難などの身体症状などの精神症状が伝播しはじめたのだ。
次々倒れていく生徒たち。墨木に打たれて殺されたと勘違いして、さらに阿鼻叫喚になっていく中庭は異様な空気に包まれていく。
個人または集団において突発的な不安や恐怖、ストレスによる混乱した心理状態、またそれに伴う錯乱した行動を人は恐慌、もしくは集団ヒステリーという。
対処法としては互いに目に入らないくらい距離をとり、じっとしていること。だがこうも銃を乱射されたら近づけない。
「うわあああ───────!」
また一人撃たれた。痛い痛いとなきじゃくる生徒が血だらけの腕をみて絶叫する。近くに転がっている薬莢をみて私は戦慄した。固体がゆるやかに液体になり生徒の傷口に入ろうとしているではないか。それを見てしまった生徒はぶんぶん腕を振る。そしてなんとか逃げようと走り出した。
「こっちこっち!」
やっちーが叫ぶ。こっちにやってきた生徒が飛んだ。間髪でさっきまでいた場所に弾丸が着弾した。私はハンカチで生徒の腕にはいつくばる液体の物体をつかんだ。握りつぶしたらやがて動かなくなった。
「あ、ありがとう......」
「念の為に保健室にいって瑞麗先生に見てもらって。これ、渡したら伝わるから。行けるな?」
「わかった......ありがとう......」
生徒は去っていった。
「あぶなかったね......なんだったんだろ、あの気持ち悪いの」
「たぶん、父さんに取り憑いてるやつの仕業だ。あの弾丸にスライムが変化したやつが混ざってるんだよ」
「えッ」
「あのスライム、明らかに傷口を通して中に入ろうとしてたからな。下手したら新島みたいになってたよ」
「よ、よかった......」
「残念ながらまだよくない......あいつ、なんか様子がおかしい。たぶんスライムが混ざってることに気づいてないんだ。しかも、1回もリロードしてない。弾丸作るのがあいつの力かな」
「えっ、ど、どうしよう、はやく止めないと新島くんみたいな人が......」
「さっきの子の話を聞いたら瑞麗先生飛んでくると思う。それまでにどうにかできないかな......」
「どうやって?」
成り行きをオロオロと見守るやっ、ちーと私は顔を見合わせた。
「やっちー、カウンターで返せない?」
「む、むちゃいわないでよぉ......さすがに銃は無理だよッ!テニスラケットないもんっ!」
「だよね......こっからじゃテニスコート遠いしな......」
金魚のように口をパクパクさせるやっちーには悪いがここはテニスラケットのくだりはいらなかった。やっぱりテニヌじゃないか。
ためいきをついたところで、ポケットにバイブレーション。私はメールをひらいた。
「......」
私はポケットにしまう。
「翔クン、どうしたの?」
「やっちー、今から2階にいくよ。あっちの非常階段から上がれるだろ?」
「えっ、あ、うん」
私たちは慎重に歩みをすすめた。 2階にあがり、今は使われていない暗幕がはってある準備室にはいる。
「よぉ、少年。いつぞやぶりだな」
「あッ───────」
私はやっちーの口を塞いだ。しー、と口元に指をあてるとこくこく頷く。
「いやあ、君もなかなか大胆なこと考えるねえ」
「緊急事態なので」
「そりゃそうだ。ほらよ、ご所望のやつだ」
「ありがとうございます。ちなみに鴉室さんは?」
「全然ダメだな。相方に丸投げしてるんだ」
「そうですか、わかりました」
ライフルを受け取った私は窓から標準を合わせる。
「翔クン......え、嘘でしょ、できるの?」
「しっ、手元狂ったらどーすんの」
「あっ......」
やっちーはあわてて口を塞いだ。私のスコープには墨木砲介の銃をもつ手がうつっている。誰を狙っているのか確認した私は一瞬頭が真っ白になった。
「............!」
奇妙な焦燥に駆り立てられる。心が乱れ、動揺し、心の中を掻きむしられるような激しい混乱が巻き起こるのがわかった。支離滅裂な言葉が頭の中でぐるぐるにかき混ぜられ、ざわざわと頭を毛で逆撫でされるような感覚に気持ち悪くなってくる。吐きそうになった。奈落へ突きおとされるような絶望があった。
ころさなきゃ。はいじょしなきゃ。わたしが、やらなきゃ。
「はいはいはいストップストップ、どこ狙ってんの君、今はこっちだろ」
鴉室さんの声でふと我に返る。
「行き詰まったと君が思い込んでいるだけだよ。人ってのはみんなそうだ。例えば、砂漠に白線を引いて、その上を一歩も踏み外さないように怯えて歩いているだけなんだ。周りは砂漠だぜ、縦横無尽に歩けるのに、ラインを踏み外したら死んでしまうと勝手に思い込んでいる。んなこたーない、案外近くにオアシスがあるかもしれないんだ。視野は広く持とう、視野はな」
私はスコープの距離設定をいじる。さっきまで1人しかいなかったはずの九龍を助けようとしている皆守がみえた。ようやく感情に支配されていた頭に理性が帰ってくる。なに考えてんだ私、あそこは皆守が助けてくれるパターンが可能性高いだろ。今回は放課後のイベントが昼休みになっただけだ。
ようやく心が軽くなる。私は標準をさだめ、引き金をひいた。墨木の手から銃が吹き飛ぶ。手を抑える墨木、その隙を狙い、銃を蹴飛ばす葉佩と倒れている生徒たちを介抱しようと焦る皆守。
「よっしゃ、ナイス。やるじゃないか、お兄さん感激しちゃう」
「ありがとうございます。助かりました」
「いやあ〜、素直にあやまれる子は好きだよ、俺。あいつがいってた意味がよくわかったわ......よかった俺いて」
「あはは」
「す、すごい......すごい、翔クン......。こんなことできるなんて......」
「あ、そうだ、やっちー」
「なあに?」
「みんなには内緒だよ」
「えっ、九龍クンにも?」
「ばらすよ?」
「そんなにっ!?わ、わかった、言わない、ぜ〜ったいに言わないからっ!約束する!」
私達が指切りする傍らで鴉室さんはライフルをしまい、あでぃおす!と去ってしまったのだった。あとで瑞麗先生にお礼いわなきゃ。
「えへへ、よくわかんないけどかっこよかったよ、翔クン。なんか、九龍クンみたい」
「あはは、ありがとう、やっちー。さて、みんなの手伝いにいこうか」
「うん!」
私達は非常階段を駆け下りたのだった。