2人の追跡2

三限目の国語が終わったあとの休み時間、トイレに行きたくて早々に席を立って帰ってきたら葉佩がいなかった。進路に関する話があると雛川先生に連れていかれた、と皆守が教えてくれた。抜け出そうとするとは九龍か雛川先生が連れ戻しにくるので、せっかく止めそうな2人がいなくなってもすでに立つ気力もないらしい。あ〜......そういやホームルーム前は皆守を連れ戻しに葉佩、教室から出ちゃったから雛川先生、葉佩に話かけられなかったのか。

こないだ青い目の皇太子の報酬を目にした瞬間に目の色変えたように葉佩がクエストガチャしまくってたから雛川先生にプレゼントはしたんだよな、髪留め。今日は結果発表か。ずぶ濡れなら成功だな、幸運を祈る。

時間はズレてるけどわざわざ屋上いったなら大丈夫だろうと怪しくなり始めた曇り空をみて思った。

「ヒナ先生ってほんとにいい先生だよね。あたしはすっごい好きだなあ」

「はあ?うざいだけだろ」

「そこがいいんじゃない、今どき熱血教師って感じの先生いないよ?」

「ふん」

ものの見事に皆守のトラウマを抉る雛川先生である。ばつ悪そうに皆守はそっぽむいた。

「も〜、皆守クンてば素直じゃないんだからァ。ねえねえ、翔クンはすきだよね、ヒナ先生のこと」

「うん、いい先生だと思うよ」

「ねッ!優しいし、美人だし、いうことないよね〜ッ!翔クンてヒナ先生ってどうなの?タイプ?」

「え、雛川先生?う〜ん、そうだな」

「おいおい......」

「だって皆守クンに振ってもつまんないんだもん」

「雛川先生も可愛いとは思うけど、オレは瑞麗先生の方が可愛いと思うな」

「!?」

「へえ〜ッ、かっこいい大人のひとがタイプなの?瑞麗先生を可愛いっていう人初めて見たよ」

「タイプというか、憧れるよね。弟がいるらしいから、弟じゃないって積極的にアピールしたらどんな感じになるか見てみたくはあるよ」

「なんかやけに具体的だな......」

「ああいうタイプは弟みたいに思ってる人から迫られると驚くんだよ」

「おおおッ......なんか新鮮だァッ......翔クンからそんな話きくの。そっかあ、じゃあギャップがある人がいいんだね、翔クンは」

「あはは、まあ好きだよ。そういう人は」

「そういえば翔クンてさ、月魅のことどう思ってるの?」

「またその話かよ、八千穂。俺らは関係ねえっていってるだろ、七瀬は九龍の被害者だ」

「皆守クンじゃなくて翔クンに聞いてるのッ!」

「オレ?そーだなあ」

私は笑った。

「真里谷といい感じになると思うから、きっと振られると思うよ、オレ」

「えっ、でも───────」

「ただいまァ〜」

やっちーがなにか言いかけたとき、葉佩がかけこんできた。外はとうとう降り始めている。葉佩は雨に濡れたのかびっしょりだ。

「うわっ、どうしたの九龍クンッ」

「なんだそのにやにやは」

「じゃじゃ〜んッ!雛川先生のプリクラゲットしたぜ!」

「えっ、それほんとッ!?」

「はぁ......はあっ!?」

「すごいな、九龍。おめでとう。でもなんでそんなにびしょ濡れなんだよ風邪ひくよ?」

タオルを投げてよこす。やっちーもハンカチを渡した。ありがとうありがとうとプリクラが濡れないよう死守してきたらしい葉佩は生徒手帳を拝み倒している。皆守はいよいよ空いた口が塞がらないようだ。人を教室には呼び戻しといて隙を見て勧誘かよという顔である。

葉佩にプリクラを渡すということは、《遺跡》探索に同行する、つまり仲間になったということだ。これで少なくても葉佩は国語および3のcにおいては《遺跡》探索は黙認されることが確約されたのである。よくやった。幾千のオレスコ被害者友の会の犠牲を乗り越えて、葉佩はついに成し遂げたのだ。

「なんか最近頑張ってると思ってたらこれか。お疲れ様、おめでとう」

「そうなんだよ、そうなんだよ、翔チャンッ!応援ありがとう!」

「すご〜いッ、ヒナ先生まで!?じゃあ次あたしヒナ先生とがいいなっ、九龍クンッ!」

「おっけ〜、おっけ〜、まかしといてくれ!ばっちし考えとくからさ」

「うんッ!」

「............アロマがうまいぜ」

皆守がふかぶかと息を吸い込んだ時だ。ちょうどチャイムがなった。

「大変大変、4時間目自習だってッ!安田先生、さっきの授業が終わったのに生徒からの質問に答えてて教室から出なかったら、あのガスマスクの男に襲撃されて」

いっきに教室がさわがしくなった。もう嫌だ怖いと泣きそうな顔でいう女子生徒、ファントム同盟に入ろうか揺れる男子生徒。ファントムは正体不明の不審者だから信用するな、先生がみんなを守るから、と正論をぶつけたばかりの雛川先生よりファントムを応援したがる生徒。《生徒会》不要論を唱える生徒。噂はあっというまに感染していく。そのうち集団ヒステリーで倒れる生徒が出そうな勢いである。

「うう〜ん、なんだかいや〜な雰囲気になっちゃったね。でもファントムってほんとに何者なんだろ?誰かのイタズラ?正義の味方?本物の幻影?」

「正義の味方じゃないのは確かだねッ、正義の味方がマッチポンプなんかしないよやっちー」

「たしかに!人知れず悪を成敗し名も明かさずに去っていく正義のヒーローってわけじゃなさそう」

「江見睡院さんの前例があるからさ〜、案外、誰かが乗っ取られてるのかもしれないよ」

「《墓地》から蘇った人だとしたらやだね......可哀想」

「それだけは許せないね、絶対に」

「翔クン......」

「まァ、案外幽霊かもしれないぞ。《遺跡》があるんだからな、幽霊くらいいてもおかしくは無い」

「あ、皆守クン」

「それにしても《生徒会》の不当な処罰から生徒を守る学校の怪談4番目のファントムねぇ。たしかに《執行委員》の暴走ぶりは目に余るもんがあるからな」

「あれっ、珍しい〜。皆守クンがそんなふうにいうなんて。前だったらぷはぁってアロマ吹かしながら、そんなヤツらと関わり合いになるような行動する方が悪いのさ、っていいながら屋上いっちゃってたよね」

「お前な......俺をどういう目で見てるんだよ」

「だって、ねえ?皆守クン、ちょっと変わったかな〜って。ね、九龍クン。かわったと思わない?」

「そりゃそうだろッ!俺が不良健康優良児の更生がんばってんだからッ!」

「うんうん、九龍クンの熱血指導の賜物だもんねッ!」

「たしかに前より全然話しやすくなったのは事実だよな」

「だろ〜?」

「ちッ、勝手なことばかりいいやがって......」

「あれッ、皆守くんどこいくの?」

「どこだっていいだろ。まったく、お前は俺の監視役かよ」

お前がいうな、もしくは自己紹介お疲れ様である。普通はお前は俺の母親かが出てくるところだぞ、皆守。平穏無事な日常が戻ってくるたびに《生徒会執行委員》が倒され、《生徒会》と直接対決の日が近づいていく。《副生徒会長》としての任務と親友の葉佩との日常を過ごす皆守の本心がぐらぐら揺れ始めるのは案外この頃なのかもしれない。

「あ〜......いっちゃったあ。なによ......最近はなんだかんだで戻ってくるくせに〜」

「まだ4時間目あるのにな。しゃ〜ない、連れ戻してくるよ」

「えへへ、いってらっしゃ〜い!」

「おつかれ、九龍。あとで雛川先生どうやって仲間にしたのかおしえてくれ」

「皆守クンにこんなにいい友達ができるなんてあたし嬉しいなあ。ほらッ、早く行かないとおいていかれちゃうよッ!じゃ、またあとであたしにも教えてね、九龍クンッ!」

葉佩は皆守を追って教室を出て行った。やっちーは《生徒会執行委員》に2人が襲撃されないか心配しているが《生徒会》の副会長である。まずありえないだろうなあ。

しばらくしたらチャイムが鳴ってしまった。

「あ〜あ、2人とも帰ってこなかったね。九龍クン見つけられなかったのかな?ねえねえ翔クン、一緒にお昼食べよったか」

「いいよ、マミーズ?」

「うん!」

玄関を出ると雨がふっていた。

「うわ〜、最悪」

「傘持ってるから貸そうか?」

「えっ、いいの?ありがとう!でもなんてふたつ?」

「こないだ無くしたと思ってたオレの傘を九龍が装備してたんだよ。壊れてたから弁償してもらったのが今日なんだ」

「あははッ、そうなんだ〜。九龍クンも懲りないよね〜」

どこか寂しそうな横顔があった。

「......翔クン」

ちょっと泣きそうな顔をしたやっちーがいたが、一瞬のことで直ぐに笑顔になる。

「ねーねー、月魅と真里谷クンッてどう思う?」

「今は困ってるみたいだけど悪くはないんじゃないかな。本人たち次第ではあるよね。出会い方が特殊すぎるとはいえ、話はちゃんとしたわけだし、真里谷も衆道のけはないっていってたし」

「えっ、翔クン聞いたの?」

「そりゃ聞くさ。月魅怖がっててせっかく図書室に足繁く通ってるのにろくに話ができなくて挙動不審になってるし。ストーカーじゃないかって思われたらさすがに可哀想だし」

「そっか、応援しちゃうんだ翔クン......。もー、そういうとこだぞッ!」

「えっ、なにが?」

「まあ......翔クンは翔クンでやらないといけないこと、たくさんあるもんね。それどころじゃないか、そっかあ」

「?」

「えへへっ、なんでもない。いこっ」

「そうだな」

降りしきる雨のなか、やっちーはずーっと喋っていた。

「やっちー」

「え、なになに翔クン」

「やっちーってさ、九龍好きだろ」

「えっ!?」

「見てたらわかるよ」

「ううう......えーっと、その、あはは。もお〜、なんでバレちゃうんだろ〜......」

やっちーは俯いてしまう。

「言わないでね?」

「いわないさ」

「ありがとう。でもね、なんか、まだわかんないんだ」

「わかんない?」

やっちーはうなずく。

「なんかね、最近、どんどん仲間が増えてるじゃない?私は力なんてないし、知識もないし、力になれないし、呼ばれる回数減ってきてるし、さみしいの。なんか、やなんだ......」

それが友達をとられるという危機感なのか、好きな人に構ってもらえない寂しさなのか、やっちーはわからないらしい。

いつもなら胸がドキンとして一遍に頭がのぼせる。その瞬間何十年もしまい込まれていたものが蓋を弾き飛ばして溢れ出るくらい、恋と言う切ない感情だとわかるくらいの始まりらしい。

「九龍は違うんだ?」

「うん、そうなんだよね〜」

やっちーいわく、長年探していたパズルの最後のピースを見つけたような一目惚れではない。

小中学生のころ、ある男の子を本当に大好きだと痛烈に感じた日、いつもの学校の帰り道がちがって見えた。五感の膜が一枚はがれたように、いつも見ている電線ごしの青空が急にみずみずしく見え、家の近くのケーキ屋さんから流れてくるバターの溶けた甘いスポンジ生地の香りが鼻をくすぐった。一日分の教科書が入ったかばんはいつもより軽く、道路を駆けぬけてゆく車のスピードさえ心地良かった。ずっきゅーんと、心臓が跳ね上がった。それは手持ちのなにもかもを無償で差し出したくなっちゃうような最強の笑顔だった。

なのにだ。

「九龍くんのこと考えるとね、なんか、苦しいんだ」

手に届かないものを漠然とあこがれるような想い。満たされることのなかった、そしてこれからも永遠に満たされることのないであろう憧憬。

気が合えば合うほど、二人の間の永遠に縮まらない距離が浮きぼりになる。気が合う、ふつうよりちょっとだけ距離の近い平行線、なんの火花も散らなければ、なんの化学変化も起こらない。そんな予感がチラついてしまうという。

私はなんとなくやっちーに伝えた。

「九龍って、《宝探し屋》だから、任務が終わったらいなくなる。お別れが初めから目に見えてたら、やっぱり躊躇するんじゃない?やっちー、怖いんだよ、きっと」

「そうかなあ?よくわかんないよ」

「やっちーがわかんないなら、オレもわかんないなあ。でも、やっちーが笑ってるのが九龍にとっては一番うれしいことだと思うよ。お別れの日がきても連絡とれるのか聞いたり、《ロゼッタ協会》について聞いてみたら?九龍ならめっちゃ教えてくれると思うなあ。知らないから怖いってこと、案外あると思う。元気だしてね」

「えへへ......ありがとう、翔クン。相談に乗ってくれて。ちょっとだけ、楽になった気がするよ」

やっちーがようやく笑顔になってくれてホッとした矢先、突然中庭の方から銃声が響いた。
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