「よォ。朝からなんつ〜格好してやがる。とうとうとち狂ったか、九龍」
登校早々、探索にでもいくきかとばかりに皆守が尋ねる。疲れたまま寝坊して教室にはかけこんできたのか、と私に聞いてきたので、最初からこうだよと教えてあげた。
「おっはよ〜、甲太郎ッ!よくよく考えたんだけどさ、みんな派手だから俺がいつもの格好したくらいじゃ目立たなくない?さすがに暗視ゴーグルはやめたけどさ」
「......」
ぱらぱら、とめくられる生徒手帳にぺたぺたはられている仲間たちのプリクラに皆守はかなしいかな反論の余地がなかった。目立たないのはやっちーと私くらいである。月魅ですら髑髏のピアスをしているのだから。
「あ〜あ、気づいちゃったか」
私はいつもつるむ仲間からさらに少数派がへることを気にもしない。むしろ暗視ゴーグル抜きとはいえ、今の葉佩の方が見慣れている。
「焚きつけるな、焚きつけるな」
「だよな、だよなあッ!?」
「必死か。《生徒会執行委員》の連中が派手なだけだからな」
「《生徒会》もね」
やっちーがいうものだからそういう方針なのかと葉佩は真面目に考え始めた。んなわけあるかと皆守はいいたげな顔をして黙ってしまう。たまたまだ、たまたま、とでも自分に言い聞かせているのかもしれない。
「......なんだっていきなりそんなこと思いついたんだ」
「メルマガ担当の紅海さんがいってたんだよ、そんなに濃いならいつもの格好でも目立たないのでは?って」
「あァ、あのお節介焼きな心配性か。お前の任務聞いてたらそうもなる。しかし余計なことを......せっかくのアロマの香りがけがされるじゃねえか」
「あはは、硝煙と砂埃の染み付いた不審者なんて日本中どこ探しても九龍だけだね」
「《宝探し屋》とはバレてるからさ、もうそれでいいかなって」
私は笑うしかない。葉佩に《ロゼッタ協会》の諜報員だと正体を明かせない理由がここにある。今なおメール爆撃が激しい葉佩である。最近は《愛》連打してくるくらいだから、正体明かしたら最後葉佩は絶対テンションあがってばらす。私は紅海だってことをばらす。私ですら、見てみて、ってメルマガ回し読みにH.A.N.T.を渡されるのだ。皆守のことだ、しれっと他のメールもかこつけて読んでる。葉佩はメールの履歴は一切消さないらしいから。
「というわけで、にゅー葉佩をよろしくなっ!」
「は〜い」
「あはは」
「あほか」
順調に《生徒会執行役員》を《遺跡》から解放し、心強い味方が増えた葉佩だが残りの執行委員の一般生徒への制裁は次第に苛烈になっている一方で、反発する生徒は増えてきている。その影には、葉佩を利用し、生徒会の力を弱め様とする仮面の男<ファントム>の存在があった。
はたからみたら生徒会、葉佩、ファントムの三つ巴の様相を呈する学園。そんな中でも度々ピンチに陥りながらも仲間たちの協力を得、墓の秘密を暴く葉佩。このまま順調いってくれたらいいのだがはたして。
さて、今日の教室はいつものごとくファントムの話題で持ち切りだ。
昨日も廃屋街に財布を落とした生徒が真夜中に取りに行ったらガスマスクの男に襲撃されて軽傷をおったらしい。《生徒会執行役員》となのる男に事情を説明しても問答無用だった。今までは警告を何度かしたあと、無視したら威嚇射撃はしてきたが生徒にうったことはなかったというのだから反発はひとしおだ。そりゃいきなり豹変したら権力を傘に来て一般生徒をいたぶって楽しんでいるのでは?と疑問を抱く。そこにファントムが現れて救出されたとなれば、生徒たちは助けてくれたと思い込む。うーん、なんで真里谷といい墨木といい、ファントムが助けた時点で利用されていると気づかないんだろう?
やっぱりあれか?力を得て《生徒会執行役員》になったはいいが、なぜ力を得るにいたったか思い出せない。実はその人の願いであることが多いため、そこに直結するはずの大切な思い出がなくなっているために迷いが生じる。結果として《生徒会執行役員》は葉佩がくるまでは実力行使にまではいたっていなかった。そこをファントムにつけ込まれていいようにいいくるめれられているのか。だから強く言えない?
《生徒会》はファントムの陽動は挑発だと気づいているために静観を決め込み、《生徒会執行役員》に命令しないため余計に混乱しているのだ。《遺跡》を守ることが學園を守ることにつながる、生徒たちを守り事につながる。ファントムがなにをしようと《墓守》なる《生徒会執行役員》は本能的に《遺跡》を守るため、現状維持で問題ないとしているらしい。葉佩の実力を測りたいのかもしれない。ついでに居着いているクトゥルフ神話関連の邪神と共倒れしてくれないのかと思ってるとか?まあ、皆守が目立った動きをしていないから、憶測だけど。
ファントムは「生徒会の圧政から生徒を救う正義の味方」という位置づけにされている。どうやら、そう思わせるように、ファントム自身が仕組んでいるみたいだ。
葉佩によると真里谷との一騎打ちのあと、正体をあらわした幻影と書いてファントムとよむ仮面にマントの男はいった。思ったより身長が低いと180前後の葉佩がいうのだが、ファントムはきっと167だから貫禄が足りないのは許してあげて欲しいと私は願ってやまない。本人はコンプレックスで男子寮の自販機や売店でいつも牛乳が売り切れなのはそのせいだから。そいつこそが紛れもなく雛川先生を誘拐し、果たし状を送り付けてきた犯人である。七瀬と葉佩の体が入れ替わったのもこの学園がもたらす混沌によるもの。《宝探し屋》と目的は同じであるため《生徒会》相手にもっと働いてもらう必要がある。今回の騒動は葉佩の実力をはかるためだという。
タイゾーちゃんや真里谷といった《生徒会執行役員》を唆して、規則を破る前から兆候のある生徒を処罰させ、反感をかわせている。はたから見たら葉佩に対する支援に見えるが葉佩と《生徒会》の対立を煽り漁夫の利を狙っているのは明瞭だ。ゆえに葉佩は味方ではなく敵と睨んでいる。
真里谷の事件からすでに10日たつ。気付けばもう10月も下旬だ。私がメルマガごしに防具とかを仕込んどけといったのはそのためだ。ガスマスクの男こと墨木がなかなか接触してこないのである。
墨木 砲介(すみき ほうすけ)は視線恐怖症のためガスマスクに素顔を隠しているミリタリーマニア。空気中から鉛を集め無限に銃弾を精製する「力」を持ち、銃器の扱いに長じる。高い所と亀が苦手。弾丸が切れた際に一定確率で自動リロードを行う。この時APも弾薬も消費せずに済むため私のプレイスタイルだと1番連れ歩きたいバディだ。葉佩が真里谷を連れ回しているのと同じ理由である。
葉佩は皆守とは「親友」になったようで、互いを探すなら互いを目印にした方がはやくなってきた。まぁ、葉佩もやたらと皆守にくっ付いているし。
ゲームだと遺跡で皆守を連れ歩いていると「そんなにくっ付くなよ」って言うから、てっきり一緒に連れてる八千穂やリカちゃんに言ってるのかと思ってたけど、バディが男子2名の時も言ってるから、たぶん、葉佩がくっ付いてる。男同士の相合い傘で大喜びするしなぁ・・・大丈夫かオマエ。そのくせ雛川先生や七瀬にも猛アタックだし、ほんとワケ分かんないが、この葉佩も愛の伝道師だけあってわけわかんない。
「あ、そうそう阿門と遭遇したんだけどさ〜、徹底的に楯突いといたよ〜」
「はあっ!?」
「阿門クンって生徒会長の!?」
「墓場に近づくと危険が及ぶとか言ってたけど、生徒会が絡もうがどうしようが、どっちにしたって墓場は危険だしぃ〜」
「なんだよ、その椎名か朱堂かどっちつかずなしゃべりかたは。気持ちわりぃんだよ」
げしげし蹴りながらぼやく皆守は、イライラしているのかアロマスティックを吸う回数が増えている。そのうえ物思いにふけることが増えてきているから、葉佩としては気になるのかもしれない。わざと爆弾発言を繰り返して興味をひきたがる。
「江見睡院さんからは相変わらずお手紙来てるしな〜。どいつもこいつも《遺跡》には近づくなっていいながら待ち合わせは《遺跡》だもん。追っかけるの大好きな《宝探し屋》の本能刺激してくれちゃってさァ」
「たのしそうだな、お前」
「へへへ」
はいどーぞ、と渡されたパピルスをみて、ほんとにいつもの文面だから私は返した。これ以上は危険だはやく帰れ、と真実が知りたければ奥まで来いの交互である。同じ文面が1枚のパピルスにあるときもある。
「最近変だよな〜、なんか片方削ったりさらに切断したような跡があるんだよな〜」
「真実がどうの?」
「そうそう、江見睡院さんの偽物だってバレてんのにいつまで同じメッセージ送る気だろう?」
「まるで二重人格だな、ジキルとハイドみたいだ」
「ファントムと江見睡院さんが同じとかいう?」
「それはないだろ、父さんはマスクにマントはしてないし、九龍と似たような身長だ」
「だよなァ......。もしかして、江見睡院さんの意識が時々浮上してるとか?」
その言葉に私は一瞬言葉につまった。考えもしなかった。ミイラ状態からスライムに全身満たされた水風船状態になった場合、しかも魂はラスボス封印の枷にされている場合、意識が目覚めることなどあるのだろうか。
「......だったらいいなァ......オレの名前、覚えててくれたんだ」
私の言葉に葉佩は失言を謝ってくれた。
もしそうだとしたら、江見睡院は私が《ロゼッタ協会》の関係者で助けようとしているのを警告しているのかもしれない。単純にまっさらで息子だというやつがいるから警告なのかもしれない。そもそもスライムのやつの矛盾したメッセージならば、イスの偉大なる種族に手をひけといいながら、宝探し屋たる私は邪魔だから殺したいのかもしれない。私がいなくなればイスの偉大なる種族は関わることが出来なくなるからだ。どのみち謎が多すぎる。
「それはともかくファントムだよ。最近、ファントム同盟なんて勝手に応援する会ができたらしいよ」
「なんだそりゃ、徒党を組んで《生徒会》に反旗でも翻そうってわけでもないのか」
皆守が鼻で笑う。
「自分から何かをする勇気のない奴にかぎって、ああいうのを祭り上げたがる。大衆ってのは哀れなもんだ、なあ、九龍」
「うん、みんなで渡れば怖くない的な......集団心理の悪いところが出ちゃってるねぇ」
「そうだ。所詮奴らは本物の《生徒会》を知らない。小さな力をどれほど重ねて集めてみても、絶対にかなわないものがあることを奴らは知るべきなのさ」
「皆守くん......」
《生徒会副会長》がいうと重さが違うからこまるぜ。ポエムに拍車がかかっている。
「そ〜かなあ」
「あ?」
「九龍?」
いつもと葉佩の反応が違う。皆守も驚いたのか、一瞬息を詰めて葉佩をみた。
「それはきっと悪いことじゃないよ。ちゃんと行動してるじゃないか。人間、考えなくなったら終わりだからな」
「......ちッ」
皆守はいってしまう。
「九龍クン?」
「なーんちゃって。甲太郎のことだから保健室にサボりにいったんだな。つれもどしてくるよ」
「う、うん、喧嘩しないでね?」
「わかってるよ!」
ホームルームが終わる直前には葉佩が皆守を連れて戻ってきたのだった。