葉佩と七瀬の体は翌日には戻ったものの、真里野剣介と真っ向勝負した七瀬の体は当然ながら使い物にならず、1週間ほど休む羽目になった。ついでに魂が乖離しやすくなるといことで漢方を処方してもらった結果、なんとか七瀬は登校することができるようになった。
「......九龍さん、私の体でなにをしていたのかしら......」
朝っぱらから色んな人から話しかけられ続け、七瀬はぐったりしていた。《遺跡》探索以外であまり接点がない椎名リカにいきなり自分の裁縫技術の継承者となってくれる約束をしていたのだから、今からリカの持つレース編みの全てを伝授するために特訓すると無理やり理科室に連れていかれて朝休みはレース編みについやされた。
「あッ、月魅〜!!一週間ぶりだね!今からご飯?」
「はい、そうです。八千穂さんは打ち合わせは終わりましたか?」
「うんッ。月魅が来るってわかってたら、待ってたのにな〜。あっ、もしかして......誰かさんと待ち合わせ?」
「はい?いえ、今日はひとりですけど」
「そっか、よかった。じゃあいいや、デザート頼んじゃえ!聞きたいことあったしね、えへへっ」
「なんですか?」
「ねえねえ、月魅とみなか」
「八千穂さん、私と皆守さんは付き合ってはいませんし、翔さんは新しい図書委員になってくださったので説明してまわっているだけなのです。あなたが転校生に學園内をいつも案内してあげていたように」
何回聞かれたかわからないやり取りだった。七瀬はついでに探索仲間にしてきたことをうんざりしながら説明するのだ。江見の事情は本人が話すべきことだからおいといて、葉佩と七瀬が入れ替わっていたという話をしないと皆守の行動の説明ができないのだ。
「も〜、やだなァ。そんなウソまでついて、誤魔化さなくてもいいじゃない。そっか、そうだったんだ。そうならそうといってくれればよかったのに。水臭いなァ。あたしっと、ほんっとに鈍くてゴメンね。三人がそういう関係だとは思わなくてさ。そっか〜、青春だなァ」
「やっ、八千穂さん、からかわないでください!!だから三角関係ではないと言っているではないですか、八千穂さん。皆守さんや翔さんに失礼ですよ」
「だっていつの間にか名前呼びになってるし〜」
「それは八千穂さんもでは?あなたが九龍さんと翔さんと三角関係だと噂されているようなものですよ?」
「え〜ほんとかなあ?」
「そんなに疑うなら瑞麗先生に聞いてみてください。私、まだ薬が手放せないのに......」
七瀬は溜息をつきながら漢方を飲む。
「だって皆守くん、すぐ逃げちゃうんだもん。だから噂ばっかりが広がっちゃってね」
「八千穂さんのせいでしょう、わかってますからね。九龍さんのこと気になってるのばらしますよ」
「はえっ!?ちょっ、まってよ、月魅ッ!待ってまってまってお願い、あやまるからはやまらないで───────!」
七瀬は携帯電話をおいた。八千穂は七瀬が本気だとようやくわかったようで後で瑞麗先生に聞いてみるとほこをおさめた。
「あッ、あのォ〜、ちょっと噂に聞いたんですけどォ〜。あなたがその......みなか」
「付き合ってません」
「きゃ〜ッ、ってことは江見翔くんなんですね!」
「ちがいますよ!」
「えっ、違うんですか〜?前の席の子達がそんな話をしていたから、あたし、てっきり......。あ、す、すいません、あたしこういうお話大好きで、つい......」
「私は誰とも付き合っていません!」
「そうなんですか〜。よかった〜。実はあたし、江見くんのこともちょっと気になってて〜。この學園て結構カッコイイ子多いから〜。あッ、やだッ......これナイショですよ!」
「は、はあ......わかりました」
「はい、では気を取り直しまして。いらっしゃいませ〜、マミーズにようこそ。ご注文はどうされますか?」
七瀬はとりあえず八千穂がごめんごめんと謝り倒して奢ってくれるとのことでメニュー表を広げたのだった。
「あ、月魅。もう大丈夫なのか?」
「あ、翔クン」
「あっ、翔さんッ!!あ、あの......そ、その節は色々とご迷惑をおかけしましたッ!本当にすみませんでした......私が軽率な行動をとったせいで、翔さんにまでとんだご迷惑を......」
「まあまあ。元に戻ってよかったじゃん。大変だろ、九龍が好き勝手したから」
「ええ、本当に一時はどうなることかと思いましたが......」
「え、えーっと、もしかして月魅がいってることってホントなの?」
「八千穂さん......」
「だ、だってえ......」
「間違いないよ、真っ先に気づいたのオレだしね。月魅がいくら本を盗んだ不審者相手とはいえ、金属バットとH.A.N.T.を持って全力疾走するわけないだろ?」
「え、あ、そうだっけ?」
「そうだよ」
「私もさすがにH.A.N.T.を持っていく理由はないですよ、八千穂さん」
「あ、そっか、そうだよね。そっか〜、なんだ」
「八千穂さん」
「えへへ、ごめん。あッ、そうだ。まだ席決まってないなら一緒にどう?」
「あ、あのッ、私も構いませんのでぜひ」
(......やっぱり月魅って相当翔クンのこと意識してるんじゃないかなァ)
(八千穂さん、よけいなことしたら許しませんよ)
(う〜......わかったわよ、やめる......)
(?)
「で、月魅はもう大丈夫なのか?」
「あ、はい。もう影響は残っていないです。なんとか元通りになりました。もっとも、最初の3日間はろくに筋肉痛で動けませんでしたけどね」
「九龍、かなり苦戦したみたいだしな、お疲れ様」
「私の体を気遣ってくださるのはうれしいのですが、なぜあんな装備で......」
「えっ、ぜんぶ聞いてるの?」
「はい......。真里野さんは私と戦ったことになっていますので、私が知らないとおかしいでしょう?」
「あ、そっかあ。大変だね」
「ところで───────どういうわけか」
「うっ」
「私達がその......皆守さんも巻き込んで三角関係になっているなんておかしな噂が流れてますよね」
「あうっ」
「いったい、どうしてこんなことになってしまったのか......」
「はうっ」
「あッ、いえ、別に迷惑とか嫌だとかそういうことではなくてですね、私達、同じようなことがあったとはいえ、まだお互いに知らないことの方が多いなんて不思議で、や、やだ私ったらなにいっ......ちがいます、違うんです、言葉を間違えました。あのですね、迷惑なんじゃないかって不安で、その」
「私からしたら、月魅がもとに戻ったことは希望だよ」
「よかった......私、あなたのことがもっと知りたいです。力になれることならなんでも協力しますから、いつでもご連絡くださいね。それと、今日の放課後から図書委員の仕事頑張りましょう」
「そっか、最初に気づいたの翔クンなんだ。それって......いや、なんでもないよ。ふふふ」
図書委員会とは、小・中・高等学校などの教育機関などで司書教諭や図書館ないし図書室担当教諭の指導を受けて生徒たちが行う委員会活動の一つである。委員会業務内容は生徒への本の貸し出しの手続き、書庫の整理、読書推進のためのポスターや新聞の作成など。貸し出しカード。
これは本の本体に付属するブックカードと利用者個人用の個人カードの二種類のどちらかが使われる。
ツチノコ騒ぎが不審者によるものだとわかってから、また利用者が激減した図書室にて。一通りの仕事の説明が終わったところで七瀬が江見に話しかける。相談したいことがあるらしい。
「古人曰く『人が天から心を授かっているのは、人を愛するためである。』......翔さんはこの學園で気になる人はいますか?」
「私?私はいないよ。それどころじゃないし、この体じゃ江見翔クンにも相手にも失礼でしょ?」
「ほんとうに?」
「?」
「萌生先生と仲良かったとお聞きしました」
「あ〜......」
江見は困ったように頬をかいた。彼が諜報員であるという情報は《ロゼッタ協会》トップシークレットである。迷ったすえ、江見はいう。
「そんなんじゃないよ。よくはしてもらったけどね、とても」
だがその迷いが七瀬には別の意味にうつってしまったようだ。
「余計なことを聞いてしまいましたか?そうだ、あなたにこの言葉を教えましょう。古人曰く『恋の悲しみを知らぬものに恋の味は話せない。』辛い思い出も、きっとあなたを成長させる糧となりますよ」
「あはは......ありがとう。それで、相談て?」
「私は......その、当分、実感できそうにありません」
「まあ、あんなことがあったらね」
「その......真里野さんなんですが」
「うん?」
「今朝もきてらしたんですが......その......」
「あー......」
「最初はお礼参りかと思ったのですが、どうも違うみたいで。よくわかりませんが仲間になってくれたようなんです。私を強さを求める同士と思われたらどうしようと思ったんですがそれも違うって......」
「うん、あってるよ、月魅」
「ですよね!?どうしたらいいんでしょうか?真里野さんが好きになったのは九龍さんが憑依した私なんですよ?早く冷めて欲しいのに、次は情に生きろなんてアドバイスするから......」
はあ、と七瀬はためいきをついた。
「明らかに私ではないですから、そのうちに興味をなくしてくれるとは思うのですが」
たしかにガーターベルトにムチつかう七瀬月魅。こーるみーくいーん、と妖艶に笑う女子高生。明らかに七瀬ではない。
「しかも皆守さんや翔さんと付き合ってるなんて噂が流れてるし......」
「あれは九龍が悪いよ」
「はあ......」
「噂も75日だからすぐ終わるさ」
「だといいんですけど。翔さんは男性が好きなのに......」
「今は、ね」
「え?」
「瑞麗先生がいってたでしょ。そのうち私は江見翔クンの体と融合し始めて性的自認は男性になるんだよ。そうなれば女性が好きになるかもしれない」
「翔さん......」
「まあ、先のことはわからないよ。やることをやるだけなんだから」
江見は笑ったが、そこには狂気の瞳が宿っていた。