君の名は4

「───────これは保健室に運んだ方が良さそうだな。江見、運んでくれるか?八千穂、君はそろそろ授業に戻りたまえ」

チャイムが鳴ってしまう。

「翔クン、九龍クンのことよろしくね」

「わかった。じゃあ、あとで」

「うん......」

不審者を追いかけるのを手伝って欲しいと葉佩にお願いした結果、階段から転げ落ちて頭を打ったのか目を覚まさないのだ。やっちーは元気がなさそうだが教室に戻っていった。

私は葉佩を背負って保健室に向かう。扉をあけるとベッドに葉佩を寝かせて私は椅子に座った。

「葉佩の体から七瀬の氣を感じる。八千穂に私を呼びに行かせたのはこのためか?」

「目を覚まさないのもあるんですけど、月魅がH.A.N.T.と金属バットを持って鴉室さんに全力疾走で走っていったのでおかしいと思って」

「ああ......なるほど。よりによってそのせいか......すまないな、うちのバカが」

瑞麗先生は頭が痛いのか眉を寄せた。

「いつもの七瀬ならありえないと。さすがは当事者だな、すぐ可能性に行き着くとは」

瑞麗先生はため息をついている。彼女の祖国たる中国に伝わる道教の教えには魂魄、つまり肉体も魂も氣という物質から成り立つという考え方があるのだ。この世の摂理や事象のすべてが氣によって成り立ち、万物は氣の流れの中で隆盛をくりかえさは、氣が病めば魂も肉体も病み、氣が枯渇すれば死ぬ。わかりやすくいえば死にかけた私みたいな状況になるわけだ。

ゆえに氣が大気や水のように流れるものであり、肉体も魂の概念でさえかならず一致しているわけではない。だから憑依、霊媒、生まれ変わりなんてものが起こる。だから魂が他人と入れ替わることもある。

しかも宇宙人の技術により精神交換した事例が今ここにいるわけだ。私が助けを呼んだ時点でクトゥルフ神話絡みの被害かと身構えていたら斜め上をかっとんでいったから気が抜けたらしい。いや、緊急事態には変わらないんだけど。

「どうやら事故のようだね」

「そうですね」

「念の為聞くが君の同胞による精神交換ではないね?」

「それはないですね、いないみたいなんで。私にも連絡ないみたいだし」

携帯を一応みるがメールも電話もない。

「ふむ」

「どうやったら戻ります?月魅と九龍」

「そうだな......。入れ替わった時と同じ方法を試せば元に戻るかもしれない。まずは七瀬のことは私に任せて葉佩をさがしたまえ。それともうひとつ、このことはあまり人に知らせない方がいい。葉佩を狙っている者がこの學園にいるようだからな。君としても、葉佩の体を借りているのが七瀬だとバレて、様子を見ていた者たちまで襲いかかることは得策とはいえないだろう?」

「あ〜......」

「どうした?」

「私もすっごくいい案だとは思うんですけど、その......九龍がそこまで考えて行動するとはどうしてかな。微塵も思えなくて」

「ああ、たしかにその可能性を見落としていたな。むしろ面白がって事態を悪化させそうだ」

ふふ、と瑞麗先生が笑う。さっきから私の電話のバイブレーションが鳴り止まないのだ。ポケットから出して携帯を見てみれば、皆守甲太郎の名前があった。

「もしもし」

「翔、今どこだ?」

声が低い。怒っているようだ。電話ごしですらわかる。古人曰くと呟いている七瀬の声がする。そうか、葉佩の悪ふざけの犠牲者は皆守か。

「保健室だよ」

「ッてお、おいッ!なにやってんだよ!」

一瞬電話が遠くなる。今葉佩が七瀬の体であることをいいことに、夢じゃないかを調べるべく好き勝手やってるのは把握した。

「どーした?」

「い、いや、その......なんでもない。とにかくだ、お前なんかしたんじゃないだろうなッ!?七瀬が明らかにおかしくなってるんだがッ!」

「どんなふうに?」

「ど、どんなふうにって......その、鏡の前で古人曰くっていったり、いきなり胸をも......ってなに言わせようとしてんだッ!笑うなッ!お前なにかしってるなッ!?」

「七瀬が自分のこと葉佩だって言い張ってるなら、今すぐ保健室に連れてきてくれ。たぶん皆守が考えてるのと同じ事態が起きてるよ」

「ああくそッ、やっぱりか!いつかはやらかすとは思ってたが、とうとう本性表しやがったな!」

「前から思ってたけど、お前って被害妄想甚だしいよね。オレ、なにもしてないだろ?今回も違うからな?」

「この場に及んで騙されるかッ!九龍と七瀬が被害にあってるだろッ!しらばっくれるな!」

「だから事故だって。葉佩に聞いてみたらわかるだろ?とりあえずそこにいる不届き者ぶん殴ってでも連れてきてくれ。あとはよろしく。君だけが頼りだよ、甲太郎」

なにやらいきなり黙り込んでしまった皆守の通話を一方的に切った私は瑞麗先生をみた。心底おかしそうに瑞麗先生は笑っている。

「君はほんとうに皆守の扱いがわかっているな」

「宇宙人が怖いなら名前で呼ぶくらい仲良くならなきゃいいのに。変わってますよね、甲太郎って」

「そうだな......だが、悪い事ばかりではないんだろうさ。だから君とも葉佩とも一緒にいるんだよ、皆守はな。死んでも認めたがらないだろうが」

「それはあたってますね」

あはは、と笑ったあたりで後ろのカーテンが開く音がした。私は笑いをひっこめた。そこには目を瞬かせて硬直している七瀬がいたのだ。瑞麗先生は笑っている。気づいてて気付かないふりしてたなこの人!

「いいじゃないか、仲間がいるっていうのは精神的にどれだけ安心かわかるか?」

「いやいやいや、それは人によるん」

「えええええっ───────!?」

「ぐえっ」

「えっ、ちょっ、どういうことですかッ!?翔さんが私と同じって......宇宙人って......えっ、えっ!?」

「喜ぶといい。七瀬は大喜びみたいだぞ」

「どういうことか説明してください、翔さんッ!あなたはまさか超古代文明の宇宙人だからあんなに詳細な蛇神がかけたんですかッ!?」

「はなすっ......はなすから、はなしてくれ、月魅ッ......いきができない、しぬっ......」

「あっ、ご、ごめんなさい!」

葉佩の姿になっても月魅は月魅だと痛感した私は、身元の一部を明かす羽目になってしまったのだった。

「皆神山で宇宙人に......なるほど。あの大震災で傷一つなく生還できた時点で只者じゃないとは思っていましたが、そんなことがあったんですね。別の宇宙人に助けられて江見翔さんの体に保護されたあなたは、江見翔さんの体の記憶を頼りにこの學園にやってきたというわけですか」

「うん、そうだね。あってるよ」

「江見翔さんの魂はあなたの体に?」

「いや、宇宙人にすごく気に入られたみたいで、故郷に招待されてるみたいだよ。私は命を狙う宇宙人を倒さないと元に戻れないんだ」

「すごい......すごいすごい、すごいじゃないですか、翔さんッ!私が考えている以上にすごいことになってるッ!しかもご本人は宇宙人の故郷に!?羨ましいですっ!」

ダメだ、話せば話すほど月魅の目が輝いていく。

「瑞麗先生以外にあなたの正体を知っている人はいるんですか?」

「《生徒会》の人にはバレてるみたいだね」

「《生徒会》......ああ、会計の......」

「そう。だから私を牽制しに来たんだと思うよ。彼はそういうのが見える体質らしいからね。あとは白岐」

「白岐さんですか」

「どうやら《遺跡》を侵略しにきた宇宙人だと勘違いされたみたいでね、嫌われてる自覚はあるよ」

「神秘的な人だとは思っていたんですが、すごいです。そんなことまでわかるなんて」

月魅はすっかり今の体が葉佩のものだということがすっぽ抜けているのかと思いきや、私というもっとやばい状況のやつがいるから冷静になっただけだった。

「目が覚めたら葉佩さんの体と入れ替わっていて......どうなるかと思ったんですが、瑞麗先生と翔さんのお話を聞いて安心しました。そうですよね、私の体には葉佩さんがちゃんと入っていて、かなり恵まれているんですよね。もうずっとこのまま元に戻らなかったりしたら、なんと怖くなるのはまだ早いですよね」

「そうだよ、月魅。最悪の場合、私の知り合いに頼んでみる手もあるから」

「翔さん......ありがとうございます。励ましてくれて。すいません、私ったらすぐに悪い方向に考えてしまって......まったく、しっかりしなさい、そっちの方がやりたいなんて考えちゃダメ!」

「七瀬」

「き、気の迷いです、気の迷いッ!」

しかし、女の子女の子してる葉佩は携帯にとりたいくらいレアだ。怒られそうだからやらないけどさ。

「そうよ、そうですよね。このままじっとしていても解決法は見つからないですよね。なんとか元に戻る方法を探さないと」

「そうだな、その意気だ。だがな、他人として7ヶ月も過ごしている江見はともかく、七瀬が葉佩として行動するのは無理がないか?」

「あっ......」

ようやく七瀬は葉佩が《宝探し屋》であることを思い出したようで言葉につまる。

「提案なんだが、とりあえず元に戻るまでは保健室にいなさい。なにか調べたいなら江見が図書室にいったらいい」

「それいいですね。月魅もボロ出さなくて済むし、《生徒会執行委員》に襲撃される危険が減るよ」

「翔さん......なにからなにまでありがとうございます」

そして、しばらくすると皆守がやけに凛々しい七瀬こと葉佩をつれてくることになるのだった。
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