君の名は3

ただいま昼休み、食事を終えた直後である。まだ時間は半分ある。

ツチノコ騒動が起こった時点で私は葉佩についていくか、月魅についていくか、ずっと考えていた。なにせ昼休みでも放課後でもなく午後の授業中にあるイベントが発生するためである。授業をサボることになるのか、休み時間の出来事なのか、よくわからないので張り付くなら今からでも行動を起こさないと場所の把握が難しくなってしまう。

理由はのちのち明らかになるから置いとくとして、用事ができたため月魅の方にいくことにする。

図書室はいつになく満員御礼である。ツチノコ効果すごい。

これじゃあイグのこと思い出して無性に気になってきた九龍という言葉について調べることは難しそうだ。なにせ九頭龍とは、九つの頭を持つ龍の事である。大元はインド神話に登場する蛇神「ヴァースキ」。仏教の八大竜王としても数えられていたが、中国を経て日本に伝来するにあたって九つの頭を持つとされてしまった。日本各地で九頭龍を祭る信仰は存在しており、神社やお寺などにその神威を感じることができる。

そして日本では龍と蛇を同一視し、水の神様と崇めたことはよく知られた話なだけに、九頭龍を別名にもつクトゥルフと《九龍の秘宝》について結びつきを今まで思いつきもしなかった私が悪いんだが。まあいいや
ダメもとで月魅に聞いてみよう。

「図書室へようこそ、江見さん。今日はどうされましたか?」

本の貸出作業が一息つくのを見計らって、私は月魅のいるカウンターに声をかけた。

「なんか噂になってるツチノコって蛇の神様らしいからさ、やっちー達にオレの絵が正しいんだって教えたくてさ。なにかいい資料ないかな」

みんなに馬鹿にされたことを根に持っている訳では断じてない。円滑に物事を進めるために必要なとっかかりが必要なだけだ。私の話を聞いて、月魅はなんだか微笑ましい顔をしているが気のせいだろう、きっと。

「そうですね......蛇神の伝承などでしたら資料室に古書があったと思います。でも、利用者がツチノコ効果からか、いつになくたくさんいるので放課後になってしまいますが構いませんか?」

「ああ、いいよ、それくらい。そういえば七瀬はこんなに忙しそうなのにひとり?」

「ええ。でも気にしてはいないです。本と触れ合える機会を軽視するような人が図書委員になられても邪魔なだけなので」

「そっか」

図書委員としてサボりがちな委員になにかしら怒りがあるようだが、そういうことを考えるだけ無駄だとばかりに月魅は眼鏡を直した。

「ああもう......やっぱり図書室の当番、私がもっと入るべきだった......」

「なにかあった?」

「聞いてください。実はですね、最近、図書室の備品が頻繁に消えるんです。私が当番じゃない時ばかり消えるし、貸出不可のものばかりだから、きっと他の人が適当に扱って無くしても黙っているんだと思います。江見さんは心当たりはありませんか?」

心当たりがありすぎて胸が痛い。私はこっそりメールで葉佩に返却するようメールした。好感度あげるチャンスだぞ。でも、よく聞いてみたら私がこないだ調べ物をしてから元の場所に戻すの忘れていた本のタイトルもあったので、それとなく抜きとって渡してみた。

「あッ! ありました!それです!一緒に探してくれて、ありがとうございます。江見さんは親切なんですね」

「いや〜、ごめん。これ、オレが戻す場所間違えてたみたいなんだ。ここってことは「あ」行なんだ?「わ」行だと思ってた」

「なるほど、そういうことでしたか。ならば私の見落としが原因ですね。この作者はタイトルに英語の読みのタイトルをつける特徴があるので、普通に読んだ場合が頭から抜けていました。いけない、いけない、イライラしてたせいですね。私の不注意で大切な備品をなくしてしまっている場合もあるのかもしれないのに」

「案外、時間をおいて探してみたらまた見つかるかもしれないよ、七瀬」

「そうですね......覚えがある話です。今はこれくらいにしようかな......。どこにいってしまったのかしら……。
ふぅ……、これからはもっと管理体制をしっかりしていかなければ」

葉佩からの返信だとマミーズから時間がかかるみたいだから時間を潰すことにした。

「そういえばさ、七瀬ってどんな本が好きなの?」

「私ですか?私は、シリーズものの本がすきですね。ジュヴナイル伝奇という書物をご存じですか?」

「ジュヴナイル?時をかける少女とか?六番目の小夜子とか?」

月魅が食いついた。

「あなたもお好きなのですね!」

「オレはドラマから入ったけど面白いよな、あれ。嬉しそうだね、七瀬」

「ええッ、もちろん私も愛読書ですッ!ジュヴナイル伝奇のジャンルにおけるあの壮大な物語は素晴らしいの一言ですねッ!心躍るような素晴らしい作品ですよねッ!ああ…、こんな風に語り合えるなんて、あなたと会えて本当に良かった…」

同じジャンルの沼にハマったオタク特有のテンション高い早口の月魅がここにいる。やっぱり月魅は好きなことになるとものすごく熱血キャラに変貌するよなあと思いながら、私はハマっている本などについて語り合う。月魅、カリギュラとかにハマりそうな予感がするな。

「ATLASの女神転生シリーズとか興味無い?」

「ゲームですよね?ネットでよく見るタイトルですけど......私ゲームはやらないんですよね」

「そっか。七瀬の好きそうなタイトルもあるから、やりたくなったら言ってくれ。ゲーム機ごと貸すからさ」

「ゲーム機ごと......江見さんて布教活動のためなら何でもするタイプなんですね......。見習わなくちゃ......」

「あはは。単純にハマってるやつがいないから寂しいだけなんだけどね」

2004年はまだ2ちゃんねるくらいしかないからな......。

「忙しそうだし、そんなに大変なら手伝おうか、七瀬」

「え?図書委員の仕事をですか?いえいえ、今はもう借りに来る人はいないみたいなので大丈夫です。ありがとうございます。たしかに大変ですけどやりがいがありますよ。お昼は忙しいですけど」

「たしかに返却するよう言って回るの大変そうだよな」

「いえッ!なにより、好きなものに囲まれている訳ですからッ。そんな風に言っていただけるなんて恐縮です。あ、でも、江見さん本がお好きみたいですし、もしよろしかったら、図書委員になりませんか? あなただったら歓迎しますよ」

「そうだな〜、今からでもやれるなら雛川先生に相談してみるか?」

「ほんとうですかッ!?なら、職員室にいってみましょう。ツチノコ騒ぎで図書室の利用率が上がっているのはいいのですが、本の貸し借りのルールを知らない人が多くて困っているんです。今日も本の回収に回らなきゃいけないので、一人でやるよりは効率がいいですよね!」

「そうだな。よし、いこっか」

葉佩には職員室にいくようメールをうっておく。これでよし。流れで図書委員になることになっちゃったけど、なにかあるとは図書室で調べものばっかりしてるから私は意外と図書室にいるのだ。委員になったところでなにも変わりはしないだろう。

利用者がいないことを確認して、月魅は図書室に鍵をかける。廊下を歩いているとなにやら声がした。

「なにか聞こえませんか?」

「なんか騒ぎみたいだね」

だんだん騒ぎが大きくなっていく。

「誰か捕まえてくれッ!不審者だッ!」

「まてえええッ!絶対に逃がさないんだから───────ッ!」

私と月魅の傍をものすごい勢いで走っていく鴉室洋介28歳独身さん。やっぱりお前だろうな。

「ふ、不審者......?先生がホームルームでいってたのってもしかして......」

「みたいだね」

そして金属バットを振り回しながら走っていく葉佩とやっちー、あと何人かの男子、あるいは女子。あっという間に見えなくなってしまった。

「なんだったんでしょう?」

「さあ?」

今のうちに階段をおりて1階の職員室に向かおうとした。中ほどまで降りた頃。

「2人とも逃げろッ!不審者が!」

「だーかーら、お兄さんは不審者じゃないってばもー!参っちゃうなこれ!」

葉佩がノリノリで鴉室さんをぶん殴るために金属バットを振りかぶる。いちばん怖いのはお前だよ。いやたしかに鴉室さん生徒会長像をぶったぎる木刀並の威力を誇る皆守の上段げりくらってもピンピンしてるほど頑丈だけどさ。

「ちょいと失礼!」

そうこうしているうちに鴉室さんが手すりを飛び越えて無駄にかっこいい跳躍をしながら降りていく。ばささささ、となにかが落ちた。

「あっ、やっべ」

「あああッ!」

反応したのは七瀬が先だった。

「それ、無くしたと思っていた本じゃないですかッ!あなたが犯人だったんですね、許せないッ!」

「お〜っと、これはやばい雰囲気だな。じゃあそういうことで!」

「返してください、それは持ち出し禁止の本なんですよ!」

「えっ、ちょ、七瀬ッ!?待てってば、あぶないよ!」

「離してください、江見さんッ!あんな雑に扱われたらもう我慢できませんッ!!」

「うわっ」

七瀬に振り払われてしまった。やっべえ、まさか追いかける展開かこれ?!私はあわてて階段を転がるように降りていく葉佩と七瀬、やっちーに続く。

「きゃあッ───────!」

「うわあああッ───────!」

あっちゃー!やっぱりこうなるのか!

私がようやく追いつくころには月魅と葉佩がもつれるようにして倒れていて、やっちーがあわてて助け起こそうとしている。月魅が立ち上がりH.A.N.T.と金属バットを拾っていってしまう。

「どうしよう、翔クンッ!九龍クン目を覚まさないんだけどッ!」

「やっちー、瑞麗先生連れてきてくれ!もしかしたら頭打ってるかもしれない!」

「わ、わかった!いってくるッ!」

さあて、どうしようかなあ。私は葉佩(おそらく中身は月魅)を介抱しながら途方にくれたのだった。
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