君の名は2

登校したら玄関近くにある庭に設置されている生徒会長像が真っ二つに叩き切られていた。あー、はじまったか。タイゾーちゃんを唆していたファントムを名乗る何者かが《執行委員》を唆して《宝探し屋》に喧嘩を売り始める話だ。ちなみにこれが葉佩がきた途端に毎週毎週《執行委員》が事件を起こす間接的な理由だから困る。

「あッ、翔クンッ、おっはよ〜ッ!ねえねえ聞いたッ?學園の敷地内で謎の生物が目撃されたって話!」

宇宙探偵こと鴉室さんが流した噂のことだろうが、私はクラス中の噂になるほどのことか疑問が浮かんでしまう。すでに宇宙人やら謎のスライムやらなんかが《墓地》を跋扈しているこの學園でなにをいまさらそんなに盛り上がることがあるのだろうか。

「また出たのか?スライム」

「ぶっぶ〜、残念でした〜!実は違うんだ〜!」

「おっはよ〜、やっちー!」

「あ、おっはよ〜、九龍クンッ!ねぇねぇ、学校の噂聞いた?」

あれ、やっちーの呼び方が葉佩クンから九龍クンに変わってる。いつの間に。これはあれか、私が1週間死にかけている間に遺跡に潜りまくったんだろうか、葉佩。昨日までは呼び方一緒だったのに。ん?と一瞬固まる葉佩だったが、やっちーがにこにこしているので気にしないことにしたらしい。

「あ〜、知ってる知ってる。ツチノコが出たんだってな!」

「そうそう!さっすがだね。あ、そっか、情報収集能力がないとダメだもんね、《宝探し屋》って。さすがは本職!」

「すごいだろ〜?惚れてもいいんだぜ、やっちー」

「や、やだなあ、なにいってるのよ、九龍クンったら!」

「───────い゛」

そりゃやっちーの照れ隠しによる本気の肩パンは痛いだろう。葉佩は冷や汗を浮かべながらニヤニヤを崩さないよう頑張っていた。

「ツチノコ?なんでそんな騒ぎになってるんだろ、今までもやばいやつはいたのに」

「それはね、いいことをすると願いを叶えてもらえるから保護してあげたい子達が多いんだと思うよ」

待ってくれ、それ明らかにツチノコの範囲超えてないか。鴉室さんこの學園内になに放ちやがった。ちょっと聞き捨てならなくて詳細を尋ねてみると、興味をもったと思ったのか、やっちーは教えてくれた。


実はあらゆるオカルトが存在するこの世界においては存在がほぼ確定しているツチノコである。日本に生息する未確認動物 (UMA)のひとつで、鎚に似た形態の、胴が太いヘビ。普通のヘビと比べて、胴の中央部が膨れている。10メートルほどのジャンプ力があり、日本酒が好き。チーと鳴き声をあげる。歯はすきっぱである。非常に素早い。

シャクトリムシのように体を屈伸させて進む、尾をくわえて体を輪にして転がるなどの手段で移動する。いびきをかく。味噌、スルメ、頭髪を焼く臭いが好き。猛毒を持っているとされることもあるらしい。

うん、私が知っているツチノコと変わらない。

「ツチノコかあ」

「いると思う?葉佩クン」

「そりゃいるだろ〜。縄文時代の石器にツチノコに酷似する蛇型の石器があるし、長野県で出土した縄文土器の壺の縁にも、ツチノコらしき姿が描かれてるんだよ」

「えっ、そうなのッ!?そんな昔から?」

「だから生き残ってても全然不思議じゃないな!」

「そうなんだ!すごいね!」

「どんな目撃情報が上がってるんだい、やっちー」

「よくぞ聞いてくれましたッ!それがね、すごいんだよッ!翔クンが学校休んでる間に運動部の子達からはじまって、学生寮の裏の森あたりで見たって子がではじめて。えーっとね、あたしが聞いた話なんだけど、野球ボールが茂みまで飛んじゃったから探しにいったらツチノコ見つけたんだって。捕まえようとしたらたくさんの蛇がこっちをみてたんだって。でね、捕まえようとした子達は熱出して、やめさせようとした子達はテストとかでいい結果が出たんだって!」

「それでそれで?」

「ツチノコは神様じゃないかって噂になったんだ」

「へぇ〜ッ、神様かあ!おもしろいなあ。でもなんで保護?」

「そのツチノコ、怪我してたみたいでね。手当しようとした子にはいいこと、捕まえようとした子には悪いことがあったらしいの。そんなことが沢山あって、ツチノコは神様の姿じゃないかって噂になったみたいだよ」

それ、イグと関係あったりしませんか?と聞きたくなった私は悪くないと思う。

ちなみにイグとはクトゥルフ神話における蛇の神であり、子供達を引き連れて飛来した宇宙人だ。その子供達があらゆる蛇類やヴァルーシアの蛇人間の祖先となった。北米ではネイティヴ・アメリカンに崇拝が伝承されている。人間の信者も多く蛇を大切にする者には、それなりの見返りもある。又、信者達のリーダーでテレパシーを持つ女性司祭はスネークマザーと呼ばれる。従属種族はスススハー率いる蛇人間たち。

イグの姿は蛇の頭をした人間、もしくは鱗に覆われた人間のような腕を持つ巨大な蛇の姿をしているといわれている。イグは北米だけでなくブードゥーの一部やヘビ人間、イグの眷属に崇拝されているといわれている。比較的崇拝者に優しい旧支配者であるが怒りっぽく自分自身の姿に似ている普通の蛇を殺したものを処罰するといわれており、イグの教団の邪魔をしたものに対してイグの手先や子供を送り込むといわれている。

ちなみにツチノコはこのイグの子供ではないかと言われている。たしかに比較的人間に優しいとはいわれているが、まさかイグの子供のことをツチノコだと広めるとは思わなかったぞ、鴉室さん。違和感なさすぎてスルーするところだった。慣れって怖い。

「うちの學園の七不思議にね、3番目のツチノコってあるからさ。神様なら間違いなく願いを叶えてくれそうだから、見つけたら怪我の手当とかエサあげようとか考えてるみたいだよ!」

......案外創立100年目のこの學園敷地内にある《遺跡》には、ツチノコに似た化人がいるのかもしれないと思った。

「ねえねえ、九龍クン、翔クン。せっかくだからあたし達もツチノコ探してみない?いつもより危険はなさそうだけど、ひとりじゃ怖いし......みんなで探したら怖くないと思うし」

「いいね、いいね、おもしろそうだしッ!たまにはこういうのも気分転換になっていいよなッ!」

「えへへッ、ありがとう、九龍クン!私も九龍クンが協力してくれたら嬉しいよ!」

「2人がそういうならいいよ。オレも手伝う」

「翔クンもありがと〜ッ!」

「さすがは翔クン、ノリがいいッ!」

「おい、九龍、翔。お前らな、悪いこと言わないからやめておけ」

誰もがこの時間帯にいるはずもない人物の声がしてビビったのは不可抗力だ。ついでに昨日今日で呼び方変えましたって感じじゃなさげな顔して呼んでるが、こいつは早朝の私達と男子寮であっていたはずなのに呼び方が違うのはなぜだ。タイミングがタイミングだけに違和感しかないが、葉佩たちの驚きはもちろんそこでは無い。

「よぉ」

机に足を乗せながらふんぞり返っている皆守にやっちーたちがとんでいく。面倒くさそうに眉を寄せているが口をはさんだ時点で周りが騒がしくなることは当たり前の流れなんだよなァ。

「み、皆守クンッ!?今朝はどしたの?すごく早くないッ!?」

「何処ぞの阿呆共が朝っぱらから外で騒いでたから起こされたんだよ」

「ひっどいな〜ッ!俺達騒いでないし、話しかけてきたのは甲太郎からだろッ!勝手に捏造するなよ〜ッ!」

「お前らは足音がうるさいからすぐにわかるぜ」

「理不尽すぎないかッ!?」

不機嫌そうに皆守はいう。聞きたがったから話したのに、と葉佩が抗議しているあたり。どうやら葉佩は《墓地》でのことをまるっと話してしまったようで、江見睡院のミイラもどきがなくなったあたりのくだりで寝るに寝れなくなったとみた。自業自得では?

「そうなんだ。でもよかったじゃない、早起き出来て」

「あのな、そういう問題じゃないだろ」

「えへへ、そう?でもこのままちゃんと出席できたらきっとみんなで卒業式できるよね〜」

「......」

一瞬皆守が言葉に詰まる。

「卒業式か〜、いいね、いいねッ!こうあれだろ?暮れなずむ町の光と影の中だろ?」

「そうそう、去りゆくあなたへ〜」

「あれって失恋の歌らしいけど卒業式のイメージ強いよな」

「えっ、嘘、まじで?」

「海援隊の人が嘆いてたよ、テレビで」

「えええ〜ッ!」

「でも卒業式か〜、楽しみだな。東京と岡山ってどう違うんだろ?」

もりあがる私達の隣で沈黙したまま皆守がアロマをくわえる。《宝探し屋》と宇宙人が平然と卒業式を迎えたいと笑っている姿は今の皆守にはどう見えているのだろうか。私は遺跡を攻略してすべてをなぎ払う葉佩がいる時点で確定した未来だと知っているし、なにがなんでも成し遂げられるよう支援する気満々だからある意味決意表明なのだが。

そして話の輪から離脱しようとしている皆守の気配を察知した葉佩とやっちーが二人がかりでツチノコ捕獲に皆守を巻き込み始め。

うっかり失言から全く情報を持ち合わせていない何のことか全くわからないツチノコについて、勝手に想像しながら黒板にかく羽目になった皆守なのだった。

これはひどい。土の子と連想したとはいえ酷い。鬼もどきを書いてしまった時点でやっちーがぶっぶーと笑い出す。

「ツチノコって、槌、ハンマーみたいに太い蛇のことだよッ!」

自信満々に横に描き始めるやっちーだが、デフォルメされすぎてただの蛇なのだ。なぜわかっているのにこうなるのか。

そしてやめとけばいいのに、なぜか自信満々で互いに正しいと主張するやっちーと皆守が喧嘩をし始めた。

「やっちー、甲太郎ときたら翔クンの流れだよなッ!はいど〜ぞ、チョーク」

「えっ、オレも?」

「だってこん中で宇宙人と会ったことあるの翔クンだけだしさ、UMAって宇宙人みたいなもんだから描けるだろ〜?」

あっ、面白がってるぞ、この愉快犯!まあ古墳時代の石器がどうのこうのいってたから大体の形状はしっているんだろうけどさ。やっちーは面白そうに見ているし、皆守は宇宙人にUMA描かせるのかって変に身構えてるし。よし、それなら期待に応えないといけないな、画力がおいつくかどうかは別として。

「ねえねえ、翔クン。横のニョロニョロな〜に?」

「え?やっちーがいってただろ、たくさん仲間がいるって」

「なんでガンつけてるんだよ、こいつ」

「え?悪いことしたら災いがふりかかるんだろ?」

「何その無駄にクオリティ高いのッ!しかも蛇の顔した人間だしッ!なんだよこの悪魔合体!」

「え?だってやっちーが神様だっていうからさ、蛇神的な」

葉佩は腹を抱えて笑いだしてしまい、やっちーと皆守は私よりはマシなはずだと何故か仲直りし始めた。

「古人曰く......誰もが皆真実のために戦っている」

ちょうど滞納している不届き者たちから本を回収してまわっていたらしい七瀬が葉佩に同情めいた言葉を投げかける。

「えー、よくかけてると思うんだけどな」

「お題はツチノコですよ、江見さん。トンボがお題なのにヤゴを描くようなものです」

一瞬皆守がこっちをみた気がしたが、気のせいだろう、きっと。
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