君の名は1


受信日:2004年10月12日
送信者:転送者
件名:FW:必ず会える!

天香サーバーに届いた鴉室 洋介さんからのメールを転送いたします。

いや〜、タイトルで期待しちゃったか?ま、読まずに捨てられちゃ適わないんでな。調べたところ、夜中3時以降は墓守は《墓地》を見回りしないようだ。君の友達の江見翔くんはマラソンが趣味らしいから、それに付き合う形で彼を《墓地》まで連れ出してくれないか。是非君に手伝ってほしいことがある。

H.A.N.T.を返した私は肩を竦めた。体調が回復してから初めての誘いは《遺跡》の探索ではなくマラソンだったので、葉佩が気を使ってくれたんだなと思っていたがどうやら違うらしかった。

つーかイベントの発生はやすぎないか、まだ10月半ばだぞ?ゲームだと11月じゃなかったかな?やっぱり私がいる影響か、それともクトゥルフ神話勢力がこの《遺跡》に住み着いていることが判明したからか、それともこの《遺跡》の秘密にクトゥルフ神話要素があるからか。エムツー機関はずいぶんと行動がはやいらしかった。

「なるほど、そういうことか。ちょっと残念だな。やっとマラソンに付き合ってくれるのかと思ってたのに」

私の言葉に葉佩はわらう。

「じゃあ《墓地》まではしろ〜ぜ、翔クン」

私はあわてて葉佩を追いかけた。向かうのはいつもの《遺跡》の入口に近い《墓地》の中程ではなく、男子寮から1番遠い森の隅っこの方らしい。

かすかにこもってきこえてくる秋の虫の声を聴き、木陰の葉叢の匂いにまじって漂って来る温室からの花の匂い。雨風にさらされて粉を吹いたように風化した墓石が並んでいる。
墓を掃き清め、墓石をせっせと洗い、長いこと手を合わせる者などいない。そこにあるのは無数の死を築く墓地である。人間の毛髪の一本一本を根元から吹きほじって行くような冷めたい風が吹いて来た。

「葉佩君ッ、江見君ッ、こっちこっち。いや〜待ちくたびれたよ。メール見てくれただろ?」

「もちろんッ!だからこうして翔クン連れてきたじゃないですか!」

「そうかそうかッ、よくやったぞ葉佩君!さすがは葉佩君、この俺が見込んだ奴だけのことはあるぜ。よォ、君が噂の江見翔くんかな?」

めっちゃ葉佩と意気投合しているおっさ......いやお兄さんが現れた。

「あなたは?」

「俺は鴉室 洋介(あむろ ようすけ)
。行方不明になった息子を探してくれって親御さんからの依頼で違法なのを承知のうえで探してる探偵さ」

「葉佩がいってた宇宙探偵ってこの人?」

「そうそう、泣く子も黙る宇宙探偵はこの人。な?面白そうだろ?」

そこにいたのは革ジャンにアロハシャツ、でかいサングラスという派手な出で立ちをした男だ。天香学園に潜入調査を行っている私立探偵。ヒーロー特撮物にかぶれており、軽薄でお調子者に見えるが、隠された裏の顔を持つ。エムツー機関のエージェントにして瑞麗先生のパートナーだ。ついでにいえば、実は前作東京魔人學園伝奇シリーズスピンオフ漫画の『妖都鎮魂歌』全二巻にカメラマン役として登場する。ほんのチョイ役とはいえ、カメラマンから探偵になるにはなにか事情があったのだろうか。

ところで瑞麗先生から《ロゼッタ協会》の諜報員が私の体の正体であり、中の人はイスの偉大なる種族により精神交換で保護された見返りに協力者となっている人間なのは把握済みのはずだがとくに接触する気はないらしい。あくまで私が支援している葉佩との接触が最優先のようだ。意外と有能だなこの貧乏探偵。さすがは皆守甲太郎の本気の蹴りを受けてもすぐ回復した男、ギャグ補正はつよい。

「君たちに協力してもらえるならこれほど心強いことはない。何せ君たちの方が詳しいはずだからな。あの墓地のことなり。へへへッ、知ってるぜ。夜な夜なあそこへ出入りしてるだろ?」

「さすがは宇宙探偵!有能!」

「あはははは!いいこだなあ!おっといいんだ、人それぞれに事情ってもんがある。それについて説明する気は無い。まずは情報をやろう。ついてきな」

後についていくと、かなり古そうな墓の前に私達はやってきた。そこに刻まれているのは。

「ここが江見睡院、君の父親の墓だ」

「......ここが」

私は息を飲んだ。《ロゼッタ協会》の報告書で知ってはいたが、実際に墓が前にあるのではやはり衝撃が違う。ここに墓があるということは、江見睡院は《遺跡》で命を落としたのではない。生きているという紛れもない証となる。

「江見睡院先生......」

尊敬する《宝探し屋》が葬られたと早合点している葉佩は神妙な顔をしている。

この學園に来てから、最深部のラスボスを倒さないと《墓地》の犠牲者たちは蘇生できないと知っていたため、《遺跡》の攻略最優先だった私は江見睡院の墓がどこにあるのか知らなかったのだ。見つかったら江見翔の學園にいる理由がなくなってしまうからである。葉佩と合流する前にそんな事態になるのを避けるためだったが、江見睡院の名をおごる不届き者が確かに存在することが名実ともに明らかになったわけだ。さて、どうなるか慎重にいかないといけないな。

「江見君大丈夫か〜?」

呼びかけられた私は顔を上げた。一番ショックを受けているはずの私より嘆き悲しんではいけないと思ったようで、心配そうな葉佩が覗き込んでくる。

「ありがとう、葉佩。オレなら大丈夫だよ」

「顔色わるいけど」

「それは葉佩もだろ。葉佩の方が父さんにずっと近いところにいるはずなんだからさ、なにも思わないわけないよな。わかってるよ。だから気にしないでくれ。オレにとって一番嫌なのは、葉佩が父さんの二の舞になることなんだから」

「翔クン......」

「いやあ、泣けるねえ〜、男の友情ってのは!だが待ってほしい、本題はここからだぜ」

どうやら、初めから準備していたらしい。軽く土を払うと、あっさり墓が掘り返された。私たちが驚いている前で、貧乏探偵はなんの躊躇もなくなかにある棺の蓋をあけてしまう。中は空っぽだった。棺の内側は引っ掻いたようなあとが無数にある。生き埋めにされていたのは明白だ。私達は息を飲んだ。

どうやって極限まで精気をすいとられてミイラ状態になっていながら江見睡院は蘇生したんだ?どうやって外に出たんだ?万が一オーパーツかなにかで蘇生したとしても生き埋めにされている以上、身動きとれない棺の中からゾンビよろしく這い出すことなど出来そうにない。

「どうよ、俺もね、毎日遊んでるわけじゃないだろ?」

「さすがは宇宙刑事ッ!かっこい〜!憧れる!」

「すごいですね、さすがです......。所持品がないってことは、どこかに誰かが持ち去ったか、初めからからっぽってことだ。これ以上ないくらいの情報です。ありがとうございます」

「あっはっは。いや〜モテる男はつらいねえ。さて、本題はここからだ。しかる筋によると、江見睡院さんはここからどうやら逃げ出した可能性があるそうじゃないか。俺は依頼人の息子さんの墓を掘り返すつもりだ。埋まってるものが本当に所持品だけならなんの問題もないはずだろ?だがもしも、それ以外の何かが出たとしたら、そいつは君たちにとっても有益な情報になるんじゃないかと思うが......どうかな?」

葉佩は目を輝かせている。私はうなずいた。

「所持品が盗まれたのかどうか気になります」

「いやいやなになに、そんなに尊敬の念を込めて見つめなくてもいいからな。さ、そうと決まればさっそく行こうぜ。あっという間に朝になっちまうからな」

私達は黙々と作業を続けた。

「......なァ、葉佩君。さっきはああいったが、実は俺、結構興味津々なんだぜ。君が一体なにものなのか。江見睡院さんがなにものなのか。葉佩君は?俺に興味とかないの?貧乏探偵ってのは世を忍ぶ仮の姿で、実は......とか」

あ、やっぱりこの人私の情報知ってるな、私にふってこないし。

「えっ、宇宙刑事じゃないんですか!?やべえ、もっとすごいのきちゃうやつ!?」

「あっはっは、そんなに期待されちゃうとな〜、どうしよっかな〜」

なんだかんだではぐらかされ、最後にさしかかると28さいのお兄さんは仕上げにかかった。

そこにいたのはミイラだった。やっぱり実物で見ると気持ち悪いなあ。さすがに葉佩たちも顔色が悪い。

ここに安置されているのは精気を極限まで吸い取られた人間であり厳密にはミイラではない。ミイラのような状態においこんで生き埋めにし、魂を生贄にして最深部にいるやばいやつを封印しているのだ。

「いやァ〜、想像以上に面白いことがわかったな、2人とも。さあ、そろそろ埋め直そうか」

私達はスコップを持って作業を開始したのだった。

「いい収穫だったよ。じゃあな、また会おう」

鴉室さんを見届けて、私達は男子寮に戻ったのだった。

「───────葉佩に江見?なんだ、マラソンにいったんじゃなかったのか?ってそんなに泥だらけになって何やってたんだよ、全く......。おい、江見。お前のマラソンてのはいつもこうなのか?」

「そんなわけないだろ。葉佩に騙し討ちくらったんだよ、感謝はしてるけどね」

「感謝だ?」

「詳しくは葉佩に聞いて欲しいな。オレは成り行きで巻き込まれただけだから」

深深と皆守はためいきをついた。

「やっぱり、毎度の事ながらなんかあるとはお前のせいなんだな、葉佩」

「ひっどいなァ〜ッ!今回は翔クンのためになると思って誘ったんだからな?」

「だからそれに関しては感謝してるよ、葉佩。ありがとう」

「へへっ、どういたしまして」

「あ〜......んなに汚れてるなら風呂はいってこいよ。どうせ葉佩のことだからボイラー室の鍵ちょろまかしてんだろ?」

「よくわかったな!」

「葉佩に詳細を聞かなきゃならないからな、とりあえず、江見は先に入ってこいよ」

「え〜ッ!?」

「えーじゃない」

遠回しに気を使ってくれている皆守の言葉に甘えて、私は先を急ぐことにしたのだった。

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