1700年前、大和朝廷において天御子が超古代文明を築き上げた。それは遺伝子操作による永遠の命の研究でもあった。その実験過程で生み出されたものがこの学園に眠る化人(けひと)という化物たちであり、イスの大いなる種族に助けてもらわなければ私の未来だった。
あれらはもとは人間なのだ。ゆえに封じられている伝説の「九龍の秘宝」は天御子が作った天香学園の遺跡をみるに遺伝子研究所だから秘宝は遺伝子情報だろう。用務員が持っていってしまったため詳細はわからないが。
いや、遺伝子解析に関する資料が秘宝かもしれない。たしかに、それによって化人を封じる(=人間に戻せる、あるいは力を奪う) ことができる。
いわゆる現代の医学でもまだ解明されてない脳神経の回路が記述された 模型とかがオーパーツであるのだが、その部類だろうと私は考えた。
転校してしまったものは仕方ない。私は私のやり方で遺跡を攻略させてもらう。あの地獄の日々は思い出したくない。五十鈴は所詮イスの大いなる種族である、人間を理解はしても寄り添ってなどくれない。思い出すだけで吐き気がするような所業により私は肉体の記憶を再現することが可能になっていた。
5月1日という中途半端な時期に転校することになったのは前任者がたったの3日で行方不明になったからだ。おそらく遺跡のトラップにでもひっかかったか化人に負けたかして食い殺されたかのどちらかだ。あまりにもはやすぎる。
それにしたってもう少し時間をあけた方がいいのではないかと五十鈴にいったのだが、行方不明になる期間が最速すぎて《生徒会》側すら把握してないらしい。
幸か不幸か私は東京で一人暮らしがしたくてたまらず転入したが、親が全寮制という都会で遊び呆ける理由を根こそぎ奪うような高校を指定したという私の事情に余計な勘ぐりをすることはなかった。
「ねえねえ、江見(えみす)クンッ!よかったら校舎の中、案内してあげよっか?」
3年C組で私に最初に声をかけてくれたのはやはりテニス部部長の八千穂明日香その人だった。このオカルトやシリアスが蔓延する学園において貴重なムードメーカーである。彼女がいるだけでどれだけ助けられるか私は知っているので邪険にする気はなかった。きっと彼女はすぐ行方不明になる転校生にこうやって毎回話しかけていたに違いない。やけに手馴れているからだ。
二つのお団子に結い上げた髪と眼の下のほくろが特徴的な、元気で快活、人懐こい女子高生である。愛称はやっちー。
一般人のはずだが、なぜかそのラケットから繰り出されるスマッシュは宝探し屋の初期装備たるライフルよりも上という恐ろしい威力を持っている。
今井監督いわく、あくまでその世界の一般的女子高生テニスプレイヤーレベルであるという。 攻撃手段としてのスマッシュの他、敵の射撃攻撃を反射するスキルを持つ。つまり、この世界ではきっとどこかに青春学園などがあるに違いないのだ。
「ありがとう、八千穂さん。行きたいところがあるんだけどいいかな」
「うん、いいよー!どこがいいの?」
「図書室に行きたいんだ」
「図書室?」
「うん。どうしても調べたいことがあって」
「そうなんだー。本読むの好きなんだね、江見クン。いいよ、案内してあげる。その前にA組にいこっか」
「どうして?」
「図書委員の子が鍵管理してるの。今日は始業式だけだから開けてないと思うんだよね」
「なるほど。うん、わかったよ。いこっか」
「こっちこっちー!こっちだよ、江見クン!」
やっちーはぶんぶん手を振りながら私を案内し始めた。
「月魅(つくみ)ー、いる?」
がらがら、と扉を開けるなりやっちーはいった。
「はい?」
そこには図書委員長、七瀬月魅(ななせつくみ)がいた。ショートカットの眼鏡、ドクロのモチーフのイヤリングをしている。実は隠れ巨乳である。
運動神経はゼロに等しいが頭脳明晰で古代史やオカルト方面に強い。基本的に地味な性格でクラスでは目立たない存在だが學園の機密を独自に研究するあたり行動力はある眼鏡っ娘だ。
九龍妖魔学園紀においては學園に潜り込んだばかりで右も左もわからない主人公にあれこれと教えてくれるブレーンとなる存在である。
「どうしたんですか、八千穂さん。それにええと」
読みかけの本に栞を挟みながら月魅は聞いてきた。
「あのね、あのね、紹介するねッ!こちら転校生の江見翔(えみすしょう)クン。で、図書委員長の七瀬月魅。今、学校の中案内してるところなんだけど、図書室に行きたいんだって。調べたいことがあるらしいよ!」
きらり、と月魅の目が光った。
「古人曰く――、『好奇心は力強い知性のもっとも永久的な特性の一つである』」
来た、七瀬月魅の口癖。
「なにを調べたいのでしょうか?今日は図書室を開ける日ではないので、あまり長い間開けておけないのですが」
「大したものじゃないよ、歴代の卒業文集が見たいんだ。父さんがここの教師だったから」
「えっ、そうなの?」
「うん。歴史担当の江見睡院(えみすすいいん)。10年以上前のはずだから遡って行くしかないんだけど。ずっと帰ってこなくてさ、最後にいたのがここの高校だったから」
やっちーと月魅は顔を見合わせた。この学園はしょっちゅう教師や生徒に行方不明者が出るのを知っているからだろう。
「実はね、会ったことがないし、父さんもオレのことを知らないはずなんだ。オレが生まれてから一度も帰ってきてないから。でもどうしても真相が知りたくて」
「......わかりました。そういう事情なら書庫もあけましょう。チャイムが鳴るまでになりますが私も手伝いますね」
「ありがとう」
「なんかごめんね、江見クン。そんな大事なこと教室で聞いちゃって。急ご急ご月魅」
「そうですね、人も集まってきてしまっていますし。行きましょうか」
「うん」
私は彼女たちに続いた。人混みの中に生徒会役員や執行委員が混ざっているのを確認してから教室をあとにした。
「それでー、最後がここッ!屋上だよッ!天香学園が全部見渡せるんだー。いい眺めでしょ?お昼を食べるのにサイコーなんだよ!」
「いいね、前の学校は鍵がしまってて立ち入り禁止だったから」
「へえ、そうなんだ。なら案内してよかったよ、気に入ってくれたみたいだし。さーて、お昼にしよっか」
「そうだね」
あまりの騒がしさに目を開けると八千穂が転校生を案内しているところだった。毎度毎度飽きないでよくやる。どうせすぐにいなくなるというのに。わざと音をたてて存在をアピールしようとした俺は口を閉じることになる。
「見つからなかったね、江見センセの卒業文集。議事録とか公文書とかにありそうなのに」
「途中で時間切れだったから仕方ないよ。明日また探してみよう」
「うんッ!がんばろ!」
江見睡院。えみすすいいん。この学園において最深部に唯一たどり着いていながら消息不明になった宝探し屋だ。たしか歴史の教師として侵入したはず。生徒会から聞いたことがある名前だった。
「あー、でもさ、もし見つからなかったらだよ?墓地に埋められてるかも。ほら、あそこに見える学生寮の裏手にある森の奥にね、墓地があるんだけどさ。あそこには行方不明になった先生や生徒の持ち物が埋められてるんだって。だから」
「父さんの持ち物もあそこに?」
「うーん、たぶん?」
「普通家族に返すよね」
「えっ、引き取らなかったやつを埋めてるんじゃないの?」
「オレは少なくとも聞いたことは無いよ」
俺は沈黙するしかない。あの墓地に埋められているのは仮死状態になったまま未来永劫生き埋めになっている宝探し屋だったり侵入者だったりだからだ。家族に引渡しできるわけがないのである。
「そっか......ここはそういうところなんだね。変わったところだ、とても」
江見と名乗った転校生は無表情のままそう呟いたのである。
「ふあーあ、ったくうるせーな、さっきから」
わざとらしく大きな欠伸をしながら俺は立ち上がる。これ以上転校生の言葉が聞きたくなかったからだ。今回監視しなければならない転校生はなかなかに厄介だ。明らかに生徒会に不信感を抱いている。これからについて考えるのを放棄して、俺は八千穂たちに近づいた。
「あ、皆守クン!始業式にも来ないなんてどこに行ってたの!?新任の萌生センセ、困ってたのに!」
「萌生!あー、あのセンコーか。別にいいだろ、俺はずっとここにいたんだ。無駄な時間に埋没するより春の陽気の中で微睡んでいる方がいいんだよ、俺は」
「そんなこといっても、それってただのサボりだよね?」
「うるせえな......。で、そのうるせえやつに振り回されてる可哀想な転校生ってのはお前か?」
「あはは、初めまして。オレは江見翔っていうんだ。よろしく」
「俺は皆守甲太郎だ」
「ミナカミコータロー......もしかして長野県出身?」
「いや、生まれも育ちも東京だ」
「あれ。皆に神じゃなくて?」
「皆を守るでミナカミだ」
「そっか、ごめん。転入前の休みに遊びに行った皆神山の地震で酷い目にあったからさ、ついね」
「えっ、あの大地震の?大丈夫だったの!?」
「おかげで転入に一か月も遅れたよ」
「そっかあ、大変だったね」
「うん。でもさ、母さんが父さんの写真に手を合わせてオレを助けてくれって何度もいってたって言われたらこう、さ。たまらなくなったんだよ。だからオレはここにいるんだ」
江見睡院に家族がいたという事実に俺は衝撃を受けていた。侵入者であるが学生や教師はともかく宝探し屋は独身だと勝手に思い込んでいたのかもしれない。
「父さん?」
「ああ、うん。オレが母さんのお腹にいる時にここに所属してたら行方不明者になったんだ、父さんが。歴史担当の江見睡院。もう捜査は打ち切られて家出って結論が出てるんだけど、なんで家出したのか理由が知りたいんだ」
「だから転校してきたのか、お前」
「うん。そうだよ」
「そうか。ならお前に忠告してやろう」
「なに?」
「墓地には絶対に近づくな。生徒会と執行役員にもだ。お前まで行方不明になったら八千穂が悲しむからな」
宝探し屋だとしたら無意味な忠告だが、いつだって転校生はありがとうとうなずくのだ。
「でもそうか、困ったな」
「なにがだよ」
「ほら、生徒会室には歴代の生徒たちの記録とかおいてる学校多いでしょ?もしそうなら見せてもらえないか頼みたかったんだけどな」
「んな事悩むのお前だけだと思うけどな」
俺はなんとなく脱力した。安心が先に来たのだ。こいつはどうみても不幸にも宝探し屋を父に持つ一般人の息子が真相を探りに来たパターンだ。アプローチの仕方が平和すぎる。これなら監視も楽かもしれないと俺は思ったのだった。
あとで阿門にメールで聞いてみたら、それくらいなら問題ないと返された。たしかに隠す理由はない。名簿をみたところで父親が宝探し屋で墓地に侵入したために生徒会に粛清されたなんて普通考えつかないからだ。この学園に慣れていない江見のことだ、生徒会の連中に話しかけるのは予想出来たので対応は丸投げすることにする。
とりあえず真面目そうな江見相手にどう理由をつけてついていこうか、俺は考えることにしたのだった。