最近デ部の宗教にかぶれている八千穂は付き合いや部活の出席率が悪くなったと専らの噂だった。《隣人倶楽部》には気をつけろと取手や椎名、夕薙、に警告され、俺が散々忠告したにもかかわらず、タイゾーちゃんはいいやつだから、というくだらない理由で通い続けていた八千穂は、案の定、6限目の体育途中で倒れた。保健室に運び込んだ俺たちを引き止めたカウンセラーは、これで何人目になるかわからないなとため息をついた。葉佩が意味深な台詞に食いつかないわけもなく詳細を聞きたがり、放課後の予定が固定されてしまった。
ボヤく俺を引き摺りながら葉佩は保健室に直行し、カウンセラーの話を俺も聞く羽目になってしまった。
カウンセラーいわく、八千穂の皮膚には微量なウイルスが付着していた。これらが体内に入り込み、正常な身体機能を阻害した。感染した者は生命活動に必要なエネルギーをウイルスに吸い取られ、徐々に衰弱する。ウィルス自体はそれほど生命力の強いものではないが、継続的に摂取することで威力が増すらしい。
ほらみろ、《隣人倶楽部》の主催者であるデ部部長の肥後大蔵(ひごたいぞう)は《生徒会執行委員》だったじゃないか。これに懲りたらもう《隣人倶楽部》には参加するなと目を覚ました八千穂に告げたら、八千穂のやつ、全然懲りてやがらねえ。
「でも、タイゾーちゃんは悪くないと思うの。なにか、なにか間違った方向に行っただけじゃないかな。ねえ、葉佩クン。椎名サンや取手クンを救ってあげたみたいに、また助けてあげられないかな?」
ふざけるな、と怒鳴ろうとしたが病人に大声出すなとカウンセラーに言われてしまい舌打ちする。葉佩はいうまでもなく、ノリノリだから余計イラつくのだ。
「やっちーがいうなら間違いないなッ!安心してくれ、やっちー!豪華客船に乗ったつもりで!」
「タイタニックじゃないだろうな?」
「大丈夫大丈夫、皆守も死なば諸共だ!」
「おいこら」
「えへへ......ありがとう葉佩クン......」
そういう訳で俺達は《遺跡》に行くはめになったのだった。《墓地》で待ち合わせをしていると、葉佩は既に待っていたのだが、H.A.N.T.を前に険しい顔をしていた。
「よォ、葉佩。怖い顔してどうした。お前らしくないな」
「そりゃそうっしょ、翔クンの次はやっちーだぜ?《隣人倶楽部》のせいでこんなことになるなんて」
「ん?翔は風邪じゃないのか?」
「それがさ、風邪じゃなかったっぽいんだよね。うちの部長からメール」
「部長......ああ、黒塚か。なんて?」
「翔クン、無意識のうちに《墓地》に行こうとしてたらしい。今はおちついてるから大丈夫みたいだけど」
「は?椎名の爆弾食らった1年みたいにか?」
「そのまさかだよ」
「......おいおい」
「まさかと思って瑞麗先生にメールしてみたら、ビンゴだった。ここ1週間のうちに体調不良で早退した生徒全員、無意識のうちに《墓地》にいって墓守に捕まるか《執行委員》に粛清されてるんだ。行方不明になった生徒はたぶん《遺跡》に入り込んで化人に襲われたな」
「......」
「おかしいよな、《執行委員》って《墓地》に一般生徒や教師が近づかないようにしてるんだろ?焚きつけるようなマネしてどうするんだよ。矛盾してないか?」
「......言われてみれば、そうかもな」
「だろ?」
「それをいうなら毎週毎週《執行委員》が活動し始めるのもおかしな話だがな。9月まではなにもしなかったんだから」
「あははッ、人気者はつらいネッ!」
「笑い事じゃねえよ」
「葉佩クン、お待たせいたしましたのォ。皆守クンもごきげんよう」
「待ってたよ、リカちゃん。君の力を貸してほしいな」
「はい、わかりましたわァ。任せてくださいまし」
「今日は椎名か......」
「はいですの。リカを置いて、ひとりで 先に行かないでくださいましね」
「行かねえよ」
葉佩と俺たちはあたりが寝静まるのを待って、《墓地》に向かう。アサルトベルトに暗視ゴーグル、《ロゼッタ協会》から支給された銃とナイフが標準装備だが、葉佩は銃を剣に、爆弾にかえた。
「あれ、携帯?」
「すまん、俺だ」
七瀬からのメールだった。文面をみた俺は真顔になる。
「やばいぞ、葉佩。八千穂が行方不明になったらしい。女子寮のどこにもいないそうだ」
「あらァ、それはたいへんですわね......せっかく忠告してさしあげましたのに......葉佩クンのお友達、いってしまわれたのね」
「ん?なんだって?」
「だから忠告したんですのよ。リカの研究会の方も何人か来ないとお話しましたでしょう?行方不明だと」
「あ〜......あれはそういう意味かよ......リカ研究会からくら替えされたって意味かと思ってたぜ」
「なっ!?絶対やっちーも《遺跡》じゃないかッ!急ぐぞ、皆守ッ!リカちゃん!」
H.A.N.T.のナビゲートに従い、俺達は遺跡に進んでいく。遺跡の大広間の南にある扉が開いていた。その扉の隣には《魂の井戸》があり、これからの激しい戦いを予兆させる。案の定この区間には判断をあやまると一瞬に死に至るようなトラップの数々が仕掛けられていた。そして次第に強力になっていく化人の群れ。この区画の最深部にやっとたどり着いた。前のエリアとは違うものものしい意匠の扉の向こうに行こうとしたとき、椎名が葉佩の袖をひいた。
「葉佩クン、葉佩クン。こちらから風が吹いてきていますわ。ひび割れた場所があったら、爆弾とかで壊してみるといいですの」
「んんッ!あ、ほんとだね、ありがとうリカちゃん。ちょっと下がっててくれよッ」
「あァ」
葉佩が爆弾を投げつけ、あっというまに壁は脆くも崩れ去っていった。新たな通路の出現だ。今日もまた何度も《魂の井戸》を往復して八千穂を助けるまで一気に遺跡をかけぬける気満々の葉佩にはあくびがでてしまう。早く寝たいぜ。
「ちょっと待ってくださいですの。 今、爆弾を用意しますから」
「ん?どうしたんだよ、いきなり」
「何だか、 この場所は見たことがありますの」
「どこで見たんだい、リカちゃん」
「リカを守ってくれた、お母様とバロックによく似た化人がでた場所ですわ」
その言葉に葉佩はH.A.N.T.を起動して、戦闘態勢にはいる。俺はアロマスティックを消した。
廊下の奥から、何かネチャネチャという水っぽい音が聞こえる。また、そこら中から何かが這うような音が聞こえるが、姿は見えない。奇妙な音がひたすらに区画内に届く。嫌な予感がした。それはネチャネチャという、水っぽい何かが蠢くような不快な音だ。その音は至る所から聞こえ、やがて目の前に現れた。
「これは、もしかして ピンチというものですの?」
「おい。もしかして、この状況はヤバくないか?こんなところで死ぬなよ?」
「言われなくてもわかってるさ。やっちーも連れ戻してみんな帰ろうッ!」
扉の近くの石壁の隙間から、灰色のスライムのような生物が這い出てきた。それは鼻を衝く異臭を放ち、意思を持って行く手を塞いでいる。
「神様、どうか リカたちをお守りください」
椎名は祈りを口にして、リボンでつつまれた白い箱を投げつけた。どうやら火に弱いらしい。あっというまにそいつらは割れ目に逃げ込んでしまう。
「逃すかってのッ!」
葉佩は椎名と共に爆弾の雨を降らす。あっというまに灰色のスライムみたいなやつらはいなくなってしまった。
「よし、いこ〜ぜッ!リカちゃん、お疲れ様!」
「はいですの!お役にたててリカ嬉しいですゥ!」
手を繋いで進んでいく椎名と葉佩に遠足かよと思いながら俺は後ろをついていく。ちら、とうしろを振り返ると染みが濃くなっている気がした。
行き止まりは広い区画だった。中はまるで牢獄のようで、床から壁、天井には いたるまで血なのか体液なのか、なにかが飛び散ったあとがある。壁には何かがはりつけにされていたような跡がある。溶かされた焼かれた生き物の生皮がそのまま壁の染みとなっており、ひどい拷問を行ったのだとわかる。それが制服の山だとわかってしまった俺達は息を飲んだ。奥で倒れているのが八千穂だと気づいたからだ。血の気がひくのがわかった。
「やっちー!」
「八千穂ッ!」
あわてて抱き起こしてみると、どうやら気を失っていただけらしい。H.A.N.T.の生体反応も異常を示すことはなく、気絶というアナウンスが流れた。
「皆守、やっちーのこと頼む」
「あァ」
背負った俺の前に葉佩がたつ。
「やっちー達を呼んだのはお前か?」
そこには俺たちと同じ天香學園の制服を着た男子生徒がいた。
「......いや、君も被害者みたいだな」
葉佩はいいなおす。男子生徒は灰色の涙を流していた。よく見ると腕も足もスライム状になっており、体の色も灰色になっている。どうやらさっきのスライムに飲み込まれるとこうなるらしい。
「なんで......なんでくるんだよォ......生贄用意したら食われずにすむのに......邪魔しないでくれよ......」
スライム状の腕からナイフがあらわれ、突き刺そうと襲ってくる。椎名が牽制に爆弾をなげるが、どうやら男子生徒の体と融合しているために
火を恐れずに襲ってくるらしい。
「生贄ねえ......やっちーや翔クンを呼んでたのは君か?」
「仕方なかったんだ......まさか、こんなことになるなんて......」
半狂乱状態のせいかろくに話が通じそうにない。やりにくいなあ、と葉佩はぼやく。
「......おい、なんだそれ」
「ん?これか?よくぞ聞いてくれましたッ!取手と翔クンからもらった宇宙人の武器改良版でーす。ちなみに試験は一切してない」
「はあっ!?」
「さあて、効くかな?」
なんの躊躇もなく葉佩は立方体の物体を男子生徒に投げつけた。
「ぎゃあっ!腕が......腕がァッ!」
「凍ったら同じだよな。悪く思うなよ」
スライムと融合しているせいでダメージが通らないと知った葉佩はなんの躊躇もなく剣をぬいた。戦い慣れていない一般人がナイフを振り回したところでたかがしれている。凍らせて攻撃、しかも爆弾の援護。俺は男子生徒に同情した。
やがてスライムは男子生徒から剥がれ落ち、どこかの隙間から逃げてしまう。男子生徒はいよいよ怯えきってしまい、葉佩と椎名に殺さないでくれと土下座していた。
「興味本位だったんだ......《墓地》に穴があいてたから......そしたら灰色のスライムに襲われて......」
男子生徒は泣きながら説明し始めた。
そのスライムは服の隙間に入りこむと、まるで体の一部になったかのようにその肉体と融合してしまった。
そして、このまま生贄として取り込まれたくなければ新たな生贄を用意しろと脅迫されたらしい。死にたくなかった男子生徒は、灰色のスライムの言われるがままに手紙を用意したり、《隣人倶楽部》の連中に紛れ込んで灰色のスライムの破片をマウスパッドに仕込んだりした。灰色のスライムにはこの先にある本体に生贄として取り込まれにいこうとする本能があり、テレパシーでより被害者を増やそうとするらしい。
「あと一人......あと一人なんだよ......そしたら解放してくれるっていうから......。ちくしょう、誰だよ、外にたくさん人間がいるって教えたやつ!」
「馬鹿じゃないのか、そんなの嘘に決まってんだろ」
「そうですわァ。ここのスライムはリカの担当していた区画より賢い見たいですけれどォ、どうみても難しいですよぉ?」
「そっかァ、助かりたいのか〜」
「おい、葉佩。まさかこいつまで助ける気じゃないだろうな?こいつは何人も生徒を生贄にしてたんだぞ?」
「除去くらいはできるだろ〜、目に見える部分は。ただ細胞レベルで汚染されてたらちょっと無理かな〜。やってみるか?」
葉佩は冷凍爆弾と剣を構えて男子生徒に迫る。頼む、と言われたらなんの躊躇もなく男子生徒はダルマになるだろう。おいおいおい、と思いながら見ていると痛いのは嫌だと男子生徒は泣き出した。
「ふ〜ん、やっちー生贄にしようとした挙句、翔クン殺そうとしといてよく言うなァ。都合よすぎないかァ?」
「俺だって、俺だって、すきでやりたかったんじゃないんだ!やらないと殺されるから!怖くて!仕方なかったんだよ!わかってくれよ!」
「え、微塵もわかんね〜んだけど。で、どうすんの?俺が除去してやろうか?それとも瑞麗先生に全部ゲロって助けてもらうか?」
長い長い沈黙の末に、男子生徒は自首すると告げた。
「今日は帰ろう、皆守、リカちゃん。やっちーの容態が心配だ」
男子生徒いわく、取り込まれたい本能により無意識のうちに八千穂はここまで来ただけらしい。
「おい、灰色のスライムの本体はどうすんだ」
「う〜ん、残念ながら俺宝探し屋だけどゴーストハンターじゃないんだ。灰色のスライムが火に弱いことはわかったから、感染してる子達にはそれで対処できるかなって。まだタイゾーちゃんとの戦いが残ってるからね、そっち優先でいくよ」
「そうかよ」
「わかりましたわァ。葉佩クンのお友達、ご無事でよかったですわね」
そういうわけで、俺たちは一旦退却することになったのだった。
......勘弁してくれよ。いつの間にあんなやつが《遺跡》占拠してやがるんだ。俺の担当してる区画までしみ出てないか気になりすぎて寝れる気がしないんだが。