私は遺跡研究会のソファに座っていた。
「飲むといいよ」
瓶になにかの石がつめられ、水が入っている。なんかの健康法にかぶれているのかと疑いたくなるが、この世界は全てのオカルトが実在する世界だから案外効果があるのかもしれない。
そそがれた水を飲む。
黒塚が向かい合うように座る。
「おちついたかい?」
「ありがとう」
「ああ、よかった。目に焦点があってきたね。《墓地》のあたりでは本当に光がなかったから」
私はこのまま寮の自室に帰るつもりがどうやら無意識のうちに足がそちらに向いていたらしい。たまたま石を探しに来ていた黒塚が見つけてくれたというわけだ。
「1週間も休んでいるだけはあるね、この子たちも心配してたよ。やはりあたってしまったようだ」
葉佩の《遺跡》探索に同行するようになってから新しいコレクションが増えたようで、色々と出しながら教えてくれた。その説明を聞いていると、こうが乗ってきたのか後ろの棚から鍵をあけて特別な石を見せてくれた。
「僕の地元の徳島県にはね、百名山のひとつに剣山て謎が深い、謎の深さはそのまま、神聖の深さかもしれない山があるのさ」
黒塚はいうのだ。
元は立石山と呼んだが安徳天皇が宝剣を奉じ剣山に改名されたとの伝承がある。天然の山のようだが、その地形を利用したピラミッドとも云われ、太陽石やミイラが発見さたれという話もある。頂上付近には巨石群も多い。
しかしピラミッドよりも、キリストの墓(又は弟イスキリ)があると云われる青森県へライ村と同様イスラエル由来が色濃い場所として有名だ。
イスラエルのソロモン王の秘宝=三種の神器が入った【契約の箱】(失われたアーク)が、隠された山として知られる。
「契約の箱?」
「そうさ」
私の問いに黒塚の目が光る。
「葉佩君や君が好きそうな話だと思ってね」
「貴重な情報ありがとう」
「構わないさ、こんなに貴重な石をくれたんだ。それなりの報酬は払わないといけないからね」
黒塚の手には私がクエスト報酬から横領した貴重な鉱石があった。なにせ超古代文明時代に琥珀にたまたま閉じ込められた植物の化石が混じっているのだ。
黒塚はうれしそうに話し始める。
契約の箱とは、『旧約聖書』に記されている、十戒が刻まれた石板を収めた箱のことである。
神の指示を受けたモーセが選んだ、ベツァルエルが、神の指示どおりの材料、サイズ、デザインで箱を製作し、エジプト脱出から1年後にはすでに完成していた。
アカシアの木で作られた箱は長さ130センチメートル、幅と高さがそれぞれ80センチメートル、装飾が施され地面に直接触れないよう、箱の下部四隅に脚が付けられている。持ち運びの際、箱に手を触れないよう2本の棒が取り付けられ、これら全てが純金で覆われている。そして箱の上部には、金の打物造りによる智天使ケルプ2体が乗せられた。
モーセの時代に、この中へマナを納めた金の壺、アロンの杖、十戒を記した石板が収納される。しかし、ソロモン王の時代には、十戒を記した石板以外には何も入っていなかったと伝えられている。
『聖書』ではヨシヤ王の時代に関する契約の箱の記述を最後に、比喩的に用いられる以外に直接言及される部分はなく、失われた経緯についても不明である。このことから、失われた聖櫃(The Lost Ark)と呼ばれることもある。
現在、聖櫃(契約の箱)を保持しているとして、これを崇敬しているのは、エチオピア(エチオピア正教会)だけである。
「あのあたりの秘境はまさにいい石と巡り会うことが出来るのさ。
「それで、この石を?」
「そうさ。この子を拾ってから、君や葉佩君のような同胞が現れると騒ぐ子達が増えたよ。君が心配だと教えてくれたのはこの子なんだ」
ニコニコと黒塚は笑う。
「江見君、大丈夫かい?」
「そんなに疲れてるように見えるかな?」
「身体的にと言うよりは精神的に、と言った方がしっくりくるね」
さすがは石を拾った人間を見てはメモを取るだけはあって人間観察が好きらしい。そのものズバリを言い当てられて私は笑うしかないのだ。
「噂はかねがね聞いているよ。あの探検家の江見睡院先生の息子さんだったなんて。君も水臭いなあ、まったく」
「じゃあ、オレがどういう状況かも知ってるだろ?」
「もちろん知ってるとも。でも君はこの程度でへこたれなんかしないだろ?いや、へこたれた瞬間に壊れるから出来ないが正しいかな?」
「よくわかってるね、さすが」
「君が僕に期待してることはわかっているつもりだよ。ゆっくりしていきたまえ。みんなも歓迎しているからね」
ふと目にした石に目のようなレリーフが彫り込まれていることに気づいてしまった私は汗がつたう。
「ああ、これかい?剣山で拾ったのさ」
「他によく出来た石像とかなかった?」
「いや、僕は石像より普通の石の方が好きだからね」
「でもこれは......」
「ああ、僕のところに来たがっていたからね」
「えええ......」
ふうん、と言うように私の驚愕に黒塚が首を傾げる。
「帰りたいっていったら帰すけど、まだいたいらしいからね」
さも当然だばかりに返答に一瞬私は混乱する。これはどっちの意味だ?邪神からなにか影響を受けているのか、いつもの黒塚のいうように石がしゃべるからなのか。
「この子はこの近くでとても珍しい子なんだ。多分あの《遺跡》と同じ時代のもので、似たような場所から来たって言ってた。地層の隆起の関係か何かで偶然僕の手元に来てた訳なんだけど」
「黒塚、大丈夫か?皆守みたいに変な夢みてない?」
「ふふふ、この子はね、僕が拾ったんじゃない。この子自身が選んで、そう望んで僕の元に来たんだよ。それがこの子の望みだったんだ。僕はこの子が望まないことは出来ないから、そんなことはしないさ」
まるで禅問答のような黒塚の言葉に私はそっかというしかない。そんな私に構うことなく黒塚は言葉を続けた。
「だからね、江見君。人間だって一緒なんだ。そういうふうに世界は出来ているんだから、あれこれ難しく考えなくても大丈夫さ。初めから相手が望まないことなんて出来やしないんだよ。君には聞こえるんだろう?それは望まれている証さ。僕が聞く石たちの声のように」
にっこりと笑って続けられた言葉に私は息を吐いた。
真っ直ぐこちらを見つめる視線はとても強く、迷いが無い。だから私は相談にくるのだ。
「結果は気長に待つべきだね。どんな石だって磨かないとどんな輝きを放つかは分からないから」
「ありがとう」
「どういたしまして」
「とりあえず、あの目のレリーフは裏返した方がいいよ。人によっては恐怖を抱くから」
「う〜ん、そうかなあ?それはそれとしてだよ、君。葉佩くんにはもう話したけれど、《隣人倶楽部》って知ってるかい?」
「《隣人倶楽部》?」
「ああ」
「いや......オレはそれどころじゃなかったから」
「だろうね。いつもの君ならまず気にも止めない集まりだ。ただ、今の君にあそこはかなり怖いところだよ、みんなうわ言のように同じ言葉を繰り返してる。一体どんな意味があるのか僕は知らないけれどね。相談に乗ってくれるとか、ダイエットできるとか、雑誌の後ろの穴埋め広告みたいなことをデジタル部がしているみたいなんだ。気をつけなよ」
「ありがとう」
「まあ、僕はただ石たちの声に耳を傾けて、その言葉を君に届けているだけなんだけどね」
「それでもだよ」
ふふふ、と黒塚は笑う。
「大事な同胞を《隣人倶楽部》に取られる訳にはいかないからね、くれぐれも気をつけてくれたまえ」