腐向け2

過換気症候群(かかんきしょうこうぐん)。ホコリを被っていたカウンセラーに書いてもらった紹介状を引っ張り出し、エムツー機関の息がかかった精神科を尋ねた皆守についた診断がこの早口言葉になりそうな名前だった。

精神的な不安や極度の緊張などによって過呼吸になる病気らしい。一般に「過呼吸」と称されるものとの違いは原因が「精神的な不安」にあること。何らかの原因で呼吸を必要以上に行うことがきっかけとなり発症する。

引き起こされる症状には以下のようなものがある。

息苦しさ、呼吸が速くなる(呼吸を深くすると胸部に圧迫を感じる)、胸部絞扼感、動悸、目眩、手足や唇の痺れ(テタニー)、意識障害、死の恐怖を感じる、(まれに)失神。

直接的にこの症状が起因して死ぬ事はない。しかし心臓発作などを誘発するケースもある。 他の病気で発熱し、息が荒くなっただけで発症するケースもある。

対処法 としては呼吸の速さと深さを自分で意識的に調整すれば2〜3分で自然に治まる。

しかし、皆守にとっては簡単にできることではない。万一発作が起きた場合は、意図的にゆっくりと深呼吸をさせるなどの呼吸管理によって、二酸化炭素を増やしながらも、酸素を取り込んで、窒息しないように呼吸管理しなければならない。

一呼吸に10秒くらいかけて、少しずつ息を吐く。また息を吐く前に1〜2秒くらい息を止めるくらいのスピードで胸や背中をゆっくり押して、呼吸をゆっくりする。

一般的に発作は数時間以内に自然に治るらしいが、皆守は不安が強いとして抗不安薬が処方された。

いつまでも薬が手放せない理由はわかっていた。

「まさかトラウマになってたとはな......俺としたことが..........」

アロマスティックを咥えながらがしがし皆守は頭をかいた。まさかの過呼吸の再発である。

卒業式を迎えてからすでに一年半。かつて《生徒会》の《副生徒会長》として規則に違反した初恋の女教師を《黒い砂》により植物状態のミイラにして棺桶にいれて《墓地》に埋めようとした。そしたら手を汚させないと自らハサミで喉をかき切り女教師は自殺した。殺してはいない、その気になればいつでも蘇生できる、そんな免罪符を使えなくなった皆守は過呼吸に陥り《生徒会》から外されるかわりに転校生たちの監視を命じられたのだ。生まれながらの墓守としての才能は遺憾無く発揮され、事実葉佩九龍に敗北するまでは皆守は誰にも負けたことも正体が明らかになったことも無かった。

心当たりはある。女教師の件は生徒の目の前で自殺した親不孝者をもつと陰口をたたかれる実家を尋ねて線香をあげた。老いた両親は娘はいい先生でしたかと問いかけ、言葉に詰まりながらも頷くしかできなかった皆守をみて、それだけで充分だと笑ってくれた。思い詰めている皆守をみて、両親は許してくれた。罪は一生背負っていきていかなければならないが、一区切りはできた。

なら今回の過呼吸の原因はなにか、女教師を思い出す強烈な体験はなにか。いうまでもない。皆守は葉佩と江見を相手に《副生徒会長》として挑んださなか、《遺跡》から目覚めた邪神の糧にされそうになったのを江見が庇って死んだのだ。戦いは熾烈を極め、一進一退の攻防で互いに全力をだしていたときのまさかのイレギュラーを邪魔したくなかったとのちに江見は語っている。わざと生贄になり、体が《黒い砂》に食い尽くされて変異する直前に刃こぼれして使い物にならなくなっていた葉佩の剣で首をかききって死んだ。江見もろとも邪神は死に、皆守は動けず葉佩は動けた。それだけだ。

やがて葉佩がH.A.N.T.を起動してどこかに連絡したのち、江見の亡骸は関係者の手により運ばれてしまった。皆守は負けて、葉佩の正真正銘の同行者となることを決めた。だが、《遺跡》に封じられていた巨悪を倒し、《遺跡》が崩壊することになったとき江見の亡骸が強烈に後悔をよび、また逃げようとした。崩落する《遺跡》ごと生徒会長と死のうとした。結局それもヤマトの巫女により助けられてしまい、またしても皆守は死にぞこなってしまった。

復旧作業に追われながら、皆守はなにも考えないようにしていた。そしたら、江見が帰ってきた。背後にいる宇宙人が新しい体を用意するのに時間がかかってしまったと笑っていて、仲間たちに大歓迎された。皆守はなんと声をかけたらいいか迷っていたが、葉佩に後ろから腕を回され、反対側には江見がまきこまれ、「また一緒に遊べるな!」につられて笑って、それでチャラになってしまった。

葉佩が三学期のあいだに別の《遺跡》を攻略し、卒業式のぎりぎりで参加することができて、みんな卒業できたのである。江見はこれから本来の姿に戻るためにも《ロゼッタ協会》の宝探し屋となると決めて父親と岡山県の支部に帰った。葉佩はまた海外の《遺跡》にいってしまった。バラバラになったが皆守はあいかわらず東京にいる。

もう一年半だ。葉佩の経歴を思い出しても江見が宝探し屋になってもいいころだと思っていた矢先。同窓会をやろうという八千穂の呼びかけに応じたら、翔の連絡が取れないと聞かされた。今まで意識もしなかったが、ためしに電話してみたが既に使われていないと電子音声が流れた。

嫌な予感がした。

江見睡院について阿門帝等に再度頼み込み調べ直してみたら、あの男は未婚であり息子などいないという調査結果がでた。その紙を自宅で読んだあとに皆守は過呼吸を起こして倒れたのである。

どういうことだ、と葉佩に電話したら、笑われたのだ。

「えっ、今更っ!?俺がいない3ヶ月のあいだに何にもしなかったじゃん、甲ちゃん。だからてっきり俺にだけ惹かれてると思ってたのに!今更そんな事言われてもウチの大事な諜報員の情報あげれるわけないじゃん」

やられた、と思った。葉佩九龍が天香學園の《遺跡》を攻略できた理由はその擬態と支援する江見がいてこそだったのである。




ずっと変わらないと思っていた。生きるということは変わり続けるものだと葉佩九龍と江見翔から教わったというのにだ。

皆守の中ではずっと時が流れていなかった。川に浮かぶ小舟は、上流から下流へ、やがて海へと流されていく。それが生きている時間だ。皆守の小舟は、三年前の事故で難破して、川の淀みに入ってしまった。海へ向かうことも、もちろん川をさかのぼることもできず、浮かぶでも沈むでもなく、ずっと同じ場所にある。それを戻してくれたのが葉佩九龍で、押してくれたのが江見翔だった。いきなり先を行く船頭がいなくなってしまい、無性に不安になったのだ。

葉佩九龍は特別な存在で、連絡がとれないこともざらだから気にもとめなかった。岡山県に父親と帰ったことまで知っている皆守は、その先について疑問に思ったことはなかったのだ。大学まで行き、どこかに就職し、生活しているのだと思っていた。

葉佩と喧嘩別れしてから、既に一ヵ月が経っていた。その一ヵ月には殆んど何の意味もなかった。ぼんやりとして実体のない、生温かいゼリーのような一ヵ月だった。何かが変ったとはまるで思えなかったし、実際のところ、何ひとつ変ってはいなかったのだ。


電気時計を眺めている限り、少なくても世界は動きつづけていた。たいした世界ではないにしても、とにかく動きつづけてはいた。そして世界が動きつづけていることを認識している限り、皆守は存在していた。たいした存在ではないにしても存在はしていた。人が電気時計の針を通してしか自らの存在を確認できないというのは何かしら奇妙なことであるように思えた。


羨望と嫉妬に満ちた感情に駆られている自分を自覚してしまった皆守は葉佩に連絡をいれた。胸の中にある正体不明な不可解な黒い感情がなくならなければ、過呼吸は治るどころか悪化の一途を辿ると思い知ったからである。

「なんだよ、甲ちゃん」

「なァ、九ちゃん。お前らのせいで過呼吸が再発した上に悪化してこの度入院することになっちまったんだが、どうしてくれるんだ?」

「えっ、ちょっ、え、大丈夫なのかよ、甲太郎ッ!?」

「責任感じてるなら今すぐ来い。× × × 病院の303号室だ」

一方的に電話をきり、皆守はすぐに寝ることにした。それから1週間して、葉佩は飛んできた。やれば出来るじゃないか。

「甲太郎、倒れたって聞いたけど大丈夫?」

葉佩に連れられてきたらしい江見は真っ黒けに焼けていた。ゴーグルのある場所だけ白いから同じ《遺跡》にコンビを組んで潜入しているのはまちがいない。

「オレたちのせいだって九龍から聞いたけどなにがあったのさ?」

心配そうに問いかけてくる江見の変わらなさに皆守は次第に視界が滲み始めた。ギョッとした江見が困ったように葉佩をみる。葉佩は機嫌悪そうに舌打ちしているため、いよいよ江見はおろおろしてしまう。

「なにもねえよ......なにもないから......会いたくなったんだ」

「はあ?」

泣き始めてしまった皆守に江見はなにもいえないまま宥めることしかできないのだった。
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -