10万光年の追跡者2

七瀬の話を横で聞いていた皆守は、
猜疑心に満ちた、胡散臭いものをみるような、妙に疑り深い探るような目を光らせる。気持ちはわかるが今回は私じゃない、だんじてちがう、と私は首を降った。眉をひそめるな。挑みかからんばかりに目尻の下に滲み出るのを私は見て見ぬふりをしているしかない。

鋭い目でこちらの顔面の皮を、柑橘類の厚皮を、一枚ずつ剥くかのように、剥こうとしている。私は皮の中から本音が出るのを恐れ、心の奥へと押し込める。どこかに罠がしかけられているんじゃないだろうかといった疑っているようだが、私じゃないというほかない。

葉佩はというと、七瀬の話が果たして本気なのかどうなのか、何度も七瀬の顔を見返すほど妙に神妙だった。

小声で皆守はいうのだ。

「ほんとにお前じゃないんだな」

私は肩を竦めた。

「あのな、なんで上手く行きそうな今邪魔する必要があるんだよ」

葉佩みたいに巧みな身振りと味のきいた言葉で説得することが出来たら楽なんだが、私はそこまで大きな碇のように重い説得力をもたない。こういうとき葉佩の力を実感するのだ。すべての船はその大きさと重さに相応しい碇を持つ。葉佩は確かに大きな船を思わせる人間だった。

「あのな、皆守。オレが助けて欲しくてこの學園に来たこと知ってるだろ。その邪魔をすると思うか?」

さすがに私は少しだけ怒った。皆守の疑いは正論だが、今回はノイズにしかならない。その怒りの声を何度も何度も聞いているうちに、皆守はさっき決断をした時の気持ちすら思い返すのが難しくなってきたのか、威勢が弱まってきた。納得がいかなそうな顔もあったが、とりあえず反論はやんだ。

ぐうぐう寝たフリをして聞かなかったことにしたかったようだが、ちょうど七瀬の相談が終わったようで葉佩が勝手に説明を始めてしまう。そして。

そこに宇宙人の話をしていることに気づいたやっちーが私も《墓地》に眩しい光があって部屋に白い煙がたちこめてきて気を失ったといったものだから皆守はいよいよ不機嫌そうに沈黙してしまう。

「あのさ、皆守さっきから変だけどもしかして宇宙人怖いのか?」

「───────はぁッ!?」

とんでもない名推理をかましてきた葉佩にいきなり図星をつかれた皆守はむせた。あっ、とやっちーと七瀬は顔を見合わせて皆守をみる。やさしい笑顔が2人にうかぶ。察せられてしまい、皆守はそれどころではなくなってしまう。

「断じて違うからなッ!」

宇宙人疑惑のある江見翔である私が近くにいるからだろうか、なおさら過敏に反応する皆守である。馬鹿だな、葉佩が面白がって掘り下げるに決まってるじゃないか。言い合いは激しさをまし、周りで聞き耳をたてていたクラスメイトたちが笑い始める。

「なら、八千穂さんも葉佩さんのH.A.N.T.で生体反応を見てもらってはいかがですか?」

「あっ、いいね、それ!」

「面白そうだしやってみようか」

「......お前ら楽しそうだな」

疲れたように皆守はつぶやく。いつもなら常識人枠の七瀬は今一時的な狂気に陥っているのでしばらくは孤立無援だと教えてあげるといよいよ皆守は沈黙してしまう。

「アロマがうまいぜ......。というか七瀬のみたやつはマジモンの宇宙人かよ......」

悪夢にうなされたときに見た江見翔の中にいるであろう宇宙人とどことなく造形が似ていることに気づいた皆守が地味にSANチェックをしていることなど私は知る由もない。

葉佩はH.A.N.T.でバディ申請した私たちのデータを表示したまま、戦闘モードを起動した。そしてこっちにカメラを向けてくる。H.A.N.T.は光をぴぴぴという音と共に点滅させる。

「やっちーは異常なーし」

「ほんと?よかったあ。じゃあ蚊に刺されたのかな?」

「いや......それは違うみたいだ。誰かに攻撃された判定がでてる」

「え゛」

「わたしは、私はどうですか、葉佩さん!」

「うーんと七瀬も特に気に......いや、待ってくれよ。えーっと......あ、七瀬の精神的な状態が異常感知してる」

皆守がアロマをむせた。

「精神反応ってさ、正気、健全さを図るすうちなんだけど、いわば心のHPなんだよ。ある意味普通のHPよりも大切な数字でさ、凄惨な現場を目の当たりにしたり、恐ろしい真実に行き当たってしまったりすると減少するんだ。0になってしまうと取り返しのつかない発狂状態になるから注意しないとな」

人はそれをSANチェックという。H.A.N.T.の精神反応ってそういう意味だったのか。私は精神交換した時点で異常値しか出さないから五十鈴さんが手を回して数値を改ざんしてるはずだから使ったことなかったんだよな。参考になる。

「ってことは、やっぱり月魅がいってた宇宙人のせいなのかなッ!?」

「化人見ても異常値出さないくらい慣れてるはずの七瀬がこれだもんな......オカルトとか詳しいから気づいちゃいけないことに気づいたのかもしれない」

「よかったな、八千穂。お前はこうはならないってよ」

「な、なによ〜ッ!皆守クン酷い!」

「さあて、じゃあ翔クンやろっか」

「わかった」

まあ、結果は出てるんだけど。

「えーっと」

葉佩は説明にこまっている。

「七瀬が突発的な事象によるパニックだとしたら、翔クンは度重なる事象による精神疾患、かな。心が受け止められる限界ギリギリのダメージを受けた状態というか」

「ちなみに具体的な症状は?」

「強迫観念に取り付かれた行動ってあるね。手を洗い続ける、祈る、特定のリズムで歩く、割れ目をまたがない、銃を絶え間なくチェックし続ける、とか」

みんなの同情めいた眼差しが私にむけられた。

「七瀬みたいになって、忘れたはいいけど、恐怖は忘れられないから江見睡院を探しに来たってことか?」

なるほど、H.A.N.T.みたいな現代文明だと私はなんなる精神疾患扱いになるわけだな。通りで五十鈴さんが改ざんするわけだ。

「オレは今のオレが普通の状態だからなあ、これが異常っていわれても困るんだけど」

「ま、たしかに翔クンは翔クンってことだよな。それだけはたしかだ」

「そうだよねッ!なにがあってもあたしたち友達だからね、翔クン。なにかあったら相談してよねッ」

「力になりますからね」

「......ま、あんま無理すんなよ」

「あはは......みんな、ありがとう」

「そーだ、江見睡院さんを宇宙人が狙ってるんでしょう?しかも《墓地》に侵入しようとしてるなんて危ないよ。あたし達でなんとかしない?」

「......はあ?」

さすがはやっちーだ、ぶれない。

「ったく......なんで具合の悪い俺まで巻き込もうとしてんだよ」

「だってどうせ、皆守クン仮病でしょ?」

「お前なァ......そうやって人を日頃の行いで決めつけるのは───────」

「実はみんなを信頼して相談するんだけど......」

「おいッ、八千穂ッ!俺の話聞いてんのかッ!?」

「これも宇宙人の仕業かもしれないんだけど、最近誰かに見られてる気がするんだ......」

「八千穂さんもそう思っていたんですか」

「あ、やっぱり月魅も?覗きじゃないかっていう人もいるんだけど、あたしだけじゃなくて月魅まで見たなら絶対そうじゃないよね。だから、それをみんなに女子寮を見張って欲しいの」

「はぁ?なんで俺たちがそんなこと......警備員に頼めばいいだろ?」

「警備員さんはダメだよ。月魅の証拠みせてもマトモに取り合ってくれないもん」

「で?」

「宇宙人の仕業だよね、これ」

「お疲れさん。じゃあ葉佩、翔、俺先に寮に帰ってるわ。じゃあな」

「あッ、ちょっと皆守クンッ!まだあしの話が終わってないでしょッ!!」

「馬鹿野郎ッ!百歩譲って江見睡院を狙ってる宇宙人がいるとして、どこの宇宙に女子寮を覗く宇宙人がいるんだよッ!!んなお前のくだらない妄想に健全な俺たちを付き合わせんなッ!」

「そうそう、やっちー。警備員さんに俺たちが覗きの宇宙人だって勘違いされたらアメリカ軍に引き渡されちゃうしさ。それに皆守宇宙人怖いんだから巻き込むのかわいそうだよ」

「い......いや、だからそういう意味で俺は反対してるわけじゃなくてだな......そこまでして無理やり俺に同意されても気持ち悪いんだが......」

「でも、私たちに人工的な傷がつけられているのは事実ですよ、皆守さん。《墓地》に出入りしている私たちを宇宙人が監視しているなら、常に誘拐する機会をどこかから伺っていてもおかしくはないのでは?頭の中にチップかなにか入れられたらGPSで1発ですよ?」

《生徒会》の一員として実は1番誘拐されるかもしれない心当たりがありまくる皆守は汗がだらだらである。

「やっぱり皆守クン......葉佩クンのいうとおり怖いんだね」

「なっ───────!?」

「そっか、そっか、ゴメンね。怖いのに無理言って。そうだよねェ......誰でも宇宙人は怖いよね」

「誰が怖いって言ったよ?宇宙人なんているとしてもこんな東京のど真ん中の高校に現れるわけねえだろ。いるはずのないもの怖がっても意味が無いだろうが」

「いいよいいよ、強がらなくても。みんなには内緒にしてあげるからさ。取手クンたちには声かけてあるから、皆守クンだけいなくてもなんにも問題ないからねッ」

「ぐっ......ちッ、お前の内緒ほど信用出来ないもんは無いぜ」

「え?な〜に?なにか不満?」

「なんでもねえよ......」

ふふん、とやっちーは勝利宣言をした。

「わかった!見張ればいいんだよな!でもそのまま女子寮前で見張ってると俺たちまで覗きで捕まるかもしれないんだけどどーする?」

「あ、そうだね!宇宙人どこにかくれてるかわからないし、用具室調べてくれない?じゃあ男性陣、頑張ってねッ!取手クンにもメール送っておくから!」

「おいおいおい、よりによって葉佩に鍵預けるんじゃねえよ!こいつが盗みに入るじゃねーかッ!」

「でも宇宙人と戦うならそれくらい見過ごすのが普通じゃない?」

「はあ?お前ら葉佩を信頼しすぎだろ......なにやってんだよ......」
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