10万光年の追跡者

「こんな朝早くから呼び出して、どうしたんだよ、七瀬。何度メールしても教えてくれないし」

「しっ......静かにしてください。さあ、こちらへ」

七瀬は私の腕を掴むなりぐいぐい押して資料室に入った。そして鍵をかけてしまう。

「あのッ、江見さん!」

「お、おう」

ずいっと顔を近づけてこられて私は反射的に後ずさる。ホコリだらけの本棚の匂いがした。なんだなんだなんだ。

「この一週間ずっと考えていたんですッ」

「なにを?」

「笑わないで聞いてくださいねッ」

「う、うん」

「私、気づいてしまったんですッ」

「えっ」

「江見さん」

「は、はい」

「江見さん、宇宙人にあったことありませんかッ!?」

「宇宙じ、え?」

まさかバレるのが七瀬が一番最初だなんて想定外なんだが。あまりにも驚いて固まる私に七瀬はあまりにも真剣な顔をして言うのだ。

「考えてみれば単純なことだったんですよ。江見さんは皆神山の大震災に巻き込まれ防空壕の崩落で唯一生き残った。皆神山は宇宙船の空港として有名なところなんです。だから江見さんはおぼえていないかもしれませんが、宇宙人に誘拐されて、なにかマークをつけられたかチップのようなものを植え付けられたんです。それはなぜか。あなたが江見睡院の息子であり、天香学園に転向することを未来予知してわかっていたからです!それは宇宙人が天香学園に攻めてくる機会を狙っていたからであり、行方不明になった江見睡院さんの体を乗っ取り遺跡に潜入しているんですよ!そして葉佩さんと遺跡に潜っているあなたを見て、これ以上遺跡に侵入させないように《執行委員》を焚き付けているに違いありませんッ!!」

どうしよう。細部は違うけどだいたいあってる。その宇宙人が私であり、襲う気がないことになれば完璧だ。そうか、七瀬的にはやっぱり皆神山の伝説は捨て置けないわな。

「一応聞いていいか、七瀬」

「なんでしょう?」

「なんでそう思ったんだ?」

七瀬の目がきらりと光った。あ、やばい、地雷を踏んでしまった。後悔した時には遅かった。

「私、昨日見たんです」

「なにを?」

「《墓地》の方角から眩い光がでていて、その中心付近の真上からなにかが降りてくるのをッ!私の部屋にたくさんの煙が流れ込んできて、そのまま気を失ってしまったんですが、見てくださいここッ!」

いきなり七瀬が前のスカーフをといて制服を緩たものだから私はあわてたが、七瀬は平然と首筋を見せてきた。なにかのあとがある。

「なにかありませんか!」

「赤い斑点が何個か並んでるけど」

「でしょうッ!これはきっと私は宇宙船に連れ込まれて、キャトルミューティレーションされてしまったに違いありませんッ!江見さんはどいですか!?」

「み、見せろって?」

「はい、ぜひ」

「いやいやいや、いくら七瀬でもそれはちょっと」

「何故ですか?」

「いやなぜって」


手のひらの汗までわかるような、爆発しそうな羞恥心を覚えた私はあわてて七瀬から逃げる。泣きたくても涙が出てこないようなもどかしさだ。なにが悲しくて背中を走る神経の束を逆撫でされたような苛立ちを七瀬に向けられなくてはならないんだ。誰か助けてくれ!

明らかに七瀬はテンションがおかしい。高く空の上へ引き上げられるような興奮の只中にある。オカルトマニアには垂涎の的なのかもしれないが、心を締めつけられている様な異常な感情の高ぶりに晒される身にもなってほしい。

体はぶるぶるとして顔は張りつめにつめ、ちょっと押せばぐらっと崩れる空気のなか、鼻で震える呼吸をしながら七瀬がちかづいてくる。身体中の皮膚が火照ほどの異状な昂奮に包まれている。これはダメだ、なんとかしないと。

私は息をのみこんだ。鍵がかけられている。鍵は七瀬が持っている事実に気づいた私は口の中が乾き気味になっている。興奮して体温があがったのだろうか。

「江見さん!」

どうしよう、七瀬の見開いてしまった目に異様な光が宿っている。怒りに似たような興奮があらわれていた。

「ごめん、七瀬」

謝るしかない。私は七瀬を気絶させた。

「───────はっ......私は一体......」

「落ち着いたか、七瀬」

私に気づいた七瀬は瞬き数回、ようやく前後の記憶を思い出したようで顔がみるみるうちに真っ赤になった。

「ご、ごめ、ごめんなさい、江見さんッ!わたしったら、なんてことをッ!」

「目が充血してるよ、七瀬。睡眠不足で頭が回ってないんじゃないかな。最近、夜遊びによく駆り出されてるみたいだし、葉佩にいってやろうか?」

「は、はい、それはそうなんですけど、違うんですッ!」

「え?」

「興奮のあまり寝られなかったんです。葉佩さんのせいではありません。ありがとうございます」

「一応聞くけど、何があったんだ?」

「わたし、わたしみたんですっ!宇宙人を!」

「......えーっと」

「ほんとうなんですッ!」

興奮気味に七瀬がまくしたてる。体長は、約1.5mほど、ピンク色か薄赤色の甲殻類のような姿の宇宙人だったらしい。渦巻き状の楕円形の頭には、アンテナのような突起物が幾つか生えている。鉤爪のついた手足を多数持ち、全ての足を使って歩行することも、一対の足のみで直立歩行することも出来る。背中には、一対の蝙蝠のような翼を持ち、この翼は、特殊な膜で構成されており、地球上の大気中より宇宙での使用に適しているようにみえた。

「あの宇宙人たちは《墓地》に向かっているようでした。でも、そこで......」

七瀬はいうのだ。

「黒い液体が立ち上ったかとおもうと、まるで犬のような化人......そうですね、椎名さんと戦ったときにでてきたような犬になってその宇宙人たちをすべて食べてしまったんです。あの宇宙人は体が地球の生物とは、異なる物質によって構成されているのか、直接見たり触れたりすることはできるが写真等には写らないみたいで、映像はなにもないんですけど......。死ぬと数時間のうちに消滅してしまうみたいなんです。墓守の人がいなくなってから行ってみたから間違いありません」

拳をにぎり力説する七瀬に私は引き攣るしかないのだ。信じているからこその反応だと気づいてしまった七瀬は一気にうれしそうに笑う。

仲間同士では、頭部の変色させたり、ブザー音のような鳴き声かテレパシーで意思の疎通を行うが人間の発声も可能らしい。七瀬は携帯電話の音声データを聞かせてくれた。なんらかの鳴き声が入っていた。なにやらノウカンノウカン鳴いている。

「気をつけてください、江見さん。彼らは江見睡院さんを探しているようです」

「..................そう、みたい、だな。あはは」

私は正体を明かすことなく七瀬の仮説を覆すことが出来るほどの理論武装するだけの余力がない。昼休みか放課後にでも葉佩のH.A.N.T.で七瀬と私の生体反応をみてもらおうという提案を飲むしか選択肢は残されていなかったのだった。

ここでようやく私は七瀬がSAN値チェックに失敗し、一時的な狂気に陥っているのだと気づいたのだった。

七瀬のいう宇宙人とは、あきらかに
ミ=ゴというクトゥルフ神話TRPGにてある意味お馴染みの地球外生命体である。

本拠地は、遥か彼方の外宇宙あるいは、異次元にある。太陽系では、未知の惑星ユゴス(冥王星あるいは、別の惑星)を前哨拠点としている。人間や鉱物資源を採取するために度々地球を訪れている。初めて地球を訪れたのは人類誕生以前ジュラ紀のことで、この時、先住種族である「古のもの」を北半球から駆逐している。

このとき、イスの偉大なる種族と地球を分割統治していたはずだから、何らかの繋がりがあるなら五十鈴あたりから情報が得られるかもしれない。

現在の地球上では、南北米大陸やヒマラヤ、ネパールなどで活動していると聞いたことがあったが日本にわざわざなにしにきたのだろうか。それもよりによって《執行委員》が宇宙人騒ぎに乗じて生徒を粛清しようとしているこの忙しい時期に。

ああダメだ、頭が痛い。ミ=ゴが人間に手出しないのは、単に採掘作業を優先しているからであり、必要以上に自分達に近づくものに容赦しない。しかし時には、信頼できる人間を仲間に引き入れることもあるらしい。彼らに協力する人間は、見返りに様々な技術や知識の恩恵を受けることができるという。

この世界だとあの有名な宇宙人リトルグレイはミ=ゴが対人インターフェースとして創りだしたロボットといいかことだ。つまり、現在、アメリカ合衆国は、ミ=ゴと密約を交わし、人類の拉致などを容認する見返りとして様々な技術提供を受けているということになる。アメリカでやれよ、ここは日本だぞ!

七瀬の音声記録を信じるなら、ミ=ゴは江見睡院のノウカンが欲しいらしい。納棺ではない。脳缶だ。

ミ=ゴは人間の脳を缶に詰めて生かし続けることが出来るのだ。これは人間を生きたまま彼らの星に連れていく為に必要な処置だとされており、彼らの高度な外科手術能力と科学力の一端なのだそうだ。あのバルタン星人みたいな手でどうやって外科手術しているのか謎だが、イスの偉大なる種族も似たようなものだからいいか。

まあミ=ゴがくる理由はわかる気がする。なにせ地球でのみ得られる名も知れぬ鉱物、南極の地下で眠る邪神の肉片、その他様々な素材を使って邪神機動要塞を建造し、かつて存在したという彼らの帝国を復興させるのが目的らしいから。天香學園の遺跡はまさに宝の山だろう。

ダメだ、明らかに敵だ。ああくそ、どうしたらいいんだ。誰か教えてくれ!ただでさえ江見睡院の中に誰かいるフラグがたってるのに!!

朝のチャイムが鳴り響く中、私はため息をつくしかなかったのだった。
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