閑話休題2

私はいつも思うのだ。江見翔と精神交換されなかったら、《宝探し屋》として2回も日本の高校生活なんて送ることはなかっただろう。

遺跡に潜った時のような、心と身体を沸き立たせるスリルや興奮はないけれども、それなりに楽しい生活に大分感化されている自分を自覚して私はあきれてしまう。かつて自分が高校生活を送っていたころは、こんな気持ちになった事は一度もなかったからだ。人も案外変われるものだと思いながら、昼休みの売店から教室に向かっていた。

「江見クン」

高く澄んだ可愛らしい声に名前を呼ばれ、殆ど反射的に廊下を歩んでいた足を止める。そして声の主に僅かな心の動きも悟られないよう、上手く江見翔の仮面を被り直してから振り返ると、そこにはリカが立っていた。

ふわふわとした金髪と、ゴスロリ風に改造した制服が人形のように愛らしい彼女には、もはや無邪気過ぎて危険だと感じていた少女の面影はない。そのかわりに、あの日、「思い出のオルゴール」を解放して以来、良い意味での「純真無垢」な少女になったリカは、その救い手となった葉佩にものすごく懐いていた。取手と同じパターンである。そのとき同行していた私、皆守に対してもそこまでではないが打ち解けてくれたのだ。七瀬ややっちー、取手も仲間だと知ると、ひとりにしないでくださいと聞いて回っていたから友達にはなりたいらしかったので、やっちーあたりがものすごく喜んでいた。

だからか、リカはスカートの裾を掴み、優雅に会釈してみせた。

「呼び止めてしまって、ごめんなさいですの」

「パンは買った帰りだから大丈夫だよ。それより椎名さん、どうかした?」


なるべく相手が話しやすいよう、穏やかな笑みを意識して浮かべ、優しく問いかける。この笑顔が江見翔の代名詞であり、なおかつ生徒や同僚教師に好評だからだ。

「ふふっ、特に用はございませんの。ただ……あなたとお話してみたかっただけですゥ」

「えっ、オレと?」

そんな私の計算など意に介した風もなく、リカ自身の纏うレースのようにふんわりと、あどけなく微笑みながらそう答えた。予想もしていなかったリカの言葉に私はちょっと驚いて、瞳を見開く。すると、そんな私の素の反応を見て、リカは口元を隠しながら楽しそうにくすくすと笑った。


「葉佩クンたちと今日ご一緒にお昼ご飯を食べた時に、色々と江見クンの事を話していらしたものですから、リカも一度お話してみたくなりましたの」

「葉佩が?」


隠し事が出来ないのか、それとも隠すつもりがないのか、友人には何でもぺらぺらと喋ってしまう葉佩の事を思い出して私は笑ってしまった。
元々、私は葉佩のサポートを主な任務として、この學園へやってきているのだから身分を明かす気は無いが、隠すために用意したいつわりの身分について葉佩に宣伝されることになるとは思わなかった。江見睡院て人は相当慕われていた電設的な宝探し屋なのかもしれない。

相手が事情を知る者だからと思っての事だろうが、いつまでもそれを通してしまえば、葉佩はいつか足元を掬われるだろう。思わず、≪宝探し屋≫の先輩として、心配になってしまう。ついつい「仲間」から「素の自分」に戻ってしまい、さらに楽しげにリカは笑った。

「江見クン、いつもマミーズのお菓子をたくさん買ってらっしゃいますのね。お菓子がとてもお好きだと言っておりましたわァ」

「あ〜、うん、まあね。登山の練習にはかかせない行動食だから。甘いものも好きだけどね」

「美味しいですわよね〜!リカもキャラメルが大好きですのォ」

「あ、もしかしてキャラメルが欲しいの、椎名さん」

ぱっとリカの顔がかがやいた。ああなんてわかりやすいお使いクエスト。

「ならC組にいこう。オレのカバンの中にあるからさ」

「ありがとうございますゥ〜!」

ふふふ、とリカは笑う。

「リカ、ほんの少しだけ勘違いしてましたの」

「なにを?」

「江見クンて、恋多き人だと思っていましたわ」

「愛の伝道師は葉佩みたいなやつをいうんだよ」

「ふふふ。江見クンて、仲良くしていくと男の子を感じなくなるんですのね。よくわかりましたわ」

「えっ」

「性別を感じなくなりますの。とても付き合いやすいですわ」

「......それって、褒められてるのか?」

何とか……本当に何とか、それだけの言葉を搾り出す。はっきりと表情を引きつらせた私を見て、リカは首を傾げた。

ほっそりとした白い指先を、淡く色づいている頬に当てながら首を傾げる、小鳥めいたその仕草は酷く愛らしいものの、それを愛でる余裕はない。加えて、次に彼女が発した言葉は更に私の気力を削っていった。


「中性的で素敵だと思いますわ。ところで江見クンは、男の子と女の子とどちらがお好きですの?」


心底不思議そうに、リカが問いかけてくる。そんな彼女に対し、私は苦笑いしか浮かべられない。

「女の子が好きだよ、ふつうに」

五十鈴情報だがこの体の持ち主はふつうに女の子が好きだ。

「どんな方が好きですの?」

「う〜ん、そこまで考えたことはないかなあ」

宝探し屋家業が楽しくてそこまで考えたことはなかったようだが。リカはきょとんとしている。

「意外ですゥ」

「えっ」

「だって江見クン、葉佩クンのこと好きでしょう?」

「それは友達としてね。それだけじゃないけどさ。葉佩はずっと探してた父さんの手がかりを掴んでくれたし、行方を探してくれると言ってくれたんだ。椎名さんと同じ恩人さ」

「それだけですかァ?」

「いや、なんで食い下がるのさ」

リカは目を細めた。

「だって、江見クンと葉佩クン、阿吽の呼吸でしたもの」

「ああ......バトルのこといってるのか。あれは葉佩の指示が的確なだけだよ」

私は肩を竦めた。そりゃ葉佩九龍のサポートのために身を粉にして働いているんだから、的確な支援が出来なきゃいみがないじゃないか。

≪宝探し屋≫として葉佩に抱いている感情を述べるのならば、彼は少し危なっかしさを感じるものの優秀ではあるし、将来が楽しみな人材だと思っている。彼ならば、数多く居る同業者の頂点にまで上り詰められるだろう。

けれど、私としての意見を聞かれたのなら、話は別だ。面白いやつだとしか答えられない。正直、肉体的には同性なのに毎回毎回会う度におふざけ半分で熱烈に「愛」を囁かれたり、抱きついたりしてくる相手に対して、苦手意識を抱かない人間の方が凄いと思っている。プレイヤーとしてはよく選んでいた選択肢とはいえ、第三者として観測したり、巻き込まれる側となったりしては話は別だ。

「椎名さんは葉佩がそんなに好きなんだな?」

「もちろん好きですわ。葉佩クンは誰よりも暖かくて優しくて、素敵ですもの」

胸の前で掌を合わせながら、そう言い切ったリカはおしろいからもわかるくらい薄っすらと頬を赤く染める。たぶん女の子にしかみせない葉佩があるんだろう。

その様子を見て、彼女の知る「葉佩九龍」と、自分の知る「葉佩九龍」の間には大きな隔たりがあるような気がして、私はさすがは愛の伝道師だなと思った。野郎どもの前では意味不明な行動しか取らないとはいえ、女の子にはさすがに変えているらしい。


ふいに私の後ろへ視線を向けたリカの表情がぱぁ、っと明るくなり、彼女の唇が嬉しそうに葉佩の名前を呼ぶ。


「葉佩クン!」

それと同時に私の背中に、今となってはもう慣れてしまったような気さえする重みが圧し掛かってきた。そんな事をする人間など、私の知り合いには一人しか存在しないので、完全な不意打ちであっても相手の予想が付いてしまう辺り、慣れてしまっている。

「うわっ!?」

「やっほー、翔クン、リカちゃん、一体何を話してんだい??」

急に背後からかかった重みに声を上げてしまったのが少し癪だったが、どうしようもない。葉佩はそんな私の様子に気付きもせずにいつも通りの明るい笑顔を浮かべながら、覗き込んでくる。とりあえず抱きついてきている葉佩を引き剥がした。

「あのなあ。そういうことは女の子にやりなよ、葉佩」

「ちえー、やっぱ翔クンには軽くあしらわれちゃうよなァ。つまんない」

「つまんないて。皆守と一緒にしないでくれよ」

苦笑いしながら腕を振り払われ、葉佩は一瞬だけ少し残念そうな顔をしたもののすぐにまた笑顔を浮かべる。切り替えの早い男だ。そして、どこか芝居がかった妙に優雅な仕種でリカの前に膝を付くと、彼女の細い掌を取った。

「昼休みぶりだね、リカちゃん。また会えて嬉しいよ」

「ふふふっ、リカも嬉しいですわ」

目の前でリカと葉佩によって繰り広げられているラブコメ空間がほほえましい。そうそう、そういうのでいいんだよ、いくらでもやってくれ。ただし私はまきこむな。

ドレスのように改造した制服を身に纏っているリカは容貌も相まって、こういう挨拶をしていてもおかしくない。葉佩は黙っていれば帰国子女という設定が通用するくらいには雰囲気イケメンなのだ。中世の騎士じみた挨拶をするのは似合ってるから困る。

葉佩の容貌は同級生の中でも抜きん出ているし、彼が何をしても、「葉佩だから」の理由で納得してしまえる。何故ここまで違和感無く流れるような動きでその行動が取れるのか分からないが役得だろう。

大体、こんな廊下の中央でどうしてそんな挨拶をするのか等、ツッコミたい事は色々あったが、言いたい事が多すぎて何を言っていいのやら分からない。そんな葉佩にいつもツッコミを入れている皆守を私はほんとうに尊敬しているのだ。

そこまで考えを廻らせているとリカへの挨拶を終えたらしい葉佩が立ち上がり、こちらを振り返ると唐突に掌を取った。どうやら今度は、私への挨拶らしい。懲りないやつ。

「翔クンも昨日の夜遊びにはおいてっちゃってほんとごめんな!江見睡院先生のことがあるから、遠慮しろって皆守に言われちゃってさ。寂しかっただろ?」

「あーはいはい、分かった分かった」

そのままの体勢でいると、再び抱きしめられかねない勢いを感じて、すぐに私は彼の手を振り解く。すると葉佩は予想通り、あからさまに残念そうな表情を浮かべた。

「残念」

「何が?」

思わず反射的に突っ込んでしまう。まだひと月にも満たない間にすっかり葉佩の対応にも慣れてしまった。

突っ込んでから、また相手をしたら葉佩が調子に乗って何かアホな事をやらかすのではないか、と一抹の不安が過ぎる。

しかし今度は予想に反し、彼はあっさりと私に構う事を諦めるとくすくすと小さな笑い声を立てて笑っているリカへ問いかけた。


「ところでさ〜、俺がなんだって?」

「あら……聞こえていましたの?」

少し驚いたように瞳を見開いたリカに、五感は結構良いんだよと少し自慢気に笑いながら葉佩は答える。

「葉佩クンの事が好きなのかと、リカが江見クン聞かれていましたの。その前のリカの質問は流されてしまったようですけれど」

「リカちゃんの質問?」

眉を顰めながら言葉を鸚鵡返しに葉佩が呟くと、リカはくすくすと軽やかな笑い声を立てて私へ少し悪戯っぽい視線を向けてくる。

「葉佩クンにお話してもよろしいかしら?」

「話すもなにも、隠すような話じゃなくないか?」

リカは笑みを優しげなものへ変えると、質問とやらに興味をそそられ、好奇心に瞳を輝かせている葉佩へ向き直った。

「リカは、江見クンは葉佩クンのことが好きですの?と聞きましたの」

「いや、だから、友達だって」

「え?……へぇ〜、なるほど」


最初は面食らった顔をした葉佩だったが、すぐににやり、と何か企んでいるような……物凄く嬉しそうな表情を浮かべる。そして、その表情のまま私を見つめてくる。

それを見た途端、長年培ってきた勘で思い切り嫌な予感を感じ取ってしまった私は慌てて、助けを求めるようにリカの方を見たが、彼女はただ微笑むだけだった。

「椎名さん!こいつに餌をあたえないでくれ!」

「ふふふっ……リカはいつでも、葉佩クンの味方ですの。だから頑張ってくださいませ」

「もっちろん!ありがとう、リカちゃん!!」

「葉佩も悪ノリするなよ!」

リカは軽く会釈するとその場から去っていく。彼女の後姿を見送る余裕もなく、リカと同じようにその場を立ち去ろうとした私だったが……すぐに、葉佩に捕獲されてしまう。

振り払おうと心みたが、先ほどとは違い逃がすつもりがないのか、手が離れる気配はない。


「俺も大好きだよ、翔チャン!」

「ほらやっぱりきた〜!!やめろ、シャレにならないんだよッ!!」

「だからもっと素直になろうぜ、俺を名前で呼ぶとかね?」

腹立たしい程、様になっているウインクを添えて茶目っ気たっぷりに言う葉佩ではあったが、私はげんなりである。

「好感度が足りません」

「えっ、そう?俺としては、そんなに遠い未来じゃないと思うんだけどな〜」

堪えた様子もなく、のんびりと言う葉佩は相変わらずマイペースである。

「時々お前が怖くなるよ、葉佩」

「たしかに翔クンてだんだん可愛くなってきてるよなー、しぐさとか」

「ああ、体が馴染んできたんだな」

「そういうよくわかんないとことかさ」

「それはきっと気のせいだよ」
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