夜が明けたら4

保健室には相変わらず大きな窓がある。開け放すと校庭がよく見える。乾いた風がそよそよと入ってきて、安っぽいホテルの白いレースカーテンを揺らしている。やはり光にあふれている。 

昼間、ひとりで瑞麗先生に呼び出されると一般生徒はドキドキするんだろうたなと思う。こんなところにいると、そして四角く天井に映る陽の光を見ていると、何だかずるをして保健室に来ているみたいな気がした。瑞麗先生に校内放送をかけられたわけだから強制出頭なわけだが。

保健室は不思議なもので、休み時間の廊下の雑然とした響きやチャイムと共にそれがぴたりとおさまってしまう。音の幻を心地よく感じていた。 

ここちよい沈黙が瑞麗先生と私のあいだにある。今は退院してから初めての診察がおこなわれているのだ。邪魔をしないように私はじっとしているしかない。

「ふむ......やはり凄腕の噂は本当だったようだね。今の君なら太鼓判を押すくらいには精神的にも肉体的にも回復しているように思うよ」

瑞麗先生はほっとしたようにいう。私もつられて息を吐いた。

「ほんとうですか」

「あァ、間違いない。君はあの《タカミムスビ》を見事打ち倒し、その魂を元の場所へ還すことに成功した。実に優秀な《宝探し屋》じゃないか。そんな顔をしてはいけないよ。堂々としていたまえ。君もじきにここを旅立つのだから」

「いえ、私は卒業式まで残るよう言われました。父さんのお見舞いに通わなくちゃいけないし」

「おや、そうかい?奇遇だな、私も残るよ。まあ、卒業式までの君とは違って、あの《遺跡》を真の意味で眠らせるために数年はここに残る予定なわけだが」

「そっか......そんなに残るんですね、瑞麗先生。でも、たしかに《タカミムスビ》の被害者はとんでもない数になってしまいましたもんね」

「そうだな、1700年分の呪いから開放された人々を捨ておくわけにはいかない。これは《エムツー機関》の方針というよりは私の意思によるものだ。それを組んでくれているのさ。ここまでかかわった状態で途中で手を引くのは私の主義に反するのでね。だが、その先のことまではまだわからない。《エムツー機関》の方からはこれといった連絡もないしな......」

瑞麗先生はふいに沈黙してタバコを吸った。

「で、君は卒業したら九龍のように次の任地にいくんだろう?」

「そうですね。私は《宝探し屋》ですから」

「......そうか。やはり、な」

「ただ......」

「ただ?」

「やっぱり18年のブランクは大きいみたいで、父さんが復帰できるまでは江見翔の名前は使うことになるかもしれません。予想はしてたけど長丁場になりそうです。卒業式で終わりかと思ってたんだけど。まあ、どのみち初めて使った名前だからそれなりに思い入れがありますしね」

「..................ふむ」

瑞麗先生は私を見つめている。

「......フフッ我ながららしくない感傷に浸っているよ。《エムツー機関》から連絡がこないなどというのは、単なる言い訳に過ぎないというのにな?電話、ネット、メール、この現代社会において、連絡手段はいくらでもある。にも関わらず、私は自分から連絡をとろうとしないのさ」

「なぜですか?」

「なぜだろうな......この學園でカウンセラーとしてたくさん頼りにされ、心地よかったからかもしれない。離れ難いんだろうな、まったくもってらしくないがね。弟に聞かれたらひっくり返って驚かれそうでいけない。天変地異の前触れだとね」

「なるほど......」

「それにだ、君には幾度も助けを請われたが、肝心の君からのSOSをきちんとくんでやれなかった。その結果が1ヶ月にもおよぶ長期入院だ。カウンセラー失格だよ、まったく。それを思うとどうしても未練が残るのさ。連絡をとってこれからを話すということは、ここがいずれ過去になるということだ。そのままで終わるのはどうも嫌なのさ。なに、私自身の問題だよ」

「瑞麗先生......」

「わかっているさ。場所や立場は違えども、私たちは確かに同じ場所にいて、同じ時を過ごしていた。一度結ばれた縁は離れた程度で切れるものでは無いことくらいはね。ただ盟友がいなくなるのは、ほんとうに寂しいことだ。違うかい?」

「先生......」

「君がいなければ、なんて考えたくもないんだが......《タカミムスビ》のギミックに気づかないまま、また悲劇を繰り返していたことが容易に想像出来るよ。これは紛れもなく君だけの功績だ。誇っていい。君は江見睡院という偉大な《宝探し屋》だけでなく、東京にいる人々を救ったのだ」

瑞麗先生は目を細めて笑う。

「ところで《訓練所》の調査にはその身体を中継地にするんだろう?そのあいだ君はどこにいるんだい?」

「よく知ってますね、1300年後に派遣してるイスと精神交換するって」

「ティンダロスの猟犬の餌食にならずに未来を読もうとすれば、イスの技術に頼らざるをえないだろう。だが君も1300年後から来た訳では無いから、そうだろうと思ったのさ」

「さすが......。私は元の世界に数時間だけ返してもらえるらしいです」

「ああ......探索中だけ?」

「はい」

「なるほど」

「あとは時諏佐慎也君とも一回顔を合わせたらどうだろうかって」

「ふむ、だから君は乗り気なわけだな」

「そうですね」

「がんばったかいがあるな」

「はい。ありがとうございます」

「なあ、翔」

「はい?」

「今はいい、イスとも《ロゼッタ協会》かとも上手くいっているようだから。だが、もしもどちらとも上手くいかなくなったり、なにか危険を感じたりしたら、必ず私に連絡をくれ。いいな?」

「瑞麗先生......最初から最後までありがとうございます」

「なに、大したことができなかったからね、せめてもの......というやつだ。身構えなくていいよ」

「あはは。お守り代わりに登録させてもらいますね」

「ああ、そうしてくれたまえ。さようなら、をいうのはまだ早いからとっておくとしようか。そうだそうだ、私としたことがまだ君にいうべき言葉を忘れていたよ。今はこちらの方がいいだろうね。おかえり、翔」

「は......はい!」
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