早朝、職員室に向かった私は、雛川先生からたくさんの課題をもらった。そして補習の日程表も。二学期のテストが終わったあととはいえ、1月の大半を病欠してしまったため、中間テストを受けられなかった救済措置である。
まだ時間があるし、図書室に向かうとなんともう空いていた。ドアを開けてみるとカウンターのあたりで本に埋もれている七瀬がいた。どうやら卒業にむけた文集や新入生にむけた図書委員と文学部の勧誘冊子の作成に追われているようである。
「翔くん!」
七瀬が机に広げていた本から目を離し、こちらに顔を覗かせた。そして椅子から立ち上がりこちらにかけてきた。
「おはようございます!お久しぶりですね、翔君。元気そうでなによりです」
「おはよう、月魅。私もまさか1ヶ月で帰ってこれるとは思わなかったよ。下手したら卒業しても入院を覚悟してたから。戻って来れてよかったよ。おかげで取り戻すのに課題が山ほど出てるんだけどね、あはは」
「そうだったんですか!?そんなに大変だったんですね......」
「いや、身体は幸い大したことなかったんだけど、精神の方がね、だいぶやられちゃったみたいで」
「色々、ありましたもんね......」
「ほんとにね」
「翔君にとってはこの學園は嫌なことの方が多かったのではないかと思います。だから戻ってきてくれて、ほんとうに嬉しいです。古人曰く《真の友をもてないのはまったく惨めな孤独である。 友人が無ければ世界は荒野に過ぎない。》。あなたがいない1ヶ月はほんとうに長かったです」
「そっか......。待っててくれてありがとう。今まで待たせてほんとうにごめんね、月魅」
「いえ!翔君は今まで頑張ってきたのですから、その分自分の体をいたわるべきですよ」
「ありがとう。なんか忙しそうだね、手伝おうか」
「ありがとうございます。でも、翔君は課題をしに図書室に来たんですよね?ならやるべきことを先にすませてください。一緒に卒業できない方が私は嫌ですよ?」
「あはは......ほんとだよね......まさか甲ちゃんと一緒に補習する羽目になるとは思わなかったよ......」
「ふふ。実はですね、ほんとうに気が気じゃなかったんですよ?夕薙さんは戻ってくるだろうといってくれはしましたが、翔君の目的はもう果たされたわけですから。岡山の方に帰ってしまうのではないかって」
「心配かけてごめんね。父さんがしばらく近くの病院に長期入院するからその世話もあるし、卒業するまでいるつもりだよ」
「ほんとうですか!?」
「うん」
「そうですか......良かったです。ふふ」
「月魅はさ、これからどうするの?進路とか」
「私ですか?そうですね、九龍さんや翔君の力になれるように、もっと知識を深めるために大学に進学しようと思っています」
「そうなんだ?!じゃあ、センター試験はもう終わったところだよね?大丈夫?」
「え?あ、はい。これは息抜きでやっているだけなので。ありがとうございます。今のところは順調に二次試験を突破すれば行けそうなので勉強に集中しているところです」
「そっか......頑張って、月魅。私にはそれしかいえないけどさ」
「ありがとうございます。ところ翔君は?卒業したら進路はどうなさるんですか?」
「私?私はね、《ロゼッタ協会》に入ろうかと思ってるんだ。父さんが推薦してくれるっていうし、《天御子》追いかけるためにもね」
「そうですか......ではエジプトに?」
「そうだね、カイロに本部があるから。父さん通じて《ロゼッタ協会》に入るための手続きしてからになると思うから、いつになるかはわからないけどね。適性試験とかもあるだろうし」
「なるほど......。翔君ならきっと大丈夫ですよ、だって江見睡院さんを助けられたのは他ならぬ翔君のおかげなんですから」
「あはは、ありがとう。でもそうだね、たしかにその辺は考慮してもらえるみたいだし、あんまり焦りはないかな」
「そうですよ、自信を持ってください。翔君がこの學園にもたらした平和はなにごとにも変え難いものなのですから。夕薙さんから《遺跡》の真実を聞いた今ならわかります。下手したら東京が大変なことになっていたわけですから」
「あの時は余計なこと考えないようにしながら突っ走るしかなかったしね......今思えば無茶したよ、ほんと」
「ふふ、でもこうしてお話できてるわけですから。いいじゃないですか」
「ありがとう」
「でも、そうですか、エジプトのカイロ......。なら、岡山県に帰ってからは、《ロゼッタ協会》の都合がついたら、海の向こうなんですね......」
「そうだね、そうなるといいなと思ってるよ」
そういった私に月魅は意を決した様子で口を開いた。
「あの、翔君。覚えていますか?クリスマスイブにした約束」
「うん、覚えてるよ。私の名前を教えるって約束だよね」
「はい。あなたの名前で連絡先を登録したいと思ったんです。江見翔ではなく、あなたの名前で」
「ありがとう。ちゃんとこうして月魅のところに帰ってこれたし、教えてあげるよ」
「お願いします」
月魅は携帯を取り出した。私は笑ってしまう。
「私は天野愛。天地の天に野原の野、愛情の愛で、あまのあいっていうんだ」
「あまの......あい......天野愛さん、ですか」
「うん、そうだよ。天野愛」
「天野愛さん......か。ふふ、いいお名前ですね。愛さんと呼んでもいいですか?」
「いいよ、好きに呼んでくれたら。誰も呼ばないからね。あはは、名前で呼ばれるのはかれこれ10ヶ月ぶりだなあ」
「ずっと翔君でしたもんね」
「まあ、私が選んだ道だから仕方ないとはいえ、月魅に呼んでもらえるとなんかこう......来るものがあるね」
「愛さん......もしかして、私以外に誰もあなたの名前を知りたい人はいなかったんですか?」
「うん?あ〜、言われてみればそうだね。宇宙人は知ってるけど名前の必要性を感じていないみたいだし、ジェイドさんからは直接名前で呼ばれたことはないし」
「......そう、ですか」
どこか嬉しそうに月魅は笑う。
「私が最初なんですね。なんだか意外ですけど、嬉しいです。愛さん、卒業してからも私になにか力になれそうなことがあれば必ずメールしてくださいね。私も全力でその期待に応えようと思いますから。そして、そうでなくてもメールしてくださいね、たくさん」
「そうだね。改めてこれからもよろしく頼むよ、月魅」
「はい」