今から學園の教職員や生徒にまた暗示をかけなければならないから出て行ってくれ、と二のべもなく追い出されてしまった葉佩と皆守は図書室に向かっていた。
「皇七でもないとなると、一体誰が?」
「まさか思念飛ばせるとか?」
「いや、そんなはずはないだろ。《長髄彦》がいってたんだからな」
「《遺伝子》のパスコードを持つものはどうだ」
威圧的な声に振り返ってみれば、阿門がいた。
「パスコード?」
「ああ、喪部銛矢や翔のように《遺伝子》上のパスコードが有効なのだとすれば、なんら不思議なことはないはずだ」
「でも《ニギハヤヒ》でも《アマツミカボシ》でもない奴らが作ったって......それが皇七の一族なんだろ?皇七って妹この学園にはいないんだろ?じゃあ違うよ」
「逆じゃないか、九ちゃん」
「逆?」
「誰かが開いたんじゃない、誰かが招き入れたんだ」
「!!」
「それは......」
「《遺跡》が崩壊したことによって封印はとかれた......。それは《墓守》や《巫女》以外もわかるだろ?」
「だが自我は崩壊していると......」
「《訓練所》に闘技場があったじゃないか。絶対何人も犠牲になってるはずだぜ?」
「そういや、神鳳と潜った時は幽霊がいるっていってたな」
「それを子孫の誰かが感知したとしたら?」
「あの《訓練所》で死んだやつが呼んでいるのか......」
「ならひとつ気になることがあるよ。図書室の蔵書だ。書籍が偏りすぎてた。もしかしたら、もしかするかもしれない。1回調べてみるよ」
「九ちゃん、俺も......」
水をさすようにチャイムが鳴り響き、皆守は舌打ちをした。どんまい、と葉佩は残念そうな顔をしている皆守の肩をたたく。
「あとは任せて、甲ちゃんは補習がんばれ」
「ああ、わるい九ちゃん......」
「その代わり今夜の夜遊びも付き合ってもらうからな〜ッ!」
苛立ち気味に教室に戻っていった皆守を見届けた葉佩は顔を上げた。
「あれ、そーいや阿門も用事か?」
「俺も手伝おう」
「いいんだ?ありがとう。みんな忙しそうで参っちゃうよ、ほんと」
手分けして調べた葉佩たちは、やはり文献はすべて阿部家の寄贈によるものだったと気づいたのである。
「はい、ビンゴ」
葉佩は貸出カードを手にする。
「阿部君かァ」
いずれも同じ名前の生徒が一番上にかかれている。
「《アビヒコ》の末裔か」
「喪部銛矢の遠戚だ。神道にも通じているし、神降ろしの一族なのかもしれない」
「喪部銛矢のように《魔人》の可能性があるのか......」
「一応、《ロゼッタ協会》とか《レリックドーン》あたりの人間じゃないかどうかだけ《ロゼッタ協会》本部に聞いてみよっと。なーんか俺が知らない間に別の《宝探し屋》派遣してるみたいだし」
葉佩はH.A.N.T.をうちはじめた。
「あ、そうそう、翔チャンに皇七に言われたこと報告しなきゃ。どんだけやばいのか教えてくれると思うし」
「ああ」
「浮かない顔してるなァ、元気出せよ阿門。気持ちはわかるけどさ」
「......」
チャイムが鳴り響く。
「何していいかわかんない時は、あんがい目についたこと片っ端からやってみるとうまくいくぜ?俺も兄ちゃんが逮捕されてひとりになったとき、孤児院で見てたテレビのCMみて《宝探し屋》になったんだし」
「そうなのか」
「俺の親、麻薬に溺れて親として最低なこと全部やらかしてくれたからなあ。兄ちゃんが消してくれなきゃ俺が死んでた。兄ちゃんもいなくなって、ひとりぼっちになって、ずっとどうしたらいいかにわからなかった時にあのCMに出逢ったんだ。本気で運命的だと思ったね」
「運命か......葉佩、お前は神の存在を信じていないらしいな。なのに運命は信じるのか?」
「まァね。俺だって神頼みしたいときだってあるよ」
「そうか......。そういう意味ならば、万国共通の感性だろうか。お前はそうかもしれないが、俺は神の存在を信じている」
「そうなんだ?あ〜、そういえばあの教会、カトリックだもんな。阿門もそっちなんだ?」
「それもあるが、中原中也という詩人がいる」
「中原中也?」
「父の遺した本棚に全集がある。その詩人について調べているうちに、な」
「詩人かァ......俺には知らない世界だ〜」
「フッ......だろうな......。夕陽が沈めばこの学園を夜が包み込む。夜の闇の暗さは、俺に黒々とした場所を思い出させるのだ。その暗澹たる漆黒の中で俺はもがいているのだ。《長髄彦》や《封印の巫女》の残した言葉の意味を探し求めて。常な自己の内面と神を対峙させ、答えを探しているのだ」
「そっかァ......阿門て真面目なんだなァ」
「人は将来善なりて、それゆえに迷い苦悩し、鎮魂を渇望している。そう考えているだけだ」
阿門は回想するように瞳を閉じた。
「《墓守》は代々、その《遺伝子》を受け継ぐ者がこの學園に君臨してきた。つまり、阿門家の者が遺伝子操作によって《力》を与えた者を《生徒会長》に据え、それを影から操り、《墓守》としての使命を全うしてきたのだ。前の《生徒会長》も《呪われた力》をえた人間がやっていた。操っていたのは俺の父だ」
「皇七がいってたのってそれなんだ?」
「ああ、皇七家は代々男を養子に出し、《生徒会》の役員を務めていた。俺が言わなければ皇七がなんらかの役職についていたはずだ」
「他にもいるのか?」
「ああ......だが俺が断った。皇七は同じ年だから断りきれなかった」
「《力》もう渡してたし?」
「そうだな。思えばあいつは全て見越していたのかもしれない。俺が断りきれなくなると知っていて」
「なるほどなァ」
「俺の母は早くに亡くなり、父は《墓守》としての役目に忙しかった。そう、厳十郎が俺を育てたといっでも過言ではない。7年前に皇七が俺の前に現れ、俺は初めて《力》を使った。6年前に翔の母親が現れ、5年前に父が死に、《墓守》の使命を引き継いだ。俺は、三年前に《生徒会長》としてこの學園の生徒として過ごすことを決めた」
「その時に覚悟を決めたんだ?」
「そうだ......いや、そのはずだった。だが、今思えばわからない......。わからなくなってしまった、の方が正しいかもしれないがな。......そこまで意識したものではなかったのだろう、既定路線のように思われたのだ。だからこそ、今俺は悩んでいるのだろう」
「え、なんでだよ?」
「3年前、皇七になぜ《生徒会長》をするのか問われたとき、答えることが出来なかった。阿門家の者が直接《生徒会長》として《墓》を守るのは前例がないと言われた時にだ。皇七はなにも言わなかった。今思えば俺の中に答えがないとわかっていたのだろう。皇七は12の時にはすべて背追い込む覚悟を決めていたのだからな......あいつの目には果たしてどう見えていたのか......」
「そっか〜......阿門がどっか翔チャンに親しみ感じてたのは皇七に似てるから?」
「そうだな......《悪魔憑き》になる前の皇七によく似ていた。今の皇七は人格が消滅しなかったかわりに皇七家当主におさまった時点で変わってしまった。あれほど重大な使命を背負っているのなら、無理もないが......」
寂しそうな色を宿したまま阿門はいうのだ。
「俺は今でも考えるのだ。なぜ《影》でいつづけなかったのか、なぜ《生徒会長》をすることにしたのか。《墓》を守ることに専念せず、自ら闇の中へと足を踏み入れようとしたのだろうかとな」
「その答えを探してるんだ?」
「《長髄彦》の言葉になにもいえなかったということは、俺の中に答えがなかったからにほかならないからだ。葉佩」
「ん〜?」
「俺とは全く違う価値観をもち、世界を見てきたお前ならわかるんじゃないか?お前の類稀なる才能ならば......なにかわかるのであれば、教えてくれないか?」
「そうだな〜......阿門はさ、《生徒会》も《執行委員》も自分で勧誘したんだろ?皇七の《力》はかりないで」
「ああ......皇七には下調べは命じたが、基本的な人選は俺が行なってきたつもりだ」
「俺が戦ってきたみんなは、たしかに《力》の代償に差し出した《宝物》の空白に苦しんでたよ。ただ、《力》を得る前は別の理由で苦しんでた。ほっといたら死にかねないくらいの苦しみだ。それからは《力》を得たことで解放されたともいえる。俺より前の《宝探し屋》はみんなと向き合ってこなかったから失敗したんだ。成功した俺がみんなが立ち直るきっかけになれたのは事実だとして、そういうシステムを自分で作り上げた阿門はきっとそういう人を見る目があるんだと思うよ、俺」
「人を見る目、か」
「寂しさを抱える人間は寂しさがわかる人間じゃないと気づけないもんだからさ、阿門は寂しかったんじゃないかな」
「寂しさか......たしかに俺はいろんな人間に置いていかれてきた。託されてきた。厳十郎も皇七も家族として向き合ってはくれたが、友達としては距離があった。もしかしたら、俺は学園での暮らしに温もりを求めていたのかもしれない。それまでの暮らしから抜け出すために......」
「それっぽい答えになったみたいでよかったよ。3年前の阿門と今の阿門は違って当たり前だろ?今は友達たくさんいるんだからさ。學園祭んとき、すっごい楽しそうだったじゃん。俺が来る前は普通の學園だったんだろ?ずっとあんなかんじだったなら、阿門は間違ってなかったと思うけどな。少なくても、今の阿門は全然寂しそうじゃないし」
「......楽しそうだったのか?俺が?」
「自覚なかったんだ?なら気づいてよかったじゃん。こういうのなんていうんだっけ、灯台下暗し?」
「......そうか、そうだな」
「今の皇七のことよく知ってるのは阿門なのは変わりないわけだからさ、また色々話したらいいと思うぜ?時間はたくさんあるわけだから」
「......そうだな」
「ついでに聞き出してほしいんだけど〜」
「なんだ」
「阿部君、どーも新聞部員みたいなんだよね。皇七ってどういう人選で部員選んでんの?」