予言者たち

予言者たち

2004年12月27日

世間は冬休みとなっているが葉佩には関係ないイベントである。《訓練所》にいってみたはいいが、化人を倒すターン数や条件が設定されているためなかなか攻略できずにいた。江見が離脱したせいで《如来眼》の恩恵を受けられず、敵勢力のステータスや配置、空間を自力で取得しなければならなくなったのが大きかった。さすがに1ヶ月もまってはいられないので、日中は図書室で調べもの、夜は探索の日々である。

今は《長髄彦》に兄者と慕われていた《アビヒコ》について調べていた。

鎌倉〜室町期成立の『曽我物語』に蝦夷の祖を流罪にされた鬼王安日とする伝承が記載されていた。長髄彦の兄とされ、彼と共に津軽地方に流されたとある。

長髄彦一人が大和で死なずに東北に落ち延びたという伝承は塩釜神社にもある。この塩釜神社の伝承も含めて、長髄彦(またはその兄、または兄弟2人)が津軽に逃げてきたという伝承が残っている。

新羅の王族であるという説もあるようだ。彼らは十三湊に漂着した中国人の子孫の白蘭、秀蘭を娶っているから、外国人の血が入っていることは間違いない。

「奥州ってどこだよ〜」

また知らない単語が出てきたと嘆く。だから葉佩個人だとなかなか前には進まないのだ。日本という国に関する教養がない葉佩はだいたいこういう場面でつまずく。ブレーンたる七瀬をはじめとした頼りになる仲間たちは一般生徒にとっても似たような存在だ。だいたい部活やサークルの代表を務めているために、卒業文集やオープンキャンパスに向けた冊子作りに駆り出されていないのである。

書物に埋もれながら没頭していると、チャイムが鳴った。どうやら昼休み時間のようだ。大きく伸びをしながら時計を見た葉佩を遮る影がある。

「奥州ってあれか、奥州藤原氏」

「補習お疲れ、甲ちゃん」

葉佩は笑った。力なく出した手にハイタッチがやってくる。葉佩が探索に夜しか繰り出せないのはだいたい皆守のせいだった。雛川を通して補習を先送りしていた皆守は、冬休みを返上して単位をとるための救済措置に必死で取り組んでいるのだ。今はこうして気分転換に来たのだろう。図書室の主たる七瀬がいない今、誰もここでご飯を食べようが怒る人間は誰もいやしないのだ。

カレーパンと缶コーヒーをもらった葉佩は本を皆守に渡す。

「なにそれ」

「俺でも知ってる昔の豪族だ」

「へー」

葉佩が手にしているのは、奥州藤原氏に関する書籍だ。

「《アビヒコ》の子孫だったのか」

「ネットや《ロゼッタ協会》のくれた情報はかなり錯綜してるけど、この學園に所蔵されてる本はだいたいそう書いてあるよ。すんごい偏ってる」

今、葉佩がもっている平泉雑記によれば、神武天皇に殺された畿内の王長脛彦の兄、安日彦をその始祖とし、安日彦の津軽亡命をもって阿部氏という一族が誕生している。

中大兄皇子・中臣鎌足が蘇我蝦夷・蘇我入鹿をクーデターで倒し中央集権体制が確立した大化の改新以降、大和朝廷は積極的に領土拡張政策を開始した時、阿部一族は中央政府の重要な位置しめていたらしい。

やがて政争に敗れ、一族はちりじりになり。没落寸前になった。当主の娘は離縁して東北の統治者となった新しい当主の妻となり、息子も養子となった。その統治者も政争に敗れて、養子が後を継ぎ、奥州藤原氏として再興したようだ。

「現代まで血筋が残ってるのか......すごいな」

「それでも1700年間この地には足を踏み入れられなかったんだなあ.....」

「翔ちゃんの話じゃ《天御子》は未だに《遺跡》に現れることもあるんだろ?うかつに近づけないんじゃないか?」

「そっか、そうだよな〜......。それにしてもだよ、甲ちゃん。すごくない?鉱山やら大陸との繋がりで東北の権力者に取り入って、大和朝廷に財力で殴りつけて黙らせてたっぽいね。《アビヒコ》の子孫はやられっぱなしじゃなかったんだ。阿部って苗字は阿部比羅夫ってやつからもらったみたいだし」

「どっかで聞いた名前だな......」

「あー、これこれ。古代水軍の将だって。大化の改新後の朝廷の北方進出や蝦夷平定に大きな役割を果したってあるよ」

「そいつに苗字をもらう......相当うまく入り込んだんだな。蝦夷なのに蝦夷を討伐する側に回るんだろ?」

「よくある話だよ」

「そうか?」

「ウン。あーもう、やっぱ息子たちの記述は見つけらんないなァ......あの化人の弱点になりそうなヒントがあればと思ったんだけど。俺、SASUKEしに、ここにきたわけじゃないんだけどなァ」

ぐったりとした様子で葉佩はぼやく。

「思ったより騒ぎにならないし、ほんとここの人ら長いものに巻かれるの好きすぎ」

「..................なにを今更。おかげで《訓練所》を探索できてるんだろうが」

「なんだよ、その不自然な沈黙は〜?まあそうだけどさ〜、ここまで来ると怖くなるよ」

葉佩が笑っていると、H.A.N.T.がメールを受信した。

「あ、きたきた」

「誰からだ?」

「翔ちゃんだよ。黒塚がいけた範囲に写メで見せてもらった区画が見当たらないから、なんかないかって」

「さすがに写メごしじゃわからないだろ」

「そうでもないみたいだよ?」

「なんだ、今度は透視までできるようになったのか?」

「違う違う、一応ってことで翔チャン運んでった救急車の人がサンプルもってったみたい」

「しれっとなんつーことしてるんだ」

「それこそ今更だろ〜?その人が《九龍の秘宝》受け取りに来た《ロゼッタ協会》の回収班でもあるんだからさ。ついでに翔チャンのいう宇宙人だよ」

「あれは何重にもついてた嘘だっただけだろ?紛らわしいことしやがって」

「違うよ、その人が翔チャンを精神交換した宇宙人。精神交換が常套手段なんだから、宇宙人の姿のまま日常生活にとけこめるわけないだろ?なにいってんの?」

「..................つまり、あの日たくさんいた救急車に宇宙人が紛れ込んでたのか?かなりの数が?」

「さあ、どうだろ?《ロゼッタ協会》とは協定むすんでるみたいだから、どれだけ精神交換してるかなんて知らないって」

「..................」

「ちょっと就職先考え直そっかな〜って顔すんのやめろよ、甲ちゃん。地味に傷つくんですけど〜?」

「..............................」

「甲ちゃ〜ん?」

「......で、翔チャンはなんだって?」

「あっ、考えるの先送りにしやがったこいつ」

「いいからなんだって?」

「えーっと、認識阻害の呪文だってさ。さすがは《タカミムスビ》をつくった連中だけはあるよな〜、どうやってそんな大規模な精神力調達してんだか」

葉佩がアップデートされたH.A.N.T.を皆守に見せる。

「よ〜し、これで壁が解析できるなッ!ん、んんん?」

「どうした、九ちゃん」

「今日ポストに天香新聞にH.A.N.T.が反応し......んんん!?なんだこれ!」

葉佩はそこに見慣れない紋章が彫り込まれていることに気がついた。

「盲点だったな〜、さすがにこんな紙切れに魔術かけられてたらわかんないよ」

葉佩は新聞を片手にたちあがる。

「どこいくんだ、九ちゃん」

「どこって新聞部だよ、新聞部。もとはといえば、《9番目の転校生》は九の字がつくのかって怪談について教えてくれたの皇七だし。この新聞くれたのも皇七だし。あーやられた、最初から認識阻害の呪文かけられてたんだ俺ッ!これは、ダウトだな〜ッ!」

そしてにひっと笑うのだ。

「さっきから様子がおかしい甲ちゃんからさっするに《生徒会》関係者だろ、皇七もッ!この期に及んでなに隠してんだよ甲ちゃん。ちゃっちゃと吐こうか」
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