果てしなき流れの果てに8

「慎也クン、み〜つけたッ」

担当者が彼女だと判明した時点で終わったなと思った。

「中学校の卒業式からいなくなっちゃうから、すっご〜く、探したんだからねッ!」

いきなり手を握られたからだ。

「わたし、すっごく、すっご〜く、心配したんだから〜ッ!わたしだけじゃないよ?みんな!みーんな、心配してたんだから〜ッ!なにがあったの〜???」

天真爛漫な霊媒師はじいっと私を見つめる。

「え〜っと......慎也クン......だよね??」

「たしかにこの体は時諏佐慎也クンの体なんだけど、違うんだ。はじめまして。私は天野愛。宇宙人に精神交換されちゃって、宇宙人の星に旅行にいってる慎也クンが帰ってくるまで預かってるんだ」

高見沢舞子(たかみざわまいこ)はエロゲみたいなナイスバディをしたピンク色のナース服をきた看護師である。

会話内容は子どもっぽく、一人称は「舞子」で、年上であっても男子を「クン」、女子を「ちゃん」づけで呼ぶ。天真爛漫な言動の裏に深い思いやりの心を持つ看護師だ。霊と会話する《仁星》という宿星をもつ。

「えええ〜ッ!?それ、ほんとなんですか、センセ〜ッ!」

「騒ぐんじゃないよ、高見沢。なんのために面会謝絶の個室にしたと思っているんだい。事実だからに決まってるじゃないか。そうじゃなかったら、誰が女の治療なんてするかい」

医院長は安定の投げやり具合である。

「愛ちゃんていうの〜?こちらこそはじめまして〜!わたし、高見沢舞子っていうの〜ッ!舞子ってよんでね〜」

「うん、よろしく」

「愛ちゃんの体はどうなってるの〜?大変じゃない〜?」

「それは大丈夫。悪い宇宙人に誘拐されかけたところを良い宇宙人に助けてもらったから。良い宇宙人が私の体を保護してくれてるんだ」

「そうなんだ!」

「ただ、悪い宇宙人がまだ私や慎也君のことを探してるらしくてね......こうやって精神を入れ替えて隠れてるんだ。慎也君が戦えるのは知ってるでしょ?」

「うん、知ってるよ〜。如月クンがお師匠様なんだよね〜」

「だから、私は慎也クンの体を借りてるんだ」

「そうなんだあ〜」

高見沢はニコニコ笑う。そしていきなり私を抱きしめてきた。

「女の子なのに大変だね、愛ちゃん。がんばって......すっごくがんばったんだね......えらいえらい」

「あ、ありがとう......」

「だってえ、愛ちゃん、今にも消えそうなんだもんッ!こっちがすっごく心配になっちゃうくらい!すっごく怖い目にあったんだね?すっごく悪いやつと戦ったんだね??よくがんばったね〜ッ!」

まるで小さい子供扱いしてくるが、ほんとにそうなので私はされるがままだ。今の私には高見沢はほんとうに癒される。

「高見沢、誰にもいうんじゃないよ。いいね」

「え〜」

「えーじゃない。今、慎也は《ロゼッタ協会》所属の《宝探し屋》なのさ。日本政府がスポンサーをしているギルド敵に回したらうちの仕事がやりにくくなっちまうだろ。看護師資格取り消されたくなかったら余計なことするんじゃないよ、いいね」

「はあ〜いッ」

《ロゼッタ協会》ってなんだろう、と至極真っ当な疑問符が乱舞している高見沢に医院長はためいきだ。

「まあ、イスの偉大なる種族による精神交換ならいいさ。世界を越えようが時代を越えようが、ティンダロスの猟犬に追っかけられる心配はないからね。毎回毎回いつぞやみたいに面倒事持ち込まれたらたまったもんじゃない」

「あはは......」

「二度と世話にならないようにすることだ。高見沢は口が軽いからね、6年間家出したままの少年の行方がわかったらなにがなんでも連絡をとろうとするやつらばかりだ」

「いい友達ばかりなんでしょうね......だからこそ困るんだけど」

「だからこそ慎也は相談できなかったってのもある。男の子ってのはほっといた方が大きくなる場合もあるのさ。わかったね、高見沢」

「はあ〜い」

「どこまでわかってんだか......」

医院長は超肥満体を揺らしながら笑った。

「《ロゼッタ協会》からアンタのカルテを取り寄せたが、よくぞまあここまで無茶できたもんだね。廃人にならなかったのが奇跡みたいなもんだ。親の顔が見てみたいと思ったのは生まれて初めてだよ」

医院長はそういいながら私の近くにある椅子にすわった。おしりで見えなくなってしまう。壊れて倒れてしまわないかこっちが心配になってしまいそうだ。

「何者かが精神力を肩代わりしたそうだが、そのおかげで精神障害自体はウチで治療したら1ヶ月もあれば退院でいるだろうさ」

「えっ、1ヶ月!?」

「アンタは運がいい。まだその精神障害には介入や治療の余地がある。ウチは実験的・先進的な治療を施す施設だ。どの時代においても、他人が心のこもった効果的な手当てをしてくれるのが一番の治療さ。ただし、うちの治療は一般的な治療とは根本的に違うからね。覚悟するんだよ」

怪しげに医院長が笑うものだから、私は冷や汗が流れた。

医院長はいうのだ。

この世のものではない異常な恐怖の知識や存在と出会い、その恐ろしい意味を知るようになる。そのような経験は、正常な世界の中で待っていた信念を揺さぶり、打ち砕いてしまう。 強烈な経験をすると、情緒に傷を残す。

時空について不変の法則だと思っているものは、 実は局所的にしか通用しないものであり、部分的にしか真実ではない。人知の理解の及ばないところに、より大きな現実に支配されている無限の世界があるのだ。

そこには小さなものであれ巨大なものであれ異界の勢力や種族が存在している。 明らかに敵意を持っているものもあり、この世界に侵入してきているものもある。 真の宇宙は不合理な出来事、不浄な怒り、終わることのないあがき、冷酷な無秩序の宇宙である。

私はすべてのものの中心にある、 暗く血塗られた真実を垣間見た。圧倒的な宇宙ヴィジョンを目撃した。

「真の宇宙の知識を得たね。この上ないくらい危険なものなのは承知してるだろうが、そういう知識による自己変容の危険性は、どんな精神療法や休息を持っても取り除くことができないのさ。アンタが得た魔術は真の宇宙での物理学なのだから。魂の真髄まで染まってしまったのさ。呪文をかけるたび想像を絶するものを可視化させ、 その精神はこの世ならぬ思考過程をたどっただろう。それは精神を傷つける。心的外傷を進んで引き受けたのだろうが、 二度とまともには戻れないことは承知しておくことだよ」

私はうなずいた。

「ありもしないもしもに魘されてもかい?」

深く深くうなずいた。

「私はただ、ただ、走り抜けることに一生懸命でした。後悔はあとからにしようと決めていたので、これからは自分を甘やかそうと思います」

「もうちょっと早くしてやった方がよかったね」

「あはは......」

私はいうのだ。

種をまき、芽を出し、実がなる。きっかけがあって、結果を呼ぶ。どんなささいなことも何かを誘い、何かが起こる。ただ私の中にはそのサイクルとは全然違うものが芽生えてしまったのだとわかったのだ。もう、戻れないところまで来てしまったのだ、いつのまにか。 私は私ね辿るべき道を辿るしかない。今の私にとってのこのひと時のエピローグはごくささやかなものでしかないのだ。

「そこまで言い切るなら、私はもうなにも言わないよ。なんだってそこまで達観できるのかはわからんが......まあ、もう少し力を抜いて生きられるよう治療に専念するんだね」

「ありがとうございます」

私が笑ったとき、傍らにおいてあるH.A.N.T.が発光した。

「メールを受信しました」

「こんな時間に誰〜?愛ちゃんのダーリン?」

「あはは、違うよ」

H.A.N.T.をひらくとメールが一通来ていた。タイトルは現状報告。本文はなく画像がある。みんなが総出で墓を掘り返しているところがうつっていた。
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