見知らぬ明日5

「どうした?江見。校舎には立ち入り禁止と言われていなかったかい?それとも散歩か?」

「まあ、そんなところです」

「どうせ今夜は誰もが夜更かしをするんだ。夜更かしは体にとって害にしかならないがそうもいかない、か」

「そうですね、今夜ばかりは」

「フフッ、ずいぶんと素直になったじゃないか。誰に教わったのかは知らないが素晴らしい美徳だ。それなら......少し保健室に寄っていくか?神経が落ち着く茶を出してやろう」

「いや、あの、私......」

「大丈夫だ、煎じたのは弟だから」

先生に叱られた生徒のようにそそくさと逃げようとした私は瑞麗先生に捕まった。

「そう逃げるんじゃない。とって食べやしないさ」

あまりにも自信に満ちた笑顔でいわれてしまい、私は観念するしかないのだ。双樹からカルテを返却された際のやりとりは全然寝れなかったと皆守から聞いている。その時のようなあまりにきれいな笑顔だったので、これ以上機嫌を損ねては行けないと私は悟ったのだ。

「なぜ私がここに呼んだかわかるかい?」

「心当たりがありすぎてわからないです......」

「正直でよろしい」

瑞麗先生は目を細めて笑っている。

「君を見ていると私の知らないところで全てを終わらせてきた弟を思い出してしまっていけないよ。あとから想像ばかりが浮かんで恐ろしくなる。怖くなる。いくら聞いても教えてくれない。こちらの身にもなって欲しいんだがな」

「ごめんなさい......」

「フフッ、謝ることはできるのに、人を心配させてばかりだな君は。君を見ていると弟を思い出していけない」

「それは九ちゃんじゃ?」

「おや、隠していたつもりだったが、バレていたかな?葉佩だけじゃないさ。君くらいの歳の子を見ているとどうしてもね。なかなか逢いにいく機会が無い状況下で、今夜には死ぬかもしれない場所に赴く君たちを見ているとつい声をかけてしまうのさ。君たちに弟の面影を見出してしまうのは、無意識のうちに超自我が攻め続けている心を防衛機制が働くことによって自我の崩壊を防いでいるんだろう。実に失礼な話だろう?すまないことをしたと思っているよ。だから君は最後まで私を頼ってはくれなかったわけだ」

「いきなりどうしたんですか、瑞麗先生」

「いやなに、江見睡院の治療をしながら君について話していたら、夕薙に怒られてしまってね。実に友達想いの熱いやつじゃないか、誰に触発されたのかは知らないがね。夕薙にいったそうだな、代案も出さないで止めるばかりの大人は信用ならないと」

「大和......なにいってんだよ、あいつ!私はそういう意味でいったんじゃないですよ!」

「いや、夕薙の指摘も一理あるのさ。私はいつのまにか《ロゼッタ協会》や《エムツー機関》のようにいつもなにかを天秤にかける癖がついてしまっていたようだ」

「え?」

「君たちにも撤退命令は出ていたはずだ。それは《ロゼッタ協会》が江見睡院の救出より君たち2人を優先させたことに他ならない。君たちはそれを無視して行動したが、江見睡院を救出できた。この事実は揺るがしようがない。まだ君の耳には入っていないかもしれないが、それなりの衝撃をもって迎えられているよ。正直、私は君が生き急いでいると勘違いしていた。それではいざと言うとき頼ってもらえなくて当然だ」

「瑞麗先生......」

「君は大人だ、私より年上の女性だ。しかも精神交換されるまでは一般人だったんだろう?にもかかわらず、江見睡院という《宝探し屋》を命をかけてでも助けたいと君はずっと行動しつづけてきた。それはたとえ狂気からくる強迫観念からだとしても、若さゆえの無謀でも自棄からくる危うさでもない。成し遂げてしまうだけの実力を伴った今、羨ましいよ、心底な。1度聞きたいと思っていたんだが、どうしてここまで走り抜けられたと思う?」

「そうですね......未来だけ知っていても意味がないからです。私がいない未来なんてこの世界ではなんの役にもたたない。だから少しでも似た未来を手繰り寄せるには行動を起こすしかなかった」

「なるほどな......やはり、初めからある程度の到達点があるわけか。人間ゴールが見えないとやる気が続かないからね」

「そうですね」

「だが......君がいない未来だと?まさか、だから生贄になる選択肢を初めから考えていたのか?」

「否定はしません」

「なるほど......イスの大いなる種族の精神交換は私の想像以上に君を苦しめていたというわけか。知りえない知識、未来、プレッシャーは途方もなかっただろう。カウンセラーとして幾度も相談に乗っておきながら、そこまで気づくことができなくてすまないな」

私は首を振った。

「君が狂気により人の機敏に極端に鈍くなっていることはわかっていた。そこで思考を停止させたからダメだったんだろう。人の狂気には種類がある。君の一時的な狂気なら時間薬もカウンセリングも有効だ。《黒い砂》と関わりがない君なら本来在学中にその強迫観念から解放されるはずだったにもかかわらず、常態化していた。その歪さをもっと早くに指摘していればよかったんだな」

瑞麗先生に頭を撫でられた。

「大地が鳴動している。いや、目覚めの咆哮を上げているといった方が正しいな。それは1998年のこの《新宿》であった《氣》の鳴動と何ら変わらない。ここは、そういう《力》が集中しやすい《地相》だからだ。この《氣の鳴動》は今の君なら見ることができるはずだろう?君はこれを利用する気なんだな?」

「そうですね。《タカミムスビ》が江見翔となるはずだった魂を糧に顕現しようとしている今、私は解放してやらないといけない」

「なるほど......。私はな、翔」

「瑞麗先生......」

「私は遠い所にいてこの《新宿》で戦えば命を落とすかもしれない強大な敵に挑んだ弟を送り出してやることが出来なかった。そんな戦いがあることすら知らなかった。だが今回は違う。送り出してやれる。それくらいはさせてくれ」

「はい」

「フフッ、いいこだ。これから君が挑む相手は《人》ならざる《氣》をもつ相手だ。その戦いは想像を絶するものになるだろう。いいか、翔。死ぬなよ?危なくなったら何よりも優先して逃げろ。死んだらおしまいだ。わかったな、翔」

「わかりました。必ず生きて帰ります。イスには頼りません」

「よくいってくれた。今はそれだけで充分だ。ありがとう」

私はなんだか恥ずかしくなってしまった。

「なあ、翔」

「はい?」

「少しだけ、考えてくれないか?《エムツー機関》は《ロゼッタ協会》より君の境遇に寄り添ってくれると思うんだが」

「......嬉しいです。ありがとうございます。瑞麗先生個人とは仲良くしたいんですが、やっぱりその......」

「そうか......やはりな。やれやれ、綺麗に振られてしまったね。たしかに君が大変だったときにいつだって私には助けなければならない生徒たちがいた。やらなければならないことがあった。信頼してくれるのは嬉しいが、それ以上に踏み込んでいけなかったのが惜しまれるな」

「お互いに忙しすぎましたね」

「そうだな......そういう巡り合わせだったのかもしれん。私としてはもう少し距離を縮めてもよかったんだがな」

「バックにバチカンがいるのと来栖さんのようなエージェントがいることを考えると怖すぎますね」

「私が守ってやる、といったところで一緒に戦う機会に恵まれなかったからな......下手をしたらあの男の方が説得力があったかもしれないな。おしい......実に惜しいな......私はわりと真面目に君を勧誘する気でいたんだが......」

「えっ、そうなんですか?」

「まあ、振られてしまった以上どうこういっても仕方ないが。まあ、お互いこういう組織に身を置く身だ。また縁があれば会うこともあるだろうさ。その時まで、くれぐれも人間として生きてくれよ、翔」

「はい」

「私個人になにか力になれるような事があれば連絡しなさい。今回手を組んだ好だ。いつでも力になってあげよう」
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