私は校舎の屋上にやってきた。そこにお目当ての人間がいるからである。
「よう、翔。俺に会いにきてくれたのか?」
「そうだよ。男子寮にも墓守小屋にもいないから探したじゃないか」
「ここから君が校舎に入ってくるのを見ていたが、まさかここまで上がってくるとは思わなかったよ」
「よくいう。なら教えてよ。メールにも返信がないからどうしたのかと思った」
「はは、これで少しは心配させる側の気持ちがわかったんじゃないか?」
「いってくれるね......」
夕薙は悪びれる様子もなく笑っている。私は肩を竦めた。フェンスの方に近づいてみると、校門付近にパトカーがずらりと並んでいるのかわかる。夕薙の視線は《墓地》の方にあった。私も釣られてそちらに視線をなげる。
「昨日の夜、《遺跡》の方から気配を感じたよ。ついに《遺跡》の封印が解かれる時が近づいているようだな。今夜にもいくんだろう?命を落とすかもしれない、あの場所へ」
「最後まで責任を取ろうって九ちゃんと決めたからね」
「君の任務は江見睡院の救出であり、すでに達成されている。九龍の後方支援はH.A.N.T.越しにでもできるはずで、ここに留まる理由は君の意思ひとつであるにもかかわらずか?いくら君が《アマツミカボシ》の先祖返りだとしても、《遺跡》の封印が解かれれば君がいてもいなくても同じだろう?」
「《タカミムスビ》がいなければ、ね」
「やはり懸念材料はそれか......」
「《黒い砂》に一度でも関わりを持った人間は《タカミムスビ》の捕食対象になるし、墓守と巫女は本能的に逆らえない。なら私が行くしかないでしょ?」
「君も墓守と似たようなものだろう?」
「オレはそうだけど、私は違う」
夕薙は苦い顔をした。
「そうだとは思っていたが......やはりそうか。いくら止めても君は行くんだろうな。その手で全てを終わらせるために。ただその方法が信用ならない。俺に会いに来たということは、同行していいんだな?」
「うん、よろしく頼むよ、大和」
「やれやれ......君は本当に筋金入りのどうしようもないやつだな......そのブレなさについてはもはや疑うのも馬鹿らしくなってくるが。しっかりやれよ、翔」
「うん」
「まさか、君がここまで信頼してくれるようになるとは思わなかったが。俺はずっと身勝手な理由で君の動向を観察していたというのに」
「それについてはお互い様だって前もいったよ」
「それでも俺が俺の目的のために君を利用しようとしていたことは変えようのない事実だ。運良く江見睡院を助けられたから良かったものの、もしあの時の会話がきっかけでなにかあったら俺は一生償いきれないトラウマを君に植え付けるところだったのは事実だ。済まなかったな、翔」
「私もそうだね。大和に現在進行形でトラウマになりかねない場所に連れて行こうとしてるわけだから」
「一緒にしないでくれ。それは君が生贄になろうという選択肢を止めればいいだけの話だからな?」
「え、そう?」
「そうだ。まあ、次もやらかそうとしたら、半殺しにしてでも止めてやるから安心してくれ。それが友達としてできる俺の役目らしいからな」
「あはは......あんまり痛くしないでね」
「保証はできかねるな......足の一本や二本、歩いたらすぐ治るんだから大丈夫だろう?君は《宝探し屋》なんだから」
「まさかのフレンドリーファイア予告」
「それくらい覚悟しないといけないほど君の狂気は強烈ってことだ。君を見ていて気づいたのは、結局のところ人間を縛り付けているのは自分自身にすぎないということだな。外的要因からは逃げられはしても、内的要因による問題からは自分が救いあげてやらないといけない。どうしようもなくなったら頼らないと君みたいになるわけだ」
「散々な言われようなんだけど」
「事実だから仕方ないな、諦めてくれ」
「あはは......大和って友達になった方がオブラートがなくなるんだね」
「君がわからず屋だから次第に言葉尻が強めになっていっただけだから安心してくれ」
「全然安心できない......」
夕薙は笑った。
「《宝探し屋》といっても色んな人間がいることがしれたのは一番の収穫かもしれないな。もし君が新たな任務に赴くその時は手伝わせて欲しいものだよ。せっかく助けてやったのに、あっさり死なれて人間性を失うのが癖にでもなられたらいたたまれないからな」
「そこまでポンコツじゃないよ、私。これが終わったらちゃんと治療する予定だから」
「ほう?それは初耳だな。ほんとにするんだな?」
「するよ......《ロゼッタ協会》からは撤退してさっさと病院いけって通知きてるし......」
「それが本当なら大丈夫そうだな。江見睡院が助けられた今、君が死んだらどうなるか分からないほど君は馬鹿じゃないはずだ」
「辛辣だけど事実だよね......うん、わかってる。わかってるよ」
「ほんとにわかってるかどうかは今夜わかるという訳だ。さて、なんの用があってここまで来たんだ、翔?」
「あ、そうそう、そうだった。父さんからあの門の向こう側について話を聞くことが出来たから、大和にも話しておこうと思って」
「なるほど。いい心がけだな、やれば出来るじゃないか。報連相は大事だとあれだけいってたんだ、いいだしっぺもちゃんとやらないとな」
「うん......そうだね......ほんとそうだね......あはは」
私は苦笑いするしかない。先を促され、夕薙に蛭子(えびす)について説明することにする。話を聞いていた夕薙は体をフェンスに預けた。
「話を聞いていると、あれか?九龍に正体がバレたのか?」
「まあ、話の流れでね。本当は気づいてほしかったんだけどなあ......」
「九龍にも得意不得意があるんだ、仕方ないさ」
「そうだけどさあ......」
「なあ、翔」
「なに?」
「九龍に正体を明かしたということだが、君はいつまで江見翔でいるんだ?江見睡院の治療次第だとは思うが、ずっとでは無いんだろう?」
「そうだね、《ロゼッタ協会》の任務次第だとは思うけど、たぶんそうだよ」
「なら君のハンターネームを教えてくれないか?九龍みたいに本名じゃないのは明らかなんだから」
「ハンターネームね、紅海だよ。紅海。紅の海。なんで紅海なのかは私も聞きたいレベルだから聞かないで」
「紅海?九龍がいってた過保護な担当者か?」
「うん、それも私だよ。あのメルマガの担当者ね」
「そうか......君はつくづく九龍に過保護だったんだな。いや、今の君の立場を考えたらある意味で納得だが」
「キャラ変わりすぎって言われたけどね。私もまさかここまで江見翔を演じ切る羽目になるとは思わなかったよ」
「ん?ということは、あのメルマガが君の地なのか?」
「さあ、どうだろう?なにも考えないままメールをうってたからね、私の地が出てるかもしれない」
「まあ、中身はどちらも同じなのは変わらないんだから、俺からしたらどっちでもいいんだがな。君はやるべきことを全力でやりとげようとする人間には変わりないわけだから。......そうか、紅海か。いずれその名前で君を呼ぶことが増えるんだろうな」
「連絡取る気満々だよね、大和。いつの間にか私のH.A.N.T.に連絡先登録されてるし」
「俺に荷物を預けるということはそういうことだろうと思っていたんだが違うのか?」
「違わないから連絡取れなくて焦ったんだよ」
「だよな、勘違いじゃなくてよかったよ」