虚人たち12

喪部銛矢は冷笑をうかべたまま、葉佩たちを見回す。

「で、キミの結論はなんだい?今ここで撤退を宣言してボクに見逃してもらう?それとも戦いの果てに仲間を失い、東京を邪神の海に沈めるかい?」

「........................クソッタレッ!」

「よりによってそれが答えかい?さて、そろそろ江見翔には死んでもらうとしようか。あの女には散々邪魔だてされたからね。すごく痛く殺してあげよう。泣き叫ぶ相手の顔を見ながら、殺す瞬間が、ボクは一番好きでね。誰だって殺されるのは嫌かもしれないけど、相手がボクで良かったじゃないか」

「喪部銛矢ッ!」

「そんな顔をしても無駄だよ。自分の肉が引き裂かれる音を聞きながらあの女は死ぬんだ。君たちがこの場から引き下がらない限り。さてどうするんだ?地上には君の助けを待つ仲間がいるんだろう?なあ、葉佩九龍」

「───────ッ」

「クククッ、聴こえるかい?まるで地の底から響くような音が───────。この音はこの《遺跡》に流れ込む氣がこのエリアに特別滞留している証さ。この部屋に入る前からこの辺りには巨大な氣が渦巻いているからね。この《遺跡》には所々龍穴から吹き出した氣を集める霊的磁場が特に強い所があるが、ここは最大規模だ。江見翔がいくら龍脈の恩恵をうけたところで、大量の魔力を使ったところで、プロであるボクには勝てない。だいぶ無理して精神力を使ったようだね。これ以上邪教の呪文が使えないようだ。これがどういう意味かわかるかい?これ以上戦いが長引けば術者たる江見翔は気絶する。そんな無防備なところに変生した化人が無数に襲い掛かったらどうなるか、賢い君ならわかるだろう?」

「それは......」

「それじゃああの女にお別れの言葉でも言うとしようか。ここがキミの《墓場》だよとでも。そろそろ葉佩九龍、キミの絶望する顔が見たくなってきたんだ。始めるとしようか」

喪部が瀕死寸前の《タカミムスビ》の落とし子を蹴り飛ばす。壁に叩きつけられた幼体は水風船のように割れてしまい、中に入っていたスライムが地面に吸い込まれてしまったのだった。

「彷徨う魂よ───────。さァ、ボクの呼びかけに答えて形を成せ。そして、あの女を食い殺───────」

「わかった」

「おい、九ちゃん!」

「九龍、本気かッ!?こやつがいうことが本当だとは思えんぞ!」

「......それが君の決断か、葉佩君」

「ここは引き下がろう、みんな。大和からメールが来てさ、マッケンゼンたちが変生して《魔人》になって地上は大騒ぎになってるらしいんだ。一般の兵士から変生したやつはともかく、マッケンゼンはやばいらしい。翔チャンに行ってもらわないとまずいんだ」

葉佩の言葉にキュエイの前哨戦を思い出した誰もが苦い顔をした。

「クククッ、いい判断だよ、葉佩九龍。引き際を弁えてこそ一流の《宝探し屋》だ」

「俺はあとから行くよ。先にいって」

「しかし」

「いいから早く」

「九ちゃ」

「早くっ!喪部の気が変わらないうちに、早くしろってば!翔チャン連れてはやく《遺跡》脱出しろ!」

葉佩の激が飛ぶ。納得いかない様子ではあったが、疲弊が蓄積していて明らかに精彩をかいていた仲間たちは強く言われると言い返せない。離脱し始めた仲間たちを見送りながら、葉佩は後ろに下がっていく。

「やはりこのボクが見込んだだけはあるね、ボクから生き残れたのはこれで2人目だよ。いずれも撤退の難しさをわかっていた」

「次はねーからなッ!」

「クククッ、しかも全く同じことをいうとはやはり似たもの同士だね、《宝探し屋》というのは。時諏佐慎也といいキミといい、《ロゼッタ協会》にはもったいない人材がまだまだいるとわかったのも大きいな」

「そうやっていっつもウチから引き抜きやがるよな、お前らは!」

葉佩は苦虫を噛み潰したような顔をしたまま洞窟まで後退する。

「《九龍の秘宝》は諦めるが、《碑文》はなくてもサンプルさえ持ち帰ることが出来ればある程度の実績は見込めるんでね。《遺伝子研究》が《九龍の秘宝》だと古代人は理解出来なくても我々は理解出来る。江見翔がいなければどのみち門は閉じられたままだ。ボクはここでサンプルを吟味してから撤退することにするよ」

葉佩の視界から喪部が消えた。研究所エリアに向かったことから発言は事実らしい。葉佩はいそいで仲間を追いかけることにした。

《遺跡》が揺れる。

「喪部の野郎、これ以上なんかするつもりかよッ!」

叫ぶ葉佩に返事はない。これが葉佩にとって生まれて初めての敗走だった。




「というわけだからさ。翔チャンには無理させて悪いけど、地上に出たら、また氣のバランスを正常化する術式頼みたいんだ」

葉佩と合流しながら地上を目指す道中で、江見は浮かない顔をしている。

「ごめん、九ちゃん......足でまといばっかで」

「そんなことないよ〜、翔チャンッ!そんな顔すんなってば。だいたい翔チャンがいなかったら喪部は交渉すら持ちかけてこなかったんだからさ〜。《遺跡》の化人はもとは人間なんだぜ?あいつらみんな《魔人》に変えられてみろよ、俺たち命いくつあっても足りないっての!」

「そうだ、翔。君は君にしか出来ないことをやり遂げた。それだけは自分を褒めてやらないと気力が続かないぞ」

「ジェイドさん......」

「精神力足りるのかよ、そもそも」

「うっ......そういわれると実は......かなりキツいかな......。最初みたいな大規模なのはもう無理そう。講堂まで連れて行ってもらわないと......」

「短期決戦だってよ、九ちゃん」

「了解ッ!」

笑った葉佩は殿をジェイドに任せて、化人の掃討をこなしながら先を急ぐ。

「みんなには悪いけどさァ、今回はど〜しても譲れなかったんだよ、俺ん中ではさ。ごめんな」

「そういう態度なら初めから謝るなよ」

「そうだぞ、九龍。怒りの持っていき方がわからなくなるではないか」

「あ〜、そっかァ。へへッ、なら今のなしッ。......う〜ん、頼れるやつらがいるって俺めぐまれてるなァ」

しみじみと葉佩は呟く。

「生きられればそれでいいやと思ってたこともあるんだよ。ごうごうともえている廃屋とか、言葉も通じない大人とか、曲がり角の奥たちこめる匂いとか。今でも夢に見る。子供が子供を育てて、子供が子供を殺して、子供が子供と子供をつくるんだ。今思い出すと不思議とどうしようもないほど怖くなる。やっぱり今の俺は恵まれてるよ」

その瞳の向こうにどんな風景が見えているのか、誰もわからない。それでも葉佩の背中をおいかける誰もがその背中を誰よりも頼もしく感じているのは事実だった。

そのまま誰もが無言で葉佩の後ろを追いかけた。記紀神話の常世の国の伝承のエリアを遡り、大広間にでる。《魂の井戸》に入り、自室と繋がっている亜空間から武器を補充して準備万端となったところで地上に出た。

黒い雪が吹きすさぶ中、講堂方面から《魔人》になりきれなかった鬼、あるいは妖魔の咆哮が鳴り響く。また爆発音がした。天井が吹き飛んだのか、空高くなにかが飛び出してくる。それが天井のパイプだと気づいた葉佩たちは顔をひきつらせるのだ。そして視線ははるか上を見る。葉佩たちのはるか頭上で巨大なヘリコプターが遠ざかっていくのが見えた。

「大和のいうとおり、無事な奴らはみんな逃げちゃったみたいだな。狙いはマッケンゼンだけか。よ〜し、気合いいれていこう」
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