夕薙は黒い雪が降り積る中、男子寮の自室に江見睡院を運び込んだ。
「おかしい......なぜこうも静かなんだ?《レリックドーン》の兵士の姿がどこにもない......」
自室に鍵をかけ、校舎に向かうと運良く篭城していた瑞麗先生たちと合流できた。男子寮に来てもらい、みてもらう。
「君もそう思うかい?私も疑問に思っていたところだ」
瑞麗先生はためいきをついた。
「通信機器が使い物にならないのはキツいな、まったく......。一応、ここにくることはメモを残しておいたが......」
「いつから兵士がいないんですか?」
「かれこれ数時間はみてないな」
「《生徒会》連中に講堂に来ないと生徒共々爆破するって校内放送してたあれですか」
「ああ」
「ふむ......」
「喪部銛矢の方はどんな感じだい?」
夕薙は一部始終を説明した。瑞麗先生は苦い顔をする。
「そんなに実力がある《魔人》なのか......まずいな......」
「まさか、マッケンゼンてやつもですか」
「ああ、幹部連中は人体改造を厭わないと聞いたことがある」
「......」
「まあ、君は休みたまえ」
「......はい」
「しかしだ、18年も《タカミムスビ》の落とし子の傀儡になっていながらよく無事だったな、さすがというか哀れというか」
瑞麗先生は江見睡院をみる。
「翔の楔がなくなりました」
「......まあ、そうだね。さスガにすぐ居なくなりはしないだろう」
「死ぬことに躊躇がなくなる」
「今回で準備してきた精神力が尽きてしまったからね、どうするのか注視しないとまずいのはたしかだな」
「有言実行以上のことをしようとするから困りますよ」
「いかんせん優秀すぎるからいけない」
その時だ。講堂の方から爆発音がした。弾かれたように顔を上げた2人は保健室の窓をあけて外を見る。
「......あれは」
もうもうと立ち上る黒煙。黒い雪をものともせず出現する新たなる妖魔の影。
「バカな、喪部銛矢は今ここにいないはず......」
「それをいうなら、氣のバランスを保つ役割をもつ人間が今なら誰もいませんよ」
「───────ッ!」
瑞麗先生の携帯電話に着信があった。
「通信妨害装置......体育館の方で爆発があったのか!?」
「それよりメールは誰からです?」
「まずい、温室からだ。いきなり《レリックドーン》の兵士が化け物に変わって奇声をあげてどこかにいってしまったらしい。《遺伝子操作》による洗脳で温室には近づけなかったようだから、自我はまだあるらしいな」
「まさか、喪部銛矢のやつ、仲間を初めから化け物にするつもりで!?」
《レリックドーン》のヘリコプターに兵士たちが隊列すら組まないまま殺到するのがみえた。まるでアリが獲物に群がるように我先にと入り込んでいく。あるいは校庭をつっきり、封鎖していたトラックの荷台を全開にして、我先にと入っていくではないか。
「......これは兵士たちは知らされていなかったらしいな」
「まるで軍隊として機能していないとなると......まさか」
「そのまさかかもしれんな」
「九龍に連絡してみます」
「ああ、そうしてくれ。私は江見睡院の容態が安定するよう準備しよう」
夕薙はメールを送る。
「待ってくれ、夕薙。今、夷澤からメールが来た。体育館にいた《レリックドーン》の兵士だけが化け物になったらしい。講堂はマッケンゼンがだそうだ。体育館の化け物はすぐに沈静化したそうだが、講堂はそうもいかないらしい」
「はやり......」
「ああ、喪部銛矢は、撤退する気だ」
「マッケンゼンを化け物に変えて......」
「このタイミングだ、初めから元に戻す気など微塵もないんだろうさ」
夕薙はメールを打ち終えると送信ボタンを押した。
「頼んだぞ、九龍......」
黒い雪は先程よりも勢いをまして降り続いている。
「かハッ」
「これで、終わりだ!」
葉佩の強烈な一撃が喪部の体を貫いた。血しぶきが舞う。引き抜かれかけた大剣は、スンデのところで止まった。みしみしみし、とヒビが入る。葉佩は舌打ちをした。喪部がその刃を掴んだのだ。
「まだ力が残っていたのか」
大剣の破邪の力に《6番目の少女》たちが付与した《力》が拡散する波動を伴って喪部に幾度も襲いかかったのだ。そこに玄武の水の《力》が加わり、さらに力較べに負けた喪部は途中から壁に磔状態で葉佩たちの猛攻を受けていた。再成速度を上回る破壊力にたしかにダメージは入っていた。そのはずなのだが喪部はまだ笑うのだ。
みしみしみし、と悲鳴をあげる大剣。おびただしい血が流れるのも構わず喪部はさらに力を込める。葉佩は本能的にやばいと思ったのかぬこうとした。
鉄が砕ける音がした。
「剣が......砕けやがった......」
「なんて力だ」
喪部は傷が広がるのも気にした様子はなく、じわじわと再生している残った指で剣の刃の残骸をひとつひとつ取り出していく。
「やれやれ......もう時間切れか......。残念だよ、もう少し遊んでいたかったんだが。ボクは少し勘違いをしていたようだな......。ここまで膠着状態が続いても門が開かないとは」
門に取り付けられている特殊な機械を見上げて喪部はそうボヤいた。
「なんだよ、もうお開きか?俺はまだやる気なんだけど?」
「ボクは《九龍の秘宝》を盗りに来たわけだけど、門のセキュリティについては《アマツミカボシ》の管轄でね。まさかここまで強固だとは思わなかったな......《鎮魂の儀》の封印を担当した物部よりセキュリティのクリアランスが上だとは......。てっきりあの女は《アマツミカボシ》の魂に1番近いから《天御子》が拉致したんだと思っていたんだが、魂そのものを《鍵》にしているとは思わなかった」
「なにがいいたいんだよ」
「つまりだ、ボクは間違えていたんだ。君たちより先にあの女を、いやあの人格をさっさと殺すべきだった。そうすれば《アマツミカボシ》の人格は覚醒したところで、体に馴染むにはタイムラグがあるからその前に殺しきれる。氣のバランスは崩れて変生しやすくなるし、クリアランスはあの女からボクに移行する。やられたよ、どうせ君のことだから直感でわかっていたんだろうがね、葉佩九龍」
「まさか翔チャンのことかよ!」
「まさかマッケンゼンがここまで弱いやつだとは思わなかった。もう変生するまでに追い詰められてしまうとはね......もう少しやるやつだと思っていたんだが買いかぶりすぎたか。所詮は現代科学の限界だね」
喪部の発言に水を差すようにH.A.N.T.がメールを受信する。
「ちょうどいい、見てみなよ、いいことが書いてあるはずだ。ついでだからここまで持ちこたえた君たちに特別に教えてあげるよ。今ここで江見翔が氣を正常化しているようだが、地上はどうかな?ボクは氣のバランスをおかしくする天候を操作する呪文をつかっている。それは術者の不在は関係なく発動し続ける。それがなにを意味するのか。なあ、葉佩?」
「.....喪部、お前ッ!」
「僕は一向に構わないんだよ?今ここで変生して、無防備な術者を殺して門を開いても。東京を《タカミムスビ》
で溢れ返しても」
「今更そんな挑発に乗るとでも思っているのか?」
「そうか、なら遠慮なく殺しにいくとしようか。忠告はしたよ」
喪部は高笑いする。葉佩は息を飲んだ。H.A.N.T.にきたメールを読む。そして口を開いたのだった。