虚人たち9

「君に聞く耳があるのなら、この死の恐怖から逃れることは出来ない」

喪部銛矢が詠唱をしながら、指で空中に正しく形を描いた瞬間に、くすんだ赤い色をしたその印が空中で輝く。印の邪悪な効果が表れるには時間がかかるのか、不気味な発光を繰り返している。喪部は不気味な呪詛を垂れ流し始めた。

「なんか知らないけど、発動前に倒せば問題ないからな!」

「できるものならやってみたらどうだい?」

葉佩は黄金銃を構える。そしてトリガーをひいた。

「クククッ」

「んなッ!?」

弾丸が空中で止まった。なにかが喪部と葉佩の間に存在している。ぶあつい何かがあるのは、その光源不明のあかりが煌めいたからわかったことだ。

「なんの装甲かは知らないけど、壊れないなら壊すまでだッ!」

葉佩は黄金銃を連射する。透き通ったような、ガラスの砕け散る音によく似た響きがあたりにこだまする。空中で静止する弾丸だが、少しずつ前に進んでいるようだった。楔がいくつも打ち込まれ、やがてヒビは大きくなっていく。そして。乾いた銃声が響き、その黄金色の弾丸は喪部の片目を撃ち抜いた。人間の姿であるとはいえ、祖神をおろしているからか、破邪の効果は少なからずあるようで内側から顔が溶解していくのがみえた。血が流れ、目を背けたくなるような有様になっていく。

「クククッ、ずいぶんと強引な突破方法だね」

「うるさいなあ、届けば同じだろッ!破邪が弱点ならこっちのもんだ!」

葉佩は黄金銃から白岐に託された大剣に武器を持ち替えると一気に喪部に詰め寄る。そして切りかかった。

「───────ッ!?」

「ずいぶんと舐められたものだね、常人が《魔人》に、しかも鬼の祖神を降ろしている《魔人》に勝てるとでも思っているのかい?」

葉佩は目を見開いた。その大剣は片手で受け止められてしまったのだ。もちろん体重がかかる分、生身で受け止めた喪部の腕には切り傷ができるのだが、じわじわと再生していくのがわかる。

「龍脈が活性化している今、君が勝てる確率なんてないのさ」

どろりと溶けていたはずの片目が再生していく。引き抜く指も溶けてしまうのだが、気にすることなく喪部は弾丸を床に放った。カランカランという音がする。ニヤリと笑った喪部は、手を伸ばした。

「九ちゃんッ!」

皆守があわてて葉佩を喪部から引き離す。大剣を蹴飛ばし、葉佩があわてて受け取った。先程までいた場所に転がっていた《タカミムスビ》の落とし子が一瞬にして粉微塵になってしまった。あたりに水風船が破裂したような飛沫が飛ぶ。

「どんだけ怪力なんだよッ!」

たまらず葉佩は叫ぶ。喪部は笑った。

「これが《魔人》を相手にするということさ。後天的に超人的な能力を獲得した君の仲間とは一緒にしないでくれるかい?この上ないくらいに不快だ」

「いつまでそのような世迷言を吐けるか、試してやろう」

「さっきの攻防が見えてなかったのかい?眼帯をしている目が悪いと世話ないね」

「勝手にほざいていろ。いざ参るッ!」

真里野は原子刀を抜いた。掛け声とともに打ち下ろすと、喪部が受け止めようとした腕は鞠のように飛んだ。

「なるほど、なかなか威力があるようだ」

真里野は一気に間合いに入ると喪部の体を貫こうとした。ただ、一突き。この小癪な笑みを浮かべているこの男のうなじをただ一突き突きさえすれば終わる。突き通した原子刀たちのきっさきがはいる手答えと、その柄から感じる身もだえ。そして太刀を押しもどす勢いで、あふれて来る血のにおいを真里野は覚悟した。そんなもの永遠にこなかったが。

「このッ」

真里野はまた攻撃をしようとした。喪部は避けない。超至近距離にもかかわらず原子刀が届かない。届いた時は掴まれた時だ。ダラダラと血を流し平然と掴みながら、挑発めいた顔で笑う。あしらわれていると悟った真里野は深追いせずに距離をとる。つまらなさそうに喪部はあくびした。真里野は切り落としたはずの腕が再生するのをみていることしかできなかった。

「君はもっと早く攻撃すべきだったな」

「なんだと?」

「集中力をあやうく途切れそうになったからね。そうすれば時間稼ぎができたものを」

「......?」

「邪神の洗礼をうけるがいい」

喪部が宣言したその瞬間に宙を浮いていた赤い刻印がこれ以上ないほど強く輝いた。

「───────ッ!?」

真里野たちは何が起こったのか全く理解できなかった。体の内側から凄まじい激痛が走るのだ。体の臓器という臓器が痙攣しているような錯覚を覚える。あまりの痛みに真里野たちは死を覚悟した。そのときだ。

どこからともなく鈴の音がした。

「そうはいきません」

「彼らは私たちが守ります」

葉佩たちの前に《6番目の少女》たちが現れたではないか。そして彼女たちは顔を見合わせて頷くなり、青い光で葉佩たちをつつみこむ。

「たとえこれが恐るべき邪神の力だとしても」

「肉体をもたない私たちには効果はないから」

「引き受けます、その痛みを」

「苦しみを」

「どうか......」

「どうか......」

「この呪詛はあまりにも危険すぎます」

「それでも......どうか......」

葉佩たちは体の異変が消えたことを悟った。喪部はその様子を見て感心したように笑った。

「準備のいいことだね、シュド·メルの洗礼を受けて生き残った人間を見たのはこれが初めてだよ」

喪部はいうのだ。

「この呪文は印から10m以内に居るものは、例外なく惨たらしい死を迎えるのさ。体が揺れ痙攣し、内臓や血管が引き攣り、激痛のままに死んでいく。30m以内にいる者は、即死攻撃を免れるが、それでもなお赤い刻印が輝く度に体のどこかが死んでいく。30mより遠くへ離れていれば、何もダメージを受けない。 壁など不透明な障壁の後ろへ移動すれば、印の効果から逃れることができる。まあ、こんなに狭い区画じゃこの場にいる人間は全て死に至りかねなかったんだが」

「喪部......お前もただじゃすまないじゃないか」

「フフフッ、再生能力の秀でた《魔人》にはデメリットにすらならないよ。面白くなってきたじゃないか。江見睡院みたいに死にはしないけど、抵抗もろくに出来ないなんてやはりつまらないからね。少しくらいは楽しめそうじゃないか。期待どおりだ」

喪部は先程の呪文により内側から弾け飛び、なおも苦しみ続けている《タカミムスビ》の落とし子をみていうのだ。

「哀れだとは思わないかい?いくら助けを乞うても門は開かれない。門が開かれたとしても、自分を貪り食われる運命しか待ち受けてなどいない。生まれた時には死にたくない一心で逃げていたというのに、今はこうして必死で逃げるしかないのさ。奴隷種族を模倣して作られた哀れな生命体が身の程知らずにも自我なんか持つからだ。それも所詮はとりこんだ人間の模倣に過ぎないというのに」

《6番目の少女》たちの加護により、恐るべき呪文を無効化することに成功した葉佩たちは講釈垂れている喪部にふたたび戦いを挑む。

だが、《魔人》たる余裕からか、その全てをいなしながら喪部は笑い続けている。一撃一撃が重すぎて回復がおいつかない。こちら側の攻撃は龍脈の加護を受けた《魔人》ゆえの驚異的な回復能力ゆえに一定時間すぎるとすべて無効化されてしまう。やはり、過剰なまでの攻撃しか効果がないと判明したため、葉佩は遠距離攻撃を諦めた。

「ようやく来るかい、葉佩九龍。さあ、おいで。遊んであげようじゃないか」

「言わせておけば勝手なことばっかいいやがって!いいぜ、その挑発受けてたってやるよ!」





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