虚人たち8

手掘りの洞窟を抜けると、突如として広い空間に出た。巨大な門である。その奥には奇妙な装置が設置されていた。その先こそが《タカミムスビ》の落とし子が産み落とされ続ける場所であり、直接被害を受けないように空間と空間を繋げる不思議な術式が施されている。この門の先は《タカミムスビ》がいるどこかに通じているのだ。まさに神話的な魔道と超古代テクノロジー、古代の超科学技術が見事に融合した産物と言えた。

そして、その横に伸びる通路の先に場違いなほどの光源が漏れていた。

その先を行くと《遺跡》の中とは到底思えないような近代的な設備が姿を表した。この広い空洞はどうやら《遺伝子研究》の中核を担っていた実験室のようだ。
 
大きな装置が所狭しと並べられ、動力源不明の原理で今なお稼働を続けている。溶液に満たされた無数のポッドの中には目を背けたくなるような陰惨な実験内容を垣間見ることができる。

巨大なテーブルに直接置かれたガラスケースの中には無数のシャーレがある。中には《タカミムスビ》の落とし子の細胞が培養されているようだ。幾重にも積み重ねられており、大小さまざまなビンがある。いずれも《タカミムスビ》の落とし子のサンプルがホルマリン漬けになっている。保温器、冷蔵庫、発電器などが整然と並べられている。

驚くべきことにこれは最先端の理化学研究所の一室ではなく、1700年前の大和朝廷の時代に作り上げられた《遺跡》にあるのだ。

「なんだ、もう終わりかい?ボクは変生すらしてないんだが」

そこに喪部銛矢の姿があった。

変生は、他の物に成り変わること。特に、仏の功徳によって女子が男子に、男子が女子に生まれ変わることをいう。氣を陰気と陽気のバランスが外的要因によってくずれ、陰気が過剰になることで姿が変わる。本来自分で操作することは難しいのだが、喪部銛矢は生まれながらにして氣を操作して自ら変生できる魔人だった。広範囲に及ぶ操作が可能なのは、神道に通じているためだ。

「つまり、《魔人》にならなくても《宝探し屋》の成れの果てである君がボクに太刀打ちできるわけがないってことさ。君をより相応しい姿に変えてやろうじゃないか、なあ江見睡院」

喪部銛矢は不敵に笑う。

「ぐッ───────」

「《タカミムスビ》の落とし子にすぎない君は逆らえないはずだ。本能により絶対に。この僕に。創造主に」

「グアッ」

「哀れなものだね、いもしない息子を盲信して」

「何を言って......」

「泣かせるじゃないか。《タカミムスビ》に取り込まれた君ならわかっていたんじゃないのか?庇えたのは命だけだ。《遺跡》の最深部から地上までどれだけ距離があると思ってる」

「やめろ......」

「身ごもった女が子供ともども無事なわけがないと」

「やめろ」

「あのとき、生贄になったのは我が子だと。愛した女を頭から食らっておきながら、それを信じきれずここまでくるなんて滑稽だ」

「なにを......嘘だ......嘘に決まってる!そうじゃなければ、なぜ翔はッ!」

「嘘じゃないさ。《ロゼッタ協会》がどんな組織なのか知らないわけじゃないだろう?」

「くっ......」

「ボクに言わせれば赤の他人だというのに、君を救おうと懸命なあの女の方が不気味だがね。まあ、君の愛した女の残した魅了にかかっているようだから、ある種の自己暗示かもしれないね」

「..................」

「ああ、中途半端に正気なのはいっその事哀れだね。理性はひび割れているのに強靭な精神が狂うことすら許さない」

江見睡院を足蹴にしていた喪部はふと辺りを見渡した。

「氣の流れが......。ボクを祓うつもりか?」

「......?」

《いあ、いあ》

「まさか......翔なのか?」

喪部の揺さぶりにより精神が不安定になりつつあった江見睡院は少しだけ目の光がやどった。なにをしてでも助けると言い続けてきた少年の声なのは事実だった。安心している自分とは裏腹に《遺跡》に響き渡る不気味な賛美歌に体の震えが止まらなくなる。自分ではない。自分の中にある何かが悲鳴をあげているのがわかる。

《時空を越えし彼方なるものよ》

「......ボクじゃないのか。ではいったい......」

《自存する源たる全なる神よ》

「《遺跡》の龍穴から吹き出す氣を全て使い切るつもりなのか?それだけ大規模な呪文?射程は......」

《門を開き、頭手足なき塊を連なる時空へ廻帰したまえ》

喪部はなにかに気づいたのか目を丸くした。

「正気なのか?江見睡院の人格と切り離すということは、ストッパーを無くすも同然なんだぞ!」

《大いなる時の輪廻の果てに、帰するために》

「日が上っても安息の時間がなくなる。それがなにを意味するのかわかっ......」

《ふんぐるい なるふたあぐん》

「クククッ、なるほど。それほどこのボクの邪魔がしたいらしいね」

《んぐあ・があ ふたぐん いあ! いあ!うぼさすら!》

「いい度胸だ」

江見睡院に変化が訪れた。吐き気がするのだ。体のありとあらゆるところから異物を吐き出したくてたまらなくなる。耐えきれなくなった江見睡院は崩れ落ちた。

糸の切れた人形のように崩れ落ち、あらゆる所から白っぽいものがゆっくりと這い出してくる。その姿はウナギやミミズに似ていた。鱗の無いぬめりとした表皮は、まるで皮を剥かれたかのように血管の浮いた薄ピンク色をしており、巨大な身体を軟体動物のようにぶよぶよと動かしながら、怪物は水面に鎌首を持ち上げる。それは擬態を失った出来損ないだった。
 
「なるほど。これが《タカミムスビ》の落とし子の本来の姿か。ずいぶんと軽率なことを......」

喪部銛矢は冷笑する。怪物の牙は喪部の肩をかすめ、危機一髪のところで逃れる。肩に深い傷を負う。服の袖口は裂け、血が流れる。怪物の口にくわえられ、地面に一度叩きつけると、次は川の中へと放りこんだ。その怪物の行動は、まるで鳥などが捕らえた魚に止めを刺す仕草そのものだ。だが、そうはならなかった。

「学習能力がない虫けらが。ボクが誰かわからないようだな」

喪部は冒涜的な響きをもつ呪文を唱えはじめた。

すると、《タカミムスビ》の落とし子が苦しみのたうちまわりはじめた。柔らかい皮膚を破って、血管や内蔵が痙攣しながら飛びだしてくる。内臓が激しく痙攣して激痛を身体が襲い、筋肉や血管が膨張、破裂しはじめる。《タカミムスビ》の落とし子は逃げ出そうとする。完全に能動的な行動をとることができなくなっている。

「さあ、逃げろ。そして門をあけて助けをこえ」

呪文の影響を受けずに喪部に近づくことが出来なくなった《タカミムスビ》の落とし子はひたすら門を目指した。喪部はその先を歩いていく。

その呪文は喪部にも深刻なダメージを与えるはずなのだが、そんな恐るべき呪文の範囲内を平然と歩いていく。一歩歩くごとに、その肌が裂け、肉片が飛び散り、血が噴き出すが、その傷は見る見るうちに再生していく。

「───────?」

喪部は眉を寄せて辺りを見渡した。門に《タカミムスビ》の落とし子がすがりついているというのに、門が微動だにしないのだ。

「氣が......。ああくそ、またあの女ッ......」

忌々しそうに喪部がつぶやく。《魔人》へ変生するためには、どうしても《氣》のバランスを意図的にくずして《陽氣》より《陰氣》を過剰にしなければならないのだ。それを正常化されてしまうと自分で自分の氣をコントロールできる喪部はともかく、呪詛によりその性質を無理やりねじ曲げるやり方は通じなくなる。

「なるほど......だからあれだけ桁外れな氣を奪いとったわけか、いい度胸だ」

喪部は足元に群がる《タカミムスビ》の落とし子たちを踏み潰す。どれもこれも、ひとつとして同じ姿のものはない。節足動物、軟体動物、魚類、両生類、比較的下等な生物の形に似たものが多く、共通して体色は半透明のピ ンク色をしている。

おぞましいことに、どの落とし子たちも江見睡院の体の一部を持っている。江見睡院の遺伝子情報を組み込んだ新たな生命体を《天御子》なきあとも作り続けていたのだ。

そいつらを蹂躙しながら喪部は門に向かう。

「やはり来たようだね、葉佩九龍。いいだろう、君がその気なら殺してやろう。このボクが直々にね!」
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -