虚人たち4


「Sniam set ertne tse nitsed not,Sniam set ertne tse nitsed not......」

一分間の呪文が終わる。私の中の大切ななにかが失われる気配がしたが、さいわいまだ私の正気度は保たれたままである。要求される魔力は霊地であるこの《遺跡》の恩恵をうけることで常人では成し得ない量を確保することに成功した。H.A.N.T.を起動してみる。

「7時間か......それだけあれば充分だよね」

いくら長期戦でも膠着状態でもそこまで時間がかかるとは思えない。私は深呼吸した。

「待たせたな、翔」

「来てくれてありがとう、大和」

「む......?またなにかしたのか?」

「まあね。これから喪部銛矢がいるであろう階層まで降りるわけだから。お守りだよ、お守り」

「そうか......ならいいんだが......。やはり慣れないな、その邪教由来の《力》は」

「《如来眼》は見ることに特化した《力》だからね。私が私を守るためにはこれに頼る他ないんだ。銃火器だけじゃ心もとない」

「龍脈の恩恵を受けているのは君だけではないんだ。喪部銛矢もそうだろう。過信は禁物だ」

「わかってるよ。さあ、いこうか」

私は夕薙に《遺跡》に続く縄ばしごを指さした。

「大和にはお世話になろうとは思ってたんだ。《生徒会》関係者じゃないし、精神的な耐性もあるしね。なにより友達だ」

「そう思ってもらえて光栄だ。それにしても、九龍はいいのか?次の区画には一緒に潜る約束をしてたんだろう?」

「そのつもりだったんだけど、こんなことになっちゃったからね......。阿門には私がどうするか伝えてあるから、きっと伝えてくれるはず。合流出来たらいいけど、できなかったら仕方ないよ」

「そうならないことを祈るばかりだな。それにしてもその姿の君を見るのは5ヶ月ぶりだな」

「そうだね、私もここまでフル装備になるのは久しぶりだよ」

「まさか九龍より先に《遺跡》を攻略するつもりなのか?」

「違うよ。別の経路から最深部までなら踏破したことがあるから、その先を目指すだけ。どうやら私は無自覚のうちに《如来眼》の力を使っていたみたいなんだ。歴代の《宝探し屋》が開拓しては《生徒会》が潰してきた経路を辿ってきた。それが魂の安置所だったとは知らなかったけどね」

夕薙と巡る《遺跡》の回廊は、いずれも《生徒会執行委員》の思い出から派生した化人が出現した場所と繋がっており、今はかつて担当していた区画と繋がっているのがわかる。

「なるほど、大気の流動を感知できるというわけだ」

「今の私に隠し通路は通用しないからね」

眼鏡を外し、《如来眼》を発動させた。

「本当にそれだけか?」

私は足を止めた。

「誰だ」

「ジェイドさん......」

「なぜ彼がここに?たしか、《ロゼッタ協会》の関係者だと九龍から聞いていたが......。翔、君がよんだのか?」

私は首を降った。

「《如来眼》を始めとした数多の魔眼の源流がこの《遺跡》にあるとは僕も知らなかった。だから興味深くてね、連れて行ってはもらえないか?《アマツミカボシ》というこの《遺跡》を作り上げた研究者のパスコードは今なお健在なようだからね」

「えっ、そうなんですか」

「ああ、やはり無自覚だったようだな。来てみて正解だったよ。君は今から江見睡院を救いにいくんだろう?だがあれだけ大規模な悪魔祓いに氣のバランスを正常化させる術式を長時間発動しておいて、精神力や魔力は足りるのか?」

私は顔をひきつらせた。

「やはりな」

「翔、お前......」

「仕方ないでしょ......まさか喪部銛矢がここまで本気で潰しにかかるとは思わなかったんだよ......」

「という訳だ」

夕薙の視線が痛い。

「《長髄彦》が託してくれたオーパーツ駆使すればギリギリ足りたからさ......」

「ギリギリで足りた試しがないがね。《タカミムスビ》を解放しようとしている喪部銛矢が妨害しないわけがないだろう」

「あはは......」

私は肩を落とした。

「なんで今更でしゃばってくるんですか......今までなんにもしてくれなかったのに」

「バレたら無理やりにでも撤退させようとするだろうと僕達になにひとつ教えてくれなかったのはどこのどいつだ」

「うっ......」

「たしかに僕は君に彼の体を託したが、体さえ無事ならそれでいいと言った覚えはないぞ。イスの力を借りれば死に戻りができると皮算用しているようだが、君の精神がまともでいられると思ったら大間違いだからな」

「おい、翔。それはいったいどういう......」

「やはりな、夕薙君に詳細を伝えていなかったのか......君ってやつは......」

ジェイドさんが夕薙に私がわざと伏せていた精神交換の意味とバックアップの意味を発狂しない程度のニュアンスでばらしてしまった。

「すでに後戻りできない状況なのはなにも変わらないじゃない。私はすでに時間旅行したあと、イスの力を借りないと猟犬に追っかけられることになるの。イスには逆らえないし、逆らう気もない。今の状況から隠れても《天御子》に見つからないか一生怯えてくらさなきゃいけなくなる。そっちの方が私は嫌なの。私の世界にはなにひとつ、私を守ってくれるものはない。私がみんなを守らなきゃならなくなる。それくらいなら帰るのは、全部終わってからだって決めたんだ。私は私がすべきことをするだけなんだから」

「強烈な強迫観念の正体はこれか......ようやくわかった。君はどこまでも死にたくないだけなんだな」

「最初からそういってるでしょ。助けてもらいたいけど、助けてっていってる場合じゃないんだから」

「......できるなら、もう少し僕に話してほしかったんだがな......」

「ジェイドさんは忙しいじゃないですか。私だけに構ってる暇はないはずです」

「否定できないが、これだからな......。《如来眼》について教えているのに師匠の話は聞きやしない」

ジェイドさんはため息をついた。

「こうしてみると、本当にこの《遺跡》は逆さピラミッドなんだと実感するな」

「そうだね」

「ところで、翔。よかったのか、阿門に《ロゼッタ協会》からの情報を直接流してしまって。九龍を経由した方がよかったんじゃないか?」

「君らしくないな」

「あいつらが来たら通信手段が絶たれるから仕方ないよ。時間がなかったんだ。江見睡院のH.A.N.T.に連絡がきたといえばどうにでもなるよ」

「君にしては随分と思慮が浅いな。さすがに九龍君より先に情報が来るのはおかしいと気づく人間は気づくんじゃないか?」

「それでも構わないですよ。今から問いただせるような時間は残されていないのだから。情報漏洩やらかした奴に直接渡すより保護者経由で渡せって指示がきたからとでもいいます」

「九龍は誤魔化せるかもしれないが察しの良い人間には通用しないんじゃないか?」

「どうだろうね。よりによって《レリックドーン》に最前線のサイバー装置たるH.A.N.T.の情報を抜かれたうえに、ネットワークを掌握されかけたんだ。未遂に終わったとはいえ、クラッキングまで仕込まれましたとなれば、最悪どれだけ甚大な被害がでたと予想できる?《ロゼッタ協会》は今、必死でリカバリーに追われていて、こちらへの支援もままならない。だから強制的に撤退にならずにすんでるわけだけどさ」

「詳しいんだな......」

「九龍の通販サイトをやってるのになぜそんなことを?」

「ああ、大和。それはね、ジェイドさんは共同経営者にネット関係は委託してるんだよ」

「そうなのか、適材適所だな」

「......イスはそんなことまで情報を渡していたのか、侮れないな。たしかに事実だが」

「精神交換前の私がそういう業界に身を置く人間だったのもありますけどね。《ロゼッタ協会》情報局には心底同情しますよ。H.A.N.T.のネットワークは基本的に同じサーバやサービスを利用している以上、一から全部新しく構築しようと思ったら技術班は地獄を見る?だから喪部銛矢には全部バレてると思って行動してきたんだ、私は」

「まったく......なぜそういうところばかり慎也と似ているんだろうな、君は」

「精神交換自体は魂の性質がよく似た人間同士じゃなければ上手くいかないからじゃないですか?」

私の言葉にジェイドさんは苦笑いした。

「そんなに似ているのか?翔と時諏訪慎也は」

「ああ。いつだったか、運命というものは本当にあるのだろうかという話をした時のことを思い出すよ」

目的の区画までまだまだ先だが、《タカミムスビ》の堕慧児は最深部付近から動こうとしないのが観測できた。喪部銛矢がそこにいるのはわかっている。そのことを伝えると2人は雑談に戻った。

時諏訪慎也は、当然あると答えた。《宿星》に抗おうとしていながらそんなことをいうものだから、ジェイドさんは聞いたらしい。

「運命っていったいどういうことだ?もし運命がその人の全てを決めるなら、≪努力すること≫になんの意義がある?」

「手相には運命線、愛情線、事業線なんかがあるだろ?この手をまっすぐ伸ばしてオレの真似をしてみてよ」

「?」

「こぶしを握った?」

「握ったが......」

「翡翠の運命線はどこにある?」

「僕の手の中だな」

「運命はどこにある?」

「......僕の手の中にあるといいたいのか?」

「そうだよ。他の人が翡翠に何と言おうと、それがたとえよく当たる占い師の先生だったとしても。翡翠の運命は翡翠の手の中にあるのであって、他人の口から出てくる言葉じゃないんだ。そしてそれが運命というものなんだよ。握りこぶしを見てみて。翡翠の運命線は握りこぶしの中からほんの少しだけはみ出してるだろ?握りきれていない部分があるだろ?それが何を意味数かわかる?運命の大部分は自分の手の中にあるけど、ほんの一部のみが天が把握している部分なんだ。だからオレは《宿星》もそうであってほしいだけなんだよ」

そういって彼は笑ったそうだ。

「なるほどな」

「えっ、今の話のどこに私と似てる要素があったの?中学生とは思えないくらいしっかりした子じゃない」

私の言葉にジェイドさんだけじゃなく夕薙まで苦笑いしはじめた。なんでだよ。
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