虚人たち5

葉佩たちは図書室に籠城している真里野と会うことができた。

「《生徒会》に加勢しなくてもよいのか?」

葉佩に《遺跡》にきてくれるよう要請された真里野は少し戸惑いがちにいう。

「それは心配してないよ、阿門たちに任せる」

真里野のいる図書室に向かう道中で、潜伏して状況を把握するための情報収集に徹していた葉佩は、総合的に判断して決断を下したのだと説明する。《ロゼッタ協会》でサバイバルや対人の訓練をうけている《宝探し屋》は、極めて冷静にどこを狙って攻めれば統率が崩れるか知っているのだ。

「《レリックドーン》の一般兵士は特殊な《力》を持たない普通の人間みたいだ。マッケンゼンみたいな幹部ならそれなりの《力》があるんだよ。つまり、幹部連中を落とせばいけるって阿門は考えたんだと思う」

「ふむ......」

「阿門は墓守の一族として《遺跡》を守る使命を遂行しているだけで、無差別に人を傷つけるような人間じゃないのはよくわかってる。強い自制心をもってるから任せていいと思うぜ。強大な《力》をもつってことは、相応の自制心がなければ破滅するしな」

「なるほど......九龍がそこまでいうのなら、もう一人の幹部である喪部銛矢の討伐にいくとするか」

こうして葉佩は皆守と真里野をつれて《遺跡》に潜入した。大広間にはすでに11番目の東南東の扉があいていた。

「おっかしいなァ......。新しい区画の扉があいてるけど、ギミック突破された形跡がないなんて」

「......なら別のエリアにいるんじゃないか?」

「いんや、そうはいかないみたいだよ、甲ちゃん。《魔人》の反応があるのは、この区画の最深部だ。しかもギミックを解放して、魂の霊安室の隠し扉を見つけないといけない場所みたいだ」

「......つまり、このエリアを踏破しないと先に進めないってことか」

「そういうこと」

「もし阿門が管轄しているエリアだとするならば、九龍......これは謀られたのではないか?倒すべき敵がいなければその回廊にはいけないのだろう?」

「詰んだ状態ではないと思う。現に喪部銛矢はその先に行けずに留まっているわけだし。このエリアを踏破しなきゃ進めないみたいだ。ま、あそこまで行けたのは《ニギハヤヒ》のパスコードが有効だったからかもしれない。俺たちはいつもみたいに進むしかないな」

「なるほど、あいわかった。用心して進むとしよう」

「......ああ、わかった」

《遺跡》の中は異様なほど静かだった。化人はいるし、ギミックやトラップもあるのだが《レリックドーン》の兵士がひとりもいない。まさか喪部銛矢ひとりなのだろうか。そんなことを思いながら葉佩たちは化人の猛攻を斥けながらエリアの最深部を目指す。

このエリアは常世の国がモチーフのようだ。それは海の彼方にあるといわれた桃源郷だ。古代人は不老長寿とあらゆる富にあふれた理想木だと信じ、アテン神官の末裔たちは海の彼方にある祖国のエジプトを夢見たのかもしれない。

だが、常世の国とのイメージとは程遠く、《長髄彦》を呪われし存在として地の底に葬るという目的のためか、桃源郷よりも黄泉国や根の国、またの名を地獄というイメージなのかもしれない。

常世の国は海のはるか向こうにある未知の国である。そこに《長髄彦》を流してしまえという呪詛を葉佩たちは感じ取ることが出来た。

「あーやだやだ、《長髄彦》の墓室があったのは呪術をかけるためかよ〜ッ!そこに巫女たちのミイラを生贄にして?どんだけ残虐非道なんだよ、《天御子》!そんで弱体化させた《長髄彦》を常世の国にってか?」

「ふむ......このエリアだけ他の神話と繋がらないエピソードなのはそのためか?」

「記紀神話に散らばってる常世の国のイメージをかき集めて作ってあるんだよ、きっとな」

そこは終始、常世の国にまつわるエピソードをモチーフにしたギミックだらけの溶岩のたぎるエリアだった。

「今までと雰囲気が違うなあ。ここも《封印の巫女》がいってたあらゆる環境での実験場だったのか?もしかして」

「ふむ......たしかに極寒の地や砂漠の地など様々なエリアがあったな。ここは灼熱の大地といったところか」

「モチーフは常世の国かァ」

「死者の国だな」

「いよいよって感じだ。よしいこう」

葉佩はいつもの調子で2人を先にうながした。だんだん口数が少なくなってきていた皆守だったが、最終エリアに到達したとき、意を決したように口を開いた。がらんどうな区画で葉佩はいつものように笑っている。

「......なあ、九ちゃん。九ちゃんには家族はいるのか?」

「家族?いるよ?香港の刑務所にいる兄ちゃんがひとりね」

「刑務所?」

「知ってる?香港てさ1993年に死刑が廃止されて以来、中国に返還後も死刑制度復活してないんだ。まあ、いつまでかはわからないけどね、中国の影響も強まっていくだろうし」

「......それだけ重罪をおかしたのか」

「そうだな〜......弟を救うためとはいえ、ちょっとやりすぎたってよく言われるよ」

「?!」

「中国なら死刑だっていわれた」

「......そうか」

「でもさ〜、九龍城って麻薬の温床だったんだ。一度どっぷり溺れて二度と浮き上がる気すらないような人間がまともになることなんて絶対にないんだよ。そこから俺を救い上げてくれたから、俺は誰がなんといおうと兄ちゃんは兄ちゃんだと思ってるよ」

「......九ちゃん、もしかして、學園祭のあれは実体験なのか?」

「あ〜、そんなこともあったっけ?懐かしいなァ。しかし、なんでまた突然?」

「いや......どんなやつにも家族はいるんだなと思ったんだ」

「そりゃそうだろ、親がいなきゃ子供は生まれないよ。どんなに屑な親でもね」

「......」

「甲ちゃん?」

「手紙が来たんだ」

「誰から?」

「......あの教師の遺族から」

「......そうなんだ」

「あァ......俺はなにひとつ覚えちゃいないが、たくさん思い出が書いてあった。聞いてくれるか」

皆守は感情を押し殺しながら話し始めた。

かつて皆守はいつも周りでトラブルを起こしてばかりの生徒だった。それはこの學園に入学してからもかわらず、なにを考えているかよくわからないと教師や生徒から怖がられていた。その目が不気味だといわれたこともある。乾いた、底が見えない目をしていると。

《生徒会》と無関係なため教師たちが目をつけやすい問題児だったこともあるのだろう。1年生の二学期にはとうとう退学処分が下りそうになったこともある。

「よく言うキレやすい若者、無軌道な若者、そんないい方をしやがる連中だった。そういう奴に限って学生時代に俺と似たような問題起こしてる癖にやんちゃだとかなんとか言いやがる。下手したら他の生徒の一生狂わせたくせに変に記憶を美化して、いい時代だったのにお前はってな。俺からすりゃ本当にそうだったのか?っていいたかった。だってそうだろ?何をしたいのか、何になるべきなのか、自分はいったいなんなのか、漠然とした不安をかかえながら焦燥感だけがあるんだ。なのに俺の周りには話を聞いてくれそうな大人はいなかった」

「未来の可能性への不安てやつだね。選択肢の多さはいつだって人を迷わせる。進むべき方向性もわからないのに、ただ時間は流れていく。そりゃ、誰だって不安だよ。濃霧の中を携帯やライトもなしに歩くようなもんなんだから」

「あァ......九ちゃん......あのとき、お前がいてくれたら俺は......おれは......」

皆守は言葉に詰まりながらも必死で言葉を紡いでいく。

「普通は大人になるにつれて、進むべき道や目標が定まってきたら、だんだん落ち着いてくるんだろう。でも、俺はそうじゃなかった。いつまでたっても満たされることがない不安や焦燥感を抱えたままだった。未来なんて見えるはずがなかったんだ、居場所がなかったから」

「居場所かァ......」

「ああ......見て見ぬふりをして生きていければ楽だったんだろうが、俺はそれが出来なかった。我慢出来なかったんだ」

「そこに、あの人が現れたわけだ。甲ちゃんのことを何かにつけて気にかけて、庇ってくれたらしいラベンダーの香りを漂わせるあの人が」

「......俺は未だにその存在を実感できないでいるけどな」

「甲ちゃんがラベンダーないと落ち着かないのも、きっと居場所になってくれたことがあるからなんじゃないかなァ」

「......そうだな」

「甲ちゃん?」

「......それが、俺にとっては我慢が出来なかった。怖くなったんだ。だから、俺は......」

「頭痛そうだけど大丈夫か?温室でなにがあったのか、思い出した?」

「いや、思い出せない。なにひとつ。でもわかるさ......あのときの俺が何をしようとしたのかくらいは」

「......」

「何度も話しかけてくれたり、一緒にいてくれたり、笑いかけてくれたりしたんだろう。九ちゃんみたいにな。だが、あのときの俺は居場所を奪われるわけにはいかなかった。俺を薄皮一枚で支えてくれた居場所を。その結果があの温室の最期だったんだろう。それだけはわかる」

「皆守......お主、まさか」

「真里野」

「九龍......しかしだな」

「言わせてやって。甲ちゃん、それだけ必死なんだから」

「......わるい」

皆守は葉佩をみた。

「その居場所ってのは、今でもかわらない。今の俺にとっては九ちゃんの隣が居場所だとしても、あのとき俺を生かしてくれた場所だっていう事実は変わりない。俺は阿門に借りがある。それを今ここで返さなくちゃならない」

「皆守ッ、今このタイミングでそれを言うのかッ!?なにを考えているッ!」

「今だからだ、真里野。九ちゃんは俺を倒さなくちゃ先に進めない。なら戦うしかないだろ。いつか来るとわかっていたことだ。俺だってこんな形で戦いたくはなかったが、これも運命ってやつだ、諦めろ」

「甲ちゃん」

「ここの相手はこの俺だ」

「それが甲ちゃんの出した結論なんだな?」

「あァ、そうでなけりゃ俺も九ちゃんも先に進めないだろ、色んな意味でな」

「そうだな」

「九龍......」

「そういうことなら全力で行かせてもらうぜ、甲ちゃん。隣でずっと見てきたくせに勝てると思われてたなら心底心外だけど、自分から向かってきてくれたことに敬意を表して」

「奇遇だな、九ちゃん。俺も今同じ気持ちだ」

「じゃあ、始めようか」
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