「待っていたわ......。あなたに逢いたかったわ。この子も......あなたに逢いたがっていた。きっと、その瞳ね。あなたの瞳に映る自分の姿を見て、この子は感じたのでしょう。あなたなら、自分を救い出してくれるだろうと」
ふいに気配がしたかと思うと、そこには双子の少女が立っていた。
「この《墓》を目覚めさせようとしている者たちの意思によって、眠りは妨げられてしまった」
白岐はつづける。
「この子たちもまた、かつて《封印の巫女》として、この少女の祖先の一部だった存在。この子が《巫女》としての血をうけ継いできたように彼女たちもまたはるか昔より《墓》と共にこの学園を見守ってきたのです」
「お見せしましょう」
「本来の私たちの姿を」
2人の姿がみるみるうちに姿を変わっていく。双子の姿が2つの勾玉に変わり、白岐に寄り添っていく。白岐の姿が白い装束に身を包んだ巫女の姿となった。
「同じ、だな」
「埋葬されてたミイラが着てた衣装とまるでおなじだ」
「葉佩九龍───────。私は今まで、あなたの活躍を、この子や双子の瞳を通してずっと見てきました。あなたには、強い運と運命を切り開く才能があるのですね。それこそが、あなたが、ここまで進んでくることが出来た理由───────。恐るべき《力》
を持った存在がこの《墓》に封印されている存在を無理やり目覚めさせようとしている今、一刻の猶予もありません。少女の血と共に受け継がれた記憶と双子が見てきた光景が交わった時に示される真実......この国の血塗られた歴史をあなたに託したいと思います」
「俺達が調べてきたことがあたってるかどうか、答え合わせができるってわけだ。聞かせてくれ」
「やはり、私が───────、そして、この子が見込んだだけのことがある人ですね。あなたなら、そういってくれると思っていました。誰でも本当のことを知るのは怖いもの。真実を知るということは、隠されていたものが見えるという事です。それは空に浮かぶ雲の向こうに輝く太陽の眩しさであったり、濁った湖の底に蠢く不気味な目であったり。知らなければ平穏に過ごせるかもしれないという恐怖が人を真実から遠ざけてしまう。けれども、あなたには無駄な質問だったようです。それがなによりも嬉しく思います。それでは、話を始めましょう」
《封印の巫女》から語られる真実は、葉佩が今まで仲間たちと調べてきたものと何ら変わらないものだった。
しかしながら、当事者から直接語られるというこれ以上ないほどの衝撃をもって、改めて葉佩の前に突きつけられることとなる。
《天御子》と呼ばれる類まれなるテクノロジーを持った高度な文明を持った正体不明の集団により支配された《大和朝廷》。その《大和朝廷》が版図(はんと)を広げるたびに、収容施設に強制連行される人々。天香學園の《遺跡》はその主要施設であり、かつてアラハバキという自然神を信仰し、自らもアラハバキ族と名乗っていた蝦夷もまた実験体となった。
地中に埋め込まれた巨大な石の研究施設で古代日本文明の遺伝子工学と古代エジプト文明の死者蘇生のテクノロジーの粋を集めて作られたおぞましい《遺伝子操作》の実験場。
「暗く、血と狂気が充満した異様な石の空間でした。今でも克明に思い出す事が出来ます。昼夜問わずあの忌まわしい場所で実験は続けられ、その過程で様々な生命が生み出されました。そう、あなたが《墓》でみた化人と呼ばれる生き物たちです。植物の細胞と生きたまま掛け合わされた者。機械に麻酔もなく臓器と繋がれた者。人間が考えうるあらゆる冒涜的な実験が行われたのです。そして、この《墓》が様々な環境の階層があるのは、その実験体をあらゆる環境下で実験するためでした」
誰もが息を飲んで《封印の巫女》の話を聞いていた。
「私は実験体の彼らの世話役をしていた巫女のひとりでした。様々な実験に晒されながら人とは違うものに成り果てていく彼らに何も出来なかった。研究者たちが人知を超えた力を開拓するのと引き換えに、彼らは理不尽な運命をたどりました。そしてここから違うどこかに運ばれ、二度と会うことはありませんでした。そして度重なる苦悩と激痛の果てに発狂する者たちだけが残されたのです」
《封印の巫女》は悲しげに目をふせた。
「そこに彼が連れてこられたのは、彼岸花が咲き誇る季節でした。兄の子供たちを《天御子》の力が及ばないはるか遠くに逃がしたことを誇らしげに語る彼こそ、《長髄彦》、この《遺跡》に封印されている者の正体です」
《封印の巫女》の声が震え出す。
「彼もまた、狂気に晒された結果、己こそが《神》だと思い込むようになりました。かつて信仰していた荒神、アラハバキなのだと。迷走する技術が生み出し、創り上げてしまった異形の《神》は、もはや研究者たちの制御の叶わぬ脅威と成り果てたれたのです。研究者たちはただちに研究施設を放棄し、全てを狂える《神》を根底に封じ込めると厳重に《鍵》をかけました。そして、かつて彼が反乱を起こしてまで逃がそうとした巫女たちの中に《鍵》を隠しました」
「それが君なんだ」
「適応できたのは私だけでした」
「───────......だから、絶望した?」
「......?」
「狂気から醒めてしまうほどの絶望にうちひしがれて......」
それは七瀬だった。
《封印の巫女》は反乱の詳細について話そうとはしなかったが、《長髄彦》に長期間にわたって憑依されてきた七瀬が夢として見てしまったあらゆる出来事を思い出してしまったのだ。七瀬が《長髄彦》の変化について口にすると、《封印の巫女》に動揺がはしる。
「どうか、お願いです。彼を救ってください......。もはや殺すことでしか、彼を救う手立てはありません......。《墓守》も《巫女》も逆らうことが許されない呪いにかけられているのです。あなたのような人に託すしか、方法がないのです。どうか......どうか......彼が人としての正気を取り戻しつつあるというのなら、どうかそのまま人としての死を───────」
《封印の巫女》が手をかざす。勾玉が輝きだし、首飾りが呼応するように宙に浮く。足元に見た事がないような魔法陣が出現し、彼女はそこに手を伸ばした。そこにあったのは、巨大な剣だった。
「私は《封印の巫女》、《遺跡》の《封印》が解けてしまえば実体化することすら叶わなくなってしまうのです。だから、葉佩九龍、あなたにこれを託します。まだ私の《力》が及ぶ今のうちに───────」
葉佩は剣を受け取った。
「あなたに加護を授けます。この勾玉をどうか持っていってください。付喪神である彼女たちが《遺跡》の行先であなたを困難から守ってくれるでしょう。この子はこのお守りを媒介にして私が力の及ぶ限り守ります。この子も、この子のお友達である、少女たちも......」
《封印の巫女》が《6番目の少女》たちの正体である勾玉を差し出した。葉佩はそれを受け取る。
「どんなつらさや悲しみにも耐え、耐え抜いて、それに打ち勝ち、一身の利害を度外視して行動する勇ましさがある。あなたを見ていると、在りし日の《長髄彦》様を思い出してしまう」
《封印の巫女》は悲しげに目をふせた。
「本当に勇気のある人は温和です。平静さは静止の状態での勇気です。真に果敢な人間は常に穏やかで、決して驚かされず、何物にもその精神の均衡を乱されない。そのような者はどこであっても冷静です。破壊的な大惨事の中でも落ち着きを保ち、地震にも動揺せず、嵐を笑うことができる。死の危険や恐怖にも冷静さを失わず、たとえば迫り来る危機を前にしても笑うことが出来る。そういう人こそ偉大なる人と賞賛されるのだと私は思います。私はそれを「余裕」と呼んでいます。そうした人は慌てることも混乱することもなく、さらに多くのものを受け入れる余地を残している。あなたはその全てを備えていると思えてならない。そんなあなたに託そうとする私の身勝手さをどうか......」
葉佩は笑った。
「そこまで言わなくても大丈夫だって、俺がなんとかしてやるよ。俺がどうにか出来なかったら、どのみち東京は終わるわけだからな。今更逃げたりしないって。安心してよ」
「ありがとう......ほんとうに、ありがとう」
《封印の巫女》から一筋の涙が伝う。そして彼女は光に包まれていく。崩れ落ちる白岐を葉佩はあわてて受け止める。
「白岐さんッ!大丈夫?」
「......大丈夫みたいですね、寝息が聞こえます。どうやら一種のトランス状態だったようです。きっと大人しくしていれば目を覚ましますよ」
七瀬の言葉に誰もが安堵の息をはくのだった。
「考えていた以上に壮大なもの託されちゃったみたいだけど、大丈夫?九チャン」
「へへッ、男冥利につきるってね!ここまで期待されたらやるしかないだろ。ここで逃げたら男が廃る!」
「あははッ!いつもの九チャンだ〜。なんか安心しちゃったよ。この調子でいつもみたいに帰ってきてねッ!」
「おう!」
「......九ちゃん、そういうことならバディに誰か声掛けていけよ」
「そうだな!こんな剣託されちゃっなし、真里野に声かけなきゃ」
「真里野さんですか?真里野さんでしたら、もしかしたら図書室にいるかもしれません。メールがまだ使えたとき、校舎のキュエイの騒ぎで図書室に被害が出てないか心配だから見てきてくれるとあったんです」
「了解ッ!よ〜し、真里野と合流して《遺跡》にいくか、甲ちゃん」
「......あァ、そうだな」