虚人たち2

「......?」

八千穂は校舎からも体育館からも講堂からも離れていく自分たちに、次第に怖くなってきたのか沈黙したまま七瀬や白岐をみる。七瀬は八千穂と同じ気持ちのようで視線がかち合うたびに互いに張り詰めた緊張感の中にいることを自覚してしまい、息を飲む。

「なにをキョロキョロしている。さっさと歩け」

背後からマシンガンの気配がする。葉佩と《遺跡》探索にいったことがあれば、マシンガンがどれだけの威力があるあぶない武器なのか、なんてすぐにわかる。おもちゃじゃないことくらいわかっている。だから冷や汗が止まらないのだ。

この《レリックドーン》の兵士は明らかにマッケンゼンや喪部銛矢の指示をガン無視して八千穂たちを体育館から連れ出しているのだ。なんのためになんて嫌でも想像してしまう。

銃を前にしたら、キュエイの騒ぎの時にパジャマのまま飛び出してきた格好のままの八千穂も七瀬もなにもできない。白岐が唯一打開できるような特殊な《力》がつかえるが、白岐はマシンガンより先に攻撃はできないと考えたのか一切抵抗しない。淡々とした表情のまま歩いている。

白岐を守るよう阿門に言われたことを思い出した八千穂は、なにもできない自分が心底嫌になる。ラケットとテニスボールさえあればなんとかなるのにと思うがなにもない今は歩くしかないのだ。

相変わらず黒い雪は降り続いている。

八千穂はふと白岐をみた。そしてとっさに白岐のてをとる。

「?」

白岐は冷静なのではなかった。八千穂や七瀬と同じで不安で怖くて泣きたくてたまらないのに我慢しているだけだった。手が、指先がふるえていた。八千穂が手を握ったことでバレてしまったと悟った白岐は目を伏せた。

「入れ」

《レリックドーン》の工作員が促したのは何故か温室だった。白岐が鍵をあける。震える手で七瀬と八千穂は扉をあけるのを手伝った。

冬の雪の日、しかも黒い雪が積もる温室はいつも以上に薄暗かったが、誰かがいることくらいすぐにわかった。

「きゃっ」

「早く入れ」

後ろから無理やり押し込まれる。そして乱暴に扉は閉められてしまった。扉の前に《レリックドーン》の黒い武装が透けて見える。殺されたり、乱暴にされたり、酷い目にあわなくて済んだのは奇跡だと七瀬はその場に座り込む。本当によかった、と泣きそうな顔でいう。どうやら立てなくなってしまったようだ。

「月魅〜!」

「八千穂さん......」

2人は抱き合って互いの無事を喜んだ。

「白岐さんッ!」

「八千穂さん......」

「閉じ込められちゃったけど、なにもなくてよかったよ〜ッ!」

今度は白岐に抱きつく八千穂である。白岐は驚いていたが抱きしめ返した。

「でも......どうして私たちだけ隔離されてしまったんでしょうか?やはり《レリックドーン》側に私たちも九龍さんのバディだとバレているからでしょうか?」

「う〜ん......どうなんだろう?でも、今の私たちだったら講堂でもおなじじゃないかなあ?」

「そうですよね......椎名さんや双樹さんのように《力》がある訳ではないですし」

「うん、《レリックドーン》には全部バレてるはずだもん。九チャンいってたし」

「......それは」

「え?」

「白岐さん、なにか知っているんですか?阿門さんが九龍さんにあなたを守るよういったのと何か関係が?」

「......おそらく、私が目的なのだと思うわ。《鍵》の女を探すといっていたでしょう?私にはなんのことだかわからないけれど、あの子たちがきっと関係があるんだわ」

「《6番目の少女》の......」

白岐はうなずいた。

「ごめん」

「え?」

「ごめんね、白岐さん。あたし達が守ってあげるっていったのに、全然守れてないよ......」

「そんなことないわ、八千穂さん」

「でも......」

「謝るのは私の方。あちらも私が八千穂さんや七瀬さんと仲良くしていることがわかっているから2人まで無理やり連れてきたんだわ。今までの私だったら1人だったはずだもの」

「白岐さん、それは謝るべきことではありません」

「でも、2人まで巻き込んでしまったわ」

「それでもです」

「そっ、そうだよッ!あたしも月魅も白岐さんの友達なんだからッ!そんな事言わないでよッ!ね?」

「............ありがとう、ごめんなさい」

「ごめんなさいはなしだよ」

「......ありがとう」

「うんッ!」

八千穂がうなずいたあたりで七瀬が入口を見た。

「どうしたの、月魅」

「いえ......私たちの会話は聞こえているはずなのに、いくら話しても無視を貫くのは違和感が......」

「た、たしかに......《鍵》のこととか、色々いっちゃってるのに、何もいってこない......ね......」

おそるおそるその背中を見つめていた八千穂たちは、その背中が動いて敬礼したことに気づいて悲鳴があがる。とっさに後ろに下がった。

「し、白岐さんッ、あぶないよ!」

微動打にしない白岐に八千穂は叫ぶが白岐は笑う。

「大丈夫よ、八千穂さん、七瀬さん。ようやく確信がもてたわ。彼は......味方............いえ、ここは安全地帯のようよ。ねえ、九龍さん」

敬礼した《レリックドーン》が横にどく。その先には葉佩たちがいた。

「き、九チャンッ!?」

「やっちー!月魅!白岐!よかった、無事で!」

「えっ、えっ、どういうこと!?なんで《レリックドーン》が?」

葉佩と皆守が温室に入ると見張りをしてくれるようで《レリックドーン》がまた扉の前にたち始めた。

「驚いたのは俺もだよ。男子寮で一旦立て直そうと思ってたら、手紙が入っててさ。今、學園全体が妨害装置のせいでメール使えないからって伝言が入ってたんだ」

「誰から?」

「阿門だよ」

「えっ、阿門クン?」

「《遺跡》に行く前に《温室》に来いってあってさ〜、来てみたら《レリックドーン》いるしみんな中にいるし、捕まったのかと思ったら外のアイツ様子がおかしいし」

「まさか《レリックドーン》に敬礼されて通してもらえるとは思わなかったぜ」

「たぶん、阿門がキュエイ無視してまでやろうとしてたことの1つはこれだったんだろうな〜」

「どういうこと?」

「男子寮前のキュエイを倒す時に、阿門のやつ途中で離脱しやがったんだ」

「たぶん、《黒い砂》で《記憶》を操作したんじゃないかな〜?《生徒会》のみんなと違って今回はガチの敵だからさ、阿門も容赦ないんだと思うよ」

「阿門さんが......」

「《黒い砂》ってそんなことまでできるんですね。さすがは1700年も守り続けてきた《墓守》の一族です」

「そっかあ......阿門クン、九ちゃんが白岐さん守ってくれるって信じてるから助けてくれたんだね!」

「そうなんだよ〜。貸しを返す時だとかなんとか書いてあるんだけどさ〜、こんだけドデカい貸しだったっけ?」

「......阿門にとってはそうなんだろうよ」

「そっかあ〜」

「肝心の阿門はどこにいるんだか定かじゃないがな」

「そうなんだよな〜、後でまた貸付けしなくちゃな」

葉佩は阿門からの手紙を大事そうにしまった。

「なんにせよ、やっちーたちが無事でよかったよ。阿門がここまでするってことはさ、白岐が《遺跡》の《鍵》なのは間違いないみたいだし」

「そうだ、そうなんだよっ!体育館2集められたみんな、男女にわかれて女の子は講堂に移動させられてるのッ!」

「校内放送でいってたやつだよな......《生徒会》、《生徒会執行委員》のみんなが人質解放するために頑張るから《遺跡》にいってくれって言われちゃってるんだ、俺。喪部銛矢が《遺跡》にいったらしいからさ、頑張るよ」

「そっか......じゃあ、あたし達ここで待ってる。白岐さんのことは月魅と一緒になにがあっても守るからねッ!九ちゃん、安心して!」

「ありがとう、やっちーッ!俺頑張るから、もうちょっとだけ我慢してくれ!」

「うん、がんばるッ!えへへ......九ちゃんがいなかったら、みんなで泣いちゃってたかもしれない。来てくれてありがとう」

葉佩に頭を撫でられて、へにゃっと笑った八千穂に七瀬は笑った。白岐も笑っていたのだが、いざ出ていこうとした葉佩をみて、あわてて口を開く。

「待って、九龍さん」

「うん?どうしたんだよ、白岐」

「私ではないんだけれど......私の中にいる誰かが、あなたと話をしたいと思っているようなの。少しだけ時間をくれないかしら?」

「白岐じゃない誰か......翔チャンの中の《アマツミカボシ》みたいなもんかな?白岐ならアラハバキ族の誰か、とか?」

「いえ......私はアラハバキ族ではありません。私もまた《遺伝子操作》を受けた世話役の巫女の一人にすぎませんでした。かつては大和朝廷の巫女を務めていたこともありますが、その体は《遺跡》に囚われ、《遺伝子情報》として人体実験のひとりに移植され、今にいたります」

「......驚いた。そのお守りの張本人じゃん」

「そうですね.....」

白岐の体をした誰かがお守りにふれる。

「取り戻してくれて、ありがとうございます。これはなによりも変えがたい、大切な宝物でした」

そして葉佩を見上げる。

「こうして会うのは初めてですね、葉佩九龍。私は《大和の巫女》と呼ばれていた者。あるいは白岐幽花、彼女の《遺伝子》に眠る太古の記憶。あなたに大切なお話があります」
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