大いなる助走

「初めから知ってたけどさ」

日本刀を抜き放つ。すらりとした美しい刀身が薄暗い遺跡に鈍色の軌跡を描き、冷ややかに翻る。それを満足気に視界の端に収めながら、江見は弾んだ声音で答えた。

「君たちが殺したんだな、皆守。オレの父さんを。江見睡院を。いつ話してくれるか待ってたんだけどな、残念だよ。最後まで話すどころか殺しにくるなんて。どこまでオレたちをバカにしたら気が済むんだ?」

力強く断言された言葉を聞いて思わず江見を攻撃する事も忘れてしまった俺は、頭痛がしてきた気さえする頭を片手で押える。アロマパイプを指に挟んで口から離し、緩く長く息を吐く。埃と砂塵ばかりの遺跡で唯一芳しい香りを放つラベンダーの香りが、吐息に乗って辺りを漂った。

一人だけ装いも態度も普段と変わらない様子で江見は、いつも通りのどこか淡々とした声音で呟く。

「オレ、言ったよな。好きにしろって。それは何をしてもいいってわけじゃないことくらいわかるだろ?散々警告したじゃないか。オレたちに危害を加えたらただじゃおかないって。意味はわかってたはずだろ?」

江見が転校してきた当初からずっと行動を共にしている俺だからこそ、その言葉は重く響く。途方も無い脱力感を感じながら、俺は江見が化人達の中央で嬉々として日本刀を振り回し、次々と敵を屠っている様子を見て、先程よりも重く深いため息を吐いた。

化人の急所へと狙いを定め、使い慣れた引き金を引くと軽い発砲音が部屋の中に響く。そして、弾を撃ったのと同時に音とは違い、決して軽くはない反動が江見の肩と腕を襲ったはずだが体勢すら崩さない。

「ほんとに残念だよ、皆守甲太郎」

まるで反動など無かったかのように、次々と化人の急所を鉛弾で正確に貫いていく。次はその無機質な瞳が俺に向けられた。江見は緩く息を吐いた。

「少しくらい、楽しませてくれると思ったのに」

俺はその銃を蹴飛ばした。銃は暴発し、江見の頭があっけなく吹き飛んだ。

「江見!」

「ほんとうにざんねんだよ」

転がった頭が言葉を紡ぐ。

「お前......お前やっぱり......」

「オレが人間じゃないこと、何度も教えてやったじゃないか。愚か者め」

江見翔の体からなにかが吹き出した。それはたちまちボコボコに溢れ出し、人間の原型をなくしていく。

胴体は底部の直径が約3m、高さが約3mの円錐体で、虹色の鱗に覆われている。 底部は弾力性のある灰白色物質で縁取られており、ある種の軟体動物のように這って移動するのに用いられると思われる触手が俺を見下ろしていた。

円錐形の頂部から伸縮自在の太い円筒状器官が4本生え、2本は先端にハサミを備え、重量物の運搬に使われているらしく、刀やらなんやらを抱え始めた。そのうち1本は先端に赤いラッパ型の摂取口が4つあり、最後の1本には頭部がついている。

頭部は黄色っぽい歪な球体で、円周上に大きな眼が3つ並び、上部からは花に似た聴覚器官を備える灰白色の細い肉茎が4本、下部からは細かい作業に使われる緑色がかった触手が8本、垂れ下がっている。

まるで植物みたいだな、と他人事のように俺は思った。

「アタシたちはね、君たちが守っていた遺跡を作ったやつらに殺されかけたのよ。そして追われる身になった。相手の正体を知るために遺跡に潜ってなにが悪いの?邪魔だてする時点で君たちも同罪よ。だって、なぜ遺跡があるのか、誰が作ったのか、なにひとつ知らないまま墓守をしているんだもの」

江見翔だったやつから女の声がする。

「ああもう、江見翔くんの精神を避難させてる間に預かってた体が破損しちゃったじゃない。どうしてくれるのよ。まあ、修繕なんていくらでもできるけど。だからまあ、悪く思わないでね。君の体、使わせてもらうから」

世界は暗転した。

「───────ああくそ、なんつー夢を見るんだ」

電気をつけて時計を確認した俺はまだ夜明け前だと気づいてたまらず舌打ちをした。久しぶりに誰かに殺される夢を見たが、やけに具体的な相手、しかも方法だと自嘲したくなる。夢は意識の根底にある願望だと聞いたことはあるし、否定もしないがせめて選ばせてくれ。よりによってこんな方法で死にたくはない。

びっしょりな汗を拭いながら、俺は冷房をいれた。もう眠気は吹き飛んでしまった。

よりによって、成り行きとはいえ一緒にカレー作って食べるという友達らしいことをした矢先に見る夢がこれってどういうことなんだと俺は頭をかかえたくなった。

江見が転校してきて、もう3ヶ月になる。父親の消息を求めてやってきたやつは図書室、生徒会室、職員室と資料が残っていそうな場所をひたすら巡りながら読み漁っている日々が続いていた。だいぶん学校にも馴染んできたようで俺の目の届く範囲では《墓地》に近づいている様子はない。最近は行き詰まりを感じているのか18年前のことを知っていそうなバーカオルーンのマスターんとこに通いつめているようだ。

江見翔が宝探し屋にしてはあまりにも行動の開始が遅いため、俺自身どうしたものか扱いに困っているのは事実だった。

俺が知っているのは、戸籍などからみて江見翔という人間は実在するということ。今年の4月に長野県の皆神山に登山にいっていたら未だに原因がわからない大震災に巻き込まれて防空壕に生き埋めになりかけて生還したせいで転校が遅れたこと。父親が18年前にこの学園に潜入した歴史教諭であり、最深部にて消息不明になり、その行方を探しに来たということだ。すべて江見翔の背景を補完している。

問題は皆神山から生還した江見翔の精神が本人ではない可能性について、江見自身が否定も肯定もしないままあいまいな立場であるということだ。俺んとこに入ってくる情報をまとめると、白岐幽花の中にいるはずの大和朝廷の巫女が警告するほどの危険な正体不明の女がいる。その時点で人間じゃない。そして宇宙人にやけに詳しい。チャウグナーフォーンとかいうあの気持ち悪い銅像について、あんなにぺらぺらしゃべる時点でおかしい。なんでそんなのを貰うんだ。繋がりが明らかにイカれてる。

俺が連日気味の悪い夢を見ていることを当てやがってアドバイスしてくるし。まあおかげで時間制限内にあの真っ白な女の子と俺は生きたままこの世界に帰還できたわけだから感謝はしてるがやばい銅像を持っている時点でアウトだろ。白岐幽花の中にいる女に《墓地》に近づくなと威嚇されたり、霊感のある神鳳充に警戒されていたりするんだからな。

ただ、だ。かと思えばカウンセリングの一環で嗜んだから氣が見えるとかいうオカルトに片足つっこんでいる瑞麗がやけに好意的だったり。オカルトのオの字が出るだけで物凄い剣幕でマジギレするはずの夕薙が萌生の補習に頑張れよと妙に馴れ馴れしかったり。江見翔の周りはずいぶんとチグハグなようだった。

だから俺は迷っているのだ。江見翔という存在について、どう思っているのか、どうも考えると迷走し始めている自分がいる。

なにせ江見から俺になにかをしてくることはないのだ、1度たりとも。八千穂みたいに授業にでろとは言わないし、何か意見をいうことはない。マミーズもいくし、大量の野菜の消費に付き合わせるし、萌生が仲良いなというあたり周りからはそう思われているだろう。ただ、俺が誘うのをやめた瞬間に挨拶しかしない存在に成り下がるのは目に見えていた。

「好きにしたらいいよ」

最初に江見がいった。それが全てなんだろう。ただ。

もう眠れないことを確信した俺は早めに着替える。そして外に出た。学生寮の周りを彷徨いていると新月のせいでいつもより暗い夜道に現れる影が輪郭をあらわしていく。

「あれ、皆守じゃないか。めずらしいね、こんなに朝早くに目が覚めるなんて」

ジャージ姿の江見がいた。

「3時からマラソンしてるお前に言われたくはない」

「なんだ、やっとマラソンする気になってくれたのかと思ったのに」

「たまたま目が覚めただけだ」

お前に殺される夢を見たせいでな、とはさすがに言えなかったが言葉にトゲがあるのは隠せない。

「機嫌悪いな、大丈夫か?」

「いや、悪い。夢見が悪くてな」

「そっか」

「マラソンて話だったがやけに重そうだな」

「ああこれ?」

あちこちに負荷をかけ、でかい荷物を背負い込んでいるように見える江見はなんの躊躇もなく外して渡してきた。ズシッときた。重い。

「登山の体づくりのためのマラソンだしね。普通に走っても意味が無いんだよ。登る方が負荷がかかるからさ、それを再現しながら走ってるってわけ」

「ほんとに物好きだな、理解できない」

「失礼だなあ」

アンクルを返しながら俺は苦笑いする江見をみた。

「最近、行き詰まってるみたいだな」

「まあね。ここまで調べてもなにも出てこないから家出になったのかもしれないと思い始めてきたよ」

「珍しいな、弱音か?」

「そりゃそうだろ、まさかここまで何も出てこないとは思わなかったんだよ」

はあ、と江見はため息をついた。

「そのわりに諦める様子はないんだな」

「それだけは無いよ、絶対にね。なんのために転校してきたと思ってるんだよ。なにも見つからなかったなんて母さんに言えるわけないだろ?その瞬間にオレは二度父さんを失うことになるんだ」

それは江見翔の体を預かる者としての使命なのか、江見翔自身の意志を引き継いだ決意なのかはわからない。必死なのはわかるが。

「一度聞きたかったんだが、江見」

「なに?」

「父親になんだってそんなに会いたいんだ?」

「は?なにいってるんだよ、皆守。会いたいからに決まってるだろ」

「いや......なんとなく、なんとなくだ。そう思ったんだよ」

しばしの沈黙の後、江見は小さく呟いた。

「助けて欲しいからに決まってるでしょ」

それは、それだけは、どう穿た見方をしても嘘をついているようには思えない俺がいた。

「そうか」

「そうだよ」

「......仕方ない」

「なにが?」

「なんでもねえよ。そろそろ朝飯の時間だ、マミーズ行くぞ翔」

「!?」
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