秘宝を探し求める者よ

「カレーってさ、2日目が美味しいよな」

その一言が俺の地雷を踏んだ。

家庭料理の定番と言えばカレーだ。香辛料に凝っている俺も寸胴鍋いっぱいに作ることはなかなかできない。いつもはいない客人がいるせいでついつい多めに作ってしまったのは悪かった。世間一般的には江見みたいに何日かに分けて食べることを前提としている人も多く、カレーは日持ちする料理と思っている人も少なくない。

だが、その勘違いこそが俺が許せないことでもあった。カレーはどのくらい日持ちするのか考えたことない癖に、呑気にいうんじゃねえよ。この時点で俺は江見翔という人間は料理をしない人間なのだと認定した。

カレーの常温での賞味期限は1日程度だ。何日にも分けて食べている人にとって、もしかしたら意外に思われることだ。江見も例外なくそういう反応だった。

俺は抗議した。特に今みたいな気温の高い夏場や細菌が繁殖しやすくなる梅雨時などは、1日ももたないこともある。そうなると、カレーを冷蔵保存するようにしようと考えるものだ。それすらしないで翌朝水道水で薄めて火にかけるとか本当になに考えてんだこいつ、と頭を抱えたくなった。

「大丈夫だと思うけどなあ」

「呑気か!どこまで呑気なんだお前は!カレーの冷蔵庫での保存の目安は2日〜3日程度なんだぞ。冷凍しろ、冷凍」

「皆守のお土産のせいで冷凍質パンパンになる予感しかしないんですけど」

「じゃあ食え」

「もう無理だって」

「なら諦めるんだな」

「無茶苦茶だなあ」

江見は肩をすくめるが、俺は無視した。こいつの無駄口に応じている暇があったらジャガイモを除去する作業に追われていた。

実は、じゃがいもは冷凍には向かないのだ。カレーを保存する際は、じゃがいもを取り除いておくか、潰すしかない。また、カレーを冷凍保存する際は、加熱した後に十分冷まして行う必要があるのだ。

俺がやっているのはカレーを保存用袋で冷凍する方法だ。カレーを冷凍する場合は、一度加熱しておいてから十分に冷まし、それからタッパーやフリーザーパックに入れる。もっとも手軽なのはジッパー付きの保存用の袋だ。冷凍の場合はできるだけ短時間で急速に冷凍するのがポイント。これが、おいしくカレーを食べるポイントだ。

冷凍保存するときの基本は、カレーをいったん加熱して十分に冷ましてから冷凍保存をすることだ。保存用袋に入れて、冷凍保存を行う。この時、できるだけ短時間で急速冷凍する。

これは、カレーのおいしさをそのまま冷凍で閉じ込めるようにしたいからだ。基本的には、平らになるように保存袋に入れる。この方が急速に冷凍できるためだ。アルミパットの上に保存用袋を平らにして置き、そのまま冷凍庫に入れるようにすると、早く冷凍できるのでおすすめだ。

このときの保存期間の目安は約1ヵ月になる。常温にするよりもかなりの期間、保存することができるのでおすすめだ。解凍する際は、できるだけ自然に解凍したほうがいい。前の日辺りから。

そんなことを話していたら、もう夜中になっていた。あくびを繰り返す江見を見送り、俺もドアを閉めたのだった。



そして、翌朝のホームルーム後、一限目が国語のため必死に小テストのために頭に諺やら4文字熟語やらを頭に叩き込んでいたときのことだ。

「えーみーすー」

出席簿をがんがん当てながら萌生が江見のところにやってきた。

「ゴメンなさい、本当にゴメンなさい。わざとじゃないんです。メールでもいったけど」

「お前な、予定があるならちゃんと連絡しろよ。いくらメールしても電話しても出ないから、なにかあったんじゃないかとヒヤヒヤしたんだからな」

「ん?どういうことだ?」

「ほら、オレのアルバイトの話したよな?この前。その主な依頼主がこの人なんだ」

「あー、あのちまちま集めた色んなものを売ってるとかいう......萌生先生なにに使う気だよ」

「俺じゃない、ウチのガキ共が夏休みの工作に使う予定なんだよ」

「えっ、萌生先生、結婚してたのか。指輪してないのに」

「は?指輪もっていって無くしたらどうするんだ。教師といえども外部に出ることは禁止なんだぞ?嫁にバレたら死ぬ」

「しかも恐妻家」

「うるせえな、よーしこれから授業始めるぞ。机の上は筆箱以外しまえ。そしてプリントを後ろに回してけ。始めるぞー」

この瞬間、今回の小テストは死んだなと確信した。そして、俺と江見は揃って補習を受ける羽目になったのだった。明らかにトメハネハライの裁定が異様に厳しかったから報復だろうと俺は思っている。職権乱用もここまでくるといっそ清々しいものがある。ふざけやがってコノヤロウ。








「とうとう皆守甲太郎の監視が厳しくなったかとヒヤヒヤしたぜ。まさかカレー作りに巻き込まれてたとはなあ」

ひとり大笑いしている萌生先生に私は肩を竦めた。

「笑い事じゃないです」

「しかもカルト宗教のやつらからお礼にもらった海産物をぶち込んでカレーにしたとか!おかげであの後笑いすぎて寝れなかったんだからな、いいかげんにしてくれ」

「皆守にエラとか生えたらどうしようかと思いました」

「《黒い砂》の影響下の人間は超人類になるから安心しろ。人間を遺伝子的にぐちゃぐちゃいじってできた化け物食ってる俺たちみたいなもんだ」

「言い方どうにかできませんか」

「今まで1人で遺跡に潜ってた阿呆にはこれで充分だ」

「だってオレは諜報担当なんですよ?それは実働部の仕事でしょう?」

「あのなあ、次来るやつは期待の新鋭とはいえガチの新人なんだぞ。少しはやりやすいようにしてやれ、先輩になるんだからなお前」

「ならアナタが残ればいいじゃないですか」

「それは無理だな、ひとつの遺跡に2人も諜報担当はいらん。だいたい俺は来月からヘクライオンの遺跡の調査にいく予定だ」

3人だけどなと思いつつ、私は不満を口にした。ちなみにヘクライオンの遺跡といえば葉佩九龍がチュートリアルダンジョンとして探索した場所だ。そして持ち帰ることになる財宝の在処を示した碑文があるのだが、それの解析やら新たな場所での諜報活動に赴くのだろう。

こうはいってるが、この人の後任は《ロゼッタ教会》の宝探し屋ではなく一般の新人の美人教師だから私は楽しみでならない。前任者みたいに死んでなくてよかった。地味に気になってたんだよね、二学期から担任が変わるとか不穏なスタートだったから。

「気にしてます?前の実働担当者のこと」

「あたりまえだろ......まさか3日で行方不明になるとは思わなかったんだよ。おかげで接触する前に全部終わっちまった。引き継ぎのためとはいえ、諜報担当のお前に遺跡に夜な夜な潜らせたのは悪かったな」

「いえ、3ヶ月ご指導いただきありがとうございました」

「まだ数週間あるけどな。なるべくお前にはノウハウ叩き込んでやるから覚悟しろ」

「了解です」

嫌ですといった瞬間に弾丸が飛んでくる以上、私は下手なこといえないのだった。

『敵影を確認。戦闘態勢に移行します』

H.A.N.T.の音声を聞いた瞬間、私は暗視ゴーグルのモードを切り替え、刀を構えた。迅速に扉を開き、別区画に入る。ゲームとしては相当やりこんだから出現場所が固定されている化人がどの配置かはわかるが、ゲームと違ってマス目がないから客観的に距離感がわからない。『遺跡』へと入り込んだ人間を排除すべく、襲い掛かってくるのをさばくため、私は剣を振るう。襲撃など数える事が億劫になる程に繰り返してきた私はさほど動じない。

襲い掛かってきた化人達の懐へと飛び込むと、弱点パーツの方が低いヒットポイントが設定されているために、そこをピンポイントで狙う。

絶叫が木霊して、液体をひっ被るが気にせず攻撃する。その重さと威力を兼ね揃えた一撃は化人の身体へ吸い込まれるように入る。この瞬間が1番気持ちいい。気持ちの悪い粘着質な音の後に、肉がこそげて骨が折れたような音がして、化人から切断された。

刃の部分が刃こぼれしている。「切る」には向かない武器特有の「叩き潰す」攻撃だった。うーん、やっぱり「切る」って難しい。西洋の剣の方が私には向いてるんだろうか。

そんなことを考えながら構えなおし次の攻撃をする体制を取る。


「あ、やっば」

私の攻撃の衝撃からいち早く立ち直った腕を切断されたばかりの化人が、奇声を上げながら攻撃してくる。

今までの私だったら、その化人の攻撃は隙だらけの身体に直撃し、下手したら致命傷を負っていただろう。少なくとも私の目の前にいる化人は、自分の攻撃が私を屠る事を確信し、歪んだ笑みを浮かべていた。

だが化人の拳が私に触れる前に化人は蜂の巣になった。

予想すらしていない、意識外の攻撃は全て弱点たるもうひとつの腕に集中していた。化人のズタボロになった腕には薄っすらと煙を立て鮮血が溢れ出している真新しい銃痕が残っていた。

攻撃を阻まれた事への怒りと、傷の痛みに咆哮を上げる化人だったが、休む事なく攻撃は続く。低い発砲音と共に増えていく傷についに身体が耐え切れなくなったのか、私に反撃しようとした化人は悲痛な叫び声を上げながら絶命した。

化人は死んだら構成している《黒い砂》が抜けて、1700年の時の流れをもろに食らうため一瞬で風化してしまう。

「下がってろ、江見」

私は巻き込まれないように直ちに距離を摂る。次々と放たれる弾丸は、それでも敵の弱点を正確に撃ち抜く。江見翔の体の記憶に依存しているとはいえ、そこそこの実力だとは思っていた私だが。明らかに違う萌生先生の技術に、息を飲む。


「敵に隙を見せるなと教えられなかったのか?一人だったらどうするつもりなんだ」

私は剣を収めた。

「立ち回りで剣か日本刀かナイフか切り替えていけ。そうじゃないと命取りだぞ」

『敵影消滅を確認、お疲れ様でした』

静寂が戻ってくる。私は頷いたのだった。
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