空から落ちてきた歴史7

男子寮にようやくたどり着いた葉佩は、黄金銃の弾薬や銃火器を補填する。そしてすぐに自室を飛び出した。焦げ臭いにおいがあたりに充満し、男子寮全体が揺れるほどなにかが迫ってきていたからだ。早く来いと皆守にいわれて葉佩は男子寮から脱出した。

響の様子が前からおかしいことは夷澤から聞いていた葉佩である。時々様子を見にいってはいたが、まさかファントムの親衛隊に入っていたとは思わなかった。にわかに過ぎなかったはずなのに、どうやら《力》に振り回されて悲惨な人生を歩んできた最中、初めて必要とされたことが余程嬉しかったらしい。

ファントムが消滅したことは、夷澤が葉佩に倒された日から全く姿を表さなくなったことでまことしやかに囁かれるようになった。そんな噂話を耳にした響が激高したことがきっかけらしい。

生まれ変わったんだ、と響はいっていた。

「赤ちゃんの頃から響が大きな声を出すたびにガラスが割れたり、蛍光灯が破裂したりしたらしい。そのせいで近所の人や友達がみんな化け物、呪いだって騒いだみたいだ」

「そうなのか」

「うん。成長するにつれて、原因が感情が昂ると《声》が高周波を帯びるっつわかったみたいだ」

「なるほど......」

「2年生ということは1987年か。龍脈とは関係がなさそうだな。ごく稀に先天的に《力》を持つものが現れるが、その子はたまたま生まれついた力が発現するのが早かったんだろうね」

「ジェイドさんみたいに家系的にそうだってわかってるなら事情が違うだろうけど......」

「話を聞くかぎり、突然変異か先祖返りのようだ。歌を歌うことで効果を発揮する《力》なら見たことがあるが、声を発するだけの《力》は初めて聞いた。日常生活にすら支障をきたすレベルだな」

「毎回いじめられて、家族がとうとうかばいきれなくなったからこの学園に来たっていってたからなあ......」

葉佩はためいきだ。

「逃げてきたのか......」

「それでも何にも変わらなかったらしい。周りを傷つけないように慎重になったらいじめられるし、感情こめたら騒ぎになるしで相当ストレスかかる生活してたみたいでさ。どうにかしてやりたかったんだけど、こればっかりはどうも」

葉佩は頬をかいた。

「《力》をみられても逃げなかったのは葉佩センパイが初めてです、なんでもっと早くに転校してきてくれなかったんですかって泣かれるレベルでさ。ファントムに縋るしかなかったんだろうなァ......。ファントムはいるけど俺はいるっていったんだけど、僕はなんの力にもなれませんって逃げられたきり、避けられてたんだよ。こんなことならバディに誘っときゃよかった......」

「九ちゃんは悪くないさ、それってファントムと《タカミムスビ》の影響受けた生徒同士が喧嘩したり拉致したりえぐい状況だったじゃないか。一般生徒引き入れるには慎重になる」

「いや、いつもの俺だったらさっさと仲間にしてたんだ。H.A.N.T.のハッキングでまた危険に晒すと思ったら怖くなってさ......ああくそ、響をここまで追い込んだのは半端に手を出したくせに直前でひっこめた俺が悪いんだ。響のことは任せてくれ、絶対助ける!」

葉佩たちは女子寮とは比べ物にならないほど悲惨な状態になった男子寮の姿があった。窓ガラスという窓ガラスが弾け飛び、鉄筋ではない素材や建付けはすべて破壊され、見るも無残な形である。どうやらキュエイは響の力が残っているようで、炎や水を吐き出すたびにソニックムーブがはしる個体になってしまったらしい。

「ファントムがいなくなったら、地獄に逆戻りって怯えきってたもんなあ......響......」

「もともと《力》に目覚めていたんだ、精神的に極めて不安定だとしたら変上手前だったんだろう。絶望してるときに喪部の呪詛にひっかかったのか。魔人に変わるとしてもまだ遺伝子ごと変質していないらしい。葉佩君、まだ間に合うぞ」

「そういってもらえて安心しました。響......また受け止めてやるからなッ!」

葉佩がキュエイに宣言した。


響が変上した姿であり、放置すれば殺すしかないところまで体が変化してしまうと知らされても葉佩は冷静だった。

黄金銃が衝撃波を切り裂き、確実に炎や水、音波を発生させている機関を破壊する。激痛に伴う怒りからソニックムーブが発生するような衝撃波があたりに拡散しても距離をとりながら攻撃の手を緩めようとはしなかった。

葉佩が戦っている場所を皆守がメールしたからだろうか、続々と仲間たちが集まってきた。神鳳や墨木といった遠距離支援ができる仲間はキュエイに攻撃し、それ以外の仲間は男子寮の怪我人や恐怖で動けない生徒たちを校舎に誘導していく。

「葉佩君、来るぞ!」

ジェイドの警告の意味をその場にいた誰もがすぐに思い知ることになった。

最初の変化は、キュエイの雄叫びにより爆風が爆発したとき、外側に向かって球状に空気が押され、圧縮するところが目視できたこと。

その次に、空気が押されたあと、元の空気が存在していた空間に新しい空気が入り込めず、部分的な真空状態ができた。圧力が非常に高くなったのだ。

H.A.N.T.が警告してくる。一般人ならば人体がばらばらになって、肉や骨に与える損傷が凄まじいものになったにちがいない。

ここにいるのは、《黒い砂》により超人となった仲間と特殊な訓練を積んだ《宝探し屋》だけだ。だが、それでも体内に損傷を及ぼしたことを誰もが悟った。

耳がいかれた。耳が気圧の微妙な変化を音としてすぐに感じとれるようにできているためで、破裂こそしないがダメージは確実にあった。

次に、過剰な圧力が急激にかけられて肺や腸が圧迫された。H.A.N.T.が体力の著しい消費をつたえてくる。もっと距離をとれとアラームがなる。

「無茶言わないでくれよ、これ以上下がったら射程届かなくなるっつーの!」

「葉佩君、またくるぞ!」

容赦ない連続攻撃がせまりくる。その時だ。

《黒い砂》が葉佩とキュエイの間に出現する。

「これは───────」

皆守は弾かれたように振り返った。

「阿門!」

「阿門じゃん、遅いご登場だな〜。どういう風の吹き回しだよ?」

「借りを返すだけだ」

《黒い砂》がキュエイに襲いかかる。そして衝撃波が封じられた。葉佩はにやっと笑う。

「響五葉の悲劇は、その《力》を自分で制御出来なかったところにある。他人が否定しようと《力》がやつを裏切らなければ人生は違ったはずだ。葉佩、お前に見せてやろう。人の運命は、遺伝子に支配されている。その言葉の意味を。これで目覚めた時には生まれ変わっているはずだ。もう《力》に振り回されることはない」

「ありがとう、阿門。助かるぜ」

「お前に礼をいわれるようなことはしていない」

「響の《力》は《声》から発生してるから、《黒い砂》で遺伝子操作したんだろ?自分でコントロールできるできるように。響の代わりに感謝するよ」

「......フン」

「あれ、どこ行くんだよ〜?」

「俺はやらなければならないことがある」

「もう行っちゃうのかァ〜。じゃあ、響がお礼いいにきても邪険に扱わないでくれよ?きっとありがとうございましたっていいにくるからな、俺の可愛い後輩は」

「......好きにしろ」

阿門は去ってしまった。肩を竦めた葉佩は前を向く。

「衝撃波さえおさまればこっちのもんだ。さあ、かかってこいよ、キュエイッ!響は返してもらうぜッ!」
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