空から落ちてきた歴史6

葉佩たちが女子寮に到着したとき、阪神・淡路大震災を受けて建て替えられたばかりの建物は耐火構造の耐震性優れた鉄筋・鉄骨コンクリート造りで、目立った被害はなさそうだった。

男子寮と同じく全館、全室に火災報知器(熱+煙感知)を完備し、特別防火自動閉鎖扉や避難器具など、万が一の災害に備えた万全の設備を整えているためか、その避難経路を通って逃げ延びたようだ。早朝にもかかわらず目立った混乱はなく、怪我人などは見つけられない。人だかりができている中、ここより校舎の方が安全だと刷り込まれている生徒たちの思考回路により次第に野次馬は減ってきていた。

学生寮にしては特定防火設備という、火災の火炎を受けても1時間以上火炎が貫通しない構造のものが採用されているのだ。キュエイの破壊にも逃げられるくらいの時間稼ぎはできたらしい。

「九チャンッ!」

まだパジャマ姿のやっちーが葉佩に抱きついた。泣きたくても涙が出てこないようなもどかしさがじれったい。もどかしい。苛立つ。様々な感情が爆発してしまったらしい。鼻の奥がツーンと痛み、目の縁から涙が染み出てくる。胸を突き上げてくる気持ちで闇雲に涙が溢れてくる。己の心をコントロールできずに泣き続けた。恐ろしい絶望的な寂しさに打たれて、激しく泣き出す。

「怖かったよ〜ッ!」

「俺が来たからもう大丈夫だぜ、やっちー!」

「ありがとう、九チャンッ!」

よしよししながら葉佩はやっちーから話を聞いた。

「火災報知器が鳴ったの。びっくりしちゃって、起きたら下の階から騒ぎがして......逃げろ

葉佩たちが駆けつけたことに気づいたらしい月魅がやってくる。彼女もまた寝巻き姿のままだ。着の身着のまま自室から飛び出して来たことがうかがえる。

「私、見たんです。朝練のために出かけようとしていた女子生徒がいきなり苦しみ始めて、化け物に変わる様子を!火災報知器はその前になりはじめていました。もしなっていなかったらどうなっていたか」

「そうなんだ」

「葉佩さん、皆守さん、来てくれたのね。私は今朝は朝から重苦しい空気で満ちていたから、息苦しくて、温室に行こうとしていたの。そしたら、雪が降り始めて......上になにか羽織るものをと思っていたら、雪が黒くなりはじめて......警報機がなったわ」

唯一、制服にコートをきている白岐が補足してくる。

「鈴の音がして、あの子たちが現れたの」

「《6番目の少女》の?」

「荒ぶる魂を鎮めるから、ここはまかせてじっとしていろと言われたわ」

「なるほど......だからみんなここにいるんだ」

白岐たちはうなずいた。

「優しい人の子よ、私たちは大丈夫だからって言われちゃったけど......あの子たち大丈夫かなあ?」

「大丈夫よ、きっと」

「そうですよ、あの子たちが現れるたびに響く鈴の音にあの化け物は明らかに反応していたようですし」

葉佩たちは《6番目の少女》たちがいるというキュエイのところに向かった。

「うっわ、なんだこれ」

「キュエイが水道管破裂させやがったのか?」

「あはは、ここのキュエイは間抜けだなあ。自爆じゃん」

辺り一面水浸しである。炎をはいたところで燃やす余地のあるものはすでになく、水流による攻撃しか受け付けなくなっていた。

「なんだこれ?」

足元に織部神社と書かれた熨斗が流れ着いた。

「んん?」

「なんか、神社でみたことある奴があるな」

皆守は拾い上げた。施餓鬼米、破魔矢、御神酒、そういったものが転がっている。中身は空っぽだったり、ぐしゃぐしゃになったりしている。

「あ、あそこじゃない?女子寮破壊した時にたまたま飾ってあったのが流れ着いたとか」

葉佩の指さす先には3階あたりの部屋が吹きさらしになっていた。

「あそこは......」

「やっちー、あそこ誰の部屋?」

「え?あ、八坂さんの部屋だよ?!」

「皇七さん......たしか黒い雪が降ってるからってカメラを持って出かけたのをみたわ」

「連絡してみよっか」

やっちーが電話をかけている。

「よ、よかった通じた〜ッ!八坂さん今どこにいるの?部屋がすごいことになっ......え、今校舎?ダメダメ帰ってきちゃだめッ!そのままいて!」

「よかった〜」

「いらん世話かけやがって」

「あ、なるほど〜。なんかね、心霊写真とか特集するときご利益あるようにってたくさん集めてるんだって!」

「なるほど......キュエイ、破邪が弱点だから過剰に反応したんだな」

「だから弱ってるってことか!よ〜し、この瞬間を逃す手はないよな!」

葉佩はキュエイの雄叫びがする場所に飛び出していく。視界に獲物を捉えるやいなや、黄金銃を構えた。そして両目を射抜く。あまりの威力に顔面が破壊され、呼吸すらままならなくなった1首が絶叫しながら地面に首をうちつける。絡み合う首たちめがけてまた眩い弾丸をうちこみ、吹き飛ばしていく。破邪効果のある弾丸を体内にぶち込まれ、その破片が体内にくい込んでキュエイの体はどんどん蝕まれていく。

葉佩に強烈な弾丸をあびせられ、キュエイはその存在に気づいてしまったようだ。視界を完全に失ったとしてもだいたいの方向性は弾丸のむきからわかる。いっせいに首が葉佩を向いた。

「やっば、倒しきれなかった」

「何やってんだよ、九ちゃん!後ろだっ!」

黄金銃に弾薬を装填しながら、葉佩は後ろにさがっていく。牽制に首の根元を吹き飛ばしてやれば、いよいよ怒りに我を忘れたキュエイが自暴自棄になったのか巨体を揺らしながら襲い掛かってくる。

どこからか、澄んだ鈴の音がした。ぴたり、とキュエイの体が固まる。オーロラのように眩い光が目まぐるしく変化しながらキュエイを拘束しているのがわかった。

「人の子にこれ以上危害は加えさせない」

「静まりなさい、変質させられし魂よ」

幼い少女たちの声がする。

「君たちは......」

「また、会うことができましたね、葉佩九龍」

「お願いします......」

「あの男にこれ以上、《鍵》を探させてはいけない......」

「気をつけて......」

《6番目の少女》たちが手を組んで現れた。

「ここは私たちに任せて」

「これ以上あの子を悲しませる訳にはいかない」

鏡写しのように両手を組み、目を閉じる。宙に浮き上がった《6番目の少女》たちと同じように浮き上がったキュエイは鳴くことすらできないようだった。

「今です」

「葉佩九龍、お願いします」

「長くはもちません」

「こんだけ助けてくれたら頑張らない訳にはいかないよなァッ!俺に任せてくれ!」

葉佩は笑って宣言する。

「さっきの戦いでキュエイの弱点は解析出来てるからな。攻撃封じてくれるんならこっちのもんだ!」

黄金銃がキュエイの炎や水を生成する器官目掛けてむけられ、トリガーがひかれる。小さな弾丸とは思えないような威力がキュエイを襲い、行き場を失ったエネルギーが内側から大爆発を起こす。とうとう首と頭部がわかれて弾け飛んだ。ひとつ、ふたつ、みっつ、とキュエイの首が乱舞する。やがて最後の首が粉微塵になったころ、ようやく見上げるような巨体がズズンと地面に沈んだ。

「静まりなさい、荒ぶる魂よ」

「鎮まりなさい、悲しき魂よ」

《6番目の少女》たちの《力》によりキュエイの姿がみるみるうちにかわっていく。そこに倒れていたのは女子生徒だった。葉佩はあわてて被害者を抱き上げる。

「甲ちゃん、瑞麗先生に連絡して!」

「ああ、わかった。八千穂たちのところに運ぶぞ」

「おう!」

葉佩たちがやっちーたちのところに女子生徒を連れていった矢先、葉佩のH.A.N.T.にメールがきた。

「今度はなんだよ、次から次と」

「大変だ、甲ちゃん。こないだいってた《力》がコントロール出来てない響って子がキュエイになっちゃったらしい。男子寮だって!急ごう!」
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