空から落ちてきた歴史2

「たしかにこの《學園》はS級の霊的発現地点に認定されている。だが一夜にしてここまで陰の氣が溢れるとはな。これからも無事に行けるといいが......」

「九龍君のことか?それとも江見君?」

「どちらもさ」

「随分と肩入れするんだな、お前にしては珍しい」

「......ふと思うことがあるのだ。運命とは時として無慈悲な結末を私達人間に見せる。あの子たちも私達も所詮はその運命の輪の中で踊っているに過ぎないのではないか......そう思うのだ」

「......」

「この《遺跡》の底に眠るものが運命そのものだとしたら、私達は死を免れない。それでも傷つき、前に進んでいく意味がはたしてあるのだろうか......とな」

「たとえ、運命が俺たちの上に広がる天だったとしてもだ───────その天の上でなくてはなしえないと思うことを人間だけの力でやってのける時もある。運命が司る空の下にも、まだ俺たち人間が介入できる自由な場所があるはずさ。ただ人間が至らないせいでその場所がどこにあるのか見いだせないでいるだけの話だ。きっと、探し出せるさ、あいつらなら───────」

「......そうだと信じたいものだな......おや?」

瑞麗は保健室の窓を見て立ち止まる。

「どうした?お、雪じゃん。クリスマスにはまだ早いけど、こりゃホワイトクリスマス期待しちゃっ......んん?」

雪は次第に吹雪いてくる。雪は止む気配すらみせず、純白の光彩が學園全体に敷き詰められた。さらに鈍いいぶし銀の光にくるまれて暗く煙っている。雪雲がどんよりと低くたれこめ、雪におおわれた大地と空のあいだにはほんの少しの空間しかあいていなかった。白さと冷たさのせいで、目頭が痛いくらいまぶしい。夢の中にでもいるように、雪明かりが物の形を朧げに浮かび上がらせる。雪に吸いとられた音という音が、そこらに潜んででもいるかのような静けさに包まれていた。

景色は雪のために美しくはなく陰惨にみえた。學園の風景の傷口をかくしている薄汚れたほうたいのようにみえる。

「なんだこりゃ......雪がどんどん黒くなっていくな?」

雪が次第に真っ黒に変わっていく。大量の神秘の黒い雪が降りはじめた。雪のようにはらはらと空を舞う黒い物質。瑞麗は窓を開けた。

「いつだったか、中国で雑草を燃やした灰が付着して騒ぎになったことがある。だが強烈な焦げたにおいはしないな」

「公害って訳でもなさそうだな」

「喪部銛矢が動いたか?」

「おいおいおい、まじかよ。龍穴が活性化するにゃあまだ早いんじゃねーの?」

「......この黒い雪より白い雪の方が陰の氣を濃くしていたようだな。ふむ?雰囲気がかわったな。陰陽のバランスが正常化した?いや、まてこれは......砂鉄か?」

「ただの雪じゃなさそうだな。今日の天気予報は小春日和の快晴、降水確率ゼロパーセントだぜ」

鴉室が携帯をとじた。

「......黒い砂鉄......阿門がなにかしているのか?それにこの氣の流れは......。なにかを鎮めているような......いや、すべて祓えたわけではなさそうだ」

「え、マジで?」

「黒い雪のおかげでだいぶん弱体化しているようだが......。準備をしたまえ、少し準備運動をしなければならないようだ」

瑞麗は携帯をみて、鴉室によこしてきた。そこにはエムツー機関のエージェントの顔をした相方しかいない。

「え〜っとなになに?男子寮、女子寮、あと校舎......ゲッ、教師の家にもバケモンがでたのかよッ!?」

「1番新しいメールをみたまえ」

「夷澤凍也......えっ、あの《生徒会》の?なんで連絡先知ってんの?」

「9月から解離性障害を患っていたようだから相談にのっていたのさ。あの《遺跡》に封じられた何者かの思念に操られていたようだから、今は正常化したようだがね」

「あ〜、ファントムの正体こいつだったんだっけ?で、え、クラスメイトがバケモンに......えええッ!?」

「今からいうことを一斉送信してくれ。こういうのは私より早いだろう?」

「えっ、メールだけでわかるのか?」

「わかるさ、見てみろ。前を」

「前ってなん───────ひっ」

「まさか......日本でお目にかかる日が来るとは思わなかったな......」

「な、な、なんだよあれッ!」

保健室の窓から見える黒い雪景色の横を巨大な怪物が横切っていく。

「あれは九嬰(きゅえい)。古代中国神話に出てくる怪物だ」

淮南子(えなんじ)という書物がある。前漢の武帝の頃、集められた学者により編纂された書物だ。思想書道家思想を中心に儒家・法家・陰陽家の思想を交えて書かれており、九嬰はその古代中国神話に登場する蛇の怪物だという。

凶水という北方にある川に棲んでいて、頭が9つある怪物であると考えられている。鳴く声は赤ん坊のような声をしており、水と火の両方を噴き出し、人々を苦しめていたが、堯の命を受けた(げい)によって退治された。
邪悪で残酷な人の例えとして用いられる。

九嬰は天地が分かれたときに生まれた。その当時の天地の霊気は厚く実際の物質のようであったので、横暴な霊獣怪物がどれだけ生まれたのかわからない。この九つの命のある妖怪は深山大澤の中で陰陽の濃い気が交錯して変化して九頭蛇身となり生まれ、自分を九嬰と号したという。九嬰の各頭にはそれぞれ命が宿っている。天地が直接生み出したので、無魂無魄で身体は異常なほど強靭で不死身となり、頭が一つでも生きていれば死なず、天地の霊気を集めることで復活する。

伝説によるとこの恐ろしい怪物に后は勇敢に立ち向かった。后が九嬰と対峙した時には、九つの口を大きく開けて、毒の火焔を吐き出した。さらには、水も織り交ぜて凶悪な水と火の網を作り出した。この攻撃にはさすがのもたじろいだが、素早く弓を取り出して冷静に矢をつがえ、頭の一つに狙いを定めた。放たれた矢は頭の一つに命中したが、頭の一つを射ても死なずしかも瞬く間に治癒した。

九つの矢は吸い込まれるようにそれぞれの頭部へと飛んでいき、九つとも命中した。この同時に頭部を破壊するという離れ業により、九嬰は遂に力尽きた。

九つの頭を持つ妖怪や神獣は相柳など中国神話中ではよく出てきており、九と言う数字自体に特別な意味があったことを伺わせる。日本神話ではヤマタノオロチが有名だが、九嬰はこのヤマタノオロチに似ています。ギリシャ神話ではヘラクレスによって倒された九つの頭を持つヒュドラとも共通点が多い。

世界の多くの神話で見られる怪物の典型みたいな妖怪だが、火と水を同時に攻撃に使用できる点が他と大きく異なる。普通に考えると、火と水は互いに相反する存在だが、九嬰はそのどちらも同時に使用できる点が他にはない特徴だ。

「うっそだろ〜ッ!?つまり、あれか?生徒だか教師だかが返上しちまったのか?1998年のときみたいに?」

「極めて局所的な現象だな。阿門のような《力》の持ち主がいなければ......いや、意図的に歪められた氣の流れを正常化して悪魔祓いできるような人間が同時にいなければ倒すしか方法がなくなっていただろうな」

盛大にため息をついた鴉室は肩を落とした。

「あああ〜ッ、やっぱりこうなるのかよ〜ッ!《エムツー機関》から撤退命令でてるのに、あーだこーだいいながら残るから〜ッ!《ロゼッタ協会》といい《レリックドーン》といい、なんで毎回毎回問題を混ぜっ返してややこしくするくせに肝心なとこを俺らに丸投げすんだっつ〜の〜ッ!!」

「ごちゃごちゃ言う暇があったら戦う準備をしたまえ。どうせ騒ぎに乗じて君の出番はすぐに来るのだから」

「言われなくてもわかってるよッ!お約束すぎて慣れちまったよ、ちくしょうッ!報酬上乗せ直談判しなきゃやってられるかってんだ〜ッ!」

「いくらでも手当はでるさ、生きていたらな」

「もうヤダこんな職場......」

「わかってて入ったんだ、諦めたまえ。なにを今更」

「はああ〜、ハイハイやりますよ。やらせていただきますよちくしょう......!はい、メール完了ッ!」

「さあ、行こうか」
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