ホームルームが終わり、予鈴が鳴る。これから放課後に突入し、帰宅部である俺はいつものように江見を誘って天香学園唯一の外食ができるファミリーチェーン店マミーズに行こうとした。
「そうだ、江見」
「はい」
担任の萌生が江見に声をかける。帰宅だったり部活か委員の活動だったりでざわめく教室で気に止める生徒は誰もいない。学級日誌を律儀に全ての行を埋めようとしていた江見は顔を上げた。
「お前、少し残れ」
「わかりました」
「おいおい、またかよ江見。また補習か?ちゃんと授業に出てるくせにダメじゃないか」
からかう俺を萌生が軽く叩いた。
「阿呆、授業サボり常習犯がいうな」
「宿題と授業最初の小テストをちゃんとすれば補習は免除するっていったのはアンタだぜ、萌生先生」
先生とつけろと呼び捨てにした瞬間にどつかれた経験上俺はとってつけたように呼んだ。
「小テスト終わった瞬間に席立つやつがあるか。全く......こんなことなら授業に出たらテスト免除にすればよかったか?いや大学じゃないから無理か」
ぶつぶついっている国語の担当教員でもある萌生に江見は目をつけられている。萌生は一定のラインに生徒の国語力を押し上げることに全力を注いでいる教師であり、宿題が膨大で毎回冒頭に小テストをするが全てこなせばなにも言わない教員だった。
俺は小テストが終わったらすぐ出ていくが、江見はちゃんと授業に出ている。にもかかわらず江見はよく補習の餌食になっていた。ここのところ毎回だ。最初こそ数人いた補習も今や江見だけである。どうやら江見は真面目に授業に出ていて宿題もしているのにテストが出来ないタイプらしかった。萌生の呼びだしもいつものことになってしまい、誰も気にとめない。
「江見くん、補習頑張ってね!また明日!」
「また明日、やっちー」
「うん!」
ばいばーい、と八千穂が去っていく。テニスの大会が近いようで最近忙しそうだ。
「またな、江見。ご愁傷さま」
「そういうなら手伝ってくれないかな、夕薙」
「残念だが今から瑞麗先生のカウンセリングなんだ」
夕薙は体調不良により欠席も多いがテストも宿題もこなしているあたり要領がいい。苦笑いしながら夕薙は去っていった。
まばらになり始めた教室にて、俺もカバンを持ってたちあがる。
「終わったらメールしてくれ。マミーズ行こうぜ」
「わかった。ありがとう」
「おう」
「仲良いな、お前ら」
「うるせえよ」
萌生をひと睨みして、俺は教室を去った。メールが来るまで自室で一眠りするつもりだったのだ。
「あ、皆守クン、皆守クン、いいところに!」
ようやくメールが来てマミーズでおちあう約束をした俺が男子寮を出ると部活帰りらしい八千穂が歩いてきた。
「なんだよ、さっきから。うるせえな、聞こえてるよ」
「だって皆守クン、聞こえてるか不安になるんだもん」
「お前が元気すぎるだけだ、安心しろ」
「えー。ってそうじゃないよ!ねえ、皆守クン。これ、いらない?」
「はぁ?」
「おばあちゃん家からね、たくさん届いたんだけど食べきれそうにないの。だから女子寮で配ったんだけどまだこんなにあるんだ」
じゃーん、と頼んでもないのに見せられたのはダンボールに敷き詰められたジャガイモ、サツマイモ。別のダンボールにはニンジン、タマネギ、ナス、他にもいろいろ入っていた。
「なんだ、八百屋でも開くのか?」
「月魅にも言われたけど違うからね!?ゴールデンウィークに帰ったとき、マミーズの話したら野菜食べろって言われちゃってさ。おばあちゃん、田舎に住んでるから量がわからないんだと思う」
毎年そうなの。しかも年々量が増えてるの、と八千穂は困ったようにいった。どうやらとうとう女子寮だけでは消費しきれなくなったらしい。1番すごいのはこれだけのダンボールを持ってくる八千穂だが俺はなにも言わなかった。
「そんなにいうならもらってやるよ」
「ほんとに!?」
「ああ。俺の部屋の前に運ぶからおいとけ。女子はこっから立ち入り禁止だからな」
「ありがとう!」
「今から江見とマミーズに行く予定だったんだがこれは変更だな」
俺はため息をついた。
「ありがとう、皆守くん!じゃあね!」
八千穂を見届けて、俺はため息をついた。たまたま通りかかった夕薙たちを捕まえてダンボールの重さを極力減らしながら江見が来るのを待つ。
「随分と遅いじゃないか、江見」
両手で荷物をかかえている江見を見た俺は嫌な予感がした。
「なんだそのダンボール。まさか八千穂に掴まったのか?」
「なんでやっちーなんだ?これはうちの知り合いが送ってきたやつだよ。海産物」
「海産物?」
「あれ、言ってなかったっけ。オレ、× × × 出身なんだよ」
たしかに要冷蔵の発泡スチロールの箱に入っている。なんでも宅急便の人間が困り果ててマミーズに預けていたらしい。
「メール見てなかったのか」
「ごめんごめん、知り合いからのメール見てやばいと思って取りに行くしか頭に無かったんだ。皆守とはあっちで会うからいいやと思って」
通りで返事が来ないわけだ。俺はため息をついて事情を説明した。
「ちょうどいい。こいつらをどうにかしなきゃいけないからな。お前も手伝え」
「うわ、凄い量だね」
「冷蔵庫のスペース考えたら俺の部屋だけじゃ無理だからな、お前も道連れだ」
「えー......オレこれもあるんだけど」
「つべこべ言わずに来い。夏場の野菜の痛みははやいんだよ」
俺はとりあえず江見にも手伝わせてダンボールの山を部屋に移動させた。
「よし、やるか。おい、エプロン持ってるか?」
「......え、ないよ(さすがに人間の遺伝子ぐちゃぐちゃいじってできた化け物由来の食材捌くのに使ってるのは出せないの意味で)」
江見は目を逸らした。なんだその不自然な沈黙は。
「は?自炊しないのかよ、金持ちだな。はあ......仕方ないな貸してやるからつけろ。冷凍保存用に仕込むぞ」
「仕込む?」
「そのままじゃすぐ腐るだろうが」
これはダメだな、と判断した俺は横から口出しをしまくりながら野菜の皮をむいたり一口サイズに切ったりしながらすぐに使えるように下準備をしていった。
キャベツは冷凍すると繊維感が目立つので、食感が気にならないよう細かく刻んだ状態にする。玉ねぎは刻んでソテーしたものを一度にたくさん作っておき、一回使い切りの量で冷凍しておく。トマトは加熱してソースの状態にする。アスパラはそのまま茹でてカットした状態で冷凍。サツマイモは加熱して皮をむいた後にすり潰した状態にする。あるいは焼き芋にして、一度水分が抜けた状態にしておくと冷凍に適した状態になる。ニンジンは3〜5mm角程度のブロック状や千切りにするなどして、食感が気にならない形にしてから冷凍する。きのこは、しめじや、シイタケなど複数のきのこをカットしてミックスしたものを冷凍しておく。カボチャは種とわたはスプーンなどでくり抜いて取り除き、洗うなら実の部分は濡れないよう皮の部分だけにして、水気はペーパータオルでしっかりふき取り、ラップで包んだら、冷凍用密閉保存袋に入れて冷凍する。
全部終わった頃にはすっかり夜になっていた。
「つ、疲れた......指が痛い」
「料理しない割りに切るの上手だったな」
「そりゃどうも(クトゥルフ由来の食材と格闘したらそりゃねの意)」
ふと時計を見た江見は固まった。
「あああ!やけに眠いと思ったらこんな時間じゃないか!」
「は?」
「マラソンに行けない!いつもはもう寝てる時間なのに!」
「お前馬鹿か?小学生だってまだテレビ見てる時間だぞ」
「うるさいなあ!マラソンは1日休むと取り戻すの大変なんだぞ!?」
「お前のそのマラソンにかける情熱はなんなんだよ......たまには休め」
「えー」
「グチグチいうな。せっかく海鮮があるんならシーフードカレー作ってやるから黙って待ってろ」
「寸胴鍋出してきたけど何時間かかりますか皆守サン」
「安心しろ、朝までにはできるはずだ。おいこら、せっかくカレー作ってやるんだから携帯弄るな」
「えええ」
ムカついた俺は手伝うよういった。