幻影の構成4

「なにをしているんですか、翔君」

「月が綺麗だなと思って」

魔力をためる儀式がおわったところだったので安心した私は月魅に笑いかけた。

「25日くらいには満月になりそうだね」

「そうですね」

「月魅、起こしちゃった?」

「いえ、大丈夫です。私は夢見が悪くて......」

「また?」

「はい......」

「ファントムの力が強くなってるんだな......無理しちゃダメだよ」

月魅はうなずいた。

「頭が冴えてしまったので......」

「何か調べ物?」

「はい......。夢について調べたくて」

「なんでまた?」

「最近、変な夢ばかり見るんです......」

「どんな夢?」

「どこかの研究施設にいるんです。怖いというか気持ちの悪い夢を見ました。場所は病院で、病院は普通ではなく、人体実験をしていたり、臓器工場みたいな所だということを、植物状態にされた患者に教えられました。幽体離脱した状態でした。なぜか看護士達も人体実験の材料にされており、夜になると看護士達が少ない食料を奪い合い、空腹になると感染させられたウイルスが暴走を始め、化け物のようになって暴れ出してしまいます。誰かが仲間を助けようと食料を探したり、患者を助けようと逃がそうとしたりしてました。1人の女の子を逃がし、病院の関係者にそれが見つかった所で目が覚めました」

「......なんか、すごい夢だね」

「私が私ではなくなるような気がして怖くなるんです。だから眠りたくなくて......。おそらくファントムと同調しているせいだと思うのですが、夢の暗示が意味することが分かれば怖くなくなると思ったんです」

「なるほど」

月魅は傍らのたくさんの本を見せてくれた。

実験台にされる夢は心の奥に潜む後悔や懺悔、過去を意味している。消し去りたい、忘れてしまいたいという感情があり、思い出したくない嫌な記憶が、まだ鮮明に残されている。

普段は意識していなくても、その傷はかなり深く根強い。このままではいつまでたっても癒えることがないばかりか、すでに忘れ去られていたささいなことまで思い起こされ、苦しめている。

「助けられたことが唯一の支えだったようなんです。でも......どういうわけか、数日前から深い絶望感に苛まれて目を覚ますんです」

「絶望感か......」

「九龍さんから聞きました。《遺跡》で世話役の巫女が埋葬された区画を見つけたと。そのときファントムとも遭遇したんですよね?なにか関係があるのかしら......」

「あるんじゃないかな」

「やっぱり。そうじゃないかと思っていたんです」

月魅はためいきをついた。

「私ではないのに、死にたくなるような絶望感でした。ひとりで部屋にいるとおかしくなってしまいそうになるくらい......」

そして本を握り締める。

「この學園の図書室には歴史や古代史に関する大変価値のある書物が揃っています。私は純文学も好きですが、最も興味を惹かれるのは日本の古代史の本です。ですから、この學園の本にはすべて目を通していますし、図書委員という仕事を続けられることをとても感謝しています。ここだけの話ですが、実は図書室の本の豊富さが天香學園の入学動機のひとつでした。私にとって本とは偉大なる遺産であり、知識の宝庫なのです。私の學園生活というものは本と共にあり、今は失われているこじんさの知恵に触れることができる幸せな時間ですね。でも、今はそれが途方もなく苦痛な時間になりつつある......ここまで意味がわからないのは初めてです。これがファントムの記憶なのだとしたら、おかしくはありませんか?だってアラハバキだと名乗ったのでしょう、ファントムは?これではまるで......」

いいかけた言葉を月魅は飲み込んだ。そこに空気の読めない着信がある。どうやら葉佩からのメールだ。

「《レリックドーン》についてみんなに知らせたいみたいだね」

「ほんとですね」

私達はメールに目を通すことにした。

《レリックドーン》は《ロゼッタ協会》と同様に《秘宝》の探索を行う組織だが、依頼をうけて《秘宝》を探したり、《秘宝》の持つ力を管理したりする《ロゼッタ協会》とは対立関係にある。設立年月日や本部所在地は不明だが、《秘宝》のもつ力を利用して、世界に新たなる秩序、力による支配をもたらすことを目的としているテロ組織だ。いわば《宝探し屋》の闇の部分にあたる組織といえる。

歴史は以下の通りだ。

前身はピースインブラックというナチスが創設した《秘宝》を探すための組織。ヒットラーのオカルト品収集癖により世界に散らばる《秘宝》を探索。ナチスが滅んだあとは衰退したが、シュミットという男の手により《レリックドーン》として新たに再編された。そのメンバーは《ロゼッタ協会》を脱会した《宝探し屋》やフリーの《宝探し屋》、犯罪者、ナチス戦犯、《オデッサ機関》の殺し屋など様々である。シュミット(150近くだが《秘宝》の力により長らえている)に忠誠を誓える有能な者ならば誰でも入ることができる。

《オデッサ機関》とは、第二次世界大戦でナチス・ドイツの敗戦が明白となったとき、ナチ党幹部たちは大量の金塊や宝石などを持って世界各地に逃亡を図った。彼らの逃亡のためのルートはナチ親衛隊の隊員によって戦争中から用意されていた。その準備を行ったのが《元親衛隊隊員組織》、通称《オデッサ》だ。

「なるほど......。どうやらピースインブラックの一員だったシュミットが《オデッサ》なんかを利用しながら、各地に散らばったナチの《秘宝》を収集していく過程で組織したのが《レリックドーン》みたいだよ」

「《秘宝》に対する並々ならぬ執念を感じますね......」

「なんか考えた以上にやばい組織なんだな......」

《オデッサ》の構成組織には、公的団体も非公的組織もあり、バチカンを筆頭とするカトリック教会やアメリカのCIA、チリやアルゼンチンなどの南アメリカ政府の機関、ロッジP2のような秘密組織が含まれていた他、旧ドイツ軍人およびナチス戦犯者の支援のために創設した組織もあると言われている。

《オデッサ》は多数の仲間を国外へ脱出させた。イタリアやオーストリアを通って南米に向かう秘密ルートは「ラットライン」と呼ばれていて、南米に逃れた者は約9000人に上ると伝えられている。

その中には、幾多のユダヤ人を強制収容所や絶滅収容所へと送り込んだアイヒマンや、アウシュビッツの収容所で人体実験を行っていた医師メンガレのような大物人物も含まれていた。

そんなオデッサのリーダーは、親衛隊の幹部だったオットー・スコルツェニーではないかと見られている。彼自身もスペインに脱出しており、そこを拠点にして後々まで仲間の逃亡生活を支援していた。

更に、意外な所にもナチス残党の支援者がいた。関与が疑われているのはバチカンである。アロイス・フーダルと云う司教が東欧から逃れて来た難民にナチスを紛れ込ませ、南米に渡るビザを渡していたと云う説が有力だ。

その後、オデッサはSS同志会と云う組織に姿を変えたという。しかも、世界中にネットワークを持つこの組織には、武器や麻薬の密輸などに関わっていると云う黒い噂も絶えないのである。

今なおナチの残党狩りは終わらない一方で、まさかのエムツー機関の後ろ盾が《レリックドーン》と繋がっている可能性に私は私は冷や汗が止まらない。

「バチカン関わったことあんの......?嘘だろ......」

乾いた笑いしかでてこない。《ロゼッタ協会》だってまともな組織だとはいわないが、エムツー機関はなんとなく比較的マシなイメージがあっただけに衝撃は大きい。まあ、瑞麗先生たちはまともなエージェントなんだろうけど。かなしいかな、オカルトで溢れているこの世界においてはよくある話なのかもしれない。

それにしても江見翔は《レリックドーン》と墓守相手によくひとりで《皆神山の秘宝》を持ってかえってこれたなと感心してしまう。あの大地震は間違いなく《遺跡》が崩壊したために起きたものだろう、生き残りが江見翔だけな辺りに闇を感じる。

「なんだか、歴史の裏側を目の当たりにしている気分です......」

月魅は安定の月魅でなによりである。目がキラキラしている。そうだよな、オカルト少女にはご褒美みたいな話だよな。

「喪部君......どれだけ危険人物なんですか......?」

「ほんとだよ。あいつが来てからファントムが校舎内に現れなくなったし......やっぱりあれだな。神道に通じてるからやばい。今、龍脈が活性化してることをよくわかってる。ファントムに襲撃されても平然と登校してるし......なんだよあいつ」
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